四
支那の人文現象は、その間口から見ても又その奧行から見ても、底の知れぬ程深く且つ廣い物である前に列擧した佛英獨及び日本、支那に於ける學者の業績は、卒然として之に對すれば相當大きい堆積であり數人の力では一通り眼を通すさへ困難な位であるが、併も之を研究對象の全體から見る時は所謂九牛の一毛に過ぎず、我々はたゞ前途の甚だ遠きを見て長大息を洩らす許りである。即ち嚴格な意味に於ける支那研究の足跡は全世界の學者達の數十年に亘つた熱心なる努力に拘はらず、その收穫の貧しいことは前記の如くで一般人が其結果の分け前に預ることは今日迄の所まだ甚だ乏しいのである。然しながら我々は、殊に隣り合つて國を樹てる所の日本人は單にそれ/″\の職業に應じて、或程度の正確な特殊智識の必要を痛切に感ずる許りではなく、佛蘭西の一般國民が英吉利を知り、英吉利の一般國民が獨逸を知ると同程度及意味に於て、日本國民が支那を知ると云ふことは彼等の日常生活にとつて必須の常識であらねばならぬ。幸にも此數年來我國民は此の事實に氣付き、以前とは違つた眞劍な心持ちで支那を眺め樣とし、それに關する智識慾の燃え立つて居ることを示す種々なる現象が起つて來た樣である。南滿州や更に南北支那にまで足を伸ばす實業團體や教育家團體や學生團體が年と共に増加して來ることも其明證の一つである。如何にも日本人一般の支那に關して持つ所の智識は貧弱である。一層惡るいことには其内容の殆んど凡てが根柢から誤つて居る。一口に言へば日本人は其隣國であり殊に國民經濟生活の最大要素たるべき支那に關して全く沒常識である。彼等の沒常識の最も顯著なる實例三ヶ條を次に掲げよう。
一、日本人は一般に支那に對して先進者であると云ふことを無反省に自惚れて居る。二、日本人は支那を儒教の國であると思ひ込むで居る。三、右の誤信とは一見矛盾する樣であるが日本人は支那人を道徳的情操の殆んど全く缺乏した民族であるかの如く考へて居る。