故国日本へ
龍睡丸は、いまこそ、大自然のふところにいだかれて、大海原の波の上に勇ましくうかんだ。そして、気もちよくふく風に帆をはって、ハワイ諸島の無人の島々にそって進む航路に、船首を向けた。
まっすぐに日本に向かうと、距離は近くなるが、とちゅう、海が深くて、魚がすくない。それで、まわりみちではあるが、島をつたって、進むことにしたのだ。
それは、この島々のまわりには、魚や鳥が、多くいるにちがいないから、そのようすを、よく調査するのと、もう一つは、昔は、このへんの島近くに、まっこう鯨が多くいた。それを追いかけた捕鯨船が、無人の小島を、発見したこともあったのだ。それだのに近ごろは、まっこう鯨が、いっこうにすがたを見せなくなってしまった。それはたぶん、鯨のたべものであるイカやタコが、このへんにいなくなったのであろう。
あるいは、海流がかわると、鯨もいなくなることがあるから、海流がかわったのかもしれない。そういうことも調べてみたい。
もし、鯨が見つかったら、どんなに勇ましい、鯨漁ができるであろう。たのしみの一つに、これが加えてあった。
それから、飲料水についても、考えねばならなかった。タンクは、大小二個あるといっても、船が小さい。もし、飲料水がなくなった場合、どの島にも、水があるわけではない。ミッドウェー島に船をよせて、清水をくみこんで行こう。これも、島づたいに行く、理由の一つであった。
しかし、島づたいといっても、一つの島からつぎの島へは、帆船であるから、風のつごうにもよるが、三日も四日もかかるのである。
さて、どの島でも、近くに行くと、魚がたくさんいた。また、海鳥――アホウドリ――が、たいへんにむらがっていて、ふかもよくつれた。しかし、いくら漁があるからといっても、一つ島でぐずぐずしてはいられない。一日も早く帰らなければならない急ぎの航海だ。島々をしらべることも、適当にきりあげては進んだ。
はじめに見たのが、ニイホウ島であった。荒れはてた、岩ばかりの島で、人は住んでいない。しかし、大昔には、人が住んでいたので、ひくい石の壁でかこまれた、式場らしいところや、たくさんの石像が残っているし、また、昔、船で渡ってきた人たちが残していったものもあって、博物館のような島である。海鳥も、魚も、多かった。
つぎに見たのは、海底火山がふきだした熔岩でできた、ごつごつの島であった。島の根は、海中にするどくつき立って、あくまで、波と戦っていた。
大洋からおしよせる青い波の大軍は、一列横隊となって、規則正しく、間隔をおいて、あとからあとから、岩の城めがけて、突進し、すて身のたいあたりをする。そのひびきは、島をゆるがし、まっ白にくだけた波は、くずれ落ちて、岩の根にくいつく。また、はねあがるしぶきは、高い絶壁をおおい、熱帯の強い日光があたって、絶壁の肩に、七色の虹をかけている。このたたかいは、はてもなく、くりかえされているのである。
船の人たちは、ときどき、こんなことを、まのあたりに見て、今さらのように、大自然の力強さを、しみじみと教えられるのである。そうして、この自然の力にくらべれば、人間の力は、よわいものだとわかればこそ、かえって、精神力が、ふるいたつのであった。
荒い岩山には、ぽかっと、まっ黒な岩窟らしい穴が、あちこちに見える。たくさんの海鳥が、あやしい鳴声をして、みだれ飛んでいる。岩に、つばさを休めている海鳥のすがたも、やさしくは見えない。この島は、ネッカーとよぶ、無人島であった。
それは午前十時ごろであった。つりをはじめると、ふかが大漁である。やつぎばやに、大きなのがつれる。
三メートルもあるふかを、たくみに甲板にひきあげるのは、見ていても痛快だ。しかし、つり針を大きな口からはずすときの、手の用心。甲板にころがしてからは、足の用心。ちょっとのゆだんもできない。するどい歯でがぶりやられたら、手も足も、きれいに食い切られてしまう。魚つりというよりは、大きさといい、猛烈さといい、猛獣狩とでもいう気分である。
帆柱の根もとで、甲板につまれたふかから、せっせと、ひれを切りとっていたのは、北海道国後島生まれの漁夫、国後であった。肩はばのひろい、太い手足、まる顔のわか者である。かれと向かいあって、ひれのしまつをしているのは、帰化人の小笠原であった。青い目で、ひげむしゃの小笠原は、五十五歳の、老練な鯨とりで、この船のなかでは、最年長者。青年船員からは、父親のように親しまれて、「おやじさん」とか、「小笠原老人」とかよばれている、ほんとうの海の男である。
国後は、島を見ていたが、
「ねえ、おやじさん、あの島は、なんだかすごい島だね」
というと、小笠原は、
「うん、ただの島じゃないよ。それについちゃあ、話があるんだよ」
と、ひれをにぎったまま、島を見つめた。
このことばを、通りがかった、浅野練習生と、秋田練習生が、聞きとがめた。二人の練習生は、いま、船長室で、午前の学科を終って、ノートと書籍をかかえて、船首の自室へ、ころがっているふかを、よけたり、またいだりしながら、帰るとちゅうであった。
「おやじさん。何か、わけがあるのかい、岩でごつごつのこの島には」
「そうだよ。わかい生徒さんなんかは、聞かないほうがいいんだ」
浅野練習生は、首をつきだした。
「教えてくれたまえ。なんでも聞け、それが勉強だ。船長が、いつでもいわれるじゃないか。ねえ、おやじさん」
「そうだなあ――話しておくほうがいい、なあ」
小笠原は、立ちあがって、島を指さした。
「いいかい、あの山は、八十四メートルの高さだ。無人島だが、大昔に、人が住んでいた跡があるんだ。それよりも、あの山に、三十いくつの墓石が、ならんでいるのだよ」
「三十いくつの墓石」
「それはね、昔、外国船の難破した人たちが、この無人島に流れついて、七年間も、岩窟に住んでいた。そして、うえ死にしたということだ」
浅野も、秋田も、国後も、あらためて、岩山のいただきを見つめた。
南海の強い日光に、岩のかたまりは悪魔のような影がつけられ、そのあたりを、一陣のあらしのように飛びさる、海鳥の群。
島の根もとに、がぶり、がぶり、とかみついている、波の白い牙。
故郷を遠く幾千カイリ、この無人の孤島に、三十いくつの立ちならぶ墓石となった人々のことを思って、秋田生徒は、うるんだ声でいった。
「七年も生きていて、うえ死にするなんて……魚がつれなくなったのかなあ――」
このとき、とつぜん、だれかがうしろから、生徒二人の、肩をたたいた。二人は、びっくりして、ふりかえると、漁業長が立っていた。
漁業長は、ポケットから、何枚かのビスケットをつかみ出して海へ投げた。
船のまわりを飛んでいた海鳥の群が、もつれあって、さっと突進し、ビスケットを一枚のこさずくわえとり、舞いあがって、たべてしまった。
「どうして、鳥にえさをやるのですか」
浅野生徒がきくと、漁業長は、目顔で島をさして、
「島のお墓へ、そなえたのだよ」
「でも、鳥が、横どりしてしまいました」
「鳥がとっても、心は通るさ」
一同は、しんみりとして、島を見つめた。
小笠原が大きな声で、
「だれだって、おしまいはお墓だよ。あたりまえのことだ。しかし、えらいもんだ、七年もがんばったのだよ。まったくえらい。どうだい、わかい連中は、がんばれるかい」
三人の青年は、ほとんど同時に、
「がんばるとも、十年だって――」
「本船のわかい連中は、えらい。これで、おいらも安心したよ。あっはっはっは……」
小笠原老人は、めいった気分を、笑いとばしてしまった。
こういっているうちにも、船はよく走って、陰気な岩山も、怒濤のひびきも、いつか後方はるか、水平線のかなたに、だんだん小さくなっていった。しかし、三人の青年船員の胸には、三十いくつの墓の話が、なかなか消えなかった。
――まさか、自分たちもそんなことに――
と、思うのではなかったが……