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技術の哲学
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技術の哲学
戸坂潤
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Chapter 3 of 7

技術と実験

今日普通に実験と呼ばれているものは、一定の限られた狭い意味を有っている。物理学の実験・化学の実験・動物学植物学の実験・と云えば、意味が具体的に直ぐ判るが、仮に天文学の実験と云えば、もう可なり意味が曖昧になって来るし、社会科学の実験と云えば、人によっては、そういうものはあり得ないとさえ考える。

実験がこう狭くしか理解されていないのは、無論尤もな理由と、正当な意義とがあるだろう。併し、実験というものが吾々人間の経験・生活・又思考に於て果している役割は、客観的に見れば、実験は遙かにもっと広範なもので、その一つの特殊な場合だけが、所謂「実験」として、世間の人々の観念によって固定させられているに過ぎないのである。

一体、実験は、何にもまして、近世科学の特徴を云い表わしている標語の一つだ、ということを注意すべきである。なる程、後で見るように、実験は吾々人間の社会生活に於ける日常的な行動形態の一つだとすれば、何も夫が、近世の科学者――主に自然科学者――が初めて気付いたものなどではあり得ないことは、云うまでもない。科学の歴史が古いと共に実験という操作も亦古い、ばかりではない、云わば人間の生活が古いと共に、夫は古いだろう。ギリシアで実験的な精神に最も富んでいた学者はアリストテレスだったと云われているが、事実彼は、動物学の研究に際して、各種の材料をば好んで実験的に処理しているのを見受けることが出来る(Historia Animalium に於ける各種百般の動物――蛇とか象とかイルカとか――の解剖学的研究の諸部分がそれだ)。併し今大事な点は、アリストテレス自身、必ずしも特に実験の精神を高唱しているものではないという点である。

実験という操作をフンダンに用いるということは、だから必ずしも実験の意義の重大な所以を自覚することにはならぬ。実験という認識態度乃至生活態度が、社会の生産関係に於ける一定の技術的な基礎と直接に接触しない限り、実験が事実上は意識的に行なわれていても、原則的な意義を自覚されて来ない。

実験が、認識乃至生活に於て原則的な意義を受け取り、新しいテーマとして高唱されたのは、普通ヴェルラムのベーコンによってだと云われている。処がベーコンは、旧教徒を抑えスペインの制海権を奪った新興階級のイデオローグに相応わしからぬ、中世的・旧教的・スコラ的・な残存物を多分に持っている。彼が実験及び帰納を用いるものと考えた自然研究の方法は、彼によって「自然の解釈」と呼ばれているが、この解釈とは、存在に存するスコラ式な形相(Form)を存在から取り出すことに外ならなかった。だから彼が実験と考えたものも可なり曖昧なものであらざるを得ず、夫は不思議にも研究用具(インストルメント)自身と対立せしめられてさえいるのである。それに、彼自身は、多少の例外は別として、あまり実験的研究をしているのではない。だからベーコンが事実上掴んでいた実験なるものは、この点だけから見れば、アリストテレスの段階を完全に踏み越えて了ったものだとは云えないだろう。

それにも拘らず、彼が実験の最初の提唱者という名誉を担っているのは、外でもない、近世の科学に於て、又一般に近世社会生活に於て、実験が客観的に原則としての意味を持って来るようになったからなのである。そして又ベーコン自身、その中世的な制限にも拘らず、逸早くこの点に気付いていたからなのである。

尤も実験のこうした原則的な意味に気付いた者は、別にベーコンに限らない。ベーコンより遙か先に、すでにレオナルド・ダ・ヴィンチは、実験が認識の唯一の信頼すべき手段であることを、断片的に述べている。そしてダ・ヴィンチに限らずミケランジェロなども、写実的な絵画や彫刻の技術を学び取るために、解剖を勉強しているのである。特にダ・ヴィンチは技術学上の知識や空の青さの科学的説明の努力やによって、哲学者ベーコンなどに較べて遙かに、技術家で又科学者であったと云わねばならぬ。――だがそれにも拘らず、このフローレンスの美術家兼科学者・工学者(ゲーテに比すべき普遍人)に於ける実験の観念は、エリザベス王朝の高級官吏であった「俗物」フランシス・ベーコンの実験の観念に、遂に及ばないものがある。というのは、ダ・ヴィンチは実験を、単に確実な認識のための手段としか考えていない。実験は彼にとって、静観的な判定の頼り処でしかない。処がベーコンにとっては、実験とは、単に認識判定の手段であるばかりではなく、同時に、自然を征服するための、自然を「拷問」するための、自然を搾取するための、権威ある唯一の手段なのである(当時出来上った東印度会社は、云わばこの自然の搾取のために人間を搾取することを目的とすると云っていいだろう)。

ここに吾々は当時イングランドに於て勃興しつつあったブルジョアジーの、社会条件と認識態度との最も特色ある表現を見ることが出来る。近世科学の特色がベーコンの提唱になる実験を標語とする所以は、正に、ここに始まりを持つのである。

実験は初期の進歩的なブルジョアジーが産んだ近世科学、即ち実証科学、の精神であり武器である。中でも最も早く実証的階段に這入った自然科学の、精神であり武器である。処で、実証科学は工業(乃至産業)に工学(テヒノロギー)に、又技術に直接に連関している*。コントの如きは、この理由から、実証科学が「工業的(乃至産業的)生活」(vie industrielle)のものであることを、そしてその意味でプロレタリアのものであることを(彼のいうプロレタリアは実は工業資本家乃至産業資本家の忠実な一味徒党のことである)、主張する。だから今日でも、実験は、云うまでもなく、技術に対して最も直接な連関を有っているのである。処で今日の社会に於て、技術なるものがどういう重大な意義を持っているか、それを今ここで改めて述べる必要はないだろう**。

* ベーコンの実験の概念が、当時の英国の工業、特に採鉱冶金業の発達と如何に連関しているかは興味ある問題である。当時のイングランドは鉄製品の輸出に於て世界に於ける独自の地位を占めていた。スペインの無敵艦隊も英国製の火砲を載せていたのだと云われている。** 「技術とイデオロギー」の項参照。

現代の吾々の知識に於ける科学的なものは凡て、技術と直接又は間接の連帯関係に這入らざるを得ない。今日、唯一の科学的な観念体系は、云わば技術的範疇――技術と連帯関係にある凡ゆる範疇――によって支えられるべきものなのである。然るに、今では昔の産業上又政治上の進歩性を完全に失って了ったブルジョアジーは、結局に於て、単に社会科学に於てばかりではなく、自然科学の世界に於てまで、この技術的範疇を放擲しようと企てている。社会科学は国粋ファッショ化し、自然科学は神秘化される(因果律の放擲)。吾々が今日技術の権利のために是非とも起たねばならない一つの理由がここにあるのであるが、その準備のために、恰も実験という問題が、一応解けていなくては困るだろう。

実験は以上のような理由から問題にならねばならない。

実験の問題を積極的な意味に於て、そして広範に、而も一定の必然的な位置を与えて、捉えるものはマルクス主義的範疇である。今それを見よう。――近代の典型的な観念論――夫を自由の哲学と云っていい――の主なものは、恐らくカントのやや正しくはあるが併し不充分な見解を除いては、実験に就いて積極的な意義を認めない*。この哲学にとっては、実験は或る意味で、自由の放擲をさえ意味するだろう。自由な自己決定の代りに、自然そのものの自己決定か又は自然が吾々を外部から決定することかが、実験に決定を任せるということに外ならない。実験が所謂「自由」の哲学からは積極的な意味を受け取れないのに不思議はないだろう。それから又、コントの実験の精神が、あのままでは今日の資本主義社会の行き詰りと一緒に行きづまらざるを得なかったことは、前に述べた。今日のブルジョア社会では実験の精神は、積極的な意味を有つどころではなく、却って否定されねばならない必然性さえあったのである。――処でマルクス主義的範疇体系だけは之に反して、社会に於ける実験の積極的な意義を高調することが出来るし、又事実高調せずにはいられない。社会主義的建設などは今日、何よりも顕著な積極的な社会的実験だと云われている。

* カントは自分の哲学を実験的方法に基くものだと考える。丁度コペルニクスが実験に基いて天動説を覆したように、彼も亦実験(但し思考の上の実験だが)に基いて形而上を覆すのだと主張する。――カントの所謂コペルニクス的転回とは、実は実験的転回のことであって、中心を対象から主観に移した点から云えば、寧ろ、コペルニクス自身の転回とは反対な態度だったろう(この点に就いてはすでに高坂正顕氏の所説がある)。 だがこの社会主義的建設の例は、マルクス主義的範疇としての実験が、単に自然科学の実験ばかりではなく、同時に社会に於ける実験――云わば社会科学的実験――をも意味しなければならぬということを、同時に示しているだろう。実験の本質を社会にまで結び付けたことは、マルクス主義的範疇としての実験が、如何に広範な含蓄を有っているかを示している。

実際、実験はマルクス主義的範疇の体系に於ては、一つの社会的な歴史的な範疇として、初めて一定の必然的な位置を占めることが出来る。というのは、実験は、社会的実践の一つの代表的な場合でなければならないからである。

現代の観念論的哲学者は、実践というものを多くは道徳的行為のことだと考えている。行為が只の肉体の表現運動ではなくて道徳的行為であるためには、夫は社会的行為でなければならない筈だが、この社会的行為も、歴史的な意義を担った歴史的行為でなければ本当の社会的行為でないのだとすれば、そうした行為は広い意味で政治的活動の外にはあり得ない。道徳的行為が単に倫理学的なものでなく歴史的なものだということを考えて見れば、道徳的行為も政治的活動として考え直さなければなるまい。マルクス主義的範疇による実践とは、こうした政治活動によって代表されている。

処が政治活動は第一に、社会全体から見ると、物質的生産活動――産業――によって直接に制約されていることは明らかであるから、政治的実践は産業的実践から来るものだと考えることが出来る。社会的実践はこの場合産業そのものを意味することとなる。処でこの産業は工場・農場・等々に於ける一つの社会的実験の性質を持っている。でこうして、政治活動―産業―(社会的)実験と、順次に社会の物質的地盤に向って下って行くことが出来る。この順序を逆にすれば、(社会的)実験は産業(生産活動)から政治活動へと上って行くことが出来るわけである。こうすれば単に産業(生産活動)ばかりではなく、それに基く政治活動までも、(社会的)実験という性格を帯びることが出来るだろう。実際、革命や戦争などという最も著しい政治活動は、少なくとも結果だけから見ても、実験としての意味を持っており、実験としての効果を有っているのである。

政治活動は第二に併し、人間生活の根本的な態度であることを注意しよう。人間は政治的動物だと古くから云われている。で人間の生活を、さっきのように社会全体からでなく夫々の個人だけの立場から見ても、彼がやはり政治的活動の主体であることに変りはない。ただこの際には、個人的に見られた彼の政治活動――即ち彼の人間生活――は、人間的経験によって裏付けられている、という一種の認識過程にぞくする一側面が展開してくる。人間生活としての政治活動は経験に基いている。で、実践は今や生活から経験にまで包含の領域を拡げる。処でこの経験が、人間の社会生活に於ける日常的な実践(或いはその特殊な場合として科学上の実験)によってしか蓄積され得ないということは誰でも知っている。経験ということは、故意に企てたか故意でなかったかを問わず、社会に於て何等かの実験を経たということだ。で、こうしてここでも、政治活動(生活)―経験―実験の順序に実践の概念が展開する。之を逆にして云えば、人間的経験も人間的生活も、実験という性格を帯びたものだと考えることが出来るわけである。

第一の社会全体から見た社会的実験も、第二の個人の認識過程から見た実験も、併し、実は一続きのものであることがすぐ判る。なぜなら、人間個人が社会に於て嘗める処の実験=経験は、結局、一種の社会的実験の外ではないからである。そして、こうした人間個人の社会的実験の特殊な場合が、所謂「実験」と呼ばれる科学上の実験だとすれば、この狭い意味での所謂実験が、一般に社会的な実験と、云い換えれば実験一般と、どういう関係に立っているかも、すでに決っていることである。

マルクス主義的範疇としての実験は、このように広範であり、又実践の世界に於てこのように一定の必然的な位置を占めている。之が実験というものの本当に積極的で広範な意味に外ならない。

私は今、実験の性格を担っている処の政治活動や生産活動・人間の社会的生活経験・等々ではなく、之等に実験の性格を与えている当の実験プロパーに就いて、考えて見なければならないわけである。その際便宜上、科学的な特に又自然科学的な実験を中心に置いて考えて見るのがいいと思う(だが科学的実験だけしか考えないと云うのではない)。そうすれば、前に云って来たことから当然、分析は人間的経験との関係から始まらねばならぬ。

認識論(普通之は人間的経験を単に知的な機能又は成果としてしか取り扱わない哲学部門であるが)的に云えば、人間の経験は感性的な直観から始まる。というのは、客観的な物・対象が吾々の感覚(併し今日の心理学では感覚という概念は疑われている)又は知覚となって現われる(現象する)ことが、人間の経験にとっての所与であり材料だというのである。だが人間の経験は単にこうした一般的な構造を有っているだけではない、それは認識するという或いは広く云って生活するという、決った目的を持っている。で、その目的のために、人間は経験を或る一定の条件=形式にあてはめる。或いはそういう風に一定の条件=形式にあてはめて行くことが本当の具体的な経験だと云っても好い。――人間は観察(Beobachtung)を始めるのである。之がすでに、経験の量が一定の段階にまで蓄積された結果であるのは云うまでもない。

観察自身の蓄積、即ち経験のより以上の再蓄積は、やがて更に一定の形式を要求する。観察は対象の時間乃至空間による変化(一般に運動と云っても好い)を記載するものだが、併しまだ諸変化を或るコンスタントな標準に照して記載するとは限らない。処が記載の目的から云っても、出て来るデータが過剰になって来ると、どうしても或る標準に照して之を整理する必要に迫られる。そこで観測(Surveying)が必要になって来る。――観測と云えば已に測定(Messung)(それは計量の物質化されたものである)を含んでいることは明らかだ。

経験―観察―観測。併し之はまだ、必ずしも対象に手を下さなくても出来ることだろう。処が人間の経験は元来決してそうした受動的なものではない。吾々は舌を動かさなければ味が判らないし、手を出さなければ手の触覚も生じない。眠っていては眼は見えないし、注意する意志がないと聴える音も聴えない。人間的経験の本質はいつも、どこまでも能動的であらざるを得ない。で経験は遂に実験(Experiment)にまで行かざるを得ないのである。蓋し実験とは、事物を変更・変革・乃至生産・消費・することによって、新しい知覚を得て、之によって認識し経験することに外ならないからである。――以上述べた移行過程は、自然科学に於ける実験を頭において考えたのであるが、言葉の適切な変更によって、之を社会科学に於ける実験にまで押し及ぼすことが出来るだろう(社会科学に於ける科学的実験に就いては後に見よう)。

実験に到着する過程は歴史的にも心理的にも又云わば存在論的にも全く必然である。よく考えて見ると、対象を静かにありのままに観察すると云っても、大抵吾々はそれを回転して見たり、後ろへ回って見たりする。手を下して対象の構造を変革して見ない迄も、自分に対する対象の位置関係は変更して見るだろう。人間的経験は初めから実験の形を持っているのである。

さて科学的認識に於ては、実験は科学上の理論と特別な関係に織り込まれる。普通実証科学の理論は実験の上に立てられると考えられている。なる程初歩的な実験ならば、そう云っただけで済むだろう。併し発達した実験はすでに一定の理論を予想していることを注意しなければならぬ。吾々はエーテルの存在するしないを知覚することは出来ない。波動理論に於ける波の干渉という理論を仮定した実験装置によって、干渉圏の有無を知覚し、この知覚をこの理論によって解釈し、この知覚をば求める事実を云い表わすものとして、先の知覚に代用するに過ぎない。血清に関する理論体系がなければチブスの検診の実験はなり立たない。理論による解釈を仮定しなければ、こうした実験は無意味になる。だから実験自身が理論体系の、即ち理論自身の、鎖の一環をなしている。――或いは逆に、実験と実験とをつなぐものが所謂理論というものだと云っても一応好いかも知れない。科学に於ける仮説とは、丁度こうした見方による場合の理論のことだろう。

併しそれだけではない。実験が理論と一応別に、それ自身の一貫した歴史的発達を持っている場合も忘れてはならない。無論どの実験の発達も、その発達の各段階の間に横たわる夫々の段階の理論によって促されるのではあるが、丁度数学が理論を一般的に整備するために発展せしめられるのと平行して、実験一般が発展せしめられるために或る種の理論が特別に必要となる。実験自身が実験の理論を持っている。誤差論の如きがそうである。この実験の理論が、個々の実験の場合として分化すると、例えば定性分析の理論になったり或る種の「実験物理学」になったりする。とに角この場合、理論一般は実験自身のために動員されるのである。一般の場合には之に反して、実験は要するに理論的認識のために行なわれると考えられるべきだろう。

マルクス主義が、科学に於ける実験と理論との上のような一般的関係を、実践と理論との関係の特殊な場合に属させることは、断るまでもない。

併し科学に於ける実験の役割に就いて、もう少し分析を進めて見る必要がある。

世間で実験科学と呼んでいるものがある。実験物理学・実験動物学・実験心理学という言葉がよく使われる。その意味は、恐らく、数学や歴史学や社会科学や哲学などが、夫に含まれないような性質の科学を指すのだろう。処でこの名づけ方によると、実験科学は、何か実験という方法によって出来上る科学であるように見える。例えば数学は数学的方法によって(解析と総合)、歴史学は解釈学的方法とかイディオグラフィカルな方法とかによって(ディルタイとヴィンデルバント)、社会科学は分析的方法によって、哲学は演繹的方法によって、之に反して物理学や生物学は実験的方法によって、研究される、という意味だろう。――なる程こうした様々な方法は、吾々人間が日常生活に於て絶えず使っている方法に違いない。吾々は物の数を数えたり(数学的方法)、人の顔色で意向を察したり(解釈学的方法)、過去の出来事を思い出したり(イディオグラフィカルな方法)、色々のあり得べき場合を考えたり(分析的方法)、推理で理屈を追ったり(演繹的方法)しなければ、実際生きて行けない。だが一体、こうすること一般が抑々経験ということであって、そして経験は本来実験だったのだから、こうした諸方法を実験的方法と互格に対立させることは無理である。そればかりではなく、どの科学でもどれか一つの方法だけを、又はそれだけを主として、採用する、と決して容易に断言出来ないのだから、こうした諸方法が諸科学自身の方法だと考えて了うことは、早まりすぎたことなのである。実験的方法(?)と雖も、無条件的に科学の方法ではあり得ない。

日常的な経験に於ては、実験という方法も亦日常的だと云っていい。と云う意味は、そこでは実験は単に断片的なものとして、任意に、どういう程度と仕方ででも、用いられる。それはまだ科学的に一定の体系を有った実験として、必然的な一定の形態の下に、実行されるのではない。実験はまだ充分に方法としての、科学の方法としての、資格を得ていない。その役割はまだ不定なのである。

科学的実験・方法的実験・になって初めて、実験は一定の形態と役割とを受け取る。――第一に、それは、一定段階の理論に先立つ象面に於ては、データ(所与)の生産・発見・整理の役割を有った実験体系となる。相当高度の段階にまで達した科学的理論にとっては、直接の所与材料というものは殆んどないと云って好いだろう。所与材料は実在を夫々の目的又は想定の下に変更することによって初めて見出される、或いは造り出される。而もこの目的乃至想定は突飛な思い付きによるものではあり得ないから、発見された材料は前に見出されている材料に対して、初めからすでに一定の秩序に這入っている筈である。即ち所与材料が見出されることは同時にそれが整理されることに外ならない。第一にこうした役目を果すものが科学的実験なのである。

科学的実験の第二の役割は、理論を事実によって検証することに存する。理論的に推定された事実が、その理論によって指定された知覚的表徴として、出現することによって、理論と事実とがアイデンティファイされることを示すのが、この場合の実験の価値である。だから之は一定段階の理論の後から行なわれるクリティカルな実験でなければならぬ。――前の実験に較べて之は理論と同等の資格と権威とを持っていることがその特色である。

さてこうした科学的実験が、統計乃至統計的方法に対立することを注意しなければならない。統計も亦、第一に、科学的認識のための材料の発見・生産・整理を目的とする。一体統計は、特に社会統計は、それ自身何か神秘的な圧力と理論的権威とを以て世人に臨むように見えるが、本来の役割から云って、第一に、材料の収集又は高々整理を行なうものに過ぎないということを見逃すべきではないだろう。第二に、統計が理論的に想定された事実を検証するために用いられるということも亦、云うまでもなく可能であり又必然である。尤も元来、そうした理論がまだ立てられ得ない内に最も必要なものこそが統計だ、という事実から見て、統計のこの第二の役割はあまり切実なものではないかも知れない。それに、社会統計の如きは、想定された理論自身の要求によって、或る可なりの程度まで、阿諛的な「事実」を提供するカラクリを有っているから、統計に於ける検証の価値はそれだけ減少すると考えなくてはなるまい。

実験を統計に対立させるに因んで、自然科学と社会科学との対立を問題にする必要が生じて来る。と云うのは、実証科学としての自然科学では何と云っても実験が支配的な役割を果しているが、之に対して、実証科学としての――実証科学でないと云って了えば別だが――社会科学では、統計が重大な役目を受け持っている、と普通考えられているからである。で問題は、社会科学に於ても科学的実験が行なわれ得るかどうかである(それに因んで自然科学に於ける統計はどういう意味を持つか、又社会科学と自然科学との夫々に於て、実験と統計とはどういう関係に立つかも問題になるのである――之は今は省こう)。

私はすでに「社会科学に於ける実験と統計」(拙著『現代のための哲学』〔前出〕)に於て、社会科学に於ける実験の問題に触れたから、今はごく簡単に述べよう。科学的実験は社会科学に於ては不可能だ、と私かに信じている多くの人々は、大体二つの理由を有っているように見える。第一の理由は、自然科学では、研究される対象と研究する主体とは一般に別なのだから、対象の内に踏み込まなくても実験が出来る。即ち実験すること自身によって対象の求められるべき条件が変って了うようなことはない。処が社会は実験という行為自身によって別な社会になって了うのだから、いつまでたっても実験したい対象は実験出来ないのだ、と。併しこの点は自然科学に於ても実は一向変りがないのである。自然科学に於ても、実験によって実験対象の端初の条件が変って了うということは、実験の原則的な宿命なのであって、ハイゼンベルクの不確定の原理がそれを云い表わしている。

第二の理由は、自然に就いては実験に必要な理想的な純粋状態を抽象によって現実に造り出すことが出来るが、社会に就いてはそういう抽象が現実的に不可能なので、実験はなり立たないというのである。併し自然に就いてだって、勝手な抽象態を実現することは出来ない。可能なのは、現実に存在している色々な簡単又は複雑な自然状態だけであって、実験者は偶々目的の実験に一等適した自然状態を、人工的に造り出した条件であるかのようにして、選択する迄である。だから無論そこには本当に理想的であったり本当に純粋であったりする状態などは実際にはあり得ない。それは社会の場合とあまり変ったことではないのである。

だから社会に於ける科学的実験が不可能だという考え、即ち社会科学的実験が不可能だという考えは、あまり理由がないように見える。――実際、社会に起きる一切の出来事及びその連続関係――歴史――は、それ自身理論のための材料の提供者であり、整理者であり、又理論の検証者でもないだろうか。又それを丁度実験室内の現象のような人為的な現象だと考えてなぜいけないだろうか。仮に之が人為的な現象でなくて何かの意味での自然現象だと云うならば、それならば実験室の代りにエベレストの中腹や三原山の火口内を考えて見ればいいわけで、こうした自然的環境も亦実験のための研究室であることが出来る。エベレストや三原山という地理上の特異点と、世界大戦やロシア十月革命という歴史上の特異点と、今の場合どこに根本的な区別があるだろうか。

尤も私は二つの場合の実験を無条件に同じだと云おうとは思わない。二つのものの区別を与えることは、二つの間の一定の同一性を承認した上でならば、絶対に必要である。F・シミアンは二つの場合の実験が同一性質のもので、単に程度の差に過ぎないと云いながら、その程度の差を、物質的操作による実験と観念的操作による夫との間の差異として説明しているが、吾々によれば、どんな実験でも元来、社会的実践の、感性的物質的な実践の、一つの場合に過ぎなかった筈である(F. Simiand, De l'exprimentation en science conomique positive. ―― Revue Philosophique, 1931 参照)。

最後に、実験にとって最も宿命的に結び付いている問題は、今日では因果律の問題である。なぜなら、今日の物理学などに於ては、因果律は、単に哲学的な思考の上でだけ理解することは出来ないので、実験の過程を媒介して実験的に定義されねばならないからである。で、因果律が部分的にでも破棄されるならば、実験はそれだけ、科学的予見のための手段としての科学的価値を損ぜざるを得ないだろう。――だが実は、因果律を破棄しようとする思想―範疇体系は、元来かの技術的範疇を破棄しようとする処のイデオロギーに外ならず、それは取りも直さず、実験の客観的な意義を無視しようとするイデオロギーだったのである。こうしたイデオロギーを粉砕し或いは寧ろ救済するものこそ、マルクス主義的範疇の体系でなければならなかった。因果律という範疇なども、実験の概念と共に、マルクス主義的に把握し直された上でなければ問題にならないのである。

(吾々は実験の問題に続いて、他日統計の問題を取り上げる必要があると思う。)

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