Chapter 1 of 15

実際あった犯罪事件というものはあなた方にとっては割に面白くないものですよ。私達法律家から見て、非常に面白いと見えるものは却ってあなた方の興味を惹かないようですし、またあなた方が特に興味をもっていられるような事件や話は、私達には余り面白くないように思われるのです。之はあなた方探偵小説作家の興味の中心と、われわれ法律家のそれとが大分隔たっているからではないでしょうか。例之、探偵小説には犯人が捕まるまでが多く描かれ、それが興味の中心となっておるようですが、法律家からいえば、犯人が捕まるまでも無論大切ですけれども、捕まってからの方が苦心をする所であり、又興味もある所なのです。それだからどうしてもあなた方がお書きになる小説とは、面白味の中心が違うわけなんですよ。

かつて東京地方裁判所検事であり、今弁護士という職にある土田八郎氏はこう語りながら、スリーキャッスルの煙をふっと天井に向って吹くと、意味あり気に微笑して私を見た。彼がこんな事を言い出したのには理由がある。

私はこれまでたびたび土田氏を訪問して、種々彼の取り扱った事件を聞いたのだが、実は一つも未だ小説の材料に使ったことがない。

というのが、今も正しく彼自身でいっている通り、土田氏が頻りと面白がって語り出す実話は多くは法律問題としては面白いものではあろうが、法律に素人の私には余り面白くないものばかりだった。なるほど法律の専門家にとっては、極めて複雑な事件なのかも知れないけれども、探偵小説趣味から言うと一向に面白くない事件が多かったのである。

たまに私が、探偵小説趣味を逆に此方からすると、彼はひどく馬鹿らしそうに、

「そりゃ単純な殺人事件ですよ。問題はありませんよ」

とか又は、

「そんな事は探偵小説には有るかも知れませんが、事実問題としては考えられませんね」

とか、極めて簡単に片付けてしまうのが常であった。

私の聞こうとしている趣味と、彼の趣味とが大分違っていることにこのごろ気が付いて来たと見え、今日しも亦執拗に何か材料を得ようと彼を訪ねた私に、まず初手からあっさりと来たわけなのであった。

ところが、こんな事をいいながら彼は話をつづけた。

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