5 ラジオをつけて、 グルッとダイアルを回す たちまちダンスのはじまりだ
〈ダンス、ダンス、ダンス〉
ビーチボーイズ
KWTSの「開局」は、六月二十日に決まった。
もっとも、空中波を飛ばすわけではないので、このコールサインは、ただの飾りものにすぎない。アメリカ風にやろう、というワラの提案に、高志が乗っただけのことだった。
慶一、ワラ、高志のステイションという意味だ。慶一は、部員でもないのに先頭はまずい、といったが、これがいちばんゴロがいいと、高志はとりあわなかった。
ワラも、Kではじまるのは西海岸の局だから、ニューヨークのように、Wからはじめようと抗議したが、おまえははじめから、てめえの都合を考えてたんだろうと、これまた、高志に一蹴されてしまった。
この「ステイション」なるものの実体は、四〇七の「制作室」と、一階事務室奥の三畳ほどの「放送室」にすぎない。ここから、寮中どこにでもあるスピーカーに、音楽を流すだけのことだった(慶一は、『ナポレオン・ソロ』からとって、四〇七を「アンクル」、放送室を「スラッシュ」と名づけたが、だれも使ってくれず、この暗号名はすぐに忘れられた)。
六月十二日にはじまる一週間、三人は目のまわるような忙しさですごした。とくに高志とワラは、平日に外出許可をとって秋葉原へでかけ、テープやオーディオ・アクセサリーを買いこんできたし、施設課に交渉して、あっというまにオーディオ・ラックと、レコード棚をつくってもらったりした。
四〇七の「整備」――要するに、できあがったラックを運びあげ、棚に機材やレコードをならべて、結線をするだけのことだが――には、「特別顧問」の慶一はもちろんのこと、部員でもなんでもない、山崎や柾生まで駆りだされた。
もっとも、まだきちんと部費が出ないので、その棚に収まったのは、三人が銘々もちよったじぶんのコレクションだけで、慶一が期待したような「大豪遊」のチャンスは、まだおとずれていない。
しかし、いちばんの問題は、一曲目をどうするかだった。
「イントロがカッコよくないと」
というのが、高志の条件だ。
問題は、イントロを聴く人間など、全寮で十人もいないだろう、ということだ。みんな眠っている。だからといって、カッコ悪いスタートはできない。
この矛盾は、ワラのアイディアで回避した。
「だいじなのはさ――」
と、ワラは議論をさえぎった。
「記念の第一曲を、みんなが聴くようにする、それだけでしょう。だったら――」
ワラはニヤリと笑った。
「はじまるまえに起こしておけば、いいじゃない」
たしかにそうだ。
「ダメだ。これだけじゃ、いくらなんでも短すぎる」
それはそうだが、これ以上まわしたら、イントロが終わって、歌に入ってしまう。
さっきから、テープにとった、レン・バリーの〈1-2-3〉をくりかえして聴いている。
これは、長さの点をのぞけば、「目覚しベル」に最適のイントロになっている。ドラムとベースのコンビネイションによる、二小節ぶんのビートもいきおいがあるし、そのあとにつづく四小節の管も派手だ。
「わかった、やるよ。やりたくないけど」
とうとうワラが妥協した。
「大きなノイズが入らないようにはできるけど、あんまりスムースには聴こえないからね」
「気にすんなって、どうせ、みんな眠ってるから、わかんないさ」
高志は、六小節しかないイントロを、テープ編集で四倍にしろと要求している。そうすれば、秒数にして四〇秒ほどになる。
できあがったテープは、高志と慶一の耳には、素晴らしいものに聴こえた。
「充分だよ。上出来」
と、浮かない顔のワラを高志がもちあげた。
なにしろ、つなぎ目が三カ所もある。たいていの人間は、三回もつづけて不可解なことに出くわせば、原因を追求しようとする。しかも、これは毎朝流すことになるのだから、ワラの憂鬱もわからなくはない。
だが、これはよくできている。たんに四本のテープをつないだだけでなく、娯楽室のステレオにリヴァーブがついている(なんだって、ステレオにリヴァーブなどつけたのかは、メーカーにきいてほしい)のを利用して、これを通して深いリヴァーブをかけ、つなぎ目をごまかし、同時に、妙に迫力のある音をつくりだしている。
「これなら、死人も起きるぜ」
と、高志は満足そうにつぶやいた。
このテープはあくまでも目覚し時計がわりで、曲ではない。第一曲目の候補としては、こんな曲があげられた。
ストーンズ〈ゲット・オフ・オヴ・マイ・クラウド〉
サム・クック〈シェイク〉
ビートルズ〈ティケット・トゥ・ライド〉
デイヴ・クラーク・ファイヴ〈オーヴァー・アンド・オーヴァー〉
ビーチボーイズ〈ダンス、ダンス、ダンス〉
スウィンギング・ブルー・ジーンズ〈ヒピー・ヒピー・シェイク〉
ハニーカムズ〈ハヴ・アイ・ザ・ライト〉
高志は、
「アップテンポで、派手だけじゃあ、ダメだ。朝なんだから、陽気なやつにしようぜ」
といって、ストーンズとビートルズをはずした。
ワラの好きなサム・クックは、撃ち殺されたから縁起が悪いというので、これもアウト。スウィンギング・ブルー・ジーンズは、声が気に入らない、という高志の主張で、消滅。ハニーカムズは、オン・ビートは嫌いだ、という慶一の主張で落選。のこった〈オーヴァー・アンド・オーヴァー〉と〈ダンス、ダンス、ダンス〉の戦いは、高志にも決められず、難航した。
「じゃあさ、ふたつとも、目覚しテープにつないでみたら?」
というワラの提案に、ふたりも乗った。
「うーん、ダメだな」
高志は、できあがったテープを比較して、考えこんでしまった。
目覚しテープの終わりと、曲の頭とのつなぎがギクシャクする。ラジオみたいにはいかない。
「ワラ、おまえ、DJみたいにしゃべれないか」
高志のアイディアは、ワラにも慶一にもすぐ理解できた。
いやがるかと思いきや、ワラは、はじめからその気だったのではないか、というぐらい、即座に乗った。しかも、ステレオのリヴァーブなんかダメ、生の音もデッドだからダメと、うるさいことをいって、とうとうシャワールームに入ってしゃべることになった。
「ま、こんなもんか」
高志はプレイバックを聴いて、疲れたようにつぶやいた。
ワラは、シャワールーム(「エコー・チェンバー」といわないと、ワラが気を悪くするが)でしゃべったじぶんの声にご満悦で、「このエコーはいい!」と、はしゃいでいる。
曲のほうは、〈ダンス、ダンス、ダンス〉がいいと意見が一致した。
もう、十八日土曜日の夕方になっていた。
「さあ、早く、のこりを録音しちゃおうよ」
と慶一がいうと、
「おまえ、もう帰れよ。晩メシにまにあわないぞ」
と、高志が心配する。
「うん。でも、まだ頭ができただけじゃないか」
「大丈夫だよ。あとはさ、ただレベルをそろえて、曲をならべるだけだから」
ワラが満足気な顔でいった。
「ああ、もう大して時間はかからない。今晩とあした一日あるんだから、帰っていいよ」
「ホントに大丈夫?」
慶一は、きょうは外泊の予定だったので、今晩からあすの昼までの食事を食べるという届けを、事務室に提出していない。
「ああ、うちィ帰って、うまいメシ食ってこい。あとは、ワラとふたりでやるからさ」
二十日の開局当日は、「局」には、高志とワラだけが入った。
「おまえ、部員じゃないんだから、早起きしなくていいよ。部屋でモニターやれ」
という高志のことばに、ありがたくしたがったわけだ。
その朝、慶一は六時四〇分に目が覚めてしまった。六時五〇分まで、ベッドから出ずに、腕時計をにらみながら、じっとしていた。
六時四九分。スピーカーから軽いノイズが流れ、電源が入ったことを知らせる。
ドン、タッ、ドン、タッ、ドン、タッ、ドン、タラタッタ、という〈1-2-3〉のドラムは、部室のスピーカーで聴いたときよりは落ちるが、それでもけっこう迫力があった。まあ、つなぎ目が多少ギクシャクするのは、しかたない。
十八小節。ドラムの音が下がる。
「グモーニン、ディス・イズ・KWTS。お早ようございます。起床の時間です」
「時間です」の「す」にかぶさって、六弦ベースの高音部によるリフとタンバリン、それに途中から十二弦ギターも加わる、〈ダンス、ダンス、ダンス〉の、軽快で、にぎやかなイントロが入ってくる。
完璧なタイミングだ。イントロの転調部分で、慶一はうなじの毛が逆立つのを感じた。
「クソー、なんなんだよ、これは」
スピーカーにいちばん近い秋本が、頭をもちあげる。
慶一はそれにはこたえず、ビーチボーイズに耳をかたむけていた。
フェイドアウトにかぶさって、
「お早ようございます。掲示板でお知らせしたとおり、本日から、われわれオーディオ部が、起床放送を担当します。よろしく。コールサインはK、W、T、S、KWTSです。きょうの点呼は、雨天のため、居室です」
ワラの声だ。これは、シャワールームのエコーがかかっていないし、きょうの点呼がどうのといっているから、テープではない。
開き気味のハイハットと、それにバスドラムとウッド・ベースのイントロが入ってきた。知っている曲なのに、あまりにも予想外だったため、慶一はなんの曲だか、歌にはいるまで思いだせなかった。
なんて曲を使うんだ! 慶一はベッドで上半身を起こした。
もう、他の連中も目を覚ましたらしく、ひとりがトイレに駆けこんでいく。
慶一も起きあがり、はだしのままビニールタイルの床を歩いて、インターフォンのまえにいき、呼出しスウィッチを押した。
「はい」
ワラではなく、高志の声だ。
「この曲はなんですか?」
と、慶一は声をはりあげた。
「シルヴィー・ヴァルタンの〈アイドルを探せ〉です。原題はフランス語なので読めませんが、たぶん、ぜんぜん関係ないタイトルでしょう」
高志はまったく平然としている。「局」で笑い転げている高志とワラのすがたが、目に見えるようだ。
なんで、シルヴィー・ヴァルタンなんだよ!
慶一はあきらめて洗面所にむかった。どうも、土曜日はやけに親切だと思った。あいつら、笑いながらこの曲を録音していたんだ!
歯をみがいていると、こんどは予定どおり、デイヴ・クラーク・ファイヴの〈キャッチ・アス・イフ・ユー・キャン〉になったので、ようやく気分が落ちついた。
ピーター&ゴードンの〈ゴー・トゥ・ピーシズ〉を聴きながらベッドをなおし、パジャマを脱いでいると、点呼は居室です、というワラのアナウンスがまたはいり、ハーマンズ・ハーミッツの〈キャント・ユー・ヒア・マイ・ハートビート〉になった。
初日が雨なのは、ラッキーだった。みんな、KWTSにいい印象をもっただろう。
晴れの日は、点呼は野球場だ。雨の日は、各部屋ごとに、当直教師が点呼にまわる。もちろん、雨は歓迎だ。点呼が室内なら、一〇分ほど長く寝られる。これは重大なことだった。
「シルヴィー・ヴァルタンはないだろー」
その日の朝食後、三人は四階の部室に集まって、初日のプログラムのできを話しあった。
慶一は、とにかく、どのように解釈の幅を広くとっても、ぜったいにロックンロールではない、シルヴィー・ヴァルタンが気に入らない。
「かわいいじゃん。なあ、ワラ?」
「うん、サイコー」
ワラはアメリカにいたので、シルヴィーも〈アイドルを探せ〉の大ヒットもまったく知らなかったが、高志の影響でファンになっていた。シルヴィーにくらべれば、レズリー・ゴーアも、コニー・フランシスも、「ゼーンゼン目じゃない」のだそうだ。
「音楽は、かわいいとか、かわいくない、とかってもんじゃないだろう」
「おまえ、シルヴィーちゃん、嫌いなわけ?」
高志にかかっては、ナンシー・シナトラも、シルヴィー・ヴァルタンも、みんな「ちゃん」だ。
「だから、そうじゃなくてさ――」
「だから、かわいい、かわいくない、どっちだよ」
「そりゃあ、かわいいよ」
「じゃあ、いいじゃねえか」
「だからさあ、もー、音楽のことをいってるんじゃないか!」
「ありゃ、名曲です。なあ、ワラ?」
「うん、名曲です」
ワラはニコニコとこたえる。
「そりゃあ、悪い曲じゃないけど……」
「じゃ、いいじゃねえか」
どこか理屈がヘンだ、と慶一は考えなおしてみたが、どこがおかしいのか、よくわからないので、話題をかえることにした。
「まさか、あしたはもう、予定にない、ヘンな曲はないよね?」
一曲目は、デイヴ・クラーク・ファイヴの〈オーヴァー・アンド・オーヴァー〉に決まっていた。
「ナイショ」
高志がニヤニヤ笑いながらこたえた。
「ナイショです」
と、ワラがくりかえす。
「聴いてビックリ」
「聴いてビックリです」
慶一は投げだした。話にならない!
二十日月曜にはじまるこの週は、「開局記念週間」として、特別プログラムが組まれた。
毎日新しいテープをつくるなど、とうてい不可能で、高志には、はじめからそのつもりがなかった。ただ、この週の土曜の朝までは、毎日新しいテープにすることになっていた。
二十一日火曜の朝、慶一はぐっすり眠っていて、一曲目の〈オーヴァー・アンド・オーヴァー〉の間奏になって、ようやく目覚めた。すぐに二曲目になる。
飛びはねるようなフルートのイントロが流れる。こんどはかまえていたので、すぐにわかった。
「もー、またかよー」
きのうとおなじく、インターフォンのスウィッチを押す。
「はい」
高志だ。
「これは、なんという曲ですか?」
「フランス・ギャルの〈夢みるシャンソン人形〉です。フランス語だから原題はわかりませんが、すこしは関係のあるタイトルかもしれません。あなたのリクエストをお待ちしています。早くベッドをなおして、点呼に出ましょう。終わり」
慶一は頭からベッドに突っこんで、うめき声をあげた。
「追い出しの曲」は、予定どおり、アニマルズの〈ウィーヴ・ガッタ・ゲット・アウト・オヴ・ディス・プレイス〉(〈朝日のない街〉!)だった。ワラが考えたジョークだ。
その後も、この「二曲目の逆襲」はつづくが、慶一はもう、マージョリー・ノエルの〈そよ風にのって〉も、シェイラの〈いつも青空〉も、リトル・ペギー・マーチの〈霧の中の少女〉(日本語!)も、バリー・サドラー軍曹の〈ザ・バラッド・オヴ・グリーン・ベレー〉も、みんな無視することに決めた。