Chapter 1 of 3

大きな工場のかたすみに、倉庫があります。倉庫の裏口には、鉄の戸がしまつてをり、その上に長いひさしが出てゐます。

そのひさしの下に、十六七さいの少年が、靴直しの店を出しました。店といつても、名ばかりです。靴直しのだうぐと、革のきれはしと、こしかけになる木の箱だけです。

そのへんには、工場や、会社が並んでゐて、靴をはいた人たちがたくさんゐます。でも、この少年に靴直しをたのむ者は、一人もありませんでした。夕方になると、少年はだうぐをしまつて、すご/\とかへつて行きました。

あくる日、少年は、また、朝からやつて来ました。やはり、お客は一人もありません。少年は、べんたうをたべただけで、一日じつとしてゐて、かへつて行きました。

その、あくる日も、おなじことでした。

四日目の朝、工場の倉庫がゝりの人がやつて来て、少年に話しかけました。

「君は、毎日こゝに来てゐるやうだね。」

「えゝ、こゝが気にいつたのです。長いひさしが出てゐますから、雨が降つても、こゝなら仕事が出来ます。」

倉庫がゝりの人は笑ひました。

「雨が降つても来るつもりかい。だつて、お客は、一人もないではないか。」

「あるまで待つてゐます。もう、けつしんしてゐるのです。」

「ほう、どんなけつしんだい。」

それは、大へんなけつしんでした。

この少年は、ある靴屋に、二年ばかりほうこうしてゐたのです。うでまへは、めき/\とよくなつて行きましたが、仕事がおそくて、気がきかないといふので、ことわられてしまひました。そこで、しかたなく、ぼんやりしてゐますと、おかあさんから、いろ/\いつて聞かされました。

「気を落してはいけません。世の中のことは、何ごとも、けつしんしだいです。お前は、どうせ、靴屋になるつもりだつたのだし、それに、仕事こそおそいが、りつぱなうでまへを持つてゐるのだから、あくまでも、靴屋で身を立てるけつしんをなさい。いゝかげんの気持で、なまけるのが、一ばんいけません。

これから、世界一の靴屋になるつもりで、一生けんめいにやつてごらんなさい。」

さういはれても、少年は、まだ、けつしんがつきませんでした。

「僕のやうな者でも、りつぱな靴屋になれるか知ら。」

といひますと、おかあさんは、じつと少年を見つめました。

「なれないでどうします。わたしは、お前を、そんなばか者にそだててはゐません。」

そこで、少年も心をきめました。

「ぐづ/\してゐたのでは、自分をそだてて下さつたおかあさんにすまない、申しわけがない。けつしんだ、けつしんだ。」

そして、靴直しのだうぐを買つてもらつて、この道ばたに、店を出したのでした。

その話に、倉庫がゝりの人は感心して、古靴を一そく持つて来てくれました。

「よし、僕がお客さんになつてやらう。これを、ていねいに直してくれよ。」

「しようちしました。私の名前は、太一といふのです。今に、太一の靴は世界一と、人にいはれるやうになつてみせます。その太一の、一ばんはじめのお客様ですから、あなたは、しあはせですよ。」

「はゝゝ、さう、ゐばるなよ。」

太一は、うれしさうに、仕事を始めました。

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