一
「親分、面白い話があるんだが――」
ガラツ八の八五郎は、木戸を開けて、長んがい顏をバアと出しました。
「あ、驚いた。俺は糸瓜が物を言つたかと思つたよ。いきなり長い顏なんか出しやがつて」
錢形平次は大尻端折の植木の世話を燒く恰好で、さして驚いた樣子もなく、こんな馬鹿なことを言ふのです。それが一の子分ガラツ八に對する、何よりの好意であり、最上等の歡迎の辭であることは、ガラツ八自身もよく心得て居りました。
「ジヨ、冗談でせう。糸瓜が物を言や、唐茄子が淨瑠璃を語る」
「面白い話てえのはそれかい、八」
「混ぜつ返しちやいけませんよ。親分が糸瓜に物を言はせるから、あつしは南瓜に淨瑠璃を語らせたんで――」
「大層こんがらがりやがつたな、――ところでその面白い話てエのは何んだい」
平次は縁側に腰をおろすと、煙管の雁首で煙草盆を引寄せました。
あまり結構でない煙草の煙が、風のない庭にスーツと棚引くと、形ばかりの糸瓜の棚に、一朶の雲がゆら/\とかゝる風情でした。
「狐の嫁入なんですがね、親分」
「狐の嫁入?――娘のおチウを番頭の忠吉に嫁合せるといふお伽話の筋なら知つて居る」
「そんな馬鹿々々しい話ぢやありませよ。何しろ町中の物持が大概やられたんだから、この筋書は容易ぢやありませんよ」
「獨りで呑み込まずに、さつさとブチまけて了ひな。狐の嫁入がどうしたんだ」
平次も少し乘氣になりました。この話はどうやら筋になりさうです。
「ツイ十日ばかり前から、荒川堤で狐の嫁入がチヨイチヨイおこなはれるんですよ」
「おこなはれるは變だね」
「最初は丁度この月の始め、雨のシヨボシヨボ降る晩でした。戌刻半頃小臺の方から堤の上に提灯が六つ出て、そいつが行儀よく千住の方へ土手を練つたんで、川向うの尾久は祭のやうな騷ぎだつたさうですよ」
「川向うが騷いで、小臺の方ぢや騷がなかつたのかい」
平次は早くもガラツ八の話の中から疑問をたぐりました。
「そこですよ親分。尾久の方からは、川向うの土手を、提灯が六つゆらり/\と練つて行くのが見えるが、土手下の小臺の方からは、たつた一つもそんなものが見えなかつたといふから不思議ぢやありませんか」
「フーム、器用なことをするおコンコン樣だね」
「王子が近いから、いづれ裝束稻荷の眷屬が、千住あたりの同類へ嫁入するんだらうてえことでその晩は濟んだが、驚いたことにそれから三日目の晩、又雨のシヨボシヨボ降る日、今度は先のよりでつかい狐の嫁入があつたんです」
「どうしてでつかいと解つた」
「その時は提灯が倍の十二でさ。土手を十二の提灯が行儀よく練るのが川に映つてそりや綺麗でしたよ」
「お前はそれを見てゐたのかい」
「あつしが見たのは三度目ので」
「三度もあつたのかい」
「だからお話になりますよ。――それから五日目の昨夜、晝頃から誂へたやうなシヨボシヨボ雨になつたでせう」
「フーム」
「尾久の友達が前から、打合せてあつたんで、大急ぎで出かけました。こんな晩は又狐の嫁入があるかも知れない、なかつたら向う川岸を眺め乍ら、夜つぴて飮まう――てえ寸法で」
「呆れた野郎だな。その友達といふのは誰だい」
「尾久の喜八で、いゝ年をして居るくせにろくな捕物をしたことはないが、酒は滅法強い」
「何んて口をきくんだ。それから何うした」
平次はこの狐の嫁入話が、すつかり氣に入つた樣子です。
「待つほどに醉ふほどに」
「氣取らずに筋を通しな」
「何しろ日が暮れる前からやつて居るでせう。亥刻近くなつて、好いかげんトロリとしてゐると、川向うにチラと明るいものが出て來た――」
「――」
「喜八の家は坐つて居て釣の出來るのが自慢で、川向うの狐の嫁入見物には、これほど結構な棧敷はない」
「それからどうした」
「シヨボシヨボ雨の向う川岸へ出た提灯の數は、何んと今度は三倍の十八ぢやありませんか。それが六つづつ三つになつて、行儀よく千住の方へ練るから見物でさ」
「お前はそれを默つて見てゐたのか」
「其邊に舟はなし、川へ飛込んだところで、親分が知つてなさる通り徳利でせう。仕方がないから指をくはへて、喜八と二人であれよ/\」
「間拔けだなアー、何んだつて宵のうちから向う川岸に廻つて、狐の嫁入を見極めなかつたんだ」
「向う川岸の小臺の方からは、提灯が一つも見えなかつたといふから不思議ぢやありませんか。――小臺の衆は、尾久の奴等は臆病だから、そんな物を見るんだらうと言ふと、尾久の手合は口惜しがつて、何を小臺の寢呆け野郎――といふ騷ぎで、こいつは何時まで噛み合せても埒はあきませんよ。幸ひあつしがこの眼で見たんだから、狐の嫁入が本當に通ることには間違ひありません」
「話はちよいと面白いが、それつきりぢや仕樣がない。お狐にしちや手數がかゝるから、いづれは誰かの惡戯だらう。提灯屋が喜ぶだけの事さ」
平次は輕く片付けて、もとの植木の方へ、注意が外れて了ひさうです。
「親分、話はこれからですよ」
ガラツ八は乘出しました。低い鼻が少しばかり蠢めきます。