Chapter 1 of 9

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霜凍る宵

近松秋江

それからまた懊悩と失望とに毎日欝ぎ込みながらなすこともなく日を過していたが、もし京都の地にもう女がいないとすれば、去年の春以来帰らぬ東京に一度帰ってみようかなどと思いながら、それもならず日を送るうち一月の中旬を過ぎたある日のことであった。陰気に曇った冷たい空っ風の吹いている日の午前、内にばかり閉じ籠っていると気が欝いで堪えられないので、また外に出て何の当てもなく街を歩いていたが、やっぱり例の、女のもといたあたりに何となく心が惹かれるのでそちらへ廻って行って、横町を歩いていると、向うの建仁寺の裏門のところを、母親が、こんな寒い朝早くからどこへ行ったのか深い襟巻をしてこちらへ歩いて来るのが、遠くから眼についた。私はそれを一目見ると、心にうなずいて、

「この機会をいつから待っていたか知れぬ」と、心の中に小躍りしながら、そこの廻り角のところでどっちに行くであろうかと、ほかに人通りのない寂しい裏町なのでこちらの板塀の蔭にそっと身を忍ばせて、待っていると、母親はそれとは気がつかぬらしく、その廻り角のところに来て、左に折れた。……そこを左に折れると、先々月の末に探しあてて行った例の路次裏の方へ行く道順である。私は、母親をやり過しておいて、七、八間も後れながら忍び忍び蹤いてゆくと、幾つもある廻り角を曲ってだんだんこの間の家の方へ近づいて行く。そして、とうとう、やっぱりその路次を入っていった。母親の姿が路次の曲り角を廻って見えなくなると、私は小走りに急いで後を追うてゆくと、母親は、やっぱり過日の三軒並んだ中央の家の潜戸を開けて入ってゆくところであった。そして入ったあとをぱたりと閉めてしまった。

私はこちらの路次の入口のところに佇立まって「ははあ」とばかりその様子を見ながら、心の中で、「今まで言っていたことは何もかも皆なばかりであった。やっぱり女もこの家にいるにちがいない」と独りでうなずいて、

「もうこうして居処を突き留めた以上は大丈夫である。これから一と思いに踏み込んでやろうか」と思ったが、いやいや長い間の気の縺れに今は精神が疲労しきっている。今すぐ、あの戸を叩いては、また仕損じることがあってはいけない。あの家の中に女が潜んでいると知ったら安心である。あえて急ぐには及ばぬ。ゆっくり心を落ち着けて、精神の疲労を回復した上で話に取りかかっても遅しとせぬ。そう思案をして、そのままそっと路次を引き返して表の通りの方へ出て来た。そして早く一応宿へ帰って、積日の辛苦を寛げようと思って電車の方に歩いてくると、去年の十二月の初めから、空漠とした女の居処を探すためにひょっとしたら懊悩の極、喪失して病死しはせぬだろうかと自分で思っていた、その居処を突き留めた悦びやら悲しみやらが一緒に込み上げて来て、熱い玉のような涙がはらはらと両頬に流れ落ちた。そして神経がむやみに昂って、胸の動悸が早鐘を撞くようにひびく。寒い外気に触れて頬のまわりに乾きつく涙を、道を行く人に憚るようにしてそっと拭きながら、私は心の中で、

「やっぱり初めからあすこにいたのだ。それを、あの母親の言うことにうまうまと騙されて、ありもせぬ遠くの方ばかし探していた。今のところに変って来る前先の時もあの路次にはもういないというから、そうかと思っていると、やっぱりあすこにいたのであった。今度もまたそうであった。一度ならず二度までも軽々と、あの母親のいうことを真実に受けて、この貴重な脳神経を、どんなに無駄に浪費したか知れぬ」と、口惜しさと憤りとがかっとなるようであった。

それから二、三日の間はつとめて心をほかのことに外らして気を慰め、神経を休めてから今度はよほどの強い決心をしてまたその路次に入って行った。そして入口の潜戸のところに立って引っ張ってみたが、やっぱり昼間でも中から錠を下ろしていると思われて開かない。

「ご免なさい」

と、声をかけてみた。すると、入口の脇の子窓をそっと開けて、母親が顔を出した。

「おかあはん、やっぱりここにいるんじゃありませんか」と、私は、どこまでも好きな女の母親に物をいうように優しい調子でいうと、母親は、それでもまだ剛情を張って、

「ここは私の家と違います。先から、そういうてるやおへんか」と、あくまでも白ばくれようとする。

私も心でむっとしながら、

「いや、もう、そんなに隠さない方がいいです。あなた方は初めからここにいたのは分っているんだ。お園さんはどうしています?」

そういうと、母親もさすがに包みかねて、声を柔らげながら、

「今まだ病気が本当にようありまへんさかい。ようなったら、あんたはんにも会わせますいうてるやおへんか、どうぞ今度また会うてやっとくれやす」

と調子のいいことをいう。

「そこにいるんなら、今会ったっていいじゃありませんか」

「今ちょっと留守どすさかい。また加減がようなったら、私の方から、あんたはんにお知らせします。もうしばらくの間待ってとくれやす」

窓の内と外とで立ちながら、そんな話をしたが、母親は入口を開けて私を家の中へ入れようとせぬ。そしてしまいには、呆れて応答も出来ないような野卑な口をきいて毒づくのである。そもそも女に逢い初めた時分、それからつい去年の五月のころ、女の家に逗留していた時分に見て思っていた母親とは、まるで打って変った悪婆らしい本性を露出して来た。

それにつけても、まだ女の家にいたころ、女が私と二人ばかりの時、

「内のお母はん、ちょっと欲の深い人どすさかい」と一と口いったことのあったのを、ふと思い起した。それを質樸な婆さんと見たのがこちらの誤りであったか……そんなことを思った。

私の心の中を正直に思ってみれば、もう、女の顔を見たいが一心である。ともかくも一度どうかして本人の顔が見たい。振り顧ってみると、母親にこそ近ごろたびたび会っているが、本人の顔を見たのは、もう、去年の七月の初め彼女のところから山の方に立っていった、あの時見たきり七、八カ月というもの見ないのである。流行感冒から精神に異状を来たして長い間患っていたというから、どんな容姿をしているか、さぞ病み細っているであろう。どうかして一度顔を見たいものである。そして出来ることなら母親に内証で、こちらの胸をそっと向うに通ずる術もないものかと、いろいろに心を砕いたが、好い方法も考えつかぬ。毎日そこの路次口にいって立っていたなら、風呂に行く時にでも会われはせぬかと思ってみたが、一月から二月にかけて寒い最中のこととて、あまり無分別なことをして病気にでもなったら、この上になおつまらぬ目に会わねばならぬと思うと、そんなことも出来ぬ。そして時々路次に入っていって入口のところに立って家の中の様子に耳を澄ましてみるが、人がいるのか、いないのか、ことりという音もせねば話し声も洩れぬ。そっと音のせぬように潜戸を引っ張ってみても、相変らず閉めきっていて動かない。入口の左手が一間の子窓になっていて、自由に手の入るだけの荒い出格子の奥に硝子戸が立っていて、下の方だけ擦り硝子をはめてある。そこから、手をし入れて、試みにそっとその硝子戸を押してみると五、六寸何のこともなくずうっと開きかけたが、ふっとそれから先戸が動かなくなったのが、どうやら誰か内側からそれを押えているらしく思われたので、こんどは二枚立っている硝子戸の左手の方を反対に右手に引こうとすると、それもまた抑えたらしく開かない。どうしようかと思ってちょっと考えたが、一旦押す手を止めておいて、その出窓が一尺ほどの幅になっているので、こんどは隣りの家の入口の方に廻って、その横手の方から、一と押しに力を入れて、ぐっと押すと、こちらの力が勝って、硝子戸は一尺ほどすっと開いた。そして内側をふっと見ると、向うの窓の下のところに、嬉しや、彼女が繊細い手でまだ硝子戸に指を押しあてたまま私の方を見て、黙ってにっこりとしている。その顔は病人らしく蒼白いが、思ったよりも肥えて頬などが円々としている。近いころ髪を洗ったと思われて、ぱさぱさした髪を束ねて櫛巻にしている。小綺麗なメリンスの掛蒲団をかけて置炬燵にあたりながら気慰みに絽刺しをしていたところと見えて、右手にそれを持っている。私は窓の横から窺きながら、

「お園さん」と低い調子で深い心の籠った声をかけた。

と、そこへ、その物音を聴きつけて、次の間から母親が襖をあけて出て来て、

「なんで、そない端のところに出ているのや、早うこっちお入りんか。そなところにいるからや」と、ひそひそ小言をいいながら、力なげに起ち上った彼女の背後に手を添えて奥の間の方へ推し隠してしまった。そして硝子戸を今度はぴっしゃり閉めてしまった。せっかく好いあんばいに顔を見ることが出来たのに、一と口も口を利く間もなかった。

けれども、長い間恋い焦れて、たった一と目でもいいから見たい見たいと思っていた女の顔を見ることができたので、ちょうど、長い間冬威にうら枯れていた灰色の草原に緑の春草が芽ぐんだように一点の潤いが私の胸に蘇ってきた。病後の血色こそ好くないが、腫んだように円々と肥って、にっとこちらを見て笑っていた容姿には、決して心から私という者を厭うてはいないらしい毒気のないところが表われていた。ああして小綺麗なメリンス友禅の掛蒲団の置炬燵にあたりながら絽刺しをしていた容姿が、明瞭と眼の底にこびりついて、いつまでも離れない。それにしても、あれは、何人が、ああさしておくのであろう? よもや背後に誰もついていないで、気楽そうにああしていられるはずがない。

そんなことを思うと、身を煎られるような悩ましさに胸の動悸が躍って、ほとんどいても起ってもいられないほど女のことが思われる。

そして、もう悪性の流行感冒に罹っても構わない、もし、そんなことにでもなったら、かえって身を棄て鉢に思いきったことが出来る、生半に身を厭えばこそ心が後れるのだ、誰か男が背後についているにちがいないとすれば大抵夜の八時九時時分には女の家に来ているであろうと、そのころを見計らって、ほとんど毎夜のように上京の方から遠い道を電車に乗って出て来ては路次の中に忍んで、女の子の窓の下にそっと立っていた。そして、家の中から男の話し声が洩れはせぬか、その男の声が聴きたい、どんなことを話しているであろう? と冷たい黒闇の夜気の中にしばらくじっと佇んでいても、家の中からは、ことりの音もせぬ。そっと例の硝子戸に触ってみるけれど、重い硝子戸は容易に動かない。誰もいない留守なのかと思っていると、いるにはいると思われて、畳の上を人の歩く足音がする。それが母親であったら勝手が悪いと思ったが、試みに、誰とも分らないほどに低い声で、

「今晩は今晩は。……ご免なさいご免なさい」

と声をかけてみると、すっと内から硝子戸が一尺ばかり開いてそっと、白い顔を出したのは、中の電燈を後に背負って、闇がりではあるが、たしかに彼女である。そして、眼で外の闇の中を探るようにしている。

「お園さん」

と、私は思わず子窓に寄り添うようにして力の籠った低声で呼びかけながら手に物を言わせて、おいでおいでをして見せると、彼女は、声の正体が分ったので、そのまま黙って、急いで硝子戸を閉めてしまった。どうすることも出来ない私はちょうど猿が樹から落ちたような心持になった。向うで幾らかその気があるなら、何とか合図くらいのことはしてくれそうなものであるのに、少しもそんな様子のなかったのは、すっかり心が離れてしまっているからである。そう思うともう心に勢いが脱けて、その上つづけて寒い闇の中に佇んでいる力がなくなり、落胆と悲憤とに呼吸も絶え絶えになりそうな胸をそっと掻き抱きながら空しく引き返して戻ってくるのであった。

それ以来硝子戸を固く釘付けにでもしたと思われて、夜の闇にまぎれて幾ら押してみても引いてみても開かなくなってしまった。相変らず出かけていって窓の下に佇んで家の中の物音に身体中の神経を集めて耳を澄ましても母子の者の話す声さえせぬ。何とか家の中を窺いて見る方法はないかと思って、硝子戸を仰いで見ると、下の方は磨き硝子になっているが上の方は普通の硝子になっているので、路次の中に闇にまぎれて、人の通るのを恐る恐るそこらに足を踏み掛けてそっと子格子に取りついて身を伸び上って内を窺くと、表の四畳半と中の茶の間と両用の小さい電燈を茶の間の方に引っ張っていって、その下の長火鉢によりかかりながら彼女が独りきりでいつかの絽刺しをしているのが見える。そして身体が三分の一ばかり手前の襖に隠れているので、その蔭に母親もいるのか分らない。とにかく静かで、ただ絽刺しの針を運ぶ指先が動いているだけである。こちらが窓に伸び上っている物音でも聞えたら、ついと振り向きそうであるが、それも聞えぬのか、まるで石像のように静かにしている。ついでに内の中の様子を見ると、この間は気がつかなかったが、すぐ取付きの表の間には壁の隅に二枚折りの銀屏風を立て、上り口に向いたところにはまた金地の衝立などを置いてある。

Chapter 1 of 9