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癩
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癩
島木健作
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Traducción Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 3 of 8

3

ここの世界で発行されている新聞が時々配られる。それにはいろいろ耳寄りなことが書いてある。所内には新しくラジオが据えつけられ、収容者に聞かせることになった、図書閲覧の範囲が拡大された、近いうちに、巡回活動写真が来る、等々。だがそれらはすべてこの一廓の人間にとっては全く無縁の事柄なのである。病人は寝ているのが仕事だ、悪いことをしてここへ来て、遊んで寝そべって、しかも毎日高い薬を呑ませてもらっているとは、何と冥利の尽きたことではないか、というのであった。――刑務所内の安全週間の無事に終った祝いとして、収容者全部に砂糖入りの団子が配られ、この隔離病舎にだけはどうしたものかそれが配られず、後で炊事担当も病舎の担当もここのことは「忘れて」いたのだ、と聞かされた時、とうとう欝結していたものが一人の若者の口から迸り出た。「なに、忘れていたって! ようし思い出させてやるぞ!」雑居三房にこの二た月寝っきりに寝ていたひょろひょろした肺病やみの若者がいきなりすっくと立ち上った。あっけに取られている同居人を尻目にかけて、病み衰えた手に拳を握ると、素手で片っぱしから窓ガラスをぶっこわし始めたのである。恐ろしい大きな音を立ててガラスの破片が飛び散った。後難を恐れた同居人の一人が制止しようとして後ろから組みつくと、苦もなくはねとばされてしまった。物音に驚いた看守と雑役夫とがかけつけてようやく組み伏せるまで、若者は狂気のように荒れ狂った。後ろ手に縛り上げられた静脈のふくれ上った拳にはガラスの破片が突き刺さって鮮血で染まっていた。若者はそのまま連れて行かれ、三日間をどこかで暮して帰って来た。病人だからといっても懲罰はまぬがれ得なかったのである。ただそれが幾分か軽かったぐらいのものであろう。青い顔をして帰って来、監房へ入るとすぐに寝台の端に手をささえて崩折れたほどであったが、無口な若者はそれ以来ますます無口になり、力のないしかし厳しい目つきでいつまでもじっと人の顔を見つめるようになり、間もなく寒くなる前に死んでしまった。

さきに言ったように太田は癩病患者と棟を同じくして住んでいた。

半ば物恐ろしさと半ば好奇心とから、彼はこの異常な病人の生活を注目して見るようになった。――雑居房の四人の癩病人は、運動の時間が来るとぞろぞろと広い庭の日向へ出て行った。太田はその時始めて、彼らの一々の面貌をはっきり見ることができたのである。色のさめた柿色の囚衣を前のはだけたままに着てのろのろと歩み、じっとうずくまり、ふと思い出したように小刻みに走ってみ、または何を思い出したのかさもさもおかしくてたまらないといった風に、ひっつったような声を出して笑ったりする、残暑の烈しい秋の日ざしのなかの、白昼公然たる彼らのたたずまいはすさまじいものの限りであった。四人のうち二人はまだ若く、一人は壮年で他の一人はすでに五十を越えているかと思われる老人であった。若者は二人とも不自然にてかてかと光る顔いろをし、首筋や頬のどちらかには赤い大きな痣のような型があった。人の顔を見る時には、まぶしそうに細い眇目をして見るのであるが、じっと注意して観ると、すでに眼の黒玉はどっちかに片よっているのであった。二人とも二十歳をすぎて間もあるまいと思われる年ごろであるが、おそらくは少年時代のうちにもうこの病いが出たものであろう、自分の病気の恐ろしさについても深くは知らず、世の中もこんなものと軽く思いなしているらしい風情が、他からもすぐに察せられ、嬉々として笑い興じている姿などは一層見る人の哀れさをそそるのである。――壮年の男は驚くほどに巌丈な骨組みで、幅も厚さも並はずれた胸の上に、眉毛の抜け落ちた猪首の大きな頭が、両肩の間に無理に押し込んだようにのしかかっているのである。飛び出した円い大きな眼は、腐りかけた魚の眼そのままであった。白眼のなかに赤い血の脈が縦横に走っている。その巌丈な体躯にもかかわらず、どうしたものか隻手で、残った右手も病気のために骨がまがりかけたままで伸びず、箸すらもよくは持てぬらしいのであった。彼は監房内にあって、時々何を思い出してか、おおっと唸り声を発して立ち上り、まっ裸になって手をふり足を上げ、大声を出しながら体操を始めることがあった。その食欲は底知れぬほどで、同居人の残飯は一粒も残さず平らげ、秋から冬にかけては、しばしば暴力をもって同居人の食料を強奪するので、若い他の二人は秋風が吹くころから、また一つ苦労の種がふえるのであった。――そしてこの男は、時々思い出したように、食いものと女とどっちがええか、今ここに何でも好きな食いものと、女を一晩抱いて寝ることとどっちかをえらべ、といわれたら、お前たちはどっちをとるか、という質問を他の三人に向って発するのである。老人はにやにや笑って答えないが、若者の一人が真面目くさって考えこみ、多少ためらった末に「そりゃ、ごっつぉうの方がええ」と答え、「わしかてその方がええ」ともう一人の若者がそれに相槌を打つのを聞くと、その男は怒ったような破れ鐘のような声を出して怒鳴るのであった。「なんだと! へん、食いものの方がいいって! てめえたち、ここへ来てまでシャバにいた時みてえに嘘ばっかりつきやがる。食いものはな、ここにいたって大して不自由はしねえんだ、三度三度食えるしな、ケトバシでも、たまにゃアンコロでも食えるんだ、……女はそうはいかねえや。てめえたち、そんなことを言う口の下から、毎晩ててんこうばかししやがって、この野郎」それは感きわまったような声を出して、ああ、女が欲しいなァと嘆息し、みんながどっと笑ってはやすと、それにはかまわずブツブツと口のなかでいつまでも何事かを呟いているのであった

最後の一人はもう五十を越えた老人でふだんはごく静かであった。顔はしなびて小さく眼はしょぼしょぼし、絶えず目脂が流れ出ていた。両足の指先の肉は、すっかりコケ落ちて、草履を引っかけることもできず、足を紐で草履の緒に結びつけていた。感覚が全然ないのであろう、泥のついた履物のままずかずかと房内に入りこむのは始終のことであった。まだ若い時田舎の百姓家のいろりの端で居眠りをし、もうそのころは病気がかなり重って足先の感覚を失っていたのだが、その足を炉のなかに入れてブスブス焼けるのも知らないでいたという、その時の名残りの焼傷の痕が残っていて、右足の指が五本とも一つにくっついてのっぺりしていた。二十歳をすぎると間もなくこの病気が出、三池の獄に十八年いたのを始めとして、今の歳になるまで全生涯の大半を暗いこの世界で過して来たというこの老人は、もう何事も諦めているのであろうか、言葉少なにいつも笑っているような顔であった。時々、だが、何かの拍子に心の底にわだかまっているものがバクハツすると、憤怒の対象は、いつもきまって同居のかの壮年の男に向けられ、恐ろしい老人のいっこくさで執拗に争いつづけるのであった。

この四人が太田の二つおいて隣りの雑居房におり、最初太田はそれだけで、彼の一つおいて隣りの独房は空房であるとのみ思っていた。それほどその独房はひっそりとして静かであったのである。だが、そこにもじつは人間が一人いるのであった。運動に出はじめて間もなくのある日のこと、太田はその監房の前を通りしなに何気なく中を覗いてみた。光線の関係で戸外の明るい時には、外から監房内は見えにくいのであった。ずっと戸の近くまですりよって房内を見た時に、思いもかけず寝台のすぐ端に坊主頭がきちんと坐ってじっとこちらを見ている眼に出っくわし、彼は思わずあッといってとびしさった。

次の日彼が運動から帰って来た時には、その男は戸の前に立っていて、彼が通るのを見ると丁寧に頭を下げて挨拶をしたのであった。その時太田ははじめてその男の全貌を見たのである。まだ二十代の若い男らしかった。太田はかつて何かの本で読んだ記憶のある、この病気の一つの特徴ともいうべき獅子面という顔の型を、その男の顔に始めてまざまざと見たのであった。眼も鼻も口も、すべての顔の道具立てが極端に大きくてしかも平べったく、人間のものとは思われないような感じを与えるのである。気の毒なことにはその上に両方の瞼がもう逆転しかけていて、瞼の内側の赤い肉の色が半ば外から覗かれるのであった。

太田が監房に帰ってしばらくすると、コトコトと壁を叩く音が聞え、やがて戸口に立って話しかけるその男の声がきこえて来た。

「太田さん」看守が口にするのを聞いていていつの間にか知ったものであろう、男は太田の名を知っていた。

「お話しかけたりして御迷惑ではないでしょうか。じつは今まで御遠慮していたのですが」

声の音いろというものが、ある程度までその人間の人柄を示すことが事実であるとすれは、その男が善良な性質の持主であるらしいことがすぐに知れるのであった。こんな世界では恐ろしく丁寧なその言葉遣いもさしてわざとらしくは聞えず、自然であった。

「いいえ、迷惑なことなんかちっともありませんよ。僕だって退屈で弱っているんだから」太田は相手の心に気易さを与えるために出来るだけ気さくな調子で答えたのである。

「始めてここへいらした時にはさぞびっくりなすったでしょうね。……あなたは共産党の方でしょう」

「どうしてそれを知っているんです」

「そりやわかります。赤い着物を着ていてもやっぱりわかるものです。わたしのここへ入った当座はちょうどあなた方の事件でやかましい時であったし……、それに肺病の人はみんな向うの一舎にはいる規則です。肺病でこっちの二舎に入るのは思想犯で、みんなと接近させないためですよ。戒護のだらしなさは、上の役人自身認めているんですからね。……あなたの今いる監房には、二年ほど前まで例のギロチン団の小林がいたんですよ」

その名は太田も知っていた。それを聞いて房内にある二、三の、ぼろぼろになった書物の裏表紙などに折れ釘の先か何かで革命歌の一とくさりなどが書きつけてある謎が解けたのである。

「へえ、小林がいたんですかね、ここに、それであの男はどうしました」

「死にましたよ。お気を悪くなすっては困りますが、あなたの今いるその監房でです。引取人がなかったものですからね。薬瓶で寝台のふちを叩きながら革命歌かなんか歌っているうちに死んじゃったのですが」

いかにもアナーキストらしいその最後にちょっと暗い心を誘われるのであった。そして今、この男に向って病気のことについて尋ねたりするのは、痛い疵をえぐるようなもので残酷な気もするが、一方自分という話相手を得てしみじみとした述懐の機会を持ったならば、おのずから感傷の涙にぬれて、彼の心も幾分か慰められることもあろうか、などと考えられ、それとなく太田は聞いてみたのである。

「それで、あなたはいつからここへ来ているんです。いつごろから悪いんですか」

「わたしはこの病舎に来てからでももう三年になります。二区の三工場、指物の工場です、あそこで働いていたんですが急に病気が出ましてね。手先や足先が痺れて感覚がなくなって来たことに自分で気づいたころから、病気はどんどん進んで来ましたよ。もっとも自覚がないだけでよほど前から少しずつ悪くはなっていたんでしょうが。人にいわれて気がついて見ると、なるほど親指のつけ根のところの肉、――手の甲の方のです、その肉なんかずっと瘠せていますしね。第一子供の時の写真から見ると、二十ごろの写真はまるっきり人相が変っています。子供の時は、ほんとうにかわいい顔でしたが」

「誤診ということもあるでしょうが、医者は詳しく調べたんですか」

「ええ、手足が痺れるぐらいのうちは、私もまだ誤診であってくれればいいとそればかり願っていましたが、それから顔が急に腫れはじめた時にもまだ望みは失いませんでしたが……しかし、今となってはもう駄目です、今は……、太田さん、あなたも御覧になったでしょう、え、御覧になったでしょうね、そしてさぞ驚かれたことでしょう、眼が……、眼がもうひっくりかえって来たのです。赤眼になって来たのです。ちょうど子供が赤んべえをしている時のような眼です。それからは私ももう諦めています。こわい病気ですね、こいつは。何しろ身体が生きながら腐って行くんですからね。どうもこいつには二通りあるようです。あの四人組の一人のおとっつぁん、あの人のように肉がこけて乾からびて行くのと、それはまだいいが、ほんとに文字どおり腐って行く奴とです。そしてどうもわたしのはそれらしいのです。それでいて身体には別になに一つわるいところはないのです。胃などはかえって丈夫になって、人一倍よけいに食うし……、餓鬼です、全くの餓鬼です。業病ですね。何という因果なこったか……」

Chapter 3 of 8
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