一
「親分、金の茶釜を拝んだことがありますかい」
ガラッ八の八五郎は、変なことを持込んで来ました。
「知らないよ、金の茶釜や錦の小袖はフンダンにあるから、拝むものとは思わなかったよ」
銭形平次は無関心な態度で、よく澄んだ秋空を眺めておりました。見立て三十六歌仙の在五中将が借金の言い訳を考えているといった姿態です。
「ヘエ――、あの品川の流行ものを、親分は知らないんで」
「金の茶釜がどうしたんだ?」
「品川の漁師町の藤六が、――親孝行で御褒美まで頂いた評判の男ですがネ、その藤六が、品川沖で網を打つと、金の茶釜が引っ掛ったんだそうで。早速金主が付いて、八つ山下へ親孝行の見世物が出る騒ぎでさ」
「そいつは変っているな、いつの事だい」
「釜を見付けたのは十日ばかり前、小屋をかけたのは昨日で」
「恐ろしく気が早いじゃないか」
「そんなのを見ておかなきゃ話の種にならないから、昨日昼過ぎから品川まで行って来ましたよ」
「達者な野郎だ」
「その代り、親孝行の金の茶釜の走りを見て来ましたぜ」
「南瓜じゃあるまいし、金の茶釜に走りてえやつがあるかい」
が、こんな無駄を言っても、平次にとっては、ガラッ八の骨惜しみをしないのが有難かったのです。
「変なものですぜ、親分、――ちょいと行ってみちゃどうです」
「御免を蒙ろうよ。そいつは唐土の二十四孝の真似事さ、香具師の細工物に決っているじゃないか、『郭巨の釜掘り』てのはお前も聞いたことがあるだろう。そのうちに、『両頭の蛇』が出て来るよ」
「ヘエッ、そんなもんですかねえ。擬い物と解っているなら、踏込んで挙げちまおうじゃありませんか、諸人を惑わして、銭を取るのは太え野郎だ――」
「擬い物でも何でも、親孝行の見世物へ踏込んじゃ悪い。抛っておくがいい」
「そうですかねえ」
「親孝行は真似てもしろって言うじゃないか。八なんかも、金の茶釜を見ての戻り、叔母さんへ煎餅の一と袋も買って来る気になったろう」
「まアそう言ったようなもので」
「だから抛っておくがいい」
平次は相手にもしません。
しかしこの話があって三日目、ガラッ八はまた新しい情報を持込んで来たのでした。
「親分、おかしい事になりましたよ」
「何がおかしいんだ、そんなところに突っ立っていちゃ邪魔だよ」
平次は縁側の柱に凭れたまま、天文を案ずる形になっていたのです。
「呆れるぜ、親分。銭形の平次親分ともあろうものが、雲を眺めて、この結構な秋の日を暮らすなんて――」
「抛っておいてくれ、岡っ引が雲を眺めていられるのは御時世のお蔭さ。ところで、どこに一体おかしな事があったんだ」
「品川ですよ、親分」
「金の茶釜の見世物だろう」
「その通りで」
「金の茶釜の正体が張子に金箔を置いたのとでも判ったのかい」
「そんなつまらねえ話じゃありません」
「金の茶釜を盗むあわて者があったんだろう、家へ持って帰って拭き込むと銅になる奴さ。銅壺の代りにもなるめえ」
「親分、そんな馬鹿なことじゃありませんよ。見世物小屋に入って、金の茶釜を盗んだ上、番人夫婦を斬った奴があるんで――」
「なるほど、そいつは厄介だ」
銭形平次は少しばかり本気になります。
「ちょいと行ってみて下さい、親分」
「俺は御免を蒙るよ」
「でも、茶釜は金無垢で、千両箱でも出さなきゃア買えないほどの代物ですぜ。江戸中の道具屋がわざわざ見に行って胆をつぶしたんだから嘘じゃねえ」
「道具屋の胆の潰れたのなんか、疳の薬にもならねえよ」
平次は容易に神輿をあげそうもありません。
「親分、そう言わずに、拝むから行って下さい」
「拝まれたくはないよ」
「それじゃ、川崎の大師様へお詣りに行きましょう、お供しますぜ」
「いやな野郎だな、誰に頼まれて来たんだ」
「ヘエ――」
「品川は少し遠すぎるが、事と次第によっちゃ行ってみないものでもない、いったい誰に頼まれて来やがったんだ」
「ヘエ――」
「ヘエ――じゃないよ、その見世物の金主は誰だい」
「品川の増屋佐五兵衛ですよ」
「名代の熊鷹だ、――まさか佐五兵衛に頼まれたんじゃあるまいな」
品川の高利貸し増屋の佐五兵衛から金でも貰って、親分の出馬を引受けて来たのではあるまいか――平次はフトそんな事が気になったのです。
「とんでもない、親分。あっしは金貸しと田螺和えは大嫌いなんで」
「変な取合せだな、――それじゃ誰に頼まれたんだ」
「言いますよ、親分、こうなりゃみんな言ってしまいますよ、――金の茶釜は品川の海で、孝行者の藤六の網にかかった――」
「それは何べんも聞いたよ」
「その藤六が、毎日見世物小屋へ来て、看板になっているんだが――何にも物を言わねえ、もっとも漁師の藤六に器用な口上は言えっこはないが、――金の茶釜を飾った舞台へ出て、裃を着て、あちらへ行ったり、こちらへ来たり、籠の中の軍鶏みたいに歩いてばかりいる」
「嫌なことだな、親孝行なんか売物にして」
平次は苦い顔をしました。
「本人が好きでやっているわけじゃねえ、それにも訳があるそうですよ」
「それがどうした」
「金の茶釜が盗まれて、佐五兵衛に小言を言われて弱っているのを見兼ねて、妹のお春があっしへ頼むんです。何とか銭形の親分さんにお願いして金の茶釜を見付けて下さい。兄が佐五兵衛に責めさいなまれるのを見ちゃいられません――と涙を流して」
「よし解った、八五郎の口添えで、若い娘の頼みとあっちゃ、こいつは行かなきゃなるまい」
平次は気持よく立上がりました。
「親分、有難い」
フェミニストの八五郎は妙にソワソワしております。