三
いかなる悪魔の厚意によってか、見事に賞典競馬の穴をあて、百ポンドが千ポンド余りになって返ってきた。ちょうど季節は十一月、ラガー船隊が休養と来年の仕込みに根拠地へ引揚げて来る時期なので、折がいいとばかりにすぐメルボーンを出発し、濠洲を南から北西へ半周してブルームへ行った。
船はスミス兄弟商会の「スタア」号という百五十屯のスクウナーを傭船することにしたが、肝心の潜水夫のほうがうまくいかない。濠洲人の経営者が一シーズン前払いで百ポンドなどと馬鹿な釣りあげかたをしてしまったので、それ以下ではてんで振り向こうともしない。親ダイバー、子ダイバーという言葉があるくらいで、ダイバーとして育て育てられると、親子同様の関係になり、親ダイバーの死水は子ダイバーがとるもの、潜水病にかかって海に入れなくなると子ダイバーが終生その面倒をみるというような固い結果になっていて、一人が駄目になると誰もうんといわない。弱っていると足立信吾という男があらわれた。
早いころ脱船し、コロンビヤ河を泳ぎ渡って北米へ密入国したシヤッコ船の運転士で、紐育を食いつめると南海廻りのトランパー(不定期貨物船)の船長になり、象牙棕櫚と白檀の運送をやった後、トレース海峡からガラパゴス諸島、フィジー諸島、ニュウ・ギニアと南太平洋を股にかけ、銃器密売、コプラ、甘蔗、海鼠、瑁、極楽鳥。儲けになりそうな商売ならなんでもかまわずに手をだしたという経歴の持主で、そんならひとつ加勢しようということになった。
どんな訳があるのか日本ダイバー倶楽部から除名されている青木金助という男をダイバーに雇い、助手のテンダー、俗に綱取りともいう送気ポンプと命綱を扱う役に小峰忠、雑役の水夫に君島善五郎と堀幸次。ラガー船の定員になっている十一名を揃え、翌、昭和九年の四月、ブルームを出港してパウモツ諸島の沖で採集にかかったが、南海真珠の能率化された吉見の船団とかちあったため、予期した十分の一の成績もあげられず、七カ月の間働いて全収穫たった四屯という惨状。仕込みに三百ポンド。免許税、消費税、燃料費、船員の給料、食費、その他、一シーズンの費用に五百ポンドもかかったので、貝を売っても差引き四百ポンドの損になった。
山崎は泣きだしたが、これで止したら死ぬほかないと眼の色を変え、深尾と戸田を叱りつけながら残った六百ポンドで仕込みをし、翌年、季節より早く出漁して貝床をあさっているうちに、マライタ島の水道で新しい貝床が発見されたという情報が入ったので、こんどこそぶちあてたと船を飛ばして出かけて行くと、意外にもパラオ組の船団が一と足先きに来ていたのにはやられた。
もう潜水夫が入っているらしく、後帆をあげた三十六隻の採取船が一列になって青い海の上を活溌に移動し、二百屯ばかりのスクゥナー型の母船が、雛をまもる白鳥のようにそのあとから行き、水や食料を供給するランチがラガーからラガーへ火の出るように忙しく走りまわっている。
こちらの船は見るからあわれを催すような古めかしさで、穴だらけの甲板には貝の悪臭が滲みとおり、帆索には真珠貝の肉が玉葱のようにぶらさがっている。乾した貝肉は一封度一ドルで売れるというわけなのだが、そんなものまで計算に入れなければならない詰りかたでは、どうせろくなことが出来るわけはないのに、旧式な手押しポンプしかない老朽ラガー船と新式の機関ポンプを備えた二十六隻の船団では、コントラストがひどすぎて張りあう気にもなれない。
ともかく船を岸へ寄せて採取にかかったが、その辺の暗礁は両側へ急傾斜しながら深くなっているという性の悪いヤマで、貝はといえば屯三百ドルせいぜいの、運搬費のほうが高くつく黄貝の駄物ばかり。水夫の堀を偵察にやってみると、船団のほうはすごく優秀な貝床につき、十二、三尋の有利な海深で無限に真珠母を揚げているというので、まず山崎が逆上してしまった。
船長室へ集って、船団を水道から退却させる方法はないものかと、慾と悪意で黝ずんだギラつく顔を突きあわせて相談をはじめたが、基地を持たない船団になにより大切なのは水なのだから、水の手を切ってやるのがいちばんだということになり、それとなくようすを見ていると、船団ではこっそりボートを出して海辺族の部落の井戸から飲み水を汲んでいることがわかった。
「井戸じゃ、やりようがない」
深尾が投げかけると、山崎は、
「ないなんてことはない。船に防腐用の昇汞があるから、あれをぶちこんでやれァいいんだ」
とひとりできめ、日暮れを待ってなにか井戸へ仕掛けをしに行った。
翌日の午後になると、船団の活動が不活溌になり、五隻ばかりのラガーが母船のそばへ錨をおろしてしまった。ようすを聞くと、今朝、九時ごろ二十七人が急死、四十人が危急状態。母船の医者は腐敗蛋白中毒だといって貯蔵の缶詰を海へ捨てさせているということだった。夕方、船団の事務長がやってきて、死体を火葬したいのだが、陸へ上ることができないので処置のしようがないとこぼした。事務長が帰ると山崎が、
「あいつらは屍体をあげて火葬するつもりなんだな。いろいろなことをいうのは、つまるところ、われわれに不合法上陸を黙認してくれという謎なんだよ。同胞のよしみでね」
と笑った。すると深尾が、
「黙認するもしないも、われわれにそんな権利はない。領海内の密漁が発見されれば、船体と漁獲物は全部没収、密入国者は禁錮又は死刑と法律できまっている。ここには弁務官がいないといったって、守るべきものはちゃんと守ってもらいたいもんだ。同胞の手前、なおさら」
と洒落にしてしまった。
そのうちにラガーが弔旗を掲げて母船のまわりに集り、母船の前甲板で告別式のようなことがはじまった。その夜、島の西南の岬の空に火花がうつり、明け方まで見えていた。火葬らしいので君島をやって調べさせると、船団の幹部が七人ばかり上陸して、岬の椰子の中へ火葬場をつくり、こっそり火葬をしたことがわかった。船長は、あれからもまただいぶ死んだらしいから、当分火葬がつづくだろうといっていたが、次の夜も火花が見えた。
翌朝、海辺族の酋長が独木舟で船へやってきて、村で疫病が流行し、土人がどんどん死ぬからなんとか防疫の処置を講じてもらえまいかと頼みにきた。山崎が承知して酋長といっしょに出掛けて行ったが、三時間ほどして帰ってきた。
「土人たちは火葬にくる船団の連中を襲撃するらしいね。僕、これは疫病でもなんでもない、誰か井戸へ毒を投げこんだものがあると、豚に水を飲ませて実験して見せてやったら、さすがに温良な海辺族も気ちがいみたいに腹をたてていたよ」
小心者の図太さといった拗ねた調子でいうと、船長は、
「温良なんてことはないよ。人肉を食わないというだけで、あれでなかなか陰険なんだ。七年ほど前、ニュウジーランドのコプラ船の乗組をみな殺しにしたことが発覚して砲艦に村を焼かれてから、表面はおとなしくしているが、わかりさえしなけれァ、どんなひどいことだって平気でやりかねないやつらなんだ」
と恍けると、山崎は悪く落着いて、
「そんなことになったら寝ざめが悪いね。そうまでする気はなかったんだが」
と煙草の煙を輪にふいた。