一
「親分、折入つてお願ひがあるんですが」
ガラツ八の八五郎は、柄にもなく膝小僧を揃へて、斯う肩を下げ乍ら、小笠原流の貧乏搖ぎをやつて見せるのでした。
「心得てゐるよ、言ひわけに及ぶものか、その代りたんとは無えが」
錢形平次は、後ろ斜めに、障子の隙間からお勝手を覗いて、其處で晩の仕度をしてゐる女房のお靜に、何やら合圖をするのです。
それを見ると、お靜は心得たもので、帶の間から財布を拔いて、そつと平次の方へ滑らせました。親分子分の間でも、切出し憎いことを切出した八五郎に、少しでも恥を掻かせまいとする、それは貧乏馴れのした、無言劇の一と齣だつたのです。
「冗談ぢやありませんよ、親分」
八五郎は膝の上へ置かれた、女物の財布を見ると、膽をつぶして二つの掌を振りました。八つ手の葉つぱのやうな大きい手が、互ひ違ひに動いて、くつろげた胸毛のあたりに、秋風を吹き起さうといふ素晴らしいジエスチユアです。
「本當に冗談ほどしか入つちやゐないよ、遠慮することは無い、取つて置きなよ」
「あつしはね、親分、お小遣が欲しくて來たわけぢやありませんよ、憚り乍ら金なんざ――小判といふものを、馬に喰はせるほど持つてゐますよ」
「そいつは豪儀だ、恥を掻かせて濟まなかつたね。いづれそのうちに、小判と言ふ飼葉を喰ふ、白粉を附けた馬でも見せて貰はうか」
「まア、それ程の景氣だと思つて下さいよ、あつしのお願ひといふのは、大したことぢやありませんがね」
「お小遣でなきや、お前を四角に坐らせるのは何んだえ」
「外ぢやありませんがね、あつしに用心棒に來てくれといふ家があるんで、長い間ぢやない、ほんの半月もすれば、身體のあくことで――」
「まさか、賭場や興行物ぢやあるまいな」
「そんなものぢやありませんが、唯、少しばかり」
八五郎は小鬢をポリ/\と掻いて言ひ澁るのです。
「何が少しばかりなんだ、まさか金の番を頼まれたわけぢやあるまいね」
「金の番なら威勢よく斷りますがね、何しろ相手は、人に物を頼んで、イヤとは言はせない人間なんで」
「何處の殿樣だえ、それは? 泣く子と地頭とはいふが、――」
「そんな野暮な化物ぢやありませんよ、親分も御存じでせう、檜物町の小夜菊師匠」
「あ、あれはいけない、あれはお前を取つて喰ふよ、止すが宜い」
錢形平次は、以ての外の顏をするのです。尤も、それは全く危險な女でした。踊も上手、女振りも非凡、世辭愛嬌も申分なく、それよりも男を惹きつける、不思議な魅力があつて、この女に接近する者は、どんなに道心堅固でも、最後には他愛もなく捕虜にされ、金も精氣もひ盡されて、蜘蛛の巣に掛つた羽虫のやうに、カラカラになつて投り出されるのだと言はれて居ります。
「でも、小夜菊師匠は言ふんですよ、――私は八丁荒しだの、殺生石だのと、嫌なあだ名を取つて居るけれど、私から男を誘つて、騙したわけでも何んでもなく、男の方から私に言ひ寄つて、頼みもしないのにお神さんを追ひ出したり、欲しいとも言はない物を買つてくれたり、散々なことをした上で、世間を狹くしちや、私を怨む――とね」
「成程、いろ/\な理窟はあるものだな」
「近頃は私の命を狙ふ者さへあるから、氣味が惡くて叶はない。宮角力の大關まで取つたといふ、從兄の順八を、用心棒に頼んであるが、生憎親の用で伊勢まで行つてしまつたから、その留守中だけお願ひし度い――と斯ういふんです」
「お前をよく/\無事な野郎だと思つて居るのだらう。金の無いのはわかつてゐるが、口説きさうも無いと思ふのは、それは飛んだ眼鏡違ひだ――と小夜菊師匠にさう言ふが宜い」
「そんな馬鹿なことは言へませんよ。何しろ、師匠の外には、お咲といふ下女が一人、これも狼連の遠吠や惡戯に脅えて、尻をモヂモヂさして居るから、何時飛出すかわからない、お願ひだから來て泊つてくれ、決して親分を困らせるやうなことはしないからと――」
「呆れた野郎だ、それでお前は請け合つたのか」
「錢形の親分が承知してくれさへすれば、と言つて來ましたよ」
「承知するもしないも無い。何をしようとお前の勝手だが、あんな女と係り合ひをつけると、お前が益々縁遠くなるばかりだから、それを心配して居るだけのことさ。逆樣に振つても、雫も出ないお前のことだから、まさか、欲得づくや色事ではあるめえ」
「だからあつしが」
などと、八五郎は到頭この事件に乘り出してしまひました。