1
どこかでは既に雨が降っているのか、白く光って見あげるようにむくむくともりあがった入道雲の方向で、かすかな遠雷のとどろきがして居る。斜面を下りながら、彦太郎は、麦藁帽子の縁に手をかけて空を見あげ、一雨来るかも知れんと思い、灼けるように陽炎をあげている周囲を見わたすと、心なしか、さっと、一陣の冷たい風が来て西瓜畑の葉を鳴らした。赭土の中にころがった大小さまざまの西瓜は埃にまみれて禿げたような青い色を晒している。下りながら、両手で輪をつくり、口にあてて、おうい、と叫ぶと、小さく下に見える池の中央に入って、真裸で両手を水中につっこんでいた男が、顔をあげた。彦太郎だと知ると、下の方で背を伸ばし、伸びをして腰を叩き、こちらに笑いかけたのが遠目にもわかった。土埃をたてて斜面を駈け下ると、惰力で危うく池の中に飛びこみそうになったが、岸にある無花果の樹にようやくつかまった。顔見合わせ大声立てて笑った。卯平さん、あんた、なにしとるか、と彦太郎はもう草の上に坐りこんで腰から鉈豆煙管を取り出し、雁首にきざみをつめながら訊いた。びしょ濡れになった上に額から汗が流れおちて眼に入るのを、卯平は泥だらけの手で拭くわけに行かず、腕でずるとなでて、食用蛙を捕まえてやろうと思っているのだが、なかなか見つからんので、仕方がないから池を干そうと思って泥吐口を抜きよったところだと云った。食用蛙が居るのか、と彦太郎はびっくりした顔で訊き返した。どうも四五日前から妙な声で鳴く奴がある。確かに食用蛙に違いないと思って探し廻ったがさっぱりわからんのだ、池の底に隠れているに違いないと思って掻き廻してみても出て来ん、がまの穂を餌にして釣りかかってみたが食いつかん、夜中になると嫌な声を出して鳴きやがる、があおん、があおん、というような赤子のような声で、女房はあんな工合だし、癇にさわってさっぱり寝つかれん、仕方がないから、こんな小さな池だし、干してやれと思って、先刻泥吐口を抜こうと思って池の中に入ったんだが、口が赭土を咬えこんでいるのか、なかなか栓が動かんので骨折ったところだ、どうしても捕まえにゃ腹が癒えん、と話しながら、卯平はまた両手を赤く濁った水の中につっこみ、息を吸いこんで顔をしかめたと見る間に、水煙をあげて池の中に沈んでしまった。しばらくぶくぶく泡が立っているのを彦太郎はじっと見つめながら、卯平がなかなか上って来ないので少し不安になりはじめたが、すると、今まで騒いでいた水面が、波紋をおさめじっと動かなくなった。彦太郎は急に胸がどきどきしだし、何かに引っかかって上れなくなったと思い、入って助ける気になってシャツを脱いだ。股引のバンドに手をかけた時、突然池の中でがぼうという大きな音がし、ごうという音といっしょに吸いつけられる勢で水が布を裂くように鳴る音が聞え、水面が渦巻きだしたまん中にぽかりと卯平の顔が出た。ぶるぶると頭を振り、があと唾をはき、くそう、えらい骨を折らしやがった、と云って、右手に持っていた栓を岸の草の上に投げて、きょとんと立っていた彦太郎の顔を見て、声を立てて笑った。土堤の下の方で水の抜けるはげしい音が聞え、眼に見えて水面が下りはじめた。まるで河童じゃな、あんた、と彦太郎が云うのに答えず、卯平は鋭い目附になって注意深く池の中をあちこちと眺め廻した。脱いだシャツをまた着なおして、彦太郎も岸辺の叢などに眼をやった。水すましが慌てたように水面を舞ったり、小さな青蛙が飛んだり、爪の赤い蟹が倉皇として逃げたりしたが、食用蛙の姿は見えなかった。居らんぞ、あんた、と彦太郎が投げ出したように云うのに、卯平は何にもいわず、じっと池の面から眼を離さなかった。彦太郎は退屈して又草の上に腰を下したが、何気なしに横を見上げた途端、彼は飛び上らんばかりに驚いた。一間とは離れていない小屋の窓に、髪をさんばらに顔に垂らし、ぎろぎろと大きな眼を見ひらいて彼を睨みつけている白衣の女の姿があった。彦太郎は我にもなく驚愕した自分がてれ臭くなったので、卯平に声をかけ、ごりょんさんはまださっぱりせんらしいな、と云った。卯平はようやく水面から眼を離して、窓から身体をのし出して、泣くとも怒ったともつかぬ、くずれたような表情を湛え、日頃から大きい眼が、痩せ細ったために、飛び出したように見える瞳を据えて、歯を噛むような声を立てて笑い出した女房に、いきなり掴んでいた泥を投げつけ、ちょうッ、と動物を追うように呶鳴り、坐って居れ、と叫び何か大きな声でお経のような文句を云った。馬鹿、馬鹿、と女房は急に勢が抜けたように肩をすぼめ、引っこんで、暗い土間に坐りこんだらしかった。困ったもんだ、と卯平の精悍な顔にちらと悲しげな影がすぎたが、すぐにもとの元気な顔になって、執念深い狐だ、今日で十日になるのにまだ出て行かん、戸まどいして女房に憑いたりなどして阿呆狐めが、歯がゆうてならん、そこの裏の稲荷の狐らしい、暴れて仕方がないので呪禁して貰ったらいくらかおとなしくなった。何とも知れんことを口走ったり、何でも手あたり次第に投げたり、暴れるので危ないから、山の総円さんに来て貰って、紙捩で封じて貰った、総円さんは飲んだくれのようなやくざ山伏と人はいうけれども、俺はつくづくと今度だけはえらいと思った、あまり暴れるので俺が大きな綱でぐるぐるまきに縛っておいたのに、どんなに頑丈にしといても何時の間にか抜けてしまうのだ、ところが総円さんは短いかんじんよりで手足の指を繋いで拝んだだけだが、それでもう自由がきかず、全くおとなしくなった。二三日中には必ず狐を追い出してやると総円さんも云っているから、間もなく癒るだろう、ただ何にも食べないので、痩せて行く一方で、それを見るのが可哀そうだ、と次第に卯平は声を落したが、急に気をとりなおすように、嬶も因果な奴さ、俺が道楽して居る間中苦労をさせて、とうとう赤瀬の親方にひどい迷惑をかけて、お詫びかたがたこの山の番人みたいになったが、百姓仕事ばかりさせて碌な目にも合わせず、揚句にゃ狐にまで取っ憑かれやがった。そう云って卯平はおかしそうに笑った。自嘲するようなその笑いは妙に空虚で、そのうそ寒い哄笑は、いきなりがんと彦太郎の胸を叩いた。彦太郎は眼を外らし、急にそわそわと落ちつかぬ風で、草の上から腰を上げると、まあ、ごりょんさんを大事にな、あんた、と云い捨てて、逃げるように赭土の斜面を駈け上って行った。どしたかな、彦さん、と卯平が腑に落ちかねて、もう少し居ったら池も干上ってしまうぜ、食用蛙が捕まったら、つけ焼にでもして久しぶりに一杯やろうではないかと、卯平が後から声をかけたのが、最後の方は遠くなった耳にもう聞えなかった。西瓜畑の間を駈け抜けて、道路に出ると、彼は慌てて待たせてあった貨物自動車の運転台に飛び乗った。運転手の沢田に急いで行くように命じ、トラックが動き出すと、ようやく安心したように坂の下を見た。卯平の姿が池の中に豆粒のように見えた。卯平が腹這いになったような恰好をして何かを押えつけているらしく見えたのは、或いはとうとう食用蛙を見つけ出したのかも知れないと彦太郎は考えたが、それより彼は可哀そうな卯平の女房の居った部屋の窓が気になって、くねくねと曲折する道路のため、見えたり隠れたりするのを、努力して探したが、もう白衣の女の姿は見えなかった。トラックは開墾地の間を縫っている曲折の多い山道を濛々たる土煙をあげよたよたと走った。この辺は佐原山の頂上であって、数年前までは笹や灌木などの密生した全くの荒蕪地であったのである。竹の根が深く土中を縫っているために開墾には不適当とされていたのであったが、先年この地方に防空演習が行われた際、この佐原山の絶頂に高射砲陣地を作ることとなり、登山路としては幅三尺にも足りぬ道しかなかったため、工兵隊が来て数日の間に幅二間を越える立派な登山道を作った。演習が終った翌年、上海事変が勃発したが、廟行鎮攻撃の際に戦死した肉弾三勇士は、その時の道路開墾工事に従事して居ったのであって、佐原山の頂上には立派なる三勇士の記念碑もある。この登山道の開通はこの市にとってはまことに感謝すべきことであった。この道の開通を契機として、佐原山は公園化し、この山を中心として各方面に出る新道路が縦横に開設され、従って道路を中心として荒蕪地として放任されていた山頂の市有地がどんどんと開墾されはじめ、現在では、どの丘も、どの斜面も、畠が連なり、果樹が栽培され、年々相当の収穫を挙げる農作地となったのである。ここからはまともに蒼茫たる玄海灘を望むことが出来る。幾つかの島を浮かべたこの荒海は、雲と船と海鳥とをあしらって絵のごとく美しい。それ故に直接塩をふくんだ潮風を受けるために多少の風害はあるとしても、農民達は撓まざる努力に依って、年々、大根、芋、葱などの野菜類はもとより、無花果、枇杷、梨、西瓜などの果物類も豊富にとれるようになったのである。これらの畠のある斜面につけられた道路を、彦太郎のトラックは疾走して行くのである。トラックに積んだ肥料桶がごとごとぶっつかって鳴っている。二十荷のうち半分は空であるが、半分はつまっているので、たぽたぽと時折音がする。彦太郎が卯平の所に寄ったのも、四荷ほど肥料を廻してくれるようにと頼まれていたからであったのに、商売も忘れてしまって彦太郎は逃げ出して行くのである。嬶も因果な奴さ、と卯平の云った言葉がぴんと胸にひびき、彼は、苦労させつづけている自分の女房と子供達のことを思い出し、今更のことではないけれども、日頃鼻柱の強い卯平が何時になくしんみりと述懐した様子が、やきがねのごとく彼の心を弾いたのである。今日で三月近くも彼は家に帰らない。三月前に帰った時も、村の方に肥料を売りに行った序に立ち寄っただけで、壊れた竹垣の戸を開けて入って行くと、女房のとしのは畠で草をむしっていたが彼の姿を見ても表情を変えず、畠の横を通り過ぎて家の方へ行く彦太郎の背後から、顔も上げずに無尽会社が来とったですよ、と一言云ったきりのろくさい手附でしきりと草をむしりつづけていた。赭ら顔を手でこすり、彼は家の前に立ちはだかって、くすぶった軒、土のはげた壁を、ひとわたり見わたし、字の見えなくなった表札を凝視して、今に見て居れ、今に見て居れ、と呪文のごとく呟いた。坂田村の豪農として何代も続いた小森家は彦太郎の代になって壊滅に瀕して居る。鬱勃たる事業慾を押えることが出来ず、彼は山林の一部を抵当にして信用会社から資本の融通を受け、糞尿汲取事業を開始した。従来は百姓達が馬車を曳いて市の方に出て行き、市内糞尿の汲取りをして居たが、自分達に肥料の必要でない時には中止する。市内に何人か居る商売人も全部馬車か牛車であって能率は捗々しくない。彼は桶及び二十荷を積めるトラックを一台購入した。汲取賃、肥料として農村へ売り捌く収益とを合算し、近代的方法に依って市民の大半を得意に取り得るは必定であって、必要諸経費を差引いても、相当の剰余金のあることは確実である。彼は意気揚々として、周囲の人々の冷笑の中に開業した。ところが始めてみると、彼の算盤は片端から違算にぶっつかった。第一、営業の許可問題でごたごたした。市中にはトラックを何処にも入れることの出来ないために、桶用リヤカアを作り、汲取った桶を一定の場所に集めておいて、トラックを廻して積み込む外なく、一ヶ所ではトラックにしたことが用を為さないため、リヤカアも二つ作り、桶も八十荷作り、汲取人夫は六人もよけい雇い入れた。其の外、色々の事業の面倒な経緯は省略するとして、彼が商売を始めてから十年間に、先祖から残されて来た山林田畠はもとより、家屋敷まで悉く人手にわたり、あるものとては、ただ、今に見て居れ、という彦太郎の執念ばかりとなった。トラックも幾度か抵当に入り、幾度か差押えの厄に遭った。彼がひたすら失敗と没落の道をたどって行ったのには、他の重要な原因として、彼がなかなかの酒好きであったことがひとつ、もう一つには、この地方が非常に政治的にうるさいところで、政党政派の関係があらゆる商売取引に浸潤し、政党への顧慮なくしてはいかなる商売も成立しなかったことが、ひとつである。彼は村にも家にも帰らなくなった。帰れなくなったことが本当かも知れない。海浜に近い野原の片隅にトラックを入れるバラック小屋を建て、その横に四畳半の一部屋をこしらえて其処に起き臥し、不自由な自炊をした。初めはがみがみと叱言を云い、中頃には愚痴をこぼしていた女房も、この頃ではなんにも云わなくなった。村に肥料を売りに出かける時折に、家に立ち寄ってみるのであるが、何時行っても女房のとしのは畠に出ているか、藁を打っているか、機を織っているかして働いていた。十二になる徳次と、八つになって今年から学校に行くことになった千代子とは父が居なくとも元気に大きくなった。心からの親しみを見せない子供を淋しく思ったけれども、今に、ゆっくりと一緒に暮らすことになる日があると思い、その時こそ心行くまで楽しい生活が味わえると思った。村の誰彼が彼を目して、低能といい、阿呆といい、お人よしといい、全く馬鹿のひとつおぼえ、「長久命の長助」だと、嘲笑して居ることも知って居る。今に見て居れ、という言葉は彼の宗教のごとくなった。工兵隊の作った山道をトラックは古びた体躯をがたつかせながら、下りはじめた。警戒しながら速力をゆるめると、急にさあっと冷たい風が横から頬をうったので、我に返ったように彦太郎が見あげると、亭々と聳える杉林の上は、何時の間にか、いっぱいの黒雲に掩われてのしかかるように暗く、同じように顔をあげた運転手と眼を見合わせ、瓢箪のような顔の沢田が、眉をひそめて口を尖らせたが、ぽつりと、頬にひとつ、来たという沢田の声に命令されたように、さあと大粒の雨が一斉にまっ白く降り出した。石臼をひくように遠くから起って来た雷が、いきなり頭のま上で恐ろしい音を立て、杉林にひとしきりはげしい雨の音を叩きつけた。赭土の道に豆粒をまくように穴をあけてつきささるはげしい雨脚を眺めながら、彦太郎は、ひょっくり、吃りの天野久太郎のことを思い出し、今夜は是非天野を説得して組合のことを協議しなければならぬ、と思った。