Chapter 1 of 23

第一 地下の世界

この手記の筆者も『手記』そのものもむろん、架空のものである。が、それにもかかわらず、かかる手記の作者のごとき人物は、わが社会全般を形成している諸条件を考慮にとり入れてみると、この社会に存し得るのみならず、むしろ存在するのが当然なくらいである。わたしはきわめて近き過去の時代に属する性格の一つを、普通よりも明瞭に、公衆の面前へ引きだしてみたかったのである。それはいまだに余喘を保っている世代の一代表者なのである。『地下の世界』と題するこの断章において、この人物は自分自身とその見解とを自己紹介し、あわせてかかる人物がわれわれの周囲に現われた理由、いな、現われなければならなかった理由を、闡明せんと欲しているかのごとくである。次の断章においては、この人物が自己の生活中のある事件を叙述した本当の『手記』が始まるのである。

フョードル・ドストエーフスキイ

Chapter 1 of 23