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45回転の夏 第1章 ローラーコースター、1966年
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45回転の夏 第1章 ローラーコースター、1966年
鶴岡雄二
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Chapter 5 of 17

5 ラジオをつけて、 グルッとダイアルを回す たちまちダンスのはじまりだ

〈ダンス、ダンス、ダンス〉

ビーチボーイズ

KWTSの「開局」は、六月二十日に決まった。

もっとも、空中波を飛ばすわけではないので、このコールサインは、ただの飾りものにすぎない。アメリカ風にやろう、というワラの提案に、高志が乗っただけのことだった。

慶一、ワラ、高志のステイションという意味だ。慶一は、部員でもないのに先頭はまずい、といったが、これがいちばんゴロがいいと、高志はとりあわなかった。

ワラも、Kではじまるのは西海岸の局だから、ニューヨークのように、Wからはじめようと抗議したが、おまえははじめから、てめえの都合を考えてたんだろうと、これまた、高志に一蹴されてしまった。

この「ステイション」なるものの実体は、四〇七の「制作室」と、一階事務室奥の三畳ほどの「放送室」にすぎない。ここから、寮中どこにでもあるスピーカーに、音楽を流すだけのことだった(慶一は、『ナポレオン・ソロ』からとって、四〇七を「アンクル」、放送室を「スラッシュ」と名づけたが、だれも使ってくれず、この暗号名はすぐに忘れられた)。

六月十二日にはじまる一週間、三人は目のまわるような忙しさですごした。とくに高志とワラは、平日に外出許可をとって秋葉原へでかけ、テープやオーディオ・アクセサリーを買いこんできたし、施設課に交渉して、あっというまにオーディオ・ラックと、レコード棚をつくってもらったりした。

四〇七の「整備」――要するに、できあがったラックを運びあげ、棚に機材やレコードをならべて、結線をするだけのことだが――には、「特別顧問」の慶一はもちろんのこと、部員でもなんでもない、山崎や柾生まで駆りだされた。

もっとも、まだきちんと部費が出ないので、その棚に収まったのは、三人が銘々もちよったじぶんのコレクションだけで、慶一が期待したような「大豪遊」のチャンスは、まだおとずれていない。

しかし、いちばんの問題は、一曲目をどうするかだった。

「イントロがカッコよくないと」

というのが、高志の条件だ。

問題は、イントロを聴く人間など、全寮で十人もいないだろう、ということだ。みんな眠っている。だからといって、カッコ悪いスタートはできない。

この矛盾は、ワラのアイディアで回避した。

「だいじなのはさ――」

と、ワラは議論をさえぎった。

「記念の第一曲を、みんなが聴くようにする、それだけでしょう。だったら――」

ワラはニヤリと笑った。

「はじまるまえに起こしておけば、いいじゃない」

たしかにそうだ。

「ダメだ。これだけじゃ、いくらなんでも短すぎる」

それはそうだが、これ以上まわしたら、イントロが終わって、歌に入ってしまう。

さっきから、テープにとった、レン・バリーの〈1-2-3〉をくりかえして聴いている。

これは、長さの点をのぞけば、「目覚しベル」に最適のイントロになっている。ドラムとベースのコンビネイションによる、二小節ぶんのビートもいきおいがあるし、そのあとにつづく四小節の管も派手だ。

「わかった、やるよ。やりたくないけど」

とうとうワラが妥協した。

「大きなノイズが入らないようにはできるけど、あんまりスムースには聴こえないからね」

「気にすんなって、どうせ、みんな眠ってるから、わかんないさ」

高志は、六小節しかないイントロを、テープ編集で四倍にしろと要求している。そうすれば、秒数にして四〇秒ほどになる。

できあがったテープは、高志と慶一の耳には、素晴らしいものに聴こえた。

「充分だよ。上出来」

と、浮かない顔のワラを高志がもちあげた。

なにしろ、つなぎ目が三カ所もある。たいていの人間は、三回もつづけて不可解なことに出くわせば、原因を追求しようとする。しかも、これは毎朝流すことになるのだから、ワラの憂鬱もわからなくはない。

だが、これはよくできている。たんに四本のテープをつないだだけでなく、娯楽室のステレオにリヴァーブがついている(なんだって、ステレオにリヴァーブなどつけたのかは、メーカーにきいてほしい)のを利用して、これを通して深いリヴァーブをかけ、つなぎ目をごまかし、同時に、妙に迫力のある音をつくりだしている。

「これなら、死人も起きるぜ」

と、高志は満足そうにつぶやいた。

このテープはあくまでも目覚し時計がわりで、曲ではない。第一曲目の候補としては、こんな曲があげられた。

ストーンズ〈ゲット・オフ・オヴ・マイ・クラウド〉

サム・クック〈シェイク〉

ビートルズ〈ティケット・トゥ・ライド〉

デイヴ・クラーク・ファイヴ〈オーヴァー・アンド・オーヴァー〉

ビーチボーイズ〈ダンス、ダンス、ダンス〉

スウィンギング・ブルー・ジーンズ〈ヒピー・ヒピー・シェイク〉

ハニーカムズ〈ハヴ・アイ・ザ・ライト〉

高志は、

「アップテンポで、派手だけじゃあ、ダメだ。朝なんだから、陽気なやつにしようぜ」

といって、ストーンズとビートルズをはずした。

ワラの好きなサム・クックは、撃ち殺されたから縁起が悪いというので、これもアウト。スウィンギング・ブルー・ジーンズは、声が気に入らない、という高志の主張で、消滅。ハニーカムズは、オン・ビートは嫌いだ、という慶一の主張で落選。のこった〈オーヴァー・アンド・オーヴァー〉と〈ダンス、ダンス、ダンス〉の戦いは、高志にも決められず、難航した。

「じゃあさ、ふたつとも、目覚しテープにつないでみたら?」

というワラの提案に、ふたりも乗った。

「うーん、ダメだな」

高志は、できあがったテープを比較して、考えこんでしまった。

目覚しテープの終わりと、曲の頭とのつなぎがギクシャクする。ラジオみたいにはいかない。

「ワラ、おまえ、DJみたいにしゃべれないか」

高志のアイディアは、ワラにも慶一にもすぐ理解できた。

いやがるかと思いきや、ワラは、はじめからその気だったのではないか、というぐらい、即座に乗った。しかも、ステレオのリヴァーブなんかダメ、生の音もデッドだからダメと、うるさいことをいって、とうとうシャワールームに入ってしゃべることになった。

「ま、こんなもんか」

高志はプレイバックを聴いて、疲れたようにつぶやいた。

ワラは、シャワールーム(「エコー・チェンバー」といわないと、ワラが気を悪くするが)でしゃべったじぶんの声にご満悦で、「このエコーはいい!」と、はしゃいでいる。

曲のほうは、〈ダンス、ダンス、ダンス〉がいいと意見が一致した。

もう、十八日土曜日の夕方になっていた。

「さあ、早く、のこりを録音しちゃおうよ」

と慶一がいうと、

「おまえ、もう帰れよ。晩メシにまにあわないぞ」

と、高志が心配する。

「うん。でも、まだ頭ができただけじゃないか」

「大丈夫だよ。あとはさ、ただレベルをそろえて、曲をならべるだけだから」

ワラが満足気な顔でいった。

「ああ、もう大して時間はかからない。今晩とあした一日あるんだから、帰っていいよ」

「ホントに大丈夫?」

慶一は、きょうは外泊の予定だったので、今晩からあすの昼までの食事を食べるという届けを、事務室に提出していない。

「ああ、うちィ帰って、うまいメシ食ってこい。あとは、ワラとふたりでやるからさ」

二十日の開局当日は、「局」には、高志とワラだけが入った。

「おまえ、部員じゃないんだから、早起きしなくていいよ。部屋でモニターやれ」

という高志のことばに、ありがたくしたがったわけだ。

その朝、慶一は六時四〇分に目が覚めてしまった。六時五〇分まで、ベッドから出ずに、腕時計をにらみながら、じっとしていた。

六時四九分。スピーカーから軽いノイズが流れ、電源が入ったことを知らせる。

ドン、タッ、ドン、タッ、ドン、タッ、ドン、タラタッタ、という〈1-2-3〉のドラムは、部室のスピーカーで聴いたときよりは落ちるが、それでもけっこう迫力があった。まあ、つなぎ目が多少ギクシャクするのは、しかたない。

十八小節。ドラムの音が下がる。

「グモーニン、ディス・イズ・KWTS。お早ようございます。起床の時間です」

「時間です」の「す」にかぶさって、六弦ベースの高音部によるリフとタンバリン、それに途中から十二弦ギターも加わる、〈ダンス、ダンス、ダンス〉の、軽快で、にぎやかなイントロが入ってくる。

完璧なタイミングだ。イントロの転調部分で、慶一はうなじの毛が逆立つのを感じた。

「クソー、なんなんだよ、これは」

スピーカーにいちばん近い秋本が、頭をもちあげる。

慶一はそれにはこたえず、ビーチボーイズに耳をかたむけていた。

フェイドアウトにかぶさって、

「お早ようございます。掲示板でお知らせしたとおり、本日から、われわれオーディオ部が、起床放送を担当します。よろしく。コールサインはK、W、T、S、KWTSです。きょうの点呼は、雨天のため、居室です」

ワラの声だ。これは、シャワールームのエコーがかかっていないし、きょうの点呼がどうのといっているから、テープではない。

開き気味のハイハットと、それにバスドラムとウッド・ベースのイントロが入ってきた。知っている曲なのに、あまりにも予想外だったため、慶一はなんの曲だか、歌にはいるまで思いだせなかった。

なんて曲を使うんだ! 慶一はベッドで上半身を起こした。

もう、他の連中も目を覚ましたらしく、ひとりがトイレに駆けこんでいく。

慶一も起きあがり、はだしのままビニールタイルの床を歩いて、インターフォンのまえにいき、呼出しスウィッチを押した。

「はい」

ワラではなく、高志の声だ。

「この曲はなんですか?」

と、慶一は声をはりあげた。

「シルヴィー・ヴァルタンの〈アイドルを探せ〉です。原題はフランス語なので読めませんが、たぶん、ぜんぜん関係ないタイトルでしょう」

高志はまったく平然としている。「局」で笑い転げている高志とワラのすがたが、目に見えるようだ。

なんで、シルヴィー・ヴァルタンなんだよ!

慶一はあきらめて洗面所にむかった。どうも、土曜日はやけに親切だと思った。あいつら、笑いながらこの曲を録音していたんだ!

歯をみがいていると、こんどは予定どおり、デイヴ・クラーク・ファイヴの〈キャッチ・アス・イフ・ユー・キャン〉になったので、ようやく気分が落ちついた。

ピーター&ゴードンの〈ゴー・トゥ・ピーシズ〉を聴きながらベッドをなおし、パジャマを脱いでいると、点呼は居室です、というワラのアナウンスがまたはいり、ハーマンズ・ハーミッツの〈キャント・ユー・ヒア・マイ・ハートビート〉になった。

初日が雨なのは、ラッキーだった。みんな、KWTSにいい印象をもっただろう。

晴れの日は、点呼は野球場だ。雨の日は、各部屋ごとに、当直教師が点呼にまわる。もちろん、雨は歓迎だ。点呼が室内なら、一〇分ほど長く寝られる。これは重大なことだった。

「シルヴィー・ヴァルタンはないだろー」

その日の朝食後、三人は四階の部室に集まって、初日のプログラムのできを話しあった。

慶一は、とにかく、どのように解釈の幅を広くとっても、ぜったいにロックンロールではない、シルヴィー・ヴァルタンが気に入らない。

「かわいいじゃん。なあ、ワラ?」

「うん、サイコー」

ワラはアメリカにいたので、シルヴィーも〈アイドルを探せ〉の大ヒットもまったく知らなかったが、高志の影響でファンになっていた。シルヴィーにくらべれば、レズリー・ゴーアも、コニー・フランシスも、「ゼーンゼン目じゃない」のだそうだ。

「音楽は、かわいいとか、かわいくない、とかってもんじゃないだろう」

「おまえ、シルヴィーちゃん、嫌いなわけ?」

高志にかかっては、ナンシー・シナトラも、シルヴィー・ヴァルタンも、みんな「ちゃん」だ。

「だから、そうじゃなくてさ――」

「だから、かわいい、かわいくない、どっちだよ」

「そりゃあ、かわいいよ」

「じゃあ、いいじゃねえか」

「だからさあ、もー、音楽のことをいってるんじゃないか!」

「ありゃ、名曲です。なあ、ワラ?」

「うん、名曲です」

ワラはニコニコとこたえる。

「そりゃあ、悪い曲じゃないけど……」

「じゃ、いいじゃねえか」

どこか理屈がヘンだ、と慶一は考えなおしてみたが、どこがおかしいのか、よくわからないので、話題をかえることにした。

「まさか、あしたはもう、予定にない、ヘンな曲はないよね?」

一曲目は、デイヴ・クラーク・ファイヴの〈オーヴァー・アンド・オーヴァー〉に決まっていた。

「ナイショ」

高志がニヤニヤ笑いながらこたえた。

「ナイショです」

と、ワラがくりかえす。

「聴いてビックリ」

「聴いてビックリです」

慶一は投げだした。話にならない!

二十日月曜にはじまるこの週は、「開局記念週間」として、特別プログラムが組まれた。

毎日新しいテープをつくるなど、とうてい不可能で、高志には、はじめからそのつもりがなかった。ただ、この週の土曜の朝までは、毎日新しいテープにすることになっていた。

二十一日火曜の朝、慶一はぐっすり眠っていて、一曲目の〈オーヴァー・アンド・オーヴァー〉の間奏になって、ようやく目覚めた。すぐに二曲目になる。

飛びはねるようなフルートのイントロが流れる。こんどはかまえていたので、すぐにわかった。

「もー、またかよー」

きのうとおなじく、インターフォンのスウィッチを押す。

「はい」

高志だ。

「これは、なんという曲ですか?」

「フランス・ギャルの〈夢みるシャンソン人形〉です。フランス語だから原題はわかりませんが、すこしは関係のあるタイトルかもしれません。あなたのリクエストをお待ちしています。早くベッドをなおして、点呼に出ましょう。終わり」

慶一は頭からベッドに突っこんで、うめき声をあげた。

「追い出しの曲」は、予定どおり、アニマルズの〈ウィーヴ・ガッタ・ゲット・アウト・オヴ・ディス・プレイス〉(〈朝日のない街〉!)だった。ワラが考えたジョークだ。

その後も、この「二曲目の逆襲」はつづくが、慶一はもう、マージョリー・ノエルの〈そよ風にのって〉も、シェイラの〈いつも青空〉も、リトル・ペギー・マーチの〈霧の中の少女〉(日本語!)も、バリー・サドラー軍曹の〈ザ・バラッド・オヴ・グリーン・ベレー〉も、みんな無視することに決めた。

Chapter 5 of 17
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