ネットで公開されていた「山月記」
富田から、岡島昭浩福井大学助教授(当時)の「日本文学等テキストファイル」のサイトを教えてもらった野口は、早速アクセスしてみた。
国語学者の岡島が公開していたのは、古典文学をはじめ著作権の保護期間の過ぎた国文学がほとんどだった。岡島自身が入力したものもあれば、他大学の研究室にリンクを張って公開しているものもある。公開作品一覧表には、あまり文学に馴染みのなかった野口でさえ知っている作家の名前が並んでいた。芥川龍之介、森鴎外、夏目漱石……。高校生のころ、国語の教科書で読んで印象深かった中島敦の「山月記」もあった。
野口は驚いた。著作権の保護期間が過ぎているにしても、ネット上に公開していいものだろうか。富田に聞くと、グレーな部分もあるが問題はないと言う。そこから話は、インターネット電子図書館に及んだ。
米国では七一年に、当時イリノイ大学の学生だったマイケル・ハートによって、プロジェクト・グーテンベルクが始まっている。このプロジェクトは、著作権の切れた名作・古典などいろいろな分野の文書をボランティアが電子化して、インターネット上に公開するという活動だ。そのうち日本でも、プロジェクト・グーテンベルクのような電子図書館づくりが動きだすだろう――富田の話は、野口を喜ばせた。
野口は、エキスパンドブックを使った電子図書館の可能性を見出した。その構想を富田に話すと、実行するなら自分も加えて欲しいと返された。八巻、らんむろにも、この構想を伝えると、ぜひ参加したいと返事がきた。横浜で四人が集まった日の、ひと月ほど前のことである。彼らの反応に意を強くした野口は、岡島にテキスト提供依頼のメールをする。
「私たちは、インターネット上に図書館を開きたいと考えています。いろいろな人が自由に電子本“エキスパンドブック”をダウンロードすることができて、コンピュータの画面上で読めるようにしたいのです」
岡島から快諾のメールが来た。条件は、テキストの入力者を明示することのみ。野口は、すぐに「山月記」をダウンロード、エキスパンドブック化して電子図書館の見本ページを作成、自らのサイトにアップした。富田たち三人は、これを事前に目にしてから“横浜会議”に臨んだわけである。だから、「青空文庫」開設にはリアリティがあった。