Chapter 1 of 5

ガラツ八の八五郎が、その晩聟入をすることになりました。

祝言の相手は金澤町の酒屋で、この邊では有福の聞えのある多賀屋勘兵衞。嫁はその一粒種で、浮氣つぽいが、綺麗さでは評判の高いお福といふ十九の娘、――これが本當の祝言だと、ガラツ八は十手捕繩を返上して、大店の聟養子に納まるところですが、殘念乍らそんなうまいわけには行きません。

實際のところは、その晩聟入りの行列などを組んで歩いたら、命を奪られるかも知れないといふ、――眞實の聟、仲屋の伜錦太郎に頼まれて、いや/\乍らガラツ八は、聟入の贋物になることを引受けさせられてしまつたのです。

この頼みが持込まれたとき、さすが暢氣者のガラツ八も、再三辭退しました。が、錦太郎の頼みが如何にも眞劍で、涙を流さぬばかりに拜むのと、親分の錢形平次が、多賀屋の身上、主人勘兵衞の評判から、娘お福の行状、それから聟の仲屋の暮し向きから、錦太郎の人柄まで調べ拔き、『成程これは、うつかり祝言をさせられない』といふことが解り、自分からもガラツ八を説いて、『いざ三々九度の杯といふ時、眞物の聟の錦太郎と入れ替はらせるから』といふ條件で、漸く聟入の僞首になることを承知させたのでした。

祝言は多賀屋の身代にしては出來るだけつゝましやかに、當日の客は餘儀ない親類を五六人だけ、聟入りもほんの型ばかりといふことにして、僞首の八五郎が、仲人寳屋祐左衞門夫婦に護られ、駕籠の垂を深々とおろして、多賀屋へ乘込んで行つたのは、秋の宵――酉刻半そこ/\といふ早い時刻でした。

途中は平次の子分や、ガラツ八の友達が多勢で見護り、行列は先づ何の障りもなく多賀屋の門口を入りました。紋切型の挨拶を上の空に聞いて、奧へ通されると親分の平次が、恐ろしく眞面目腐つた顏をして迎へてくれます。

「どうだい八、滿更惡い心持ぢやあるめえ」

最初の平次の言葉はこんな調子でした。

「變な心持ですよ、親分」

「あやかりものだよ、――化け序にもう少しその儘にしてゐてくれ。眞物の聟は陽が暮れると直ぐ此處に來て居るが、肝腎の嫁の支度が出來ない。三々九度はいづれ一刻も後のことだらう、その時はお客樣で鱈腹呑むが宜い」

「呑んだつてつまらねえ」

「ひどく落膽するぢやないか、――だがな八。聟にもよりけりだが命を狙はれる聟なんてものは、あまり有難くないぜ」

「有難くなくたつて、僞首よりは器量が良いぢやありませんか」

「まア、さう言ふな」

ガラツ八の不滿は、平次も察しないではありませんが、斯うするより外に術のない切羽詰つた情勢だつたのです。

「親分は、いろ/\の事を調べたんでせう」

「まア、調べたつもりだ」

「誰が一體聟を殺さうなんて氣持になつて居るんで――」

聟の錦太郎が青くなつて平次のところへ飛込んだのは知つてゐますが、深い事情はガラツ八もよくは知らなかつたのでせう。

「金澤町の若い男は皆んなだよ」

「へエー」

「大きな聲ぢや言へねえが、よくもあんなに若い男と懇意になつたと思ふ位だ」

「へエー達者な娘だね」

「祝言の晩錦太郎を打ち殺さうと言ひ出したのは三人ある」

「へエー」

「中でも氣違ひじみてゐるのは、やくざの信三郎と髮結ひの浪藏さ、――聟の錦太郎奴、歩いて來るなら刀で向ふが、駕籠で來るなら何處かに待ち伏せしてゐて、土手つ腹へ槍をブチ込んでやる――つて、言つて居たさうだ」

「危ねえな、親分」

ガラツ八も少しばかり薄寒い心持になります。

「尤も、お前には其處までは聽かせなかつたよ、土壇場になつて、聟の身代りになるのが嫌なんて言ひ出されると困るからな」

「呆れ返るぜ」

何んな仔細があるか解りませんが、杯事の始まる前、聟の支度部屋を占領して、平次はガラツ八相手にこんな無駄を言つて居るのでした。

「大丈夫だつたのかい、八。よく脇腹のあたりを見るが宜い、槍の棘なんか殘つてゐると、後でとがめるよ」

「冗談ぢやない、槍の棘なんか立てられてたまるものですか、――本當にそんな危ない聟入だつたんですかい、親分」

ガラツ八も、濟んだこと乍ら、今更怖毛をふるひました。

「大丈夫だよ、吠える犬は噛み付かない」

「へエ――」

「その上、途中は二十人もの眼で見張らせたんだ。信三郎や浪藏は指も差せるこつちやない」

「驚いたね、どうも。そんな話を聽くと脇腹がムヅムヅしますよ」

「三々九度の杯さへ濟んでしまへば此方のものだ。人の女房になつてしまつたお福のために、人殺しの罪を背負つて、お處刑臺に載つかるのはどう考へたつて智惠が無さ過ぎるよ、今晩一と晩だけ越せば天下泰平さ」

「そんな思ひまでして、あの錦太郎とか言ふ野郎は祝言をし度いのかね、男の切れつ端のくせに」

八五郎が少しく義憤を感じたのも無理のないことでした。仲屋の錦太郎といふのは、身上こそ輕いが、なか/\の好い男で、金持の一人娘で、神田の指折りの綺麗首であるにしても、評判の蓮葉娘の聟には惜しいほどの若者だつたのです。

「多賀屋は神田で幾軒といふ分限だ、その上お福はあの通り美しい。大概のことなら無理をし度くなるだらうよ。それに、多賀屋の主人勘兵衞と、仲屋の先代は無二の仲で、やりませう、是非貰はうと約束し、藁のうちから證文を入れたり證人を立てたりしたほどの許嫁なんだとよ」

「不自由なことだね」

「町人はそれが何よりのほまれさ、約束を守るといふのは決して惡いことぢやない」

「本人の氣持などを其方のけにね」

「大層今晩は機嫌が惡いやうだな、八」

「金澤町小町のお預けなんぞ喰はされると、大概機嫌も惡くなりますよ」

ガラツ八は全く以ての外の機嫌でした。

「ところで、盃事の支度はまだかな」

「親分はそんなにして居て構ひませんか」

「構はないとも、狙はれてるのは聟だらう。その聟が此處に居るんだもの、平次が斯う附いてゐるほど確かなことはないぢやないか」

「全くね」

ガラツ八の八五郎は、照れ臭く袴の皺ばかり氣にして居ります。どうもしびれが切れて叶はない恰好です。

「尤も、眞物の聟でなくて、お前は本當に仕合せだつたかも知れないよ」

平次は話頭を轉じました。

「へエ――?」

「あんな評判の蓮葉娘のお守をして、一生踏み付けられて暮すのは、樂な仕事ぢやないぜ」

平次の聲は小さくなりました。

「へエ」

「その上仲屋は十年も前に身代限りをして、近頃は其日の物にも困つてゐるんだ。錦太郎はどんなに齒ぎしりしても、多賀屋へ聟にでも入らなきや身の立てやうはない」

「――」

「親と親との昔々の約束は、お福を仲屋が貰つて、錦太郎の嫁にする筈だつたとよ。それが、仲屋の主人が死んで、身代が滅茶々々になつて仕舞ふと、一人娘を嫁にくれとは言ひにくからう」

「成る程ね」

「尤も錦太郎は腹の中ぢや面白くないかも知れないよ、――それに、聽えるかい、八」

「へエ」

「錦太郎には他に言ひ交した女があるんだつてね」

「太てえ野郎だね」

「でも、背に腹は代へられなかつたのだらう」

「俺なら背と腹を代へるがな」

「それは他人樣の言ふことだ、――おや?」

不意に平次は聽耳を立てました。

「何です、親分?」

「變な音がしたやうだ、――來い、八」

「あつしが行つても構ひませんか」

「その窮屈袋と紋附をかなぐり捨てるんだ」

言ひ捨てて平次は飛出しました。かなり大きな構へですが、唐紙を二つばかり開けると、其處は嫁の支度部屋になつて居たのです。

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