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死の淵より

食道ガンの手術は去年の十月九日のことだから早くも八ヵ月たった。この八ヵ月の間に私が書きえたものの、これがすべてである。まだ小説は書けない。気力の持続が不可能だからである。詩なら書ける――と言うと詩はラクなようだが、ほんとは詩のほうが気力を要する。しかし持続の時間がすくなくてすむのがありがたい。二三行書いて、あるいは素描的なものを一応書いておいて、二三日おき、時には二三週間、二三ヵ月おいて、また書きつゞけるという工合にして書いた。

千葉大の中山外科から十一月末に退院した。手術後の病室で書かれた形の詩をこのに集めた。形のというのは病室で実際に書いた詩ではないからだ。手術直後にとうてい書けるものではない。気息えんえんたる状態のなかでそれは無理だ。しかし枕もとのノートに鉛筆でメモを取った。それをもとにして退院後書いたのが、これらの詩である。そこでやはり病室での詩ということにした。

肋膜の癒着もあったせいか、手術はよほどヘビイなものだったらしく三時間近くかかった。爪にガクンとあとが残り、それが爪がのびるとともに消えるのに半年近くかかった。詩が書けはじめたのは(さきに退院後と書いたが実際は)その半年すこし前のことである。

「死の淵より」という題の詩をひとつ書こうと思ったのだが、できなかった。できたら、それを全体の詩群の題にしようと思っていた。それはできなかったのだが、全体の題に残すことにした。

(昭和三十九年六月十七日、再入院の前日)

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