Chapter 1 of 6

「親分、向島の藤屋の寮で、今日生き葬ひがあるさうですね」

ガラツ八の八五郎は、相變らず鼻をヒクヒクさせながらやつて來ました。

「俺はこれから、その生き葬ひへ出かけるところよ。お前も一緒に行つて見ないか」

錢形平次は嗜みの紙入を懷ろに落して、腰へ煙草入を差すと立上がりました。

「御免蒙りませう。親分のお供は有難いが、あつしは生き葬ひを出す奴と、死に金を貯める奴が大嫌ひで、へツ、へツ」

「いやな笑ひやうだな。どうせどつちにも縁はあるめえ」

「へツ、仰せの通りで。あつしは江戸中の奴がびつくりするほど借金を殘して死にてえ」

「その八五郎にビツクリするほど金を貸す奴がありや宜いが」

「違げえねエ」

相變らず無駄ばかり言ふ二人でした。

「金があつて暇があつて死に度くない奴が考へ出したことだらうが、生きてるうちに葬ひを出すといふのは考へて見ると妙なもんだね、――近頃は矢鱈に流行るんだが――」

平次はつく/″\さう言ふのです。江戸の文化も漸く爛熟しかけて、町人階級に金があると、通にも粹にも縁のないのが、せめて生き葬ひを出して馬鹿騷ぎをし、自分の人氣を試して見るのが面白かつたのでせう。

「親分はまた何んだつてそんなものへ出かけるんです」

八五郎にはそれが不思議でならなかつたのです。御藏前の札差で何人衆の一人と言はれた藤屋の彌太郎が、道樂や贅澤にも飽きた末、自分の葬式を出してアツと言はせようといふ、アクの強い催しにノコノコ出掛けて行く日頃の平次ではなかつたのです。

「御馳走があるんだよ。河岸を一日買ひきつたといふ話だ」

「冗談でせう、そんな事で親分が――」

八五郎は頑固に頭を振ります。

「では、これを見るが宜い」

平次は煙草入を拔くと、かますの中から取り出したのは、小さく疊んだ紙片が一枚。粉煙草を拂つて、八五郎の鼻の先に突き付けるのでした。

「へエ、これならあつしにも讀めさうだ。皆んな日本の字で書えてある」

「日本の字だつてやがる。それは假名だよ」

「――何々(藤屋の生き葬ひに大變なことがある、親分はこいつを見のがしちやなるめえ)――成る程ね」

「どうだ、それを讀んだらお前も向島へ行く氣になるだらう」

「からかつてゐるんぢやありませんか」

「さうかも知れない――が葉櫻の向島土手を、ホロ醉ひ機嫌で歩くのは惡くないぜ」

「行きませう親分」

八五郎も到頭そんな氣になりました。怪しい手紙を辨慶讀みにして勃然として鬪爭的になつたのでせう。

「御馳走に引かれて行くのでなきや、向うへ行つても飮食は止すが宜いぜ」

「へツ、有難い仕合せで」

「十手を内懷中に突つ張らかして、ガツガツ食ひあさるのは恥だよ」

「偶にはそんな恥も掻いて見度え」

「馬鹿」

神田から向島へ、無駄話は際限もなく續きます。

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