Chapter 1 of 8

かねやす迄を江戸のうちと言つた時代、巣鴨や大塚はそれから又一里も先の田舍で、田も畑も、武藏野の儘の木立も藪もあつた頃のことです。

庚申塚から少し手前、黒木長者の嚴めしい土塀の外に、五六本の雜木が繁つて、その中に、一基の地藏尊、鼻も耳も缺け乍ら、慈眼を垂れた、まことに目出度き相好の佛樣が祀られて居りました。

尤も、板橋街道の直ぐ傍で、淋しいと言つても、半町先には町並らしいものがあり、黒木長者に出入する商人やら里人やら、この地藏尊の側を通して貰はなければなりません。が、何分にも、時代も素姓も知れぬ濡れ佛で、折々の齋を獻ずる者はおろか、涎掛けの寄進に付く者もないといふ哀れな有樣だつたのです。

それが、何時から始まつた事か、冷たい筈の石地藏の肌が人間のやうに生温かくなつて居ることが發見されました。最初は多分、其邊で鬼ごつこでもして居る、里の子供達が氣が付いたのでせう。何時の間にやらそれが、大人の口に傳はつて、巣鴨、大塚、駒込界隈一圓の大評判になつて了ひました。

「地藏樣の肌が暖かい! そんな馬鹿なことがあるものか、石で彫んだ鼻つ缺けの地藏だ。大方陽が當つて暖まるんだらう」

そんな事を言つて、一向取り合はない人達もありましたが、

「いやに利いた風な事を言ふぢやないか、嘘だと思ふなら行つて觸つて見るがいゝ。まだ陽の當らねえ朝の内ほど温かで陽が高くなると、段々冷たくなるんだ。これは地藏樣が、夜のうちだけこちとらと同じやうに、床の中へ入んなさるからだと言ふぜ、罰が當ることを言ふものぢやねえ」

斯う言はれると、この時代の迷信深い人達は、返す言葉もなかつたのです。

畑の中の石の地藏樣が、人肌に暖まると言ふのは、隨分變つた奇蹟ですが、その上、誰が試みたかわかりませんが、この地藏の臺石の上へ上げて置いた、穴の明いた青錢が、翌る朝行つて見ると、一分金に變つて居たといふ噂が傳はつたのです。

地藏樣の臺石の上で、一夜のうちに寛永通寶が、ピカ/\する一分金になる――そんなことは、今の人では信じ兼ねるでせうが、その頃の人は、極めて素朴に、暢氣に、この奇蹟を受け容れて了ひました。

「あの地藏樣に上げた青錢や鐚錢、ピカピカする一分金や板銀に變るとよ」

「俺もやつて見よう、少し元金を貸しな」

「何を言やがる、手前に貸す位なら、俺が持つて行つて自分でやるよ。こんな手數の掛らない金儲けは、滅多にあるわけのものぢやねえ」

と言つたやうな騷ぎ――、事實、人肌地藏の臺石の上に置いた青錢や鐚錢は、時々、丁銀や豆板銀に變つたり、稀には一分金に變つて居ることもあるのでした。

その變りやうが突拍子もなく、臺石の上の錢が毎晩決つて變ると限らないところが、變に射倖的な迷信を煽つて、巣鴨の人肌地藏は、十日經たないうちに、福の神のやうに人氣と尊敬を集めてしまひました。

我がガラツ八――捕物の名人、錢形平次の子分で、本名を八五郎、又の名ガラツ八といふ人氣男――が、親分の用事で庚申塚の邊まで行つた歸り、フト、畑の中の人だかりを見付けて、鼻の下を長くして嗅ぎ廻つた擧句、半刻ばかりの間にこれだけのネタを擧げてしまひました。神田へ歸つて、身ぶり澤山にその話をすると、日頃あんまりガラツ八の話に身を入れた事の無い平次が、

「フーム、そいつは新しい術だ。十日經たないうちに、請合變つたことがある。幸ひお膝元の用事は片附いたから、手前は暫らく其方を見張つて居ちや何うだ」

と乘氣になります。

「あつしが? へエー、巣鴨まで毎日出かけるんですかい」

「不足らしい事を言ふな、細工の細かいところを見ると、相手は容易ぢやねえぞ。甘く見ると、飛んでもねえ目に逢はされる」

「へエー、そんなもんですかねえ」

腑に落ちない乍ら、ガラツ八は其日から巣鴨へ詰めることになつたのです。

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