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どんよりと曇つた夕暮である。
省線の駅を出ると、みつ子はすぐ向ひの市場へ這入つて今夜のおかずを買つた。それを右手に抱いて、細い路地を幾つも曲つて、大きな工場と工場とに挟まれた谷間のやうな道を急ぎ足で歩いた。今日は会社で珍しく仕事が多かつたので、まだタイプに慣れない彼女の指先はひりひりと痛みを訴へたが、それでも何か浮き浮きと楽しい気持であつた。こんな気持を味ふのも、もう何年振りであらう、ふとそんな感慨が彼女の頭に浮ぶのである。これからは少しづつでも自分達の生活を良くしなくちやあ、ここ二三年の生活はあまりにみじめであつた――。しかし彼女はふと夫の山田の顔を思ひ出すと、瞬間何故ともなく不安な気持に襲はれた。またあんな苦しい生活が来るのではあるまいか、といふ暗い予感が自然と頭に流れて来るのだ。が彼女は急いでその不吉な考へをもみ消すと、夏までにはもつと上等なアパートへ引越さうか、いやそれよりも今はもつと辛抱して来年になつたら家を持たう、それまでは出来る限り切りつめてお金をためよう、などと考へ耽るのであつた。
彼女は足をとめた。没落者、ふとさういふ言葉を思ひ出したのである。彼女は口許に薄つすらと微笑を浮べると、わたしにはわたしの生活が一番大切、と強く頭の中で考へた。そして、何時までもそんな言葉が、意外なほどの執拗さで自分の中に潜んでゐるのに驚いた。
工場街を抜けると、ちよつと樹木などが生えた一郭があつて、そこに彼女のアパートはあつた。工場の職工などを相手に建てられた安つぽい木造で、このあたりにはさういふ家が二三軒あつた。彼女はさつき市場で買つた新聞の包みを習慣的に左手に持ち換へると、とんとんと階段を昇り始めた。すると階下から、
「お手紙ですよ。」
と呼ぶおかみさんの声が聴えた。急いでそれを貰ふと、また階段を昇りながら裏返して見た。一通は学校時代の友達の筆蹟であつた。この友達とはもう四年ほども交はりが跡絶えてゐたのであるが、彼女はこの頃この友達との交はりを復活させたいと願つて、二十日ばかり前に書いて出したことがあつた。恐らくはその返事であらう。彼女は他にもかういふ友達の二三にその時一緒に手紙を書いたが、返事は今まで一通もなかつた。だから彼女は自分の手紙から二十日も経つてゐたので、その遅いことにちよつと不満を感じたが、しかしやはりうれしくもあつた。
他の一通は全然未知の名前で、おまけに自分の住所も何も書いてなかつた。
「辻 一作。」
彼女はドアの鍵をがちやがちやと鳴らせて室に這入ると、立つたままその手紙の裏を見、表を見しながら呟いた。誰だらう? 勿論夫あてのものであるが、山田の友達ならたいてい彼女は知つてゐた。彼女は夫の友達を――もつとも今は全く友達もなくなつてゐるが、――次々と思ひ出して行つたが、さういふ固有名詞は探しあたらなかつた。すると何故ともなく不安になつて来た。
彼女はちらりと机の上の時計に眼を走らせた。もう夫の帰つて来るのは間もない時刻である。手紙をあけるのは後にして、彼女はそれを机に投げ、上衣を脱いでスカートだけで炊事場に降りた。ガスに火を点けて先づ炭をおこし、それからさつき買つた蓮根をこんこんと音立てて切り始めたが、その未知の男に対する不安はやはり去らなかった。理由はないが、その男はきつと夫のあの時代の友達に相違ないと思はれ、そこから自分の生活が脅かされるやうな気がしてならなかつた。彼女は前から、夫の以前の友達がひよつこり訪ねて来たりして、色々と面倒な問題が起りはせぬかと絶えず心配したりびくびくしたりしてゐたのである。
夕食の支度が出来ると、餉台にそれを拡げて白い布を被せ、また時計を眺めて見た。六時か、十分前くらゐには何時も山田は帰る。彼女はちよつと耳を澄ませて、窓下の通りに気を配つて見たが、夫の靴音はしなかつた。今夜も飲んでゐるのではあるまいか、と、ちらりと頭をかすめる予感があつたが、六時になつたら独りで先に食べようと考へてさつきの手紙を取つた。どんなことを書いてゐるかといくらか浮いた気持であつたが、開いて見て失望した。友達は書簡箋一枚に、久々で手紙を貰つてうれしかつたこと、返事の遅れてすまなかつたこと、あなたも無事でうれしいこと、自分もどうにか平和でゐることなどが、達筆に走り書されてある。それは殆ど事務的な紋切型の言葉使ひで、心のニュアンスも愛情も感ぜられないものだつた。彼女は何か相手の背中でも見てゐるやうな感じがした。その達者な文字までが、なんとなくつんと澄まし込んでゐるやうに見え出して、背負投げを食はされたやうな気持であつた。わたしなどとうつかり交際しては損でもすると思つてゐるに違ひない、と彼女は思はずひねくれた猜疑を起さねばゐられなかつた。彼女は受難時代――山田の三年間の下獄と、その後の失業生活とをかう呼ぶことにしてゐた――を思ひ出して、あの生活苦がわたしをこんなにひねくれさせてしまつた、と反省して情ない気持がした。しかしあの頃のことを考へると、これは猜疑ではなく的確な批評かも知れなかつた。
実際その頃には誰も彼も彼女等を敬遠したのだ。とりわけ夫の山田が転向者の極印を自ら額に貼つて出獄して以来は、更に激しい侮辱と冷眼を彼女等は忍ばねばならなかつたのである。学校時代の友人も教師も彼女から離れてしまつたのは勿論、田舎の村長である父さへも彼女を家に入れることを拒んだ。彼女が訪ねて行つた四谷の伯母の如きは、玄関口で彼女に向つて食塩を撒いた程だつた。その上に餓が追つて来た。山田は臨時仕事に出て十日働いては二十日休まねばならず、彼女は、日給三十銭のセルロイド工場へ通つた。ある正月には山田は年賀郵便の配達夫になつたりしたが、ゲートルを巻いて肘の裂けた外套を着て土間に立つた夫の姿は、今もなほ忘れることが出来なかつた。山田が今の会社へ通ふやうになつたのはつい半年ほど前で、さうした生活にせつぱつまつた果に伯父に泣きついて入れて貰つたのである。山田の伯父はその無線電信会社の重役で、山田にとつては殆ど仇敵にも等しい関係があつた。山田が捕へられたのはその会社の争議をリイダアしてゐる時だつたのである。そのために就職を頼みに行つた山田がどんな屈辱を忍ばねばならなかつたか、みつ子にもいくらかは判つてゐた。とは言へ、山田を伯父のところへ行かせたのは彼女で、彼女は一晩泣いて山田にそれを頼んだのである。夫が獄中にゐる頃には、社会の情勢が彼女の思想を支へ、思想が彼女の精神を支へてゐた。しかしさうした社会の情勢が押し流されると共に彼女の思想も押し流された。今になつて考へて見ると彼女の中には思想は全くなかつたのである。唯社会の波と、山田への愛情があつただけであつたやうに思はれた。しかしかうした反省はどうでもよかつた。生活状態を少しでも良くすることが、彼女にとつて第一の仕事になつた。どんなことがあつても今の生活を失つてはならない、そのためには堪へ難いやうな侮蔑をも彼女は忍んだ。
彼女がタイプを習つたのは山田が仕事を持つてからで、自分が仕事を持つてゐれば、もし山田が失職するやうなことがあつても直ちに餓に迫られるといふことはない。また山田が失業しなければ自分の働いた分だけは貯金することが出来る。これは将来の平和の基礎であり、さうすれば子供が欲しいといふ楽しい希望も持ち得るのだ。彼女は今まで子供が出来はしないかとそこに不安ばかり感じて来た。と言ふよりも自分の中にある子供への欲望を彼女は絶えず押し殺して来たのである。これは彼女にとつて淋しいことに違ひなかつた。今までの夫婦生活に子供の生れなかつたところを見ると、もう生涯子供は出来ないかも知れなかつたが、しかしそれでも子供が欲しいなあと考へ得るやうになればどれだけ楽しいことか、それは平和な生活であり、豊かな気持である。
彼女はそこの邦文を四ヶ月で卒業すると、丸の内のあるドイツ人の経営してゐる合資会社へ這入つた。そこへ這入つてからまだ二ヶ月にもならないのであるが、彼女はこれで永年の苦労も終つたやうな気持になつた。とは言へ、その会社へ就職した最初の日の印象は忘れることが出来なかつたし、また今も尚侮辱や屈辱はあつたが――。実は彼女はそこの就職試験に失敗したのだ。学校を出たての彼女はタイピストとしてはほんの素人も同然であつたし、それに二三人、永年同業で苦労したやうな人たちも就職を希望してゐて彼女は手もなく落されてしまつた。が、一室でそれを言ひ渡された時――それは日本人だつた――彼女は自分でもびつくりする程の声で突如として泣き出してしまつたのだ。言ふまでもなく山田も仕事を持つてゐたので、彼女が職を得なかつたとてさう心配するほどのことはなかつたのであるが、彼女は失敗したと言ひ渡されたとたん、以前の失業の記憶が突然まざまざと蘇つて眼先が真暗になつた。それは殆ど肉体的苦痛に等しかつた。胸がぐつとしめつけれれて、喉が急に痙攣つてしまつたのである。
「かはいさうでしゆ、かはいさうでしゆ。」といふドイツ人の声がその時聴えた。
彼女はかうして就職したのであるが、それは悪く言へば技術もない癖に泣きおとしの手で外国人の同情を買つたのに等しかつた。その後その会社の連中が彼女をどんな眼で見、どんな態度をとるかはその日にもう決定してしまつたのである。その上そこに欧文を受け持つてゐる年上のタイピストもゐたのである。
しかし彼女はどんな侮蔑にも屈辱にも耐へ忍んだ。時には便所へ這入つたとたんに涙がぼろぼろ出て来たりするのだつたが、しかし以前の生活よりはまだましだと思つてあきらめた。ばかりでなく、久々で鳴る踵の高い靴や、いそがしく電車を乗り降りする気持などに、なんとなく生き復つたやうな思ひもするのだつた。
彼女は友達の冷淡な手紙を読み終ると、まだ自分が以前と同じみじめな状態でゐると相手に思はれてゐることが口惜しかつた。そしてこの前自分の書いた手紙の文句を思ひ出して、自分がまだこの友達を女学校時代と同じやうな気持でゐるものと信じてゐたのが腹立たしかつた。彼女はもう一通を取り上げると、ちよつとためらつたが、さういふ腹立たしさもあつたので、思ひ切つて封を裂いた。
長い間お目にかかれませんでした。お元気ですか。こちらはどうにか無事にをります。久々で東京へ出て来ましたのでお目にかゝれればと願つてをります。もし御迷惑でありませんでしたら、××日の午後六時より三十分間×駅にてお待ちしてをります。
久しぶりのことですので、こちらは是非お目にかかりたく存じてゐます。
では他は拝眉の節に――辻
さきのに較べるとこの手紙はひどく簡単であつたが、彼女には何か迫つて来るものがあつた。長い間お目にかかれませんでしたといふ文句のあるところを見ると、以前にはかなり親しい交はりがあつたのに違ひなかつた。文字は女のやうに優しく細く、一画一画がはつきりと楷書されてあつて美しかつたが、彼女には親しめない文字だと思はれた。それによく読んで見ると、この手紙にはどこか怪しいところがあつた。会ひたければやつて来るのが普通であり、呼び出すのなら大変忙しい場合でなければならぬ。ところがこれには文字が楷書でゆつくりと記されてあるやうに、どこにも忙しげなところはなかつた。ひどく簡単に、しかも悠々と書かれたものに違ひなかつた。無気味なものを感じ、彼女はこの手紙が、やうやく安定しかけた自分達の生活を、毀さないまでも罅を入れるもののやうに思へてならなかつた。
六時が過ぎても山田は帰つて来なかつたので、彼女は独りで夕食を食べ始めた。時々ぐぐと腹の中が鳴るほど空いてゐたので飯はうまかつたが、またぐでぐでに酔払つて来るのに違ひないと思ふと、次第に腹が立つて来た。これではどんなに自分が生活を守つても、片端から夫が大穴を穿けて行くやうなものだと、彼女は近頃の夫に苛立しいものを感じるのだつた。彼女にも、夫の苦痛が全然判らない訳ではなかつた。しかし右も左も厚い壁に囲まれたやうに、抜路の一本もないことが明瞭な社会の中にあつて、そしてそれは夫にも判り切つたことである筈だのに、どうして苦しむことを止めてしまはないのか、その点がどうしても理解出来なかつた。