一
八五郎の取柄は、誰とでも、すぐ友達になれることでした。長んがい顎と、とぼけた話し振りと、そして桁の外れた己惚れが、どんな相手にも、警戒させずに近づけるのです。
その代り、時には飛んでもない者と、すつかり眤懇になつてゐることがあります。巾着切辰三などもその一人で、相手は御法の網の目をくゞる、雜魚のやうな男。人の懷ろを狙ふのが渡世と言つても、五兩と纒まつた仕事をしたことのないといふ、世にも哀れな存在だつたのです。
その巾着切の辰三は、江戸の巾着切仲間の一つの名物でもありました。それは巾着切の仕事を、一つの藝と心得て、決して田舍者の懷ろは狙はないといふ一つのフエーアプレーを信じ、兩國の如何はしい見世物の看板を、口を開いて眺めて居る、田舍の人の財布などを狙ふのは、面白くも何んともないばかりでなく、折角稼ぎ溜めて江戸見物に來た人達の、大事な旅費まで盜るのは、いかにも痛々しいといふのです。
で、辰三のおとくいは、キビキビした江戸つ兒に限りました。それも、氣障なの、贅澤なの、通がつたの、ノラクラ者らしいのを狙つて、煙草入を拔くか、財布をかすめるか、精一杯に二分や一兩の收入が山で、胴卷や紙入を拔いて、死ぬの生きるのと言つた、むごたらしい目に逢はせるのは、巾着切道の極意でないと、辰三は考へて居るのです。
從つて、巾着切とわかつて居るくせに、辰三は誰にも憎まれることなく、御上の役人からもお目こぼしで、細く長く、その指先の至藝で暮して居りました。多くは富裕な旦那方の煙草入、御内儀の銀簪、二分か三朱の稼ぎに滿足して、萬々一思はぬ大金をすり取つたりすると、大骨を折つてすられた人を搜し出し、要らない分は、窓から投げ返して來るといふ、途方もない潔癖さです。
屋外泥棒も、十兩以上は打首になつた時代です。巾着切を看板にかけて居るやうな辰三が、何時までも安穩に暮らせたのは、一つは働きの方法が馬鹿々々しく義理堅かつた上に、内々は御用聞の良い顏に喰ひ入つて、諜者を勤め、その方でも調法がられて居る爲でした。
さて、これで、巾着切の辰公の存在理由はわかつたとして、風采の方は、まことに氣の毒でした。まだ三十五六といふのに、眇目で跛足で、虫喰ひ頭の禿ちよろで、まことに見る影もない男だつたのです。家は元鳥越町の、八幡知らずの路地の奧、全くの獨り者、シミのやうに生きて居る、不思議な存在でした。
その巾着切の辰三が、向柳原の八五郎の宿へ、ある晩、あわたゞしく飛び込んだことからこの話が始まります。
「親分、八五郎親分。大變なことがありますよ」
窓の下から聲をかけると、二階の戸が開いて、長んがい顎をのぞかせながら、
「何んだ、騷々しい、辰公ぢやないか」
などと、八五郎はすつかり良い心持になります。その受け渡しは、八五郎自身と平次の場合そつくり。
「ちよいと降りて下さいな。本當に大變なんだから」
「其處で話せねえことか。飮み屋から、馬でも曳いて來たんぢやあるめえな」
それでも八五郎は、帶引締めて、十手を腰に、薄寒い師走の往來に飛び出しました。仰ぐと、利鎌のやうな五日月。
「そんな間拔けな話ぢやありませんよ。殺しですよ、親分」
「何? 殺しだ」
「日頃の御恩報じ、眞つ先に親分ところに飛んで來ました。手柄にして下さい」
「よし來た、場所は何處だ」
「阿倍川町の六軒長屋の奧。殺されてゐるのは、そりや、好い女ですぜ」
兩人はもう、急ぎ足に、阿倍川町に向つて居たのです。
「唯、好い女ぢやわからねえ。身許は? 藝子か、妾か、娘か、年増か」
「あつしには何んにもわかりませんよ。フトしたことから、女の遺書を拾つて、その名宛をたどつて行くと、凄い年増が、縊り殺されて引つくり返つてゐるぢやありませんか。いや、驚いたの驚かねえの」
辰三は酸つぱい顏をするのです。
「フトしたことで遺書を拾ふ奴があるものか。お前のいつもの傳で、拔いた懷中物にあつた遺書ぢやないのか」
「へツ、八五郎親分はさすがに眼が高けえ。ま、そんなことかも知れませんがね」
辰三はムニヤムニヤと言葉尻を濁すのです。
「それ見ろ、圖星だらう」
などと、八五郎は好い心持になれるのです。