(五)
便りまつ間の一日二日嬉しきやうな氣づかひな八重に遠慮は入らぬものゝ又言ひ出すかと思はるゝも恥かしくじつと堪ゆる返事の安否もしやと思へば萬一やになるなり八重は大丈夫と受合へど夫は氣やすめの詞なるべし彼の文とても御受取になりしやならずや其塲で其ま御突き戻しになりたるを我れに力落させまじとて八重の繕ひて居るにはあらずや否や/\八重として其樣のことある筈なし人を疑がふは罪ふかき事なり一日二日待給へ好き御返事の參るは定ぞと言ひしに違ひは無かるべし若しさうならば何とせん八重は上もなき恩人なれば何ごとなり共氣に入ることして悦ばせたし歳は下なれど分別ある人とて言少なゝれば願ひは有や望みはなしや知れ難きを何とせん扨も人妻となりての心得は娘の時とは異なる物とか御氣に入らば宜けれど若し飽かれなば悲しき事よ先それよりも覺束なきは彼の文の御返事なり御覽にはなりたり共其まゝ押まろめ給ひしやら却りて御機嫌をそこねもして愛想づかしの種にもならば云はぬに増る愁らさぞかし君さまこそ無情とも思ふ心に二ツは無し不孝か知らねど父樣母さま何と仰せらるゝとも他處ほかの誰れ良人に持べき八重は一生良人は持たずと云ふものから我が身とは自ら異りて關係はることなく心安かるべし浦山しやと浦山るゝ我をば知らで吐息をもらしぬお八重はつく/″\有し日の事を思ふに男心の頼みがたさよ我れ周旋する身として事整ふは嬉しけれど優子どのゝ心宜く見えたり三郎喜こびしと傳へ給へとは餘りといへど昔しを忘れ給ひしお詞なりトおもふは我が身の妬みにやお主樣ゆゑには身を殺して忠義を盡くす人さへ有るを我一人にて憂きをしのばゞ何處も事なく納まるべきなり何氣なき孃さまが八重や八重やと相談相手に遊ばすを御恨み申は罪のほども恐ろしゝ何ごとも殘さず忘れてお主さまこそ二代の御恩なれ杉原三郎といふお人元來のお知人にもあらず况てや契りし事も何もなし昨日今日逢しばかり若かもお主さまの戀人に未練のつながる筈はなし御縁首尾よく整のへて睦ましく暮し給ふを見るが切めての樂しみなり我れは望みとて無き身なれば生涯この家に御奉公して御二タ方さま朝夕の御世話さては嬰子さま生まれ給ひての御抱き守り何にもあれ心を責めて仕へんか夫は何としてもなる事ならず兎ても角ても憂き世なれば人訪はぬ深山の奧にかき籠りて松風に耳を澄まさば宜かるべけれど夫すら彼の人見捨てゝは入り難かるべしとてつく/″\と打歎けど人に見すべき涙ならねば作り笑顏の片頬さびしく物案じの主慰めながら我れ先づ乱るゝ蓴の戀はくるしき物なるにや成るとは見えて覺束なき人の便りをまつとは云はず杉原さまはお廿四とやお歳よりは老けて見え給ふなり和女は何と思ふぞとて朧氣なこと云ふて見る心や流石に通じけんお八重一日莞爾やかに孃さまお喜び遊ばす事あり當てゝ御覽じろと久し振りの戯れ言さりとは餘りに廣すぎて取り處が分らぬなりと微笑ば左らば端を少し聞かし參らせんお前さま何より何よりお嬉しと思しめす事が有べし夫なりとて容易は言ひもせず夫ぞとは知れど猶も知らぬ顏に八重が例に似ぬことよ先づ云ふて聞かしても宜さそうなと打怨ずれば其やうに御いそぎなされますなと打笑ひながら彼の君より御返事が參りしなり是がお嬉しからぬ事かとかれて耳の根くわつと熱くなりつ胸とヾろかれて噛む袖の下に密と置く藻しほぐさ俄には手にも取らぬをお八重察して進めつゝ取まかなひて封を切らすに文にはあらで一枚の短冊なりけり兩女ひとしく見る雲形
茂りあふわか葉にくらき迷ひかな
みるべきものを空の月かげ
意味の存する處何方ぞや茫として闇きわか葉のかげいとゞ迷ひは茂り合ふばかり晴るゝよし無き空の月の心に判じて見れど何れ眞意と得ぞわき難く喜こぶべきか歎くべきかお八重はお八重優子は優子斯く云はれなば斯くせんの决心互に堅けれど思ひの外なる返しには何と定めて何とせん未練は流石ありそ海のおきて見つ又取りて見つながめに飽かねど吐息されて八重はマア何と思ふぞと人の詞を待て見るあな覺束なの三十一文字や