Chapter 1 of 7

「親分、近頃金の要るようなことはありませんか」

押詰ったある日、銭形平次のところへノッソリとやって来たガラッ八の八五郎が、いきなり長い顎を撫でながら、こんなことを言うのです。

「何だと? 八」

平次は自分の耳を疑うような調子で、長火鉢に埋めた顔をあげました。

「へッへッ、へッへッ、そう改まって訊かれると極りが悪いが、実はね、親分、思いも寄らぬ大金が転がり込んだんで」

「大きな事を言やがる。お上の御用を承る者が、手弄みなどしちゃならねえと、あれほどやかましく言っているじゃないか」

「博奕なんかで儲けた金じゃありませんよ、とんでもない」

ガラッ八は唇を尖らせて、大きく手を振りました。

「それじゃ、富籤か、無尽か、――まさか拾ったんじゃあるまいな」

「そんな気のきかない金じゃありませんよ、全く商法で儲けたんで」

「何? 商法? 手前がかい」

「馬鹿にしちゃいけません、こう見えても算盤の方は大したもので。ね、親分、安い地所でもありませんか、少し買っておいてもいいが――」

「馬鹿野郎、二朱や一分で江戸の地所が買えると思っているのか」

「二朱や一分なら、わざわざ親分の耳には入れませんよ。大晦日が近いから、少しは親分も喜ばしてやりてえ――と」

「何だと?」

「怒っちゃいけませんよ、ね、親分。銭形の親分は交じりっ気のねえ江戸っ子だ。不断は滅法威勢がいいが、宵越しの銭を持ちつけねえ気前だから、暮が近くなると、カラだらしがねえ。さぞ今頃は青息吐息で――」

「止さねえか、八、言い当てられて向っ腹を立てるわけじゃねえが、人の面をマジマジと見ながら、何てエ言い草だ」

平次も呆気に取られて、腹を立てる張合いもありません。それほど、ガラッ八の調子は、ヌケヌケとしておりました。

「箱根じゃ穴のあいたのを用立てたが、今日のはピカリと来ますぜ。親分、この通り」

そう言いながらガラッ八は、内懐から抜いた野暮な財布を逆にしごくと、中からゾロリと出たのは、小判が七八枚に、小粒、青銭取交ぜて一と掴みほど。

「野郎、どこからこれを持って来やがった」

平次はやにわに中腰になると、長火鉢越しに、ガラッ八の胸倉をギューッと押えたのです。

「あ、親分、苦しい。手荒なことをしちゃいけねえ」

「何をッ、この野郎ッ。どこで盗んで来やがった、真っ直ぐに白状しやがれッ」

平次の拳には、半分冗談にしても、グイグイと力が入ります。

「盗んだは情けねえ、親分、こいつは間違いもなく商法で儲けた金ですよ」

ガラッ八は大袈裟に後ろ手を突いて、こう弁解を続けました。

「岡っ引に商法があってたまるものか。盗んだんでなきゃ、どこから持って来た、さア言えッ」

「言うよ、言いますよ、――言わなくてどうするものですか、――おう痛え、喉仏がピリピリするじゃありませんか」

「喉仏の二つや三つローズにしたって構うことはねえ、さア言え」

「驚いたなア、持ちつけねえ金を持つと、喉仏に祟るとは知らなかったよ」

「無駄はもう沢山だ。金をどこから出した、それを早くブチまけてしまえ」

平次が躍起となるのも無理のないことでした。正直と馬鹿力が取得のガラッ八が、万々一、その頃の岡っ引の習慣に引摺り込まれて、うっかり役得でも稼ぐ気になったら、貧乏と片意地を売物にしてきた、平次の顔は一ぺんに潰れることでしょう。

「親分、心配するのも無理はねえが、これは筋の悪い金じゃありません。実は親分も知っていなさるあっしの赤鰯を、望み手があって売ったんで」

「何? 手前の脇差を売った?」

「ヘエ――去年の暮、柳原の古道具屋を冷かし損ねて買った、あの脇差が、十両になるとは思わなかったでしょう」

ガラッ八の鼻は蠢きます。

「手前が二分で買って、ひどく腐っていたあの脇差が、十両になったというのか」

「その通りですよ、親分、あの脇差を見た人があって、恐ろしく錆びている上に無銘だが、彦四郎貞宗に間違いはない、もし間違いだったら、俺の損ということにして、現金十両で買うがどうだ、という話でさ」

「フーム」

「本当に貞宗だった日にゃ、十両で売っちゃ大変に損だから、一日待って貰って、知り合いの刀屋を二三軒当ってみると、――とんでもない、そいつは備前物で、彦四郎でも藤四郎でもあるはずはねえ。その上日本一の大なまくらだから、鍋の尻を引っ掻くより外に役に立たない代物だ、望み手があるなら、拵えごと一両で売っても大儲けだ――と言うんで、思い切って手放しましたよ、親分」

「呆れ返った野郎だ。手前はその刀屋の鑑定を、相手に言わなかったのか」

「言いましたよ、念入りに輪をかけて言ってやったが、相手は少しも驚かねえ――彦四郎貞宗でなきゃ、師匠の五郎入道正宗だろう。せっかく見込んだ品だから十両が二十両でも買っておきてえとこうだ」

「…………」

「ね、親分、こんな正直な商法はないでしょう」

「…………」

「生れて初めて入った十両の金だ。一人で費っちゃ冥利が悪いから、とりあえず親分に見て貰うつもりで持って来ましたよ。ね、何かこう役に立てるような口はありませんか、親分。差当り払う当てがなかったら、地所を買うとか、家を建てるとか――」

ガラッ八は悉くいい心持でした。七八枚の小判を畳の上へ並べたり、重ねたり、チャリンと叩いてみたりするのです。

「止してくれ、俺はその音を聞くと虫が起きるよ」

「へッ、負惜しみが強いね、親分」

「馬鹿な野郎だ。八両や十両で、江戸の真ん中に家が建つ気でいやがる」

「家なんか建たなくたって構やしませんよ。これだけありゃ大福餅を買っても、随分出がありますぜ」

「呆れて物が言えねえ、――だがな、八、見す見す大なまくらと知って、手前の脇差を十両で買うのは少し変じゃないか」

「変じゃありませんよ、気に入りゃ、跛馬だって買いますよ」

「待ってくれ、――こいつは少し臭いぞ」

銭形平次はもう一度長火鉢に顔を埋めました。暮のやり繰りと違って、こいつはどうやら思案の仕甲斐がありそうです。それを真似するともなく、八五郎も高々と腕を拱きました。

畳の上に並べた七八枚の小判も、何となく引っ込みのつかない姿です。

Chapter 1 of 7