二
見ると、左膳に火事のことなどを話したあの町人である。
酒を買いにいって、いま帰ったところだ。
「サア、おのおの方、これにて祝盃をあげ、深夜を待つといたそう」
と言う彼の口調は、姿に似げなく、侍のことばだ。
これも、司馬道場の一人なのである。
一同は歓声をあげて、そこここにわりあてられた徳利を中心に、いくつとなく車座をつくって飲みはじめる。
いつのまにか、浅黄色の宵闇がしのびよっていた。こころきいた者の点じた蝋燭の灯が、大勢の影法師をユラユラと壁にもつれさせる。
皆の心がシーンとなると、とたんに、言いあわせたように胸に浮かんでくるのは、あの、自分らが誤って斬り殺し、それを焼け跡へ放置して、源三郎と見せかけた仲間の死骸。
かたわらにころがしておいたのは、名もない茶壺で、ほんとうのこけ猿の茶壺は、とうに峰丹波の手におさめ、本郷の屋敷に安置してある……。
と思うから、丹波は上機嫌だが、その壺が早くもあの門之丞によって盗み出され、又その門之丞が斬りたおされて、壺はすでに左膳のもとへ――。
その左膳の手へうつった壺もお藤姐御のために、通りすがりの屑屋へおはらいものになって。
今は?
どこにあるかわからない。
……とは、峰丹波、知らなかった。
計略が図に当たって、源三郎を罠へ落としこんだのみならず、何かと邪魔になる丹下左膳まで、飛んで火に入る夏の虫、自分から御丁寧にも、その穴へ飛びこんでくれたのだから、これこそほんとうに一網打尽である。
このうえは。
深夜までここにじっとしていて世間の寝しずまるのを待ち、一同で手早く、地面から地下へ通ずるあの三尺ほどの竪坑を埋めてしまえばいい。
そうすれば。
人相も知れないほどに焼けただれた、あの若侍の死骸と、壺を、源三郎とこけ猿ということにして、本郷の道場へ持って帰る。
もうその手はずがすっかりととのって、いま、この納屋の一隅には、白布をきせたその焼死体と、焼けた茶壺とが、うやうやしく置いてあるのだ。
峰丹波、今宵ほど酒のうまいことのなかったのも、むりはない。
狭い物置小屋に、一本蝋燭の灯が、筑紫の不知火とも燃えて、若侍の快談、爆笑……。
さては、真っ赤に染めあがった丹波の笑顔。
だが、その祝酒の真ん中にあって、お蓮様だけは、打ち沈んだ表情を隠しえなかったのは、道場を乗っ取るためとはいいながら、かわいい男をだまし討ちにした自責の念にかられていたのであろう。
すると――。
この騒ぎのきれ目切れ目に、どこからともなく風に乗って聞こえてくるのは、異様な子供のさけび声。
「父?……父上! 父上!」
一同は、フト鳴りをしずめた。
「まだ吠えておるゾ。かの餓鬼め!」
だれかが歯ぎしりしたとき、ふたたび、悲しそうなチョビ安の声が夜風にただよって――。
「父上! 聞こえないのかい? 父上!」