九 桃としょうぶの節句
三月三日の節句の祝いの日に、女の子のある家々のありさまは、ひなの家とでも言ってみたいようなものです。かんむりをつけたおそろいの内裏びな、お庭にはたき火でもしていそうな仕丁、古風な五人ばやし、すべて遠い昔のさまをあらわして、山の上に都を定めたころのおごそかでみやびた音楽も聞えてくるような気がします。白酒、ひしもち、桃の花の掛け物、それに紅白の豆いり――その日を祝うものは、多く山のものですね。
「ごめんください。きょうはおじょうさんのお節句で、おめでとうございます。わたしどもは山のものではありませんが、おなかまに入れていただこうと思いまして、お祝いにあがりました。」
こんなことを言って、さざえやはまぐりが海からわざわざそこへ祝いにやってきます。
それに比べると、五月五日の節句を祝うのが多く川や海のものであるのも、おもしろい。軒にふくしょうぶ、ちまきに巻くまこもの葉、さわやかな五月の風にしっぽを振って大空を泳いでいるようなのぼりのこい、あの長いひげをはやし、黒い衣装をつけて、魔よけの剣をふるっている鍾馗までが、どうも山の人ではなくて、唐国あたりから船で海を渡ってきた目の大きな人のように見えます。五月の節句に飾るものも三月とは大違いで、鎗、刀、甲、冑、弓、矢、それから人形でもなんでも黒い腹掛けをかけた力のある金時のたぐいです。
「ごめんください。きょうはぼっちゃんのお節句で、おめでとうございます。山のものもめずらしかろうと思いまして、わたしどももお祝いにあがりました。」
と言って、こんどは山からその日の祝いにやってきますが、それがおいしいおいしいかしわもちです。
こんなすっきりとした気象と力のこもったしょうぶの節句が、みやびということを忘れない桃の節句とともに、一年に一度はかならずほうぼうの家へたずねて来て、あらゆる女の子や男の子のところへみやげを持って来てくれますよ。
毎年のことと言いながら、どうかしてよい年を送りたいと思わないものはありませんから、いろいろな祭の日が順にやってきますと、こないだは建国祭、次にはなんの記念日というたびに、ほうぼうの家では日の丸の旗を出すやら仕事を休むやらして、そういう日をよろこび迎えます。その中でも、三月と五月の節句の祝いの日ほど、だれにも長いおなじみのものはありません。おとなですら、その日を迎えて一生に二度とは来ない少年の時をなつかしみます。女の子にとっては桃の花のつぼみのような年ごろから、男の子にとってはしょうぶの葉のような伸びゆくさかりの年ごろから、山のものを祝い、海のものを祝いして、新しいおべべに着かえながら、そういう節句にめぐりあうというのも楽しいではありますまいか。