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大菩薩峠 20 禹門三級の巻
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大菩薩峠 20 禹門三級の巻
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Chapter 1 of 11

一

宇治山田の米友は、あれから毎日のように夢を見ます。その夢は、いつもはんで捺したように不動明王の夢であります。夢や新聞は、毎日変ったものを見せられるところにねうちがあるのだが、米友のように、毎夜毎夜同じ夢ばかりを見せられては、驚かなければなりません。

夢から醒めたたびに米友の驚き呆れた面も、やはりはんで捺したようなものです。米友はついに堪り兼ねて、床の間にかけてあった不動明王の画像を取外しました。この画像があるから、夢を見せられるのである、画像が無ければ、夢も無くなるであろうと思って、その晩は取外して床の間へ捲いておいたけれど、やはり同じように、不動明王の像が夢に現われました。米友は癪にさわってこの画像を、よそへうつしてしまおうと思って、今、かつぎ出したところであります。

今日は例の手槍を持って出ることの代りに、かなり大きな不動尊の画像を担いで、例によって両国橋を渡りかけました。そこで米友が思うには、これを打捨るにしても不動尊である、有難がっても有難がらなくっても、不動明王のお像である。芥溜の中へ打捨るわけにはゆかない。さりとて、道の真中へ抛り出してもおけない。また米友には、屑屋に売り飛ばすというほどの知恵も浮ばない。売り飛ばしてそれを己れの巾着銭にしようというような知恵は米友には出ない。出て来たところで彼の良心が許さない。この場合、不動尊の殊勝な信心家が現われて、この画像を米友の手から乞い受けて、祀りあがめる人が出て来れば米友は一議に及ばず、その画像を譲り渡したものであろうと思われるが、不幸にしてその人を得ることができない。せっかく、不動尊を担ぎ出して来たものの、実際、米友はこれをどう扱っていいかということに迷いきっているのです。この点においては、曾て京都へ遊びに行った弥次郎兵衛と喜多八とが、梯子を買ってもてあまして、京都の町を担ぎ歩いたようで、米友のは梯子よりは有難い不動様であるだけに、なおさら捨場に困るのであります。

ほかのことにはあまり頓着はしない米友が、こういうことになると真面目に苦心するのです。甲州の袖切坂で鼻緒の切れたお角の下駄を、どう処分しようかと思って、二里も三里も持ち歩いたこともあります。今はその下駄とも違って、不動明王のお像だから、担ぎ出しは担ぎ出したものの、その心の中の苦心は容易なものではありません。

で、両国橋へ来て、フト思案半ばに思いついたのは、やっぱりここから川の中へ投げ込むのがよかろうということでありました。両国橋から物を投げ込んだことは、米友には今までに経験がないではありません。第一には、天誅組の貼紙をした立札を引っこぬいて、この川の中へ抛り込みました。第二には、金助から侮辱されて腹立ちまぎれに、頭からかぶって金助を、大川の真中へ抛り込んだこともあります。

それで米友は、こんどもその伝で不動明王を、ここから川の中へ抛り込もうと考えたものらしい。それで米友は、恐る恐る画像を肩から取り卸して、橋の前後を見渡しました。あいにくのことに往来の人がかなりに多い。それがいちいち変な目つきをして、米友の挙動をジロジロと見るのが癪にさわる。どうも自分ながら盗み物でもするように気がとがめてならない。前に立札を投げ込んだ時のように、また金助を抛り込んだ時のように、端的に、痛快にやっつけてしまうことのできないのが忌々しい。そこで米友は、せっかくの名案も実行が渋って、いったん肩から取下ろした不動尊の画像を、また担ぎ直して、非常な不機嫌な顔色をして、

「ちぇッ」

舌打ちをして焦れったそうに、また両国橋を渡り出しました。

彼は事をなす時には端的にやっつけてしまうが、その端的が外れると、もう底知れずにぐずついてしまいます。一旦、川へ投げ込みそこねてみると、もう駄目です。大川へ投げ込めないものが、神田川へ投げ込めるはずがない。大川へも神田川へも投げ込めないものを、そこらの堀や溝へ投げ込めるものではない。米友は思案に暮れながら不動尊を担いで、どこを歩むともなく歩み歩んで行きました。

しかしながら、いくら歩いてもこの上いい知恵の出ないことが哀れです。誰かしかるべき人に預けたのがよかろうと、それは幾度も思案にのぼらないではありません。けれども、こうなってみると、預けた先も心配になるし、預けるというそのことも心配になります。たとえば道庵先生とか、盲法師の弁信とかいうような者に、事情を打明けて頼めば、いやとは言うまいけれど、米友の気象では、そう言って頼むのが癪にさわります。なんだか自分が、この一幅の画像に怖れをなして、逃げ隠れでもするように見られるのが癪にさわらない限りもない。それで米友は、しかるべき相談相手を求めようとする気にもならないのであります。自分で自分の心が済むように始末しなければ、男の一分が立たないように思われてなりません。ですから、土にかじりついても、この画像だけは自分で始末をしようとして、煩悶しながら歩いているのです。

ところが、これほど煩悶している米友の眼の前へ、ちらちらと不動様のお姿が現われます。今までは夢にのみ現われた不動様が、米友がこうして煩悶していると、ありありとその怖い面を向けて米友を睨みつけるのだから、米友は焦れるばかりです。いったい、不動尊という奴がなんの恨みがあって、おれにこうして附き廻るのだ。今までに米友は、なにも不動様に恨まれるようなことをした覚えがない。夢になり、うつつになって自分の眼先へちらついて、こうまで俺を苦しめる不動様という奴の了見方がわからねえと、米友は腹が立ってたまりません。

米友の風采もかなり奇怪に出来てはいるが、どうも不動様とは太刀打ちができないらしい。ややもすればその不動様に睨みすくめられてしまうのが残念でたまらない。事実あるものならばそれでもよいが、画像はこうしてクルクルと捲き込んでしまってある以上は、この世のいずこを尋ねても、不動様なんていうものがあったらお目にかかる。ありもしないえそらごとの不動様に、夜も昼も睨められて、こっちの睨みが利かなくなるとは、腹が立って腹が立ってたまらない。腹が立つけれども、どうも喧嘩の相手がないには閉口です。相手といえばこの画像だが、さてこの画像を相手に、どう処分していいか、それの思案に思い悩まされているのだから、どうにもこうにも仕方がない。

いつのまにか米友は、柳原の土手の通りを通り過ぎて、加賀ッ原のところまで来て見ると、加賀ッ原の真中に足軽のような者が、塵芥を集めて焼き捨てていました。多分、貧窮組の捨てて行った米の空俵や、蓙や蓆の類であろうと思われる。それをじっと立って見ていた米友が、また一思案を思い浮べました。

「そうだ、焼いてしまえば、元も子もなくなる」

そこで、ブルブルと身を振わして、自分ながらこの名案を喜んだものらしい。けれども、ここで焼こうとするのではない、どこかしかるべきところを選んで、心静かに焼いてしまいたい。そう感づいたから、急ぎ足で歩き出しました。

少しは遠くなっても、なるべくは、ずっと江戸の町を離れた人のいないところで、心静かに不動様を焼いてしまいたい。米友は、そう思って、跛者ではあるけれども達者な足を引きずって、昌平橋をずんずんとのぼって行きました。

足に任せて歩いた米友は、幾時かの後に広々とした野原に出ました。そこは代々木の原であります。米友は、代々木の原とは知らないで、ここいらならばよかろうと思いました。そうして不動尊の画像は、木の枝にかけておき、それから四辺の山林へ分け入って、杉の落葉だの、雑木の枯枝だのというものを盛んに掻き集めて来ては山を築きました。さて、時分はよしと思ったのに、気のつかないことったら仕方がないもので、米友は火道具というものを持っておりませんでした。この人は煙草を喫わない人だから、常に火打道具を携帯しているというわけにはゆきません。途中で、そんなことに考えつきそうなものだが、この場に立至るまでそれと気がつかなかったのは、おぞましいともなんとも言いようがありません。泥棒をつかまえて縄を綯うような、ブマなことをしでかした自分を、米友は歯痒く思って地団駄を踏みました。

四辺を見廻したところで、その時分の代々木あたりは、深山幽谷も同じものであります。旅人をつかまえて火種を借りるというわけにもゆかないし、どうしても最寄りの百姓家へでも行って、火打道具を無心しなければならない羽目です。

詮方なく米友は、代々木の原を立ち出でました。林のはずれを見ると、天気がいいものだから丹沢や秩父あたりの山々が見えるし、富士の山は、くっきり姿をあらわしていました。米友も久しく見なかった広い原と、高い山の景色に触れると、胸膈がすっと開くようにいい心持になりました。原を出ると大根畑があって、その向うに生垣があって、そこでギーッと刎釣瓶の音がします。米友は、畑の中の道を突切って行って見ると百姓家です。その百姓家の門口へ立ってみたが、さて何と言って火種を借りていいか、ハタと当惑してしまいました。煙草の火とも言えないし、さりとて不動様を焼くのだからとはなお言えない。なんと言いこしらえて火種を借りようとグッと詰まって、空しく百姓家の門口に突立っていました。そうすると百姓家の台所から、けたたましい声と羽バタキをして、大きな鶏が一つ飛び出して来て、戸惑いして、米友の頭に乗っかろうとしました。さすがの米友もこれには面喰って、鶏を払いのけると、そのあとから小犬が飛び出して来て、米友に向って頻りに吠え立てるのです。

こんなことでは駄目だと、米友は観念しました。まだ頼みもしない先から鶏にばかにされたり、犬に吠えられたりするようでは、頼み込んでみたところで剣突を食うか、そうでなければ泥棒扱いでも受けるぐらいが関の山だろうと思ったから、米友はそのままでスゴスゴとまた畑道を引返したものです。仕方がない、少しく遠くなっても町のあるところまで出かけて、銭を出して、火打道具を買い求めて来るよりほかはないと思いました。

米友が畑道を引返して来ると、畑の畔で、百姓が一人、子供を相手に話しています。

「これ見ろ作十、誰か榛の木山ん中へ、こんな掛物を置きっぱなしにして行っただあ、ことによると泥棒かも知んねえ」

「爺、あにが書えてあるだえ」

百姓の老爺と子供とがその掛物を拡げて見ようとするところだから、米友は眼の色を変えて駈け寄って、横の方から、それをひったくりました。

「おいらの不動様だイッ」

百姓親子は、眼を円くしました。

水に入れようとしてやりそこない、火に焼こうとしてまたやりそこなった米友は、ぜひなく不動尊の像をかついで、代々木の林を立ち出でました。

その途すがら米友は、なお頻りにこの画像の処分方を考えていました。そうして最後に考えついたのは、前よりはずっと穏健な仕方であります。それは個人に頼むことこそ億劫だが、しかるべき堂宮へ納めてしまえば文句はなかろう。堂宮といううちには、神仏それぞれ持ち分があるのだから、不動様を閻魔様の許に頼むわけにはゆくまい。不動様は不動堂に限ると思いました。で、住職か或いは堂守に、事情を言いこしらえて納めてしまえばイヤとは言うまい。イヤと言えば抛り込んで逃げてしまおう、とまで決心して、ようやく人通りのあるところへ出た時に、この辺にしかるべき不動堂はないものかと人に尋ねました。その人が、下総の成田山の出張所が、御府内のどこそこにあるということをよく教えて聞かせました。しかし米友は、江戸の市中まで持って帰りたくはないのだから、江戸に近い田舎でしかるべき不動様はないかというようなことを尋ねると、それはまた滝の川の不動様と、目黒の不動様だろうという返事でありました。

その二つの不動様のうち、どれが近いかと尋ねると、ここからでは目黒の方が、ずっと近いということでしたから米友は、よし、それでは目黒の不動にしようと、その方角を、よくよく聞き取ってそちらに足を向けました。

米友が不動尊の画像をかついで、目黒不動の境内まで来て見ると、そこが大変に賑やかで、お祭か縁日かであるらしい。あんまり賑やかで、かえってきまりが悪いと思いながら米友は、その人混みの中へずんずんと入って行くと、その日にこの庭で「富」があったものです。

米友には、まだ「富」の観念がよく定まっておらないながらに、札場の中へ入って、人の蔭になって様子をながめていたものです。

世話人が箱の中から、錐で本札を突き出して番号を読むと、みんなが持合せの影札を見比べて、当ったものは嬉しそうに、当らないものは、しおらしい面をしています。当った番号は紙に書いて、向うの柱へ貼り並べられました。それが大変な人気ですから、札には利害関係のない米友も、つい面白くなって頻りに富札の景気を見ていました。

面白がって見ているうちに、一の富七十三番の札が落ちました。跳り上って喜んだのは品川宿の建具屋の平吉という若い男で、この百両が平吉の手に落ちることにきまると、当人も嬉ぶし、誰も彼も羨ましそうに見えました。平さんは札とひきかえにその百両を受取って、いそいそとその場を出かけると、平吉を知っている人が、あぶないものだ、平さんにあれを持たしては帰りがあぶないと言って眉をひそめたのは、その幸運をそねんで言うものとは思われません。また帰りに泥棒や追剥につけられるという心配でもなく、それは、平さんという男の人柄を見てもわかることで、持ちつけない大金を持ったため、途中、出来心でどんなところへひっかかってしまうかわからない。それをあぶながっているものらしくあります。

果せる哉、この平さんは百両の富が当った嬉しまぎれに、友達を無暗に引っぱって角の店へ上って、景気よく一杯やり出しました。

これは平さんがあまりよろしくないのです。こういう時は、何を置いてもいったん自宅へ帰って、女房の前へその百両を見せて喜ばせた上に、近所の者を呼んで一杯やるということにしなければ本当ではないのだが、嬉しい時は、なかなかそうは思慮が廻らないもので、ついここで百両の封を切って散財することになりました。

そうすると、みんなしてこの平さんをチヤホヤした上に、店の女中を初め、見知らぬお客までが、その当り運にあやかりたいというわけで、一杯いただきたがるものだから、平さんは断わりきれないで、つい、うかうかと呑んでいるうちに、腹のしまりがつかなくなりました。どのみち、あてにしない金であるところへ、こうして福の神の生れ代りみたように、あがめ奉られては、平さんに限らず箍のゆるむのは仕方のないことです。

ちょうど、この時に、五六騎轡を並べて通りかかった侍の遠乗りがあったために大事が持ち上りました。いずれもしかるべき身分でもあり、年配でもあって、軽からぬ役目をつとめているものらしい人品です。わざと多くのともをつれないで、微行の体の遠乗りであったが、そのうちの一人が、逞しい下郎に槍を立てさせていました。

その槍は九尺柄の十文字であります。それがちょうど、この店の下へ通りかかった時に、運悪く二階の上からクルクルと舞い下って、この十文字の槍の鞘にひっかかったのが、鎖紐の煙草入であります。根付とかますとが、十文字の鞘で支えられたのだから、ちょうどいいあんばいにひっかかったのではあったけれども、それが大事の槍であったから、槍持の奴は嚇としました。槍持の奴と面を見合せた馬上の侍は、むっとして言わん方なき不快の色を示して通り過ぎたけれど、この槍持奴だけは、根の生えたようにそこへ突立って動きません。

仁王立ちに突立った槍持奴は、槍の鞘にひっかかった煙草入を取ろうともしないで、そのまま大地に突き立てて、頭から湯気を立ててこの家の二階を睨み上げています。

さしも騒がしかったこの店が、その時に水を打ったように静かになりました。店の者が一人も残らず面の色を青くしました。往来の人も歩みをとどめてしまいました。

そこへ店の中から転り出したのが例の平さんでありました。実は平さん自身が飛び出さない方がよかったのだけれども、この男は正直者でもあり、慌て者でもあったから、店の者から何か言われると、慌ててここへ飛び出して来たものです。

そうして槍持奴の前へ土下座をきって申しわけをすると、槍持奴は雷の割れるような声で、

「このかんぶくろはてめえのか」

平吉は縮み上って、

「はいはい、手前のでございます」

「てめえのなら持って行け」

「はいはい」

「早く持って行け、何でえ、何で手なんぞを出しやがるんだい、この槍へ上って自分の手で取って行きやがれ」

持って行けと言いながら、槍はそこへ突き立てたままです。

この時に、前の五六騎づれの侍たちについていた仲間たちが、ほとんど残らず取って返して、ズラリと平吉を取巻きました。

人に揉まれて来た米友が、聞くともなしに聞いていると、事件の要領はこうです。

百両の富に当った品川宿の平吉という建具屋が、嬉しまぎれに身近の人を招んで、角の店の二階で飲んだ揚句、連れの一人が、平さん大金持になった上は、こんな安っぽい煙草入はよしてしまいねえと言って、冗談にポンと往来へ抛り出す真似をしたのが、どうしたハズミか本気に手が辷って、二階から往来へ飛び出してしまいました。飛び出した煙草入が運悪く、通りかかった十文字の槍の鞘へからみついてしまいました。事件の要領はただそれだけです。事柄はただそれだけだけれど、煙草入のからみついた相手が悪かったから、全く始末のいけないことになってしまいました。

「いけねえ、いけねえ、平さんは鈴喜の庭へ引張り込まれてしまった。あすこにはお歴々の方がお微行で大勢休んでおいでなさるんだ、なんでもお奉行のお方や、与力の方で、いずれも飛ぶ鳥を落す御威勢のお方なんだそうだ。そのお槍へ平さんの煙草入がケチを附けてしまったものだから、納まりがつかねえ、なんでも平さんは、あのお槍で殺られちまうんだそうだ、あのお槍を持った殿様が、平さんを突き殺しておいて、あとで五人の殿様が試し斬りをなさるんだって言ってましたぜ。もう助かりません、何しろ、あっちが飛ぶ鳥を落すお歴々のお揃いだから、誰も口の出せるものがありゃしませんや、こればっかりはお庄屋様だって、不動院の御前だって、後へ引いておしまいなさる。ああ平さんがかわいそうだ、平さんがかわいそうだ、こんなことだったら早く私たちが連れて帰りさえすればよかったんだが、ついここで飲み出したのが悪かった。平さん、友達甲斐がねえと恨んじゃいけねえよ、全く友達甲斐がねえんだから、恨まれても仕方がねえけれど、災難にしても、災難があんまり大き過ぎらあ。あれで皆さん、平さんには女房もあれば子供も二人まであるんですよ、おかみさんは今日の富を心待ちにして待っているんでございますよ、まさか百両の一番札が落ちようと思いませんが、もしいくらでも当りさえすれば、子供にああしてやろう、こうしてやろうなんて、出がけに算当を組んで笑いながら切火をきってくれたもんです。それがこんなことになったと言って、どうして私はおかみさんに合わす面がありましょう、金さん、お前が附いてながら、早く連れて帰ってくれさえすればこんなことになりゃしないと言って、おかみさんに泣かれたら、わたしゃ何と言って言いわけをしましょう。私が友達甲斐がねえから平さんを、あんなことにしてしまった、皆さん、わたしゃ平さんに済まない、平さんのおかみさんに済まない、なんとかして下さいよう」

こう言っておいおいと泣いているのは、同じ品川から平吉と一緒に連れ立って、今日の富へ来た友達の一人であります。多分、煙草入を手から辷らしたのがこの男でしょう。いい男が手放しで泣くのだが、この場合に限って同情の至りで、ほとんど貰い泣きをしたがるものばかりです。しかし、こう言って泣きつかれても今更、誰がどうしてやろうと言うこともできません。

宇治山田の米友が、うなり出したのはこの時です。

米友が鈴喜の家の裏手の竹藪の中をうろついていたのは、それから間もないことでした。

庄屋様に行っても、竜泉寺の住職を煩わしても、お詫びの叶わないと言われるのを米友が、救い出そうとするつもりか知らん。

例の不動尊の画像は刀でも差すように、腰へしっかと挿んで、藪の中にある大木へ攀上りました。その大木の上から見下ろすと、鈴喜の家の庭から、開け放した間取りまでが手に取るようです。

庭は思いの外ひっそりとしていたが、その一方の隅の楓の木の下に、後ろ手に結かれているのは建具屋の平吉という人らしい。座敷の上には、お歴々の遠乗りの連中が食事の最中と見えて、誰も平吉を顧みる者がない。槍持の奴の姿も見えなければ、仲間連中も一人としてその番をしている者はありません。ああして木の根へ括っておけば、あえて番人を附ける必要はなかろうけれど、うっかりしているのは、問題の十文字の九尺柄の槍です。あれほど大事な槍が、ここでは無雑作にその楓の木へ、横の方から立てかけられてあるだけです。大木の上から事の体を一通り見下ろした米友は、その無雑作に立てかけられた十文字の九尺柄の槍を見ると、むらむらと悪戯心が起りました。

問題の中心はあの男でなくて、あの槍であると思いました。それにからまった鎖紐の煙草入なぞは、もとより物の数ではないが、槍はたしかにあの連中のうちの表道具である。この場合、中へ飛び込んで、あの男を助けて来るのは容易なことではないが、あの槍を取り上げてしまうのは、さしたる難事ではないと気のついたのが、米友の悪戯心をそそったわけです。それをするには、ここから物置の屋根へ飛びうつって、母屋の庇を渡り、そこに腹這って手を延ばしさえすれば、楽々と槍を捲き上げることができる――と気がついてみると、それは面白い面白い、早く捲き上げて下さいと、槍の方で米友を手招ぎするように見え出したから堪りません。極めて身軽に米友は、大木の上から物置の屋根へ飛び下りてしまいました。

飛び下りた途端に帯をゆすぶって、腰に差していた不動尊の画像を背中へ廻し、そのままズルズルと走って母屋の庇へ出ました。庭では牡鶏が一羽、小首を傾げて物珍しそうに、米友の挙動をながめているだけです。

そこで米友は庇の上へ腹這いになって下をのぞいて見ると、食事を了ったお歴々の連中は、しきりに比翼塚の噂をしているらしい。結かれている平吉はと見れば、死人のようになって、すすり泣きをしているのがかわいそうです。

米友は右の手を差伸べると、楓に立てかけた槍をスルスルと引き上げました。同じ木の根に結かれていた平吉すらもそれを知らないくらいだから、誰あって感づいた者はありません。ただ、屋根の上を歩いていたブチ猫がこの体を見て、急に両足を揃え、背骨を高くして、威嚇の姿勢を示したのが、米友を苦笑いさせただけのものでした。

仕済ましたりという面をして米友は、その槍を小脇にかい込むや、また以前の物置の上へ舞い戻って、そこから塀を伝わって、屋根の外へ出てしまいました。

それからいくらも経たない後のこと、いざという時に、楓の木へ立てかけた槍がありません。槍持の奴は青くなり、誰にたずねても要領を得たのはない。平吉は打っても叩かれても知ろうはずがない。どうしても行方不明とあれば盗まれたのだ。盗まれたのは煙草入をからまれたよりは少し痛みが重い。ことに奉行であるか、与力であるか知らないが、そのお歴々が五六騎集まっている眼の前で盗まれたとすれば、いよいよ痛みが重い。

こうして鈴喜の家の内外では、槍の紛失から青くなって騒いでいる時分に、外から一つの報告がありました。

不動の境内で、見慣れない小男が、しきりに十文字の槍をおもちゃにしているということです。槍をおもちゃにしているという報告は、穏かならぬ知らせです。鈴喜の家の内外を探しあぐねた連中が、ソレと言って我れ先に飛び出しました。

これより先、槍を荷った宇治山田の米友は、どういう了見か知らないが、不動の境内の人混みの中へ取って返しました。十文字の槍は肩にしているが、不動の画像は腰にたばさんでいます。

いったい、この時分の米友の了見方というものは、米友自身にもよくわかりません。近来のことは世間にも、米友の周囲にも、あまり変兆が多いから、この短気な正直者は精神に異状と言わないまでも、多少自暴気味になっているかも知れません。槍を担ぎ出して、人目に触れない方角はいくらもあるのに、好んで人出の多い不動の境内へ取って返して、多くの人の注目に頓着せず、悠々と歩いて行くはあまりといえば非常識です。

「おーい、小僧待て!」

かの槍持奴をはじめ仲間ども、そのあとには鈴喜の家の主人雇人までがくっついて、ちょうど三仏堂の前まで来た時、その声を聞いて米友が、屹と後ろを振返りました。

すわ、何事! と思ったのは、前から事のなりゆきを知っているものばかりではありません。

待っていた! と言わぬばかりに宇治山田の米友は、九尺柄の十文字の槍を地に突き立て、三仏堂の前に蟠りました。その体を見ると、槍持の奴の癇癪が一時に破裂して、

「野郎、その槍はどこから持ってきた」

「鈴喜んちの庭から持って来た」

米友はあえて驚かない。

「野郎、誰にことわって持って来た」

「屋根の上の猫と、庭にいた鶏にことわって持って来た」

「野郎、野郎」

槍持の奴は、にぎりこぶしを両方から握り固めました。

「何が野郎だ」

米友は短い両の足を、程よく踏張りました。

「よこしゃがれ」

槍持の奴は、米友をけし飛ばそうとかかると、

「いやだい!」

身体をこころもち反らせて、かかって来た槍持を左の手で、ひょいと横の方へ突きました。そこで槍持の奴が、はずみを食って脆くも右の方へゴロゴロと転がったから、見ているものが驚きました。

「おや」

見ている者が面の色を変えた時に、宇治山田の米友が地団駄を踏んで、

「ただはやれねえやい、この槍が欲しけりゃ、代りの品を持って来いやい」

こう言って米友は、三仏堂の縁の前へ飛び上りました。

驚くべきことには、その途端に十文字の槍の鞘を払ってしまったものです。それはハズミで鞘が取れたのではなく、米友自身が心得て鞘を払った上に、当人がその鞘を丁寧に懐中へ入れてしまったから、間違いという余地はありません。槍の中身は、さすがによく手入れが届いて明晃々たる長剣五寸横手四寸の業物です。

これは誰も気狂いだと思いました。その気狂いが槍の鞘を払って、ともかくも寄らば突かんと構えたのだから、命知らずでも、これはうっかりと近寄れません。

たとえハズミにしろ、槍持の奴を取って投げた今の早業からして見ると、かりそめに構えた槍の姿勢というものは、無茶に打ってかかるの隙が見出せないことが、不思議といえば不思議です。剣呑といえば剣呑です。

宇治山田の米友がいま構えている姿勢というのは、心あってかなくてか、「大乱れ」という形になっていました。これは多数の太刀を相手に応対する時、十文字槍の人が好んで用ゆる姿勢で、槍を中取りに持つのを米友は、もう少し突きつめているだけが違います。この姿勢で充分に使わせると、左右を薙ぎ立てることができます。近寄るのを追払って寄せつけないことができます。また薙刀をつかうと同じように使って、敵を左右へ刎退け、突きのけることもできます。面と、腕と、膝との三段を、透間もなく責め立てて敵を悩ますこともできます。太刀を取って向って来るものを上段に突き出して、脇架に大きく引き取ることも自在です。米友は心あって宝蔵院流の大乱れの型を用いているのではなかろうけれど、その構えがおのずからそうなっていることは争えません。争えない証拠には、タジタジと後ろへさがる者はあっても、米友の槍先に向って行こうとする者がないのであります。

米友が大乱れに取っていることが、米友自らの気取りでないくらいだから、立っている者もまた、本式にそれを受取ることのできないのは勿論です。ただ精悍無比……というよりは無茶なその挙動が、すべての人の荒胆をひしぎました。気狂いの刃物には、うっかり近寄らないがいいという聡明さが、タジタジと、さすがの命知らずをも後しざりさせたものと見えます。

実際また竜之助に離れて以来、不動の夢を見つづけに見てからの米友というものは、気狂いにこそならないけれども、その心理作用に異常な焦りがありました。建具屋の平吉なるものの災難を聞いたところで、一種の義憤を含む例の短気がむらむらと萌したことは、この男としては寧ろ可愛いところであって、いつもいつもそれがために得をしてはいない。その度毎に命の綱渡りのようなことばかりしているのだが、幸いに、危ないところで一命だけはとりとめているのだが、それにしても今日のはあまりに無茶です。

もし、取巻いている奴等が突っかかって来たら、縦横無尽に突き立てるつもりか知らん。いつか甲州道中の鶴川で、川越し人足を相手にやった二の舞を、そこでもやり出すつもりか知らん。あの時は幸いに、駒井能登守という思いがけない仲裁人が出て来て、頭を坊主にされて納まったけれども、今日はあの伝ではゆくまい。能登守のような物のわかった、押しの利く仲裁人が滅多に出て来ようとも思われないのに、もし一人でも負傷させたということになると、今度は甲州の山の中の川越し人足とは相手が違って、非常な面倒なものになる。その上に、またいくら米友が荒れてみたところで、楓の木に結いつけられている建具屋の平吉が赦さるべきものでもなく、かえって米友が荒れれば荒れるほど、平吉の罪も重くなるというものでしょう。それですから、ここで米友が力み出したのは全く無茶です。義憤としては意味をなすかも知れないが、義侠の振舞としては全然事壊しであります。

「みんな聞いてくれ、おいらは品川宿の平吉なんて人は知ってやしねえんだ、煙草入が引っかかったのも、おいらの知ったことじゃねえや、ただ、あんまり癪にさわるから、時候のかげんで、この槍を持ち出したくなったんだ、鎌宝蔵院の九尺柄の使いごろの槍だから、虫のいどころで、今日は思う存分に使ってみたくなったんだ、使ってしまったら返してやるから、それまでおいらに貸してくれ」

そう言ってクルクルとさせた眼中が、気のせいか、今日は殺気を帯びているようです。

ややあって宇治山田の米友は、九尺柄の十文字の槍を、宙天高くハネ上げました。下まで落ちて来る間に手拍子を丁と一つ打って、その手で受け止めると、右の手で水返しのあたりを掴んで、十文字を外輪にして、自分の身体を心棒に、独楽のようにブン廻しをはじめました。これは鎌宝蔵院流七十三手のうちには無い手です。かりに積ってみると槍が九尺、米友の手の長さが一尺五寸として、直径二丈一尺の大独楽が廻りはじめたものです。しかもその独楽の外輪は鎌になっているのだから、当れば肉も骨も切れてしまいます。

見ている者が肝を冷して遠退いたのは無理もありません。縁日で歯磨を売る香具師が、その前芸をやるために、あまり見物を近くへ寄せまいとして地面へ筋を引いて廻るのを、ここでは鞘を払った真槍で、無雑作にブン廻しをはじめたのだから、その乱暴さ加減は格別です。

こうして見物を程よく追払っておいた米友は、一方の角から一方の角へ向けて、真一文字に走り出しました。

これには見物は驚かされたが、その走り方が尋常ではありません。さながら鳥が両翼をひろげて、低く飛んで行くような走り方です。眼前にかなり広い沼があって、その沼の上を一文字に飛んではいるが、岸に着くと、はたと翼を納めて休らわんとする気合の飛び方でありました。これはまさしく鎌宝蔵院でいう「飛乱」の型であります。

一方の見物が、あっ! と飛び退いた時には、宇治山田の米友はクルリと背を向けて、また前の方角へ真一文字に走り出しました。前には中空を飛ぶ鳥のような姿勢であったが、今度は形を下段に沈めて、槍を一尺ほどにつめて走るのが、さながら猛獣の進むが如き勢いであります。

それで一方の見物がまた、はっと飛び散ったけれども米友は、素早く身を返して元のところに突立って槍を中取りに持ち、前へ突き出しかたと思うと、柄を返してはったと物を打つような形をしました。左から打ち込み、右から打ち込み、さながら棒と槍とを併せて使うように、九尺の十文字を両様に使いました。

それが終ると、十文字の長剣だけは遊ばせて、横手の鎌だけをヒラリヒラリと胡蝶のように舞わしています。十文字を逆手に持って、上から突き伏せる形をしてみるのかと思えば、躍り上って空飛ぶ鳥を打って落すように変化しました。穂先を三様に使い分け、槍の柄を二様に使い分けるのみならず、石突を返して無二無三に突いて引くかと見れば、飛び違いざまに敵の小手へ引鎌をかけて滝落しの形がきまります。

こうして宇治山田の米友は、たった一人で無茶苦茶に十文字の九尺柄をおもちゃにしています。おもちゃにしているわけではないが、見物の者にはそうとしか見えないのであります。しかし、そのおもちゃの扱いぶりの熟練と軽妙とを極めた捌きは、無心で見ている見物をも酔わせるほどの働きでありました。

自棄にしても気狂いにしても、これは面白い観物だと思わないわけにはゆきません。たしかに面白いには面白いが、あぶないこともまたあぶない。だからうっかり、いよいよ近寄ることはできません。怒気紛々として掴みかかろうとしている下郎たちも、どうにもこうにも米友に近寄る隙さえ見出すことができません。ひとりで無茶苦茶に使っている槍が傍へ寄れば、きっと物を言うにちがいない。物を言えば必ず田楽刺しに刺されてしまいそうである。思いがけない気狂いだと思いました。誰もまだ、ほんとうに米友が槍を心得ているのだと気のついたものはありません。自棄に振り廻している槍の間から、本格と変則とが米友流に随処にころがり出すその妙処を、見て取ってくれる人のないのが気の毒です。気の毒であるのみならず、この時に、どこからともなく泥草鞋が片一方、米友の面上を望んで降って来ました。その泥草鞋は身を沈めて避けたけれども、それを合図に石や、木や、竹切れが、雨霰と降って来ました。

それと見るや米友は横っ飛びに飛んで、三仏堂の縁の上へ飛び上ったかと思うと、扉を押して堂の中へ身を隠し、素早く中から扉を閉して閂を締めました。

そこで、かの槍持奴をはじめ、仲間どもは扉の前まで押寄せたけれども、さて、それを踏み破って、一歩を堂の中へ踏み入れようということには、躊躇しなければなりません。踏み込んだが最後、中に待ち構えた気狂いのために、田楽刺しにされることは請合いと思わなければなりません。そのほかの群集は徒らに三仏堂のまわりを取巻いて、わいわい噪いでいるばかりです。

ややあって、高い欄間の間から面を現わした宇治山田の米友が、群集を見下ろしてこう言いました。

「おいらは宇治山田の米友といって、生れは伊勢の国の拝田村の者だが、わけがあって江戸へ出て来たには出て来たが、江戸に来ても根っから詰まらねえや、時候のせいかこのごろは、気がいらいらしてたまらねえ、右を向いても、左を向いても、癪にさわる世の中だ、いったい、おいらのような人間は、見るもの、聞くものが癪にさわるように出来てるんだと、このごろつくづくそう思った、だから、死んでしまった方がいいんだろう、命なんぞは惜しかあねえや、この世の中に未練なんぞはありゃしねえんだ、おいらは気が短けえから、いやになると自分の命までがいやになってたまらねえ、親兄弟があるわけじゃなし、女房子供があるわけでもねえから、どうでもなる命だ、命のもてあましだ、そうかと言って、川へ飛んだり、首を縊ったりするのも気が利かねえからな、ちょうどいいところだ、あの建具屋の若いのに身代りになってやろうと思って、こんな悪戯をやり出したんだ、どうだい、あの若いのにはおかみさんもあれば、子供もあるという話だから、おいらは今いう通り、そんな厄介者は一人もねえ命のもてあまし者なんだから、身代りにしてくれねえか、つまり、あの建具屋の縄を解いてやって、その代りに、おいらをふん縛ってくれ、あの若いのを助けてやってくれさえすりゃあ、素直にこの槍を返してやるよ、それが承知ができなけりゃ、当分このお堂の中でお籠りだ、無茶に踏み込んで来る奴がありゃ、この十文字でいちいちドテッ腹へ穴をあけて、冥途へ道連れにしてやるまでのことだよ、断わっておくが、こう見えても、おいらは槍だけは一人前に遣えるんだぜ、見る人が見たらわかるんだろうが、おいらの槍は天然自然に会得しているんだぜ、それに木下流の磨きをかけているんだぜ、槍は身に応じたもので、おいらの身体では二間三間の槍は柄に合わねえ、九尺の十文字でさえ、ちっとばかり長過ぎるんだが、どうやらこれなら使えねえことはなかろう、本気にこの槍で、おいらが荒れ出した日には、死人、怪我人が山ほど出来るぜ、危ねえもんだが、おいらはそれをやらねえ、おとなしくこのお堂の中へ隠れているから、誰か確かな人を証人に、あの建具屋の若いのを、おいらの眼の前で許してやってくれ、そうすれば、この槍はちゃんと返してやった上に、おいらが身代りになって、牢ん中へブチ込まれようとも、見ているところで首をちょんぎられようとも不足は言わねえ、誰でもいいから話のわかる人を出して、しっかりと挨拶をしてくれ、それからついでに、お握飯に沢庵をつけて三つ四つ差入れてもらいてえ」

聞いている者がその言い分の不敵なのに呆れ返りました。呆れ返りながらも、聞いてみると幾分の道理がないでもない。ことに最後に握飯を差入れろということは、かなり虫のいい注文だと思いました。しかし腹が減っているだろうから、それも無理のない注文だと同情する者もありました。

この事件はついに、泰叡山の方丈を煩わして、解決をつけることになったのは幸いです。

槍の主も、こうなっては事を好まないらしい。米友の言うような条件で、建具屋の平吉を許してやる代りに、米友が縛られることになりました。その証人は泰叡山の方丈です。十文字の槍は元の主へかえって、米友は縄をかけられて、名主の家へ預けられました。

それでこの事件の当座の解決は出来たが、後難があるといえばその後難は、一に米友の身にかかって来るはずです。けれども、それは泰叡山の取扱いでどうにかなることでしょう。

Chapter 1 of 11
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