四
伊予守忠弘は、こうして禁断の果実を味わったのです。忠弘には絹姫という従兄妹同士の許婚があり、朝夕顔を合わせておりますが、絹姫の絵に描いたような端麗な美しさも、取済したお行儀のよさも、学問諸芸の並々ならぬたしなみも、最早興味をひく対象ではなく、忠弘はその日から、芳江の情熱と野性と、そして不思議な聡明さに魅了されて、白日の夢を追う痴漢になり切ってしまったのです。
父の左近太夫は中風で生ける屍も同様、やかましやの老臣朝倉忠左衛門は火事の時死んで、高力の江戸屋敷に最早や若殿忠弘を押える者はありません。
若殿は無事御帰還の騒ぎが一段落になった三日目、
「命の恩人を捜すのだから」
という名義で、忠弘は心ききたる家臣を深川八幡前の家へやって見ました。が、待ちに待ったその復命は、まことにもって予想外だったのです。
「恐れながら申上げます。深川八幡前の、御申付の家に参り、お鳥と申す女に逢いました。賃仕事などをして細々とその日その日を送っている後家だと申すことでございます――が」
「そんな事はどうでもよい、そのお鳥の家に芳江と申す姪が居る筈だが」
「それがおりません」
「何んと申す」
「お鳥が申しますには、私には姪も甥もございません、五六日前から山の手の知合の家へ泊り込みで仕事の手伝に行っている留守中、御近所の衆のお話では、若い女と男と二人で入り込み、夫婦気取りで泊っていたと申しますが、別に紛失物も無いので、御届もいたしません、――姪などと、飛んでもない、私は芳江という名を聴くのも初めてで、――と斯様に申します」
報告はまことに予想外でしたが、重ねて幾人家来をやって訊ねさしても、返事は同じことです。
そればかりでなく、高力家の捜索があまりうるさくなると、叔母のお鳥もささやかな世帯を畳んで、何処ともなく引越してしまい、あとは全く捜しようも無い有様になってしまいました。
高力伊予守忠弘の悩みが、どんなに深刻なものであったか、この人の性格が純なだけに思いやられます。椎茸髱、白粉、笹紅の御守殿に取かこまれ、許婚の絹姫のたき姿を見ながら、忠弘は悩みに悩みました。
可愛らしい掌を肉刺だらけにして、火の粉の中を漕ぎ抜けたあの女――継の当った木綿物を着ているくせに、名香の匂いを持った不思議な娘、野蛮な情熱と、聡明さとを兼ね備えた芳江――忠弘はその幻を追って、夜も昼も、うつらうつらと考え続けていたのです。
その時、近臣の一人、岡崎十次郎という者が現われました。放縦で、少し虚無的で、そして才気の鋭いこの男は、早くも若殿忠弘の悩みを察して、芳江兄妹の探索に乗り出してくれたのです。
「若殿、――芳江兄弟が見付かりました、深川の叔母お鳥の引越し先を捜し出し、当人に逢って、脅かしと金で引出したのでございますが――」
「どこだ、芳江はどこにいる」
皆まで聴かずに忠弘は乗出します。
「芳江兄弟の隠れ家は突きとめましたが、大変な身分の者でございます。御関係はお家の瑕理ともなりましょう、このままお思い止まり遊ばすよう、私からお願いいたします」
虚無的な岡崎十次郎がこんな事をいうのですから、それは余っ程変った素性でなければなりません。
「構わぬ、申せ――断って申せ」
高力忠弘はもう前後の考えもありませんでした。
「いたし方御座いません、申上げますが――芳江とその兄宗次郎は、非人頭、車善七の配下に御座ります」
「えっ」
忠弘が驚いたのも無理はありません。その当時の暴戻な制度や社会通念のために、人別を抜かれて非人の配下になったものが、世間からどんな屈辱的な待遇を受けていたか、恐らく今の人の想像も及ばないところでしょう。
「もっとも以前は身分ある者と聴きました。切支丹とやらの引っ掛りで人別を抜かれ、非人の配下にされたとやらで、袖乞いをするほど暮しに困るわけでもなく、心静かに釣などをして暮している相でございます」
「――――」
「しかし、非人はやはり非人に相違御座いません、御掛り合い遊ばさぬのが上分別と存じます」
岡崎十次郎、一と通り世間並の諌めはしましたが、そんな生温いことで、諦める忠弘では無かったのです。
添い遂げることの出来ない相手と判ると、その思いは一段でした。遂には、
「その兄の宗次郎とやらを呼べ、直々に逢って、元の身分に返せるものなら返してやる」
忠弘の乗出しようは尋常で無かったのですが、当時の大名屋敷が、どんな事情があるにしても、いや、いかなる強力な暴君といえども、非人を屋敷に呼入れることなどは思いも寄らなかったのです。万々一そんな事が大公儀の耳へ入ったら、踵をめぐらす遑もなく、家祿を没収されて幾百千人の家臣は路頭に迷うことでしょう。
「それはなりません、非人乞食を御屋敷に呼び入れるなどは以ての外で」
こうなると、多勢の家来の方が強く、まごまごしたら伊予守忠弘、詰め腹を切らされるかもわからない情勢だったのです。