プロローグ
二〇〇五年一月一日、青空文庫のトップページに新しいロゴが掲げられた。著作権の保護期間を著作者の死後五〇年から七〇年へと延長しようとする動きに待ったをかける意思表示のロゴである。同じ日、青空文庫からのお知らせを掲載する〔そらもよう〕に、富田倫生は記している。
青空のぬくもりは、誰もが共に味わえる。
一人があずかって、その恵みが減じることはない。
万人が共に享受して、何ら不都合がない。
著作権法が保護の対象とする、創作的な表現にも、万人の共有を許す「青空」としての性格がある。……
青空文庫は、インターネット上の図書館として一九九七年の“開館”以来、年を追うごとにその名を人びとへ浸透させている。来館者は、一日七〇〇〇人を越す。読書を目的とする人だけではなく、検索機能を利用して、たとえば言葉の用例を調べる研究者もいる。テキストファイルをダウンロードして、紙の本にする人もいる。掲示板〔みずたまり〕は、かすかな記憶を書き込むことによって、書名を忘れた本に再会できる“お尋ね本コーナー”となることもある。
先人の遺した“本”という知の財産を人びとの共有のものにしていこうという青空文庫の活動は、当然ながら著作権保護期間に大きな影響を受ける。
たとえば、坂口安吾の場合、すでに複数の作品が青空文庫の手によって電子化が準備され、保護期間を終える二〇〇六年一月一日をじっと待っている。もしも、保護期間が七〇年に延長されて、万が一、これまでに保護期間を終えた著作者にまで溯って適用するのならば、太宰治、新美南吉、中島敦、島崎藤村、泉鏡花、斎藤茂吉、堀辰雄、折口信夫、織田作之助、宮本百合子、林芙美子……、おびただしい数の作家の作品をいったん“倉庫”に仕舞い込まなければならない。もちろん、坂口安吾作品の公開は、二〇二六年の一月一日に延びる。自分の現在の年齢に二〇を足してみれば、一人の人間にとって、それがいかに長い年月か実感できよう。
著作者の権利は尊重する、と同時に、保護期間を終えた著作物は、みんなが自由に、手軽に、広範囲に利用できるようにしていく。これが青空文庫の目的といってもいいだろう。保護期間が延長されたとしても、その活動を根本から改める必要はないが、万人の共有を許す著作物が大きく損なわれることは確かだ。
しかし、青空文庫は最初からこのような目的を持っていたのではない。創設に関わった者たちの胸のうちには、それぞれの思いがあった。