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十字架観音
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十字架観音
野村胡堂
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Traducción Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 4 of 9

四

「己れッ」

飛込んだ松根余吾之介、一刀の背を返して、あッという間に二三人叩き伏せました。

「な、何をしやあがる」

囲みは自然に解けて、五六人の荒くれ男、手拭や風呂敷で面体を包んだのが、棍棒、匕首を閃めかして、三方から競いかかりました。

「無礼者ッ」

続けさまにもう一人二人、元より斬って捨てるほどの相手ではありません。キナ臭くなるように背打を喰わせ、手近なのは、小手を取ってもんどり打たせると相手は、

「それッ」

妙な合図を残して、蜘蛛の子を散らすように、逃げうせてしまいました。

取残されたのは、縛られたままのお秋と、つままれたような余吾之介とたった二人、お秋のこの時の様子は全く言いようもない不思議なものでした。

赤い長襦袢が一枚、後手に縛りあげたまま、脛も露わに投りだされた様子は、眼に沁むような妖しい美しさ。余吾之介も暫くは手を下しかねて、茫然と見入るばかりです。

「あら、何時まで見ていらっしゃるおつもり、恥かしいじゃありませんか」

一塊の赤い物が、くねくねと身を揉むのを見ると、

「――――」

余吾之介は思わず顔を反けて跳び退きました。

「縄を解いて下さいな」

「お」

女が縛られていることに、漸く気がついた余吾之介は、後へ廻って、解こうとしましたが、女の怪しい姿態に魅せられたのか、指がなかなか言うことをきいてくれません。それにしても、何んという厳重な縛めでしょう。

「縄を切って下さいな」

「む」

思い出したように、畳の上へ置いた抜身を取上げると、手首に絡む縄の間へ入れて、サッと切り解きました。

「あッ」

血が、いや、血と見たのは、焔のように白い肌を嘗める、長襦袢でした。

「余吾之介様、私は、私は口惜しい」

縄をとかれると、お秋は伸上って、余吾之介に絡みつくように、その胸に顔を埋めました。

「何うした秋」

「あれは楯岡の仕業でございます」

「楯岡?」

「私にいやらしい奉公をさせようと、手を代え品を変え苦しめております」

「――――」

妙な反感が、余吾之介の胸にこみあげます。

「余吾之介様、私は我慢がなりません、お願いでございます。せめて楯岡にだけでも思い知らせてやって下さいまし」

「よし、行ってやろう、向島の何処だ」

「御案内いたしましょう」

お秋は立上ると、小袖を取って投げかけるように着ました。キリキリと帯を締めると、小褄をとって、二つ三つ足踏みを、

「さア」

余吾之介はもう外に出ております。

「何んか持って参りましょうか」

「――――」

「鉄砲や脇差はありませんが、菜切庖丁か剃刀なり、よく切れるのならあります」

「馬鹿なッ」

「ホ、ホ、ホ」

一陣の薫風を先だてて、お秋も戸の外へ、懐かしそうに押し並んで余吾之介の顔を振り仰ぐのでした。

Chapter 4 of 9
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