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技術の哲学
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技術の哲学
戸坂潤
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Chapter 4 of 7

技術とイデオロギー

「技術の問題」で、私は技術の本質が何であるかを概観しようと企てたが、その際二つの問題を残しておいた。「技術とイデオロギーとの関係」と「技術家」の問題。技術の本質に関する私の見解に対しては、色々の――中には非常に優れた――批評に接することが出来たが、併し吾々は問題を進めねばならぬ*。で、今、「技術とイデオロギーとの関係」を、極めて一般的に、取り上げようと思う。蓋し、この関係は実は技術家に就いて分析する際になって、初めて結着を得るのである。

* 『唯物論研究』((〔一九三三年〕六月号)に於て、相川春喜氏はマルクス・エンゲルス・レーニンその他の技術に関する見解を一応纏めている(「技術及びテクノロギーの概念」)。氏はその際私の見解の批判にも触れている。氏の批評の論旨には充分読み取れない部分もあるが、一つの忠告としては大体当っているかも知れない(六九頁以下)。第一問題にされているのは私が使った「観念的技術」という概念であるが、相川氏は之を「観念論的」な概念にしか過ぎないと云って承認しないのである。数学者の頭脳に働く主観的技術も、筆紙を必要とするのだし、又そうした「頭脳の感官的機構」自身が物質的実在でないかというのであるが、併し同じく主観的な技術(技能)でも、ピアノ演奏という手先の技術と、数学の演算という頭の技術とを、区別することがあそこの問題だったので、私は後者を特に観念的だと呼んだ迄である。相川氏は「観念的」という言葉に何か特別な意味を含ませて、この言葉に拘泥しているらしいが、観念的というのは元来、観念にぞくするということではないか。

それから相川氏は私が「観念的」=「主観的」、「客観的」=「物質的」と決めて了っていると云うが、それは多分部分的な説明を全般へ押して広め受け取ったことから来る誤解だろう。私は技術をまず主観的なものと客観的なものとに分ち、前者を観念的なものと物質的なものに分ち、後者を物質的なものにだけ振りあてた。つまり物質的技術には主観的技術と客観的技術とがあるわけである。で、ここからなぜ「観念的技術」という範疇が「観念論的」な規定になるのかは、私には理解出来ない。

又、物質的「技術の主観的モメントの本質」が、「道具又は機械という物質的で客観的な存在物との結合点」に見出される、と私が云ったのは不当で、本当の生きた「結合」は主観的要因たる労働力と労働手段との結合でしかないのだ、と相川氏は云うが、氏の主張の後の半分は私自身賛成で問題でないのであるが、併し私の問題にした「結合」はそういうことを云い表わすためでない。技術の主観的モメントと客観的存在(労働手段)との結合点に於て、技術の主観的モメントが初めて、相川氏の所謂主体的要因としての労働力の内容になるということを、私はあそこで云っているのである。尤も相川氏自身は、労働力に、技術の主観的モメントというような規定を有った内容を許すこと自身に反対らしいから、相川氏自身にとっては、私の問題としたものが問題にならなかったわけである。

最後に、諸観念の「論理的」整理に当って、概念の唯物論的取り扱いが、その歴史性によって充分に貫かれていないという批評は、一つの忠告として承認する。

本格的な技術、それを私は物質的で客観的な技術と呼んでおいたが、之は生産関係の一定の歴史的段階に於ける労働手段の客観的体系に集中されるものであり、之が、組織された人間的労働力であるプロレタリア階級と並んで、物質的生産力の二つの大きな要素をなしている。処がこの生産力という内容によって決定され又それに相応する処の生産関係が、更に下部構造として、上層建築一般を規定するものであることは、今更述べるまでもない。そこで、技術は、一定の生産関係の下にあって、即ち歴史上与えられた一定段階の経済関係の結合の下に、一般的に云って、上層建築の有力なる決定者の一つであることは、これまた云うまでもないことである。社会の資本主義的構造が成熟すればする程、技術は益々多く、様々な段階の上部構造――イデオロギー――を決定する役割を引受ける。

特に、特殊な一上部構造に外ならぬ意識形態(之を狭意にイデオロギーと呼ぶことにする)が、社会の技術的基礎に従って、一般にどれ程根本的な、又特徴的な、一定限定を受け取らねばならぬかということは、だから、無数の個々の場合々々に就いて、随処に指摘出来るだろう。――唯の一例として、ごく断片的な場合を取って見ても、近代交通機関に於ける技術的発達は、近代都市生活者の日常的な生活意識の断片に於て、高速度、スピード乃至急テンポの愛好という一定の好みを生んでいるのを見る。好みとか趣味とかは、単に随意や主観性をしか持たないものではなく、実は各個人に固有な意識形態が、極めて端的で直接な日常的表現を取ったものに外ならないから、この趣味が例えば「アメリカニズム」や「機械文明」(もしそういう概念でも成り立つものとすれば)を象徴するとも云われるのである。

で、技術がイデオロギーをどういう仕方で決定するかはとにかくとして、一般的にいって、技術がイデオロギーを決定するということ、従って又当然或る他の意味で、逆にイデオロギーが一般的に技術に反作用を及ぼすということ、そこには何の問題の余地もない。

だがここで問題は、技術がいつも二重性を持っているということである。というのは、吾々が前に見た処に従えば、社会的生産の関係から切り離された技術というものは現実にも又理念としてもあり得ないのであり、技術の本質は純技術的なものでも純工学的なものでさえもあり得ない。夫は正に一つの歴史的範疇でなければならなかったのである。一定の経済関係に於て、歴史的に与えられた生産関係の一内容として、初めて技術は技術となるのであって、別に、技術と経済という別々のものが偶々現実界で結び付けられるのではない*。――技術というもの自身が純技術的契機と経済的契機とを自分自身の二重性として持っているのに外ならない。

* 馬場敬治氏『技術と経済』はわが国に於ける殆んど唯一の技術論の著者だろう。だが博学な氏は、ドイツの現象学(?)的ブルジョア哲学に倣って、技術の本質の問題を事実としての技術の「社会学」の問題から絶縁する。こうした「社会学」と「哲学」との区別乃至分類が如何に「方法論」的に不幸であるかに就いては、私は専らこれまで解説に力めて来た(例えば或る「客観主義者」――これこそ今はデボーリン主義者と呼ばれている――は科学の階級性を単に社会学的なものとしてしか考えることを知らず、真理の客観性と無関係だと主張するのだが、そういうブルジョア科学的誤謬に対して、私は少なくともこの三四年来反覆抗議して来た)。――で馬場氏は、本質としての技術にとって単に最も密接な関係あるものとして、経済という本質を選び出す。これ等の本質の本質的な又事実的な結合が氏の所謂 Technik und Wirtschaft という問題であるように見える。――吾々はこういう行き方に対して、例としてグラノスキーの優れた分析、「資本主義の下に於ける技術発展の諸矛盾」を対立させて見ることが出来る(『資本論研究』の内)。之は無論技術の「本質」の研究でもなければ、技術の「社会学」でもない。而も技術の本質的な分析なのである。 技術に於ける純技術的なものと経済的・社会的(又歴史的)なものとの二重性とは何か、と問われるならば、仮に技術の量的発達と、これによって呼び起こされる技術の質的変化との対立を参照して見てもいいだろう。例えば高圧電流の送電が技術的に可能になることによって水力電気会社の特殊な技術が初めて経済的に成り立つことが出来る。何も純技術が量的で、経済的なものが質的だというのではないが、前二者の対立を後二者の対立を通して見透すことが出来ようと云うのである。

純技術的なものと経済的・社会的なものとのこの二重性は、更に技術の社会的制約それ自身を二重的なものにする。実際かつて述べたように、技術は階級的に制約されてしか存在しなかった。階級関係は無論二重物の対立である。

そこで、技術が上部構造乃至イデオロギーを一般的に決定する(又或る意味ではその逆)といっても、技術を制約する階級性の如何によって、その決定の仕方自身に、今度は根本的な対立が事実出て来る。というのは、一つの場合には、イデオロギー一般が社会の技術基礎に沿うており、技術はイデオロギー一般を正的に――ポジチブに――一貫することが出来る。この場合には技術はイデオロギーと正の連関関係に這入ることが出来ると云って好い。例えばソヴェート同盟に於ける社会主義建設と労働者の社会主義競争・技術家科学者哲学者のそれに対する参加とが、そうした連関の例である。之に反して、他の場合には、社会の技術的基礎はそれ自身であり、イデオロギー一般は必らずしも之と連関がなくてもいいと考えられる。技術的基礎から一貫した線を、イデオロギーは無視していいし、又更にわざわざ回避・蹂躙しなければならぬとさえこの場合には考えられる。ここでは技術とイデオロギーとがネガチブな連関に這入る。現代の我が国に於ける超資本主義的封建意識による国本科学などがその適例だろう。

そういう訳で、技術がイデオロギーとの関係に於て問題になるためには、特にこの二重関係を追跡することが大切なのである。と共に、技術のこの二重性は、当然技術とイデオロギーとの関係の問題を結果するのである*。

* 『唯物論研究』(〔一九三三年〕六月号)の哲学時評(梯明秀氏)は、技術問題が、何故今日のわが国に於て、イデオロギー問題として(又技術家の問題として)、実際的な切実な意味を持っているかを理解しないようである。「本質的な第一(技術そのもの)こそが切実に我々には迫るべきものである」という判り切った一般的命題を以て、この問題の必要性の認識に置き換えている。 イデオロギー(狭義の)・文化形態の内で技術と最も直接しているものが自然科学であることは、誰しも認める処である。元来技術の問題を全面的に取り上げることが出来るのは、社会科学の或る部門でなければならぬ。技術学(テヒノロギー)もそういう意味で社会科学的な観点から見透しをつけられなければいけないのである。併しそれにも拘らず大事なことは、社会科学自身は一応、技術と直接な交互関係に立つ当のものでないという点である。技術の発達によって直接に影響を蒙るものはいつも自然科学であり、逆に又自然科学の発達によって直接に影響を受けるものはいつも技術である。

自然科学の最も抽象的な理論も、それが抽象的であればある程、それだけ精巧で精密な実験装置によって制約されている。処が実験の装置法とそれに用いられる素材とは、全くその時の社会の技術水準によって決定されざるを得ない。技術上の条件が具わらない時は、何等の有益な実験も従って又何等の有効な自然科学理論も成り立ち得ない。精密機械の製作工場がなければ、大規模な組織的実験は不可能なのである。――だが逆に実験装置や実験素材の技術的生産は又それ自身、自然科学的実験と理論との工業的応用によってしかあり得ないのである。

そういうわけで、自然科学的並びに又技術的に発達した現代では、科学研究それ自身が一つの大工業の性質をさえ帯びて来なければならず、又逆に近代工業それ自身が、一つの科学研究という形態を採らねばならない、そういう事情が発生して来ている。実際、多くの科学研究所は研究素材の生産、及び研究の生産的或いは実験的応用のために、自分自身の工場を有たねばならぬばかりでなく、工場はそれ自身のために特に優れた研究所を有たねばならぬのが今日の情勢である。――こうやって初めて今日の資本主義的金属工業などが、その技術を急速に発達させ得ていることが一応の事実なのである。

だが単に、技術の進歩が自然科学の進歩に依存し、又その逆であるばかりではなく、より根本的には、自然科学の凡ての進歩が元来、終局に於て技術上の必要に依存しているという大事な点を見逃してはならない。なる程、自然科学に於ける理論の諸結論の一つ一つが、孤立して、或いは直接に、技術的な意味を持つとは限らないので、さしあたり到底技術的に応用出来そうにもないような結果も無論至極多いが、それは単に、自然科学が技術乃至技術学そのものではないからのことであって、それだけ自然科学はそれ自身に独自な体系を展開する動力を持っているからに過ぎないのであるが、その動力の動力源自身は、天から降って来たのでなくて、一定段階の生産関係に立つ社会の技術的必要から生れて来る外はないのである*。生産的技術が、却って破壊的生産技術によって代表されている処の近代軍需工業が、最も好くこの点を証明しているだろう。軍需工業の技術上の必要に迫られて、今日の自然科学的研究が、不均等にではあるにせよ、如何に急速に進歩しつつあるかを注意すれば好い(航空機のための流体力学の研究・毒ガスのための無機化学的研究・軍艦其の他の兵器のための金属学的研究・等々の発達、そのための研究所としては航空研究所・金属研究所・化学研究所・等々)。

* 「技術が甚だ多く(大部分の場合と云ってもいい)科学の状態に依存するとすれば、逆に科学は、より以上に、技術の状態と要求とに依存する。社会に或る技術上の要求が生ずれば、それは十個の大学より以上に科学の助けとなるのである。トリチェリ其の他の流体力学全体は、十六世紀のイタリーに於て、山水を治める必要から始まったものであり、電気が技術的に利用される方法が発見される以前には、電気に就いて知識らしいものはなかったのである。不幸にしてドイツでは、科学が何か天から降って来たかのように、科学史を書くのが習慣になっている。云々」(エンゲルス・一八九五・一月二十五日付シュタルケンブルクあて書翰)。

発明や発見――多くの哲学者はここに技術の本質を見ている――は、偶発した天才や、天与の偶然に基くもので、必ずしも技術的必要に迫られたものではない、と云うかも知れない。併し所謂発明や発見には、大抵の場合、実はそれに先立つ同種の発明や発見があったことはよく知られている事実であって、偶々それがまだ技術的な必要に際会していなかったために歴史的な意義を持てなかったのであり、後に実際上技術的な必要を生じてからの同種の発明又は発見の反覆だけが、所謂「発明」や「発見」の名誉を与えられるわけなのである。なぜなら、この時になって初めて、その発明なり発見なりがその後の系統的な展開を始めるわけで、それが初めて歴史的に見て意味のある展開の端初――「発明」「発見」――となるわけだからである。技術上の必要のない処では、たとい発明や発見が個人的に偶然なされたにしても、それが歴史的に展開しないから、結局歴史的に意味のある発明や発見ではないこととなる。だから自然科学に就いても、展開の動力源は、個人主観による偶然な発明や発見それ自身ではなくて、客観的な技術上の社会的必要の内になくてはならぬことになる*。

* この点に就いては数学に関しても略々同じことが云えるだろう。古くは測地学であったゲオメトリア(幾何学)を始めとして、微積分学其の他も亦、一定の技術的要求から、工夫され発達せしめられた。ニュートンに於ける微積分の概念がその物理学的必要に逼られて得られたものであることは、人の云う通りであるが、彼のこの物理学的研究自身が実は当時の技術的・経済的基礎によって必要とされたものであった(B・ヘッセン「ニュートンの『原理』に関する社会的経済的基礎」―― Science at the Cross-roads の内――を参照)。――「十七世紀中葉以来の殆んど凡ての大数学者たちは、彼等が実際機械学を研究し、それを理論づけようと試みた限りに於て、実は単純なる水力製粉所から出発していたのである」とさえマルクスはエンゲルスあての手紙で述べている。――確率論は全く宮廷人の賭博の必要から発達したということも一つの参考になるだろう。一体数学は、その形式的な抽象的な諸形態にも拘らず、歴史的には終局的に云って物理的認識からの一所産であって、その点がまた数学の認識論的論理学的本質だと考えられる。

技術は下部構造の一つの要素であり、自然科学(又数学の主な部分を含めてもいい)は一つのイデオロギー部門として相当遠距離にある上部構造にぞくするが、この二つのものの実際上の結合が、このように極めて顕著であり統一的であるという一つの判り切った事実を、今特に注意せねばならぬ(だから、自然科学と技術学とが亦、根本的には分離出来ない直接な連関に這入っていることは、別に今説明を必要としないことである)。

併し、技術と科学(特に自然科学)との以上のような密接な連関は誰でも知っている。この連関の割引のない承認を躊躇する者は、恐らく一種の哲学者である「純粋」科学者とその一党だけだろう。――吾々の問題は、この連関を、特に論理学的関係として展開して見ることにあるのである。というのは、自然科学的範疇と技術との関係が今吾々の問題なのである。なぜなら、こうした範疇論的な興味は、今日のわが国に於ける反進歩的・反自由主義的・観念運動によって惹き起こされた特殊なイデオロギー情勢が要求する処のものだからである。

自然科学は一つのイデオロギーとして、諸範疇の一個の体系だと考えられる。尤も範疇と云えばそれは根本概念のことで、何かの科学を概念の体系だなどと云って片づけて了うのは、科学を単なる観念の結果にまで、観念論的に解消して了うことに外ならず、それでは科学が人間の社会生活に於て持つ実践的な役割を無視することになるではないか、と云うかも知れない。併し一般に、根本概念としての範疇の実際の機能は、単なる概念としての機能ではないので、同時に、夫によって対象である事物を処理する処の要具ででもなければならないのであり、而もこの要具は吾々人間の長い歴史の実際生活を通して、淘汰され陶冶されながら、対象そのものの内から骨折って抽出されて来たものなのである。そういう意味に於ける諸範疇が、更に又、同様に対象から抽出されながら実際生活を通して淘汰・陶冶された仕方に従って、一定の結合関係に這入ったものが、取りも直さず初めて範疇の体系の名に値いするのである。自然科学も亦そういう範疇体系の一つ、而も今の場合或る点で最も特色ある範疇体系の一つだというのである。

自然科学的範疇と云っても、之に何々あるかということは、窮極的に決定して了うことは無論出来ない。例えば物質という根本概念は古来、自然哲学乃至哲学的世界観の根柢に横たわっていたものであるが、それに自然科学的な範疇として一定の思考上の役割を有つようになったのはあまり古いことではない。物質の概念と共に古いものは力の範疇であるが、之が一定の物理学的意味を受け取ったのは近世に這入ってからであって、而も近代物理学ではこの概念は再び必ずしも前程絶対的な重大性を有つものではなくなって来ている。特殊な物質概念である原子やエレクトロン・原子核・其の他これに連る一連の諸物質範疇や、特殊の力概念に相当するエネルギーや又重力・電磁気・等々の範疇も亦、夫々の歴史的発生と分化と消長とを持っている。――だが、こうした変遷にも拘らず、それが自然科学的範疇の資格を持つために、是非とも必要な一つの条件がある、と人々は考える。外でもない、之等の範疇は実証的だというのである。

(尤も所謂実証主義なるものはこの実証という規定に或る特別な条件を入している、それは一種の現象主義を固執するのである。だが自然科学の範疇自身にとっては、特別な哲学的要求にでも基かない限り――キルヒホフやマッハ等のマッハ主義の如き――、実証主義は何も問題になるべきものではない。今は単に実証的だという点だけでいいのである。)

で自然科学的範疇が実証的だとして、一体それはどういう意味で実証的であるのか。第一に、それが人類の経験の歴史を通して洗練され、且つ検証されて来たことによって、少なくとも人間の経験に耐えることが出来、且つ之によって保証されて来た範疇だということを意味する。人間が生活対象物を生産し又変革して来たその実践的経験の蓄積の、及びこの蓄積に基く一切のものの範疇が、実証的範疇なのである。

だが、こうした性質は何も自然科学的範疇にだけ限られた実証性ではないので、自然科学的範疇の実証性には更に、第二に、それが物質的実験に基づくという点を補足しなければならぬだろう(この際 Gedankenexperiment の如きは論外である)。尤も社会科学に於ても、本質上矢張り一種の実験と呼ばれるべきもの――社会変革(動乱や戦争)・社会改良・社会政策・又は事実上そういう効果をもつもの――が、いつも見出されるのは事実であり、而もそういう社会科学的実験も矢張り一種の物質的な性質を持っているのだが、自然科学の範疇のもつ実証性の特異な点は、この物質的なものが、本当の物理的物質・物質界・自然・そのものと直接に結び付いている、という処に存している。本当に物質的な実験はだから自然科学的な――自然自身に就いての――実験だと云って好い。

こういうわけで自然科学的範疇は、最も実証的な範疇だと云うことが出来る。自然そのものに対する人間の直接的な実践的交渉(実験と検証とを通しての)内に、自然科学的範疇に特有な「実証的」な性質が横たわる。――処が一般に、この「自然に対する人間の能動的な関係」こそが即ちとりも直さず、技術なのである*。だから、とりあえず、自然科学の範疇は、最も技術的な範疇、技術的範疇だということになる。

* マルクスは『資本論』に於て技術学の対象を、即ち技術を、一般的にそう説明している。 併しここで「技術的」範疇と呼んだものは、必ずしも「技術学的」範疇、即ち技術学にのみぞくする範疇のことではない。なる程自然科学と技術学との不可分な連関は前に述べたが、従って自然科学的範疇と技術学的範疇とが又不可分な連関になければならぬのは当然だが、問題はそこにあるのではない。自然科学的範疇――この真に実証的な範疇――は、単に技術学にぞくする範疇であるばかりでなく、より一般的な意味に於て、技術に対して、正の(ポジチブな)・即ち実証的な・連関を持つ一連の「技術的範疇」にぞくし、その代表的な一部分をなしている、ということが云いたいのである。

私は嘗て、諸科学の範疇が自然科学の範疇と共軛関係に立たねばならぬ所以を説明したが、自然科学と共軛関係に立つそうした諸範疇及び範疇体系を今一般に技術的範疇と呼ぼうと思う*。自然科学的範疇と、例えば社会科学的範疇(生産力・生産関係・商品・資本・階級・国家・其の他)とが共軛関係に立つということを保証するものは、この範疇が云い表わす処の存在自身の客観的な連関そのものの外にないことは、断わるまでもない。自然が自然史的に発展することによって社会の歴史の段階にまで上昇して来たという現実の歴史的運動そのものから、自然史的範疇も人間史的範疇も取り出されたのだとすれば、この二群の範疇の間には、自然史と人間史との間の存在史上の統一に対応して、一種の論理学上の統一が出て来なくてはならぬ。この論理学上の統一が共軛関係――又連帯関係と呼んでもいい――に外ならない。

* 範疇の共軛性に就いては拙著『現代のための哲学』の初めの章を見よ。――なお同著の内「社会科学に於ける実験と統計」及び本書の「技術と実験」の項に於ける実験の説明も亦今の場合の役に立つ。 範疇の共軛関係を客観的に・存在上・保証するものは存在の史的展開そのものだが、之を主体的に実践上保証し得るものは、即ち之を実証し得るものは、正に技術の外にはない。任意の範疇が科学的に役に立つかどうか、即ち又それが科学的真理への用具であるかどうかは、それが技術とどうポジチブに連関出来る手懸りを示すかを見ることによって、見分けがつく。仮にこの概念を直接に実践に結びつけることが出来ず、又実証的にテスト出来ない場合でも、それと技術との反応がポジチブかネガチブかを見て、判定することが出来るだろう。技術的範疇であるかないかを見分ければいいのである。

(数学の諸範疇でさえ、技術的範疇にぞくさねばならぬ。事実、この帰属関係が直接に見出せなかったり見出すのに至極困難だったりする場合には、そういう数学的根本概念は、何か意味の欠乏した抽象物と見做されるし、――その極端な場合は直観性を全く欠いた形式主義的範疇ともなる――、之に反して、数学の対象が直接に「実在」に対応するか、又は自然科学的―物理的「応用」を有てるような場合には、その範疇が直接に技術的範疇に帰属しているわけである。)

で、自然科学的範疇が有つ論理学的(又認識論的)価値は、外ならぬ、それが技術的範疇の最も代表的なものだという点に横たわる。――所謂実証主義なるものも、工業企業家と工場労働者との一致した(!)活動形式たる、工業的生産技術(vie industrielle)に対応する観念形態として、ガリレイやデカルトの自然科学的研究精神を推奨するのである*。ただ、実証主義は技術的範疇を自然科学的範疇に限って、後者と後者の単なる移行以外に技術的範疇の他領域を認めないから、つまる処「科学主義」の偏向や機械論の無意味にさえ陥ったのであり、その困難が最も鋭敏に知覚された社会理論に於ては、この困難を回避するために「歴史主義」にさえ走らなければならなかったのである。――吾々は自然科学の実証的範疇から、「技術的範疇」を抽出した。後は之を他領域についても使って見ればよいのである。

* 技術と実証主義とを結び付けたのは E. Kapp だと云われる。だがここでは技術の尊重とダーウィニズムとが握手する(馬場敬治氏『技術と経済』四六頁以下参照)。――無論これは、マルクスが興味を持った動植物の器官に於ける「自然的技術の歴史」の問題とは別なのである。

技術は例の二重性――純技術的なものと社会的経済的なものとの――を持っていたから、技術的範疇は、単に自然科学的範疇の体系を貫くばかりではなく、之と共軛的に、社会科学乃至歴史科学の範疇体系をも貫かなければならぬ。それは当然なことだ。併しここまで来ると技術的範疇の役割は中々複雑になるのである。なぜなら社会科学乃至歴史科学に於ては、例えば形式主義的・解釈学的・個別化的・等々ありと凡ゆる(観念論式な)範疇構成の態度が案出されているが、こういう範疇構成の殆んど凡てが、技術的範疇の一貫した線に沿うて行なわれていないからなのである。

現代ブルジョア社会科学の特色ある情勢は、その認識方法と認識成果との極度の不定と甚だしい不一致にあると考えられているが、それは、全く同じ対象に向って、幾種類かの相異った範疇構成が同時に併立していることを意味し、相互の間に共通性――今の場合の共軛性――が欠けていることを意味している*。これは全く、自然科学的範疇との共軛的連関に対して無頓着であるか又は夫を無視したことの報いなのである(例えば批判主義哲学に於ける自然科学と文化科学の概念構成上の対立、「生の哲学」に於ける自然界の範疇と歴史的世界の範疇との分裂・等々)。――そして之は恰も、各範疇組織が、技術的範疇の一貫した線に沿うて実行されていない証拠なのである。

* 代表的ブルジョア社会学者W・ゾンバルトの告白によれば、現代経済学は、対象から云っても認識方法から云っても、又名称のつけ方からさえ云っても、一つとして一定共通のものを見ないそうである。現代経済学は彼に従えば、三つの異った範疇構成方法に分裂している。曰く richtende Nationalkonomie, ordnende N-O 及び verstehende N-O。第一のものは、形而上学的な絶対者の領域に適用され、第二のものは自然の領域に適用され、第三のものは文化の領域に適用される処の、範疇組織だというのである(W. Sombart, Die drei Nationalkonomie, S. 277)。――処で、この際この三つのものの共軛的連関などは与えられない。

社会科学乃至歴史科学の範疇体系がこのようにマチマチである論理上の原因は、その背後に、あまりに直接に、哲学が控えているからなのである。而も無政府的なブルジョア哲学が控えているからなのである。

現代ブルジョア哲学の一般的特色は、それが単に観念論であるとか又形而上学であるとかではなくて、主として、夫が解釈の哲学体系であることによって形而上学であり観念論である、という処に存する。解釈学的歴史学・解釈学的文化論・解釈学的人間論・解釈学的現象学、それから解釈学それ自身、こうした「解釈哲学」が今日のブルジョア哲学の最も有力な形態であることを注意しなくてはならない。そこではいつも結局に於て、存在よりも先に自由が問題であり、自由の政治的実現よりも自由の形而上学的可能が問題である。実証的な「事実」は実際的に処理されて行く代りに(そのためには技術的範疇が入要なのだが)、事実の意味相互の関係が、単に意味と意味との区別関係づけが、解釈される。

処で解釈というものは、それが如何に科学的であろうとも、終局的には一義性を有たないという特色を持っている。実験も検証も出来なければこそ、解釈する外はないのである。一義的でないから、或いは二義的である必要がないから、どういう解釈の体系でも一応は可能なわけで、色々の相異った――独創的とも珍奇とも見える――範疇体系が打ち建てられる。社会科学乃至歴史科学の範疇組織は、こうした哲学のおかげで、例の分裂の浮目を見ているのである。

解釈の哲学は無論、技術的範疇を用いることは出来ないし、又その必要もない。事実の意味の解釈の体系は、事物の生産・変革の体系と全く別であることが出来る。事物の実証的・物質的処理はそこでは問題ではない。だから技術的範疇などは無用なのである。――一体解釈は、事物の生産・変革のためにこそ必要だったので、別に、解釈のために解釈――自己解釈 Selbstauslegung ――が必要だったのではないが、それだのに今日の形而上学者達は、特に、生・存在・自覚・等々の自己解釈だけのために、夫々の範疇体系を銘々に打ち建てる。意味の鑑賞にしか興味を持たないこの形而上学者達は、自分の哲学体系を実験して見ようとも検証して見ようとも思わないから、その哲学が技術的な地盤につき当るかどうかを検べる機会を有たない*。で、客観的に見てその体系が技術的範疇とどう食い違おうと彼等は意に介する理由はないし、もし仮にそれを意識したとすれば、逆に、解釈の範疇を以て技術的範疇体系を押し除けようとしか欲しないのである。意識的に非(又反)技術的範疇が健康を祝われるのである。――人々は解釈哲学が、技術的範疇を押し除けるのに、どんなに持って来いのものであるかを知るべきだ。

* 範疇が、物そのものから触発される感性へ、結び付かねばならぬという理由から、形而上学の批判を始めたカントは、事実、実験的な哲学精神の所有者であったように見える。尤も彼が実験と考えているものはまだ精々云わば「試験」(Versuch)の程度で、プラグマチズム風な作業仮説に重心が置かれているが(Kritik d. r. Vernunft, ※―※)。道徳の対象界に、この実験的な、即ち吾々に云わせればやがて技術的となるべき、「範疇」を適用しなかったことが、却って後のドイツ観念論の非技術的範疇体系に起源を与えたことになった(而も現代のエピゴーネン新カント派の人達は恰もここにカントの哲学的精神を見出しているのである。曰くアポステリオリとアプリオリとの絶対的区別・科学と哲学との機械的分離・自然科学と文化科学との機械的対立・其の他。――かくて科学と宗教との調和も「批判的」に確立される――後を見よ)。

非(又反)実験的な哲学の代表者は、同時に現代解釈哲学の代表者である。ハイデッガーの『形而上学』に於ては、実証的・技術的な実験も検証も問題になり得ない。そればかりではなく現象学に固有であるべき直観的・感性的な明証さえがそこでは欠けているのである。

自然に対する能動的な人間の働きかけ、この実践から出発し、結局に於いて又いつもそこに立ち帰ることを約束している処の、技術的範疇体系は、決して、解釈哲学の体系のように得手勝手でもなければ、無政府的でもあり得ない。それは一義的で唯一な体系をなす。そういう技術的範疇体系として吾々は弁証法的唯物論の範疇体系を有つのである。之は云わば「技術的イデオロギー」を結果する。実際人々は、技術的イデオロギーを軽蔑するために、唯物論という都合の好い言葉を用意してさえいるのである。

だが次に大事な問題は、こうしたブルジョア哲学が、単にブルジョアジー・プロパーの哲学には止まらないということである。それからまた、哲学は単なる哲学には止まらず、凡てのイデオロギー分野の夫々の事情に即しながら自己を貫徹するという関係である。

わが国のブルジョアジーが自分自身でかつて清算し切れなかった封建的遺物を、改めて逆に利用し始めた時と共に、わが国のブルジョア哲学は、この社会的(?)需要に応ずるために、その一部分を、ファッショ哲学として発展させなければならなかった。で、そこでは神話的哲学や経典的哲学が、夫でなければ和洋合奏式哲学が、工夫される。今日のブルジョア哲学プロパーさえが、抑々非(又反)技術的範疇に基づいていたのであるから、「制度学」的に又「儒教」的に資本制を越えて時代を遡るこれ等の国粋的哲学や東洋民族的アジア哲学、又アジア的関税をかけた欧州哲学が、お伽噺のように、又玩具のように、超技術的な範疇に基づいたものであらざるを得ないということは、無理からぬことだろう。――だが実際は農村でも化学肥料は必要だし、満州でも石炭の産出が重大与件である。ドイツ国粋哲学・ナチスのイデオロギーの背景には重工業資本が控えているのである。で、こうした反技術的哲学・反技術的イデオロギーが、いつまでもその非技術的範疇のボロを出さずに済ませ得るかは、当分、現代に於ける歴史的な観物にぞくするだろう。

哲学は併し、決して単なる哲学としては止まらない。夫は自然科学・社会科学・道徳・宗教・等々の諸イデオロギーを一貫して、その範疇を決定して行かざるを得ない、夫はいうまでもないことだ。で非技術的・反技術的範疇に基く哲学は、これ等イデオロギー分野をば、その非(又反)技術的範疇を用いて独特に組織し始める。ブルジョア社会科学の場合に就いてはすでに述べたが、技術的範疇そのものの故郷である自然科学の分野に於てさえ、こうした非技術的範疇の哲学による倒錯した支配が、今日特に目立っている。新量子理論の一結果にすぎない不定性の原理から、A・B・エディントンやG・ミーは、科学的には必要もなければ意味もないような、俗悪な形態の自由意志説や神秘観をわざわざ引き出して見せる。物理学者のこういう哲学的な興奮は、予め非(又反)技術的範疇による諸ブルジョア的・ファッショ的哲学が客観的に行なわれていなければあり得ないことだろう。

現代ブルジョア(乃至ファッショ)哲学の一つの特色は、自由観念や国家観念やを通して、どれも之も倫理主義化しているということである。単に思想善導式な教育方針に於てばかりでなく、哲学的科学自身がすでに人格第一主義なのである。哲学とはなんでもない道徳に過ぎない。この点から吾々は、哲学と道徳――一つのイデオロギー領域――との現代に於ける特有な交渉を理解することが出来よう。いつの世でも倫理・道徳・修身程、善い悪いという非技術的な――非科学的な――根本概念を安価に振りまわすものはなかった。

道徳で効験が顕かでない場合には宗教が控えている。人々は、道徳が一つの宗教であり、宗教が又一つの道徳であることを、今日見逃してはならない。で最後の問題は、宗教と非(又反)技術的範疇との関係にならねばならないのである。

なぜなら、非技術的範疇に基く現代の非(又反)技術的イデオロギーの殆んど凡ての部門――単に道徳や哲学自身だけではない――が、翕然として宗教の門へ向って集中されつつあるのが事実で、ここにこそ現代に於ける「宗教」の客観的な意義があるわけだからである。

所謂批判主義的宗教哲学によれば、宗教の本質は一つの先天的意識形式たる信仰に存する。例えばシュライエルマッハーは之を絶対帰依の感情に基けている。之に反して心理主義宗教哲学とも云うべきものでは、宗教経験の種々相に於て真に宗教的なものを見る(W・ジェームズ)。だがいずれの場合にしても宗教の本質は宗教意識・宗教体験の内に求められるという点が要点である。或る意味に於ける客観性を有つ啓示と雖も、やはり宗教意識の内側の、或いは宗教意識よりもより内側の、一関係に外なるまい(弁証法神学)。宗教の「真理内容」と呼ばれるものの在りかは、かくて宗教意識の側面に見られるようである。

だが――或る他の意味に於て――客観的な外的形態の内に宗教の本質を見なければならぬと考える、実証的宗教学者達によれば、宗教の本質は、そうした宗教意識や宗教体験にあるのではなくて、却って、それの文化的表現であり又は社会的存在条件である処の既成宗教の儀礼・礼拝・教会制度・経典・信条・等々の内にこそなければならぬ。宗教現象は全く社会関係の所産に過ぎないとさえ説明されているのである。

無論、既成宗教は一定の社会的存在形態を取らなければ実際の宗教でなく、従って宗教的意識の内容たる信仰内容も具体的にならないが、そういう社会的条件から発生し又それに対応するにしても、なお且つもはや社会的条件には解消し切れない何かの独自な宗教の「真理内容」があることも本当だろう。――だが以上の二つの場合のどれにもまだ、宗教の本質が本当には出ていない、と考えられる理由がある。

と云うのは、宗教は民衆の阿片だ、という極めて含蓄ある言葉を聴いて、人々は云うのである。既成宗教の多くのものはなる程阿片の目的と結果とを有つだろう、だが宗教の真理をなす宗教体験そのものは何等阿片であるどころではなく、却って実践や闘争のエネルギー源とさえなり得るものなのだと。或いはそうかも知れない。だが、必要な問題は、そうした私事に渡る宗教体験そのものにあるのではない、問題は、宗教体験が単なる宗教体験に止まることが出来ずに(無論止まり得る筈はないのだが)、直ちに宗教的世界観・宗教的イデオロギーを構成せずにはおかないという点である。

「信仰」はもはや信仰ではなくて神学となる。一体神の信仰と世界の把握とは別でなければならない。処が宗教によればそれが一つでなければならないようである。――信仰という感情は、宗教的範疇という論理を創造する*。この論理がそのまま展開すれば、夫が凡ゆる意味に於ける神学となるのである。神学とは外でもない、宗教的な世界像・イデオロギー組織のことであり、神学的範疇の体系の建設にいそしむ処のものをいう。こうした神学的範疇体系――この転倒した世界観の組織――は、哲学的範疇体系(それの本当のものが技術的範疇体系だった)に対して、論理学的に云っても阿片的効果を持たざるを得ないではないか。

* 宗教の本質・真理内容・を啓示しようとする「宗教哲学」(それは実は宗教擁護哲学であって批判主義的宗教哲学も決して「批判的」ではないのだが)は、独特な宗教的・神学的・範疇を打ち建てることから説明を始める。例えば、「das Numinose」(それは「神聖」の一種なのだ)なる「この範疇は完全に独自なものであるから、凡ての根本的な根本事実と同様、厳密に云えば決して定義出来ないもので、単に説明を加えうるだけである」(R. Otto, Das Heilige, S. 7)。――所謂神学なるものが、こうした種類の「独自」な神学的範疇の精密な展開組織であることは人の知る処である。

宗教的・神学的・範疇は、それが原始的に素朴な、或いは体験上直接な、場合は云うまでもないとして、どれ程精密厳正に組織された場合でも、決して技術的範疇ではあり得ない。なぜなら、それは今の場合、事物の科学的認識を目的として出発しているものではなくて、全く宗教的意識を組織するために発生したものであり、地上の範疇の代りに天上の範疇を導き入れる必要のあるものだからである。尤も原始的宗教それ自身は元来実践的な認識を目的としたものであり、従って一つの低級な科学的認識に外ならなかったのだが、現在の世界的宗教に見られるような「文化的」(?)宗教は、決してそういう「科学的認識」などを目的としていないことこそが誇りである。科学や哲学の知識と世界観とがあるにも拘らず、世界宗教は自分の世界観的存在理由を固執しているのは、何よりもこの誇りに基くのだ。だがこの際、この「宗教」は実は科学的認識を外にして、何かの認識目的を、或いは従って又何かの実践目的を、持っている。だからこそそれは科学的認識に代行せざるを得ない。技術的範疇を斥けるためにこそ、宗教は単なる信仰の資格から神学(之が実は宗教の本質である)にまで出現したのである*。

* 神学体系はすべての世界を体系づける。だから技術自身も亦神学体系内の一範疇であることが出来る。例えばカトリックの信条は立派に技術論を持つことが出来る(H. Jebens, Die Philosophie des Fortschritts を見よ)。大本教は電気現象や光の現象に対して特有な組織的説明を与えている(某月『学士会月報』)。――こうした世界解釈の組織が、その「精神的な」世界統一と同様に、非技術的なものであることは、之によって少しも妨害されはしない。 資本主義的生産関係が、一切の部面に於てその矛盾を蔽いかくすことが出来なくなり、特に技術はその病的高揚と不具な発達にも拘らず、その自生的発達を抑圧する重圧に苦しみ始める。今や、少くとも一般的失業と知識階級の失業――之は主として技術家の失業としてブルジョア社会では特別待遇を受けている失業現象である――とは、如何なる道徳家にも人格的イデオローグにも、問題となり始める。ブルジョア社会の経済的・技術的絶望はそこで、之等のブルジョア・イデオローグ達に取って、文明乃至文化それ自身の行きづまりとして、「文化危機」として、意識される。――而も彼等に従えば、文明乃至文化が危機に臨んでいるのは、それがブルジョア文明・文化であるからでなくて、正に夫が「機械文明」・「欧州文化」・「技術的進歩」・「物質文明」・「唯物論」・等々の一連のものであるからなのである。かくてヨーロッパをこの文化危機から救済し、更にアメリカをも救い出し、又全人類を、即ち全ブルジョア階級を、この精神的危機から助け出すためには、人々は技術という悪魔を打ち倒さなければならぬ。今日反技術主義(Antitechnismus)がヨーロッパとアメリカとを通じて合言葉となっているのは偶然でない。――この合言葉に武器を提供するものが、そして宗教的・神学的・範疇体系である。だからこそこの頃、宗教への門は国際的に賑わざるを得ないのである。

尤も「哲学」に対してもっと忠実な信仰家達は、同じ目的のために、文明と文化とを峻別するという工夫を知らないのではない。蓋し文明はイギリスから来たもので、イギリスの産業革命に於ける技術的発達に結び付いた言葉であるから、元来それ自身技術主義(?)の合言葉である。之に反して、文化はドイツ精神そのものに外ならず、技術文明の上に精神の世界を君臨させるための呪文なのである。で、技術を失脚させるためには文化を持ち出せば好い、とそう彼等は私かに考えるのである。

だが、文明と文化とを対比させ、文化を文明の上に位させ、それによって忌むべき「唯物論」を抑圧することは、思想史上でも学術史上でも、決して新しい知恵ではない。ドイツの「文化哲学」や「文化社会学」は全くそうした文化主義のために工夫された学問でしかないので、夫はこの役目さえ果せば退場して好いものなのだが、処がまだその役目を果さない内にその役目を果すことの出来ないこと自身が判って来たので、そこでこそ愈々、文化は危機に臨んでいることを自白しなければならなかったのである。文化社会学の如きはそれ自身、文化危機を告白するための社会学でしかない。文化はだから今日、もはや何等救済の咀文ではあり得ない。

もし仮に文化と文明とを区別しなければならないならば――そういう区別がなぜ必要なのかは判らないが――、文化は「文明」の発達を媒介するのでなければ発達出来ない、という一つの事実を注意しておけばいい。文化とは元来、教養や自己完成やという倫理的・文学的内容のものではないので、そうした内容は単に階級文化の上品な懐手式な好みにしかすぎない。無階級文化は恐らく「社会主義的建設」の如きものによってしか築かれないだろう。かかる文化が、なぜ技術的範疇を以て貫かれねばならぬかは、だからもはや明らかではないだろうか。

処で、技術家の問題を分析することによって、技術とイデオロギーとの問題も本当に解けるだろう。次に夫を見よう。

Chapter 4 of 7
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