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癩
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癩
島木健作
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Original Public Domain
Chapter 4 of 8

4

急迫した調子で言って来たかと思うと、バッタリと言葉がとだえた。どうやら泣いているらしい。いい加減な慰めの言葉などは軽薄でかけられもせず、いいようのない心の惑乱を感じて太田はそこに立ちつくしていた。ちょうどその時靴音がきこえ、その男の監房の前に来て立ちどまり、戸を開けて、面会だ、と告げたのである。

男は出て行った。どこで面会をするのであろうか。気をつけて見ると、この病舎には別に面会所とてないのである。庭の片隅のなるべく人目にかからない所ですますらしいのである。面会に来たのは杖をつき、腰の半ば曲った老婆であった。黄色い日の弱々しく流れた庭の一隅に、影法師をおとして二人は向い合って立っている。老婆はハンケチで眼をおさえながら何かくどくどとくりかえしているようだ。やがてものの十五分も経つと、立会いの看守は時計を出して見、二人の間をへだて、老婆を連れて向うへ立ち去って行った。男は立って、壁のかげに隠れるその後ろ姿を見送っていたが、やがて担当にうながされて帰って来た。

「太田さん、太田さん」監房へ入るとすぐに男はおろおろ声でいうのであった。「ばばアはね、うちのばばアはたとえからだが腐っても死なないで出て来いというんです。それまではばばアも生きている、死ぬ時には一しょに死ぬから短気な真似はするなって、くり返しくり返しばばアはいうんです……」

それから今度は声を放って彼は泣き出したのである。――とぎれとぎれの話の間に、太田は男の名を村井源吉といい、犯罪は殺人未遂らしく、五年の刑期だということだけを知ることができた。あなたの事件は何です、と遠慮がちに聞いてみると、「つまらない女のことでしてね、つい刃傷沙汰になってしまったのです」そういったままぷっつりと口をつぐんで、自分の過去の経歴と事件の内容については何事も語らなかった。

「ねえ、太田さん、わたしは諦めようったって諦められないんだ。わたしはまだ二十五になったばかりです。そして社会では今まで何一つ面白い目は見ていないんです。今度出たら、今度シャバに出たらと、そればっかり考えていたら、そのとたんにこんな業病にかかってしまって……。私はばばアのいうとおり、なんとかして命だけは持って出て、出たら三日でも四日でもいい、思いっきりしたい放題をやって、無茶苦茶をやって、それがすんだら街のまん中で電車にでもからだをブッつけて死んでやるつもりです。嘘じゃありません、私はほんとうにそれをやりますよ」

全く心からそう思いつめているのであろう、涙でうるんだ声で話すその言葉には、じかに聞き手の胸に迫ってくるものがあって、太田は心の寒くなるのを感じ、声もなくいつまでも戸の前に立っていた。

4

冬がすぎ、その年も明けて春となり、いつかまた夏が巡って来た。

肺病患者の病室では病人がバタバタと倒れて行った。今まで運動にも出ていたものがバッタリと出なくなり、ずっと寝込んでしまうようになると、その監房には看病夫が割箸に水飴をまきつけたのを持って入る姿が見られた。「ああ、飴をなめるようじゃもう長くないな」ほかの病人たちはそれを見ながらひそひそと話し合うのだ。熱気に室内がむれて息もたえだえに思われる土用の夜更けなどに、けたたましく人を呼ぶ声がきこえ、その声に起き上って窓から見ると、白衣の人が長い廊下を急ぎ足に歩いて行くのが見える。そのような暁方には必らず死人があった。重病人が二人ある時には、一方が死ねば間もなく他の一方も死ぬのがつねであった。牢死ということは外への聞えもあまりよくはない、それで役所では病人の引取人に危篤の電報を打つのであったが、迎いに来るものは十人のうちに一人もなかった。たとえ引取りに来るものがあったとしても、大抵は途中の自動車の中で命をおとすのである。――牢死人の死体は荷物のように扱われ、鼻や、口や、肛門やには綿がつめられ、箱に入れられて町の病院に運ばれ、そこで解剖されるのである。

暑気に中てられた肺病患者が一様に食欲を失ってくると、庭の片隅のゴミ箱には残飯が山のように溜り、それがまたすぐに腐って堪えがたい悪臭を放った。ちょっと側を通っても蝿の大群が物すごい音を立てて飛び立った。「肺病のたれた糞や食い残しじゃ肥しにもなりゃしねえ」雑役夫がブツブツいいながらその後始末をするのだ。その残飯の山をまた、かの雑居房の癩病人たちが横目で見て、舌なめずりしながら言うのである。「へへッ、肺病の罰あたりめが、結構ないただきものを残して捨ててけつかる。十等めし一本を食い余すなんて、なんという甲斐性なしだ!」それから彼らは、飯の配分時間になると、きまって運搬夫をつかまえて、肺病はあんなに飯を残すんだから、その飯を少し削ってこっちへ廻してくれ、と執拗に交渉するのであった。時たま肺病のなかに一人二人、昼めしなど欲しくないというものが出来、さすがに可哀そうに思ってそれを彼らの方へ廻してやると、満面に諂い笑いを浮べて引ったくるようにして取り合い、そういう時には何ほど嬉しいのであろうか、病舎には食事時間の制限がないのをいいことにして、ものの一時間以上もかかってその飯を惜しみ借しみ食うのである。ひとしきり四人の間にその分配について争いが続いたのち、静かになった監房の窓ごしに、ぺちゃぺちゃという彼ら癩病人たちの舌なめずりの音を聞く時には、そぞろに寒け立つ思いがするのであった。――彼らは少しも変らないように見えたが、しかし仔細に見ると、やはり冬から春、春から夏にかけて、わずかながら目に見えるほどの変化はその外貌に現われているのである。夏中は窓を開け放していても、この病気特有の一種の動物的悪臭が房内にこもり、それは外から来るものには堪えがたく思われるほどのもので、担当の老看守すら扉をあけることを嫌って運動にも出さずに放っておくことが多かった。そうすると彼らは不平のあまり足を踏みならし、一種の奇声を発してわめき立てるのであった。

5

夜なかに太田は眼をさました。

もう何時だろう、少しは眠ったようだが、と思いながら頭の上に垂れている電燈を見ると、この物静かな夜の監房の中にあって、ほんの心持だけではあるがそれが揺れているようにおもわれる。じっと見ると、夏の夜の驚くほどに大きな白い蛾が電燈の紐にへばりついているのだ。何とはなしに無気味さを覚えて寝返りを打つとたんに、ああ、またあれが来る、という予感に襲われて太田はすっかり青ざめ、恐怖のために四肢がわなわなとふるえてくるのであった。彼は半身を起してじっとうずくまったまま心を鎮めて動かずにいた。するとはたしてあれが来た。どっどっどっと遠いところからつなみでも押しよせて来るような音が身体の奥にきこえ、それがだんだん近く大きくなり、やがて心臓が破れんばかりの乱調子で狂いはじめるのだ。身体じゅうの脈管がそれに応じて一時に鬨の声をあげはじめ、血が逆流して頭のなかをぐるぐるかけ巡るのがきこえてくる。歯を食いしばってじっと堪えているうちに眼の前がぼ―っと暗くなり、意識が次第に痺れて行くのが自分にもわかるのである。――しばらくしてほっと眼の覚めるような心持で我に帰った時には、激しい心臓の狂い方はよほど治まっていたが、平静になって行くにつれて、今度はなんともいえない寂しさと漠然とした不安と、このまま気が狂うのではあるまいかという強迫観念におそわれ、太田は一刻もじっとしてはおれず大声に叫び出したいほどの気持になって一気に寝台をすべり下り、荒々しく監房のなかを歩きはじめるのであった。手と足は元気に打ちふりつつ、しかも泣き出しそうな顔をしてうつろな眼を見張りながら。――ものの二十分もそうしていたであろうか、やがてやや常態に復ると心からの安心とともに深い疲れを感じ、気の抜けた人間のように窓によりかかって深い呼吸をした。彼は肺に浸み渡る快よい夜気を感じた。窓から月は見えなかったが星の美くしい夜であった。

――強度の神経衰弱の一つの徴候ともおもわれるこうした心悸亢進に、太田はその年の夏から悩まされはじめたのである。それは一週に一度、あるいは十日に一度、きまって夜に来た。思い余った彼は、体操をやってみたり、静坐法をやってみたりした。しかしその発作から免れることはできなかった。体操や、静坐法や――太田はそういうものの完全な無力をよく熟知しながらも自分を欺いてそんなものに身を任せていたのだ。病気と拘禁生活による心身の衰弱にのみ、こうした発作を来す神経の変調の原因を帰することは彼にはできなかった。彼はその原因のすべてでないまでも、有力な一つを自分自身よく自覚していたのである。――若い共産主義者としての太田の心に、いつしか自分でも捕捉に苦しむ得体の知れない暗いかげがきざし、その不安が次第に大きなものとなり、確信に満ちていた心に動揺の生じ来ったことを自分みずから自覚しはじめ、そのために苦しみはじめたころから、彼は上述の発作に悩むようになったのであった。

太田の心のなかに漠然と生じ来った不安と動揺とは一体どんな性質のものであったろう、彼自身はっきりとその本質をつかみえず、そこに悩みのたねもあったのだが、動揺という言葉を、彼が従来確信をもって守り来った思想が、何らかのそれに反対の理論に屈服して崩れかかって来た――という意味に解するならば、いま、彼の心にきざして来た暗い影というのはそういう性質のものではない、ということだけはいえる。太田の心の動揺は、彼がここの病舎で癩病患者および肺病患者のなかにあって、彼らの日常生活をまざまざと眼の前に見、自分もまた同じ患者の一人としてそこに生活しつつある間に、夏空に立つ雲のごとくに自然にわいて来たものであった。それはつかまえどころのないしかし理屈ではないところに強さがある、といった性質のものであった。――言うならば太田は冷酷な現実の重圧に打ちひしがれてしまったのだ。共産主義者としての彼はまだ若く、その上にいわばインテリにすぎなかったから、実際生活の苦汁をなめつくし、その真只中から自分の確信を鍛え上げた、というほどのものではなかった。ふだんは結構それでいいのだが、一度たとえようもない複雑な、そして冷酷な人生の苦味につき当ると、自分の抱いていた思想は全く無力なものになり終り、現実の重圧にただ押しつぶされそうな哀れな自己をのみ感じてくるのである。苛酷な現実の前に闘いの意力をさえ失い、へなへなと崩折れてしまい――自分が今までその上に立っていた知識なり信念なりが、少しも自分の血肉と溶け合っていない、ふわふわと浮き上ったものであったことを鋭く自覚するようになるのである。一度この自覚に到達するということは、なんという恐ろしい、そしてその個人にとっては不幸なことであろう。理論の理論としての正しさには従来どおりの確信を持ちながらも、しかもその理論どおりには動いて行けない自分、鋭くそういう自分自身を自覚しながらもしかも結局どうにもならない自分、――それを感じただけでも人は容易に自殺を思わないであろうか。

自分自身が今そこでさいなまれつつある不幸な現実の世界を熟視しながら太田は思うのであった。この厳しい、激しい、冷酷な、人間を手玉にとって翻弄するところのものが今日の現実というもののほんとうの姿なのだ。そしてそういう盲目的な意志を貫ぬこうとして荒れ狂う現実を、人間の打ち立てた一定の法則の下にしっかと組み伏せようとする、それこそが共産主義者の持つ大きな任務ではなかったか。そして、自分もまた、そのために闘って来たのではなかったか。――そうは一応頭のなかで思いながら、彼の本心はいつかその任務を果すための闘争を回避し、苦しい現実の中から、ただひたすらに逃げ出すことばかりを考えているのであった。彼は積極的に生きようという欲望にも燃えず、すべての事柄に興味を失い、ただただ現実を嫌悪し、空々寞々たる隠者のような生活を夢のように頭のなかにえがいて、ぼんやり一日をくらすようになった。それは、結局はやはり病にむしばまれた彼の生気を失った肉体が原因であったのであろうか。――だが、時々は過去において彼をとらえた情熱が、再び暴風のようにその身裡をかけ巡ることがあった。太田は拳を固め、上気した熱い頬を感じながら、暗い独房のなかで若々しく興奮した。しかし次の瞬間にはすぐに「だが、それが何になる、死にかかっているお前にとって!」という意地のわるい囁きがきこえ、それは烈しい毒素のように一切の情熱をほろぼし、彼は再び冷たい死灰のような心に復るのであった。

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