Chapter 1 of 2

第一章

この数カ月、突如大宣伝をぶった新薬といえば、最新最強のクライソリン薬以外にない。効能書きは驚くべきものだ。心臓病から脳卒中まで何でも、この特効薬が一本あればころりと直り、値段はたった二十五セントと激安で、普通の人が普通の暮らしをしていれば買えるほど安いとか。

今までこれほど巧みな宣伝はない。ほらふき、つまり広告屋に、高額費用を払い、広大なアメリカで実に斬新かつ衝撃的に訴えた。六カ月間で、クライソリン薬の製造元は宣伝に二十五万ドル使った。

全米の隅々から感謝礼状が続々届いた。クライソリン薬は、ねんざ、やけど、うちみのような怪我に間違いなくよく効く。売り上げは疑いない。たった半年で、所有者は巨大な事業を造り上げた。

そんな商売をしている限り、グライドはご満悦だ。クライソリン薬の調合を、はした金で買い取った本当の目的は、クレードルストン石油王の眼をそらし、隣地で盗掘するためだった。

あとは知っての通り、偶然の産物だ。クレードルストンから分捕った数百万ドルが自由に使えるから、なんでもできる。

だから、明晰な頭脳で計画を巡らせ、閃いた方法が更に巨額、確実、有利と悟るや、にんまりほくそ笑んだ。

持ち前の猪突猛進と馬力で、新事業に打って出た。並の男なら実績に安住したろうが、グライドはそうじゃない。狩猟本能がそうさせない。

その間、機が熟しつつあった。世の中で一番抜け目のない人種、つまりウォール街の株屋を喜ばせる頃合いだ。グライドが話したら石油王のクレードルストンはせせら笑った。両者は最近よく会っており、クレードルストンに敵意はないものの、この一番で自分の金を取り戻そうと堅く誓っていた。

だから数日後、サン新聞を読み、揉み手でニヤニヤ。グライドのやり方が分かり始めた、いや少なくともそう思った。グライド、別名マナーはクライソリンを株式会社にしようとしている。新薬社長マナーはウォール街と取引するだろうし、取引は実に厳しいから、もし徒党を組めば、マナーを破産させないでおくものか。

クレードルストンが独り言。

「頭のいい奴はいつもやり過ぎて失敗する。奴は商売に専念すべきだ。三か月で身ぐるみはがしてやる。金を取り戻し、おまけにクライソリン社も手に入れてやる」

こうしてクレードルストンはクライソリン社の目論見書を全部読んで、改めて確認した。そこに書かれた金額は間違いなくニューヨークの一流公認会計士が認めたもの。

のっけから特効薬は儲かっているようだ。六月は十万ドルの利益が出ている。経営者の予想によると、平均すれば初年度利益は百五十万ドルに達するとか。従って、二千万ドル公募は、もっともなように思われる。東のニューヨークから西のサンフランシスコまで、どの有名新聞にも広告を載せた。

一株十ドルで資本金を公募している。クレードルストンはサン新聞の宣伝費をすぐ調べた。どうやら宣伝費用を支払う頃、グライドの四百万ドルは無くなるようだ。グライドが油田詐欺で稼いだ以外に資金を持っていることなど、クレードルストンは知る由もない。

「奴にひと泡吹かせてやるぜ」

とクレードルストンがうそぶいた。

言うまでもなく、クライソリン狂騒は相当な注目を引いた。グライドは無駄に投資していない。宣伝費をふんだんに使い、大広告を打って、いまや全額を取り戻していた。

サン新聞とワールド新聞に予告すると、一週間で資本金はすべて応募済みになった。クレードルストンがにんまり。

本当のところ、グライドは金を稼いで仕手戦に備えていた。しかし公募では、資本金の一〇%しか充当されず、各種規制により三カ月満了まで、それ以上の買取請求権は使えなかった。

だからその間に、多くの優良銘柄がウォール街の株屋のせいで破綻した。

グライドは破滅計画など何も知らない。うきうきと証券取引所に株価を問い合わせ、さも当然と言わんばかり。上場後二、三日間クライソリン株は暴騰し、値がつかなかった。この時を見計らってクレードルストンが動き始めた。

自分で売買することはしない。百万、二百万ドルは捨てる覚悟だ。リスクだよ。いやリスクなんてない。確実だ。

クレードルストンのお抱え株屋は業界の最大手。ここがひとたび売り買いすれば株価が大きく上下する。クレードルストンはこの玉でいつになく手の内を株屋に明かした。

両足をテーブルに乗せ、口端に葉巻をくわえ、計画を開陳した。相手はお抱え株屋のアルナー・ブライ社長だ。

「あの株を売り崩すぞ。既に額面以上で大量に仕込んだ。二、三百万ドルの玉だ。まもなくクライソリンがらみの妙な噂を市場に流すつもりだ」

「ぜひ、私共がやりましょう」

とブライ社長が気取って言った。

クレードルストンが応じて、

「実際は俺だがね。いい玉だよ、あれは。ここ何年間で最高の玉だ。でもマナーに恨みがあるから、奴に復讐して、同時に金を取り戻す」

ブライ社長がうなずいた。相手の考えが分かり始めた。

「了解しました。会社を自分のものにしたいんでしょう」

「そうだ。乗っ取るということだ。うまくやってくれれば、それ相応のお礼をする。やり口はこうだ。俺の持ち株の三分の一を一〇%安く売ってくれ。それで大暴落を引き起こせば、小心者どもが怖がる。新聞にスキャンダル記事を流す。一旦落ち始めればみんな倣う。何が起こったか分からないうちに、クライソリン株を一〇セントに落とせるだろう。法的に訴えるバカが必ず出てくるから、それで決着する」

「全くです。で、クレードルストンさんは?」

億万長者が葉巻の臭い煙を吐き、ウィンクして、

「買い出動だよ。底値になればマナーはそのころ意気消沈しているから、介入して安値で買い戻す。手口は何も目新しくないが、堅い。うまくいけば本物の金脈が手に入るぞ」

ブライ社長も全く同意見だ。密かに考えていたのは自分も提灯をつけよう。クレードルストンは普通こんなに明かさない。

さらに説明するまでもないことだが、これで証券会社のブライ社長も仕手戦に引き込んで、もっと暴落させようという魂胆だ。

「みんな破産しますね」

とブライ社長。

「破産させろ。益々都合がいい。素人は買い時が分からないけど、我々は分かる。売り崩している間、じっと待って利用するのさ」

この話はやがてグライドの耳に入った。この種の情報には少しも金を惜しまない。盗み聞きした行員は事務所へ帰りしな、副業で得た金に大満足だ。

グライドに新情報が伝わったからじゃない。クレードルストンの手口はよく分かっていたし、やはり完全に予想通りだった。

やつの計画はすごいが、陳腐だし、グライドに一日の長がある。並の男なら仕手戦をすぐ降りて告訴するけど、グライドは決してそうじゃない。

「いつでも誰でも助けるぞ。クレードルストンが株を暴落させる片棒を担いでやる。俺が偽名で株を大量に保有していると知ったら、考えを改めたろうに。それに俺や会社を誹謗中傷したかったら、どんどんやればいいさ」

翌日、仕手戦が本格的に始まった。引け頃、クライソリン株は一〇ポイント下落。経済記者らは沈黙し、いぶかった。個人投資家が警戒し始めた。

翌朝クライソリン株は一気に暴落。四百万ドルもの株が売りに出て、後場になると値がつかなくなった。

クレードルストンは成り行きを見守りながら満足した。自分の四百万ドル分が投げ売りされるのに、笑顔だ。

捨てた数百万ドル分は後日たっぷり肥大して戻り、吹雪のあとの雪崩のように激増することをよく知っている。

週末直前、クライソリン株の暴落が完結した。株は一〇セントに落ちるというクレードルストンの予言が文字通り実証された。怒った株主が新聞に投書して、多くの訴えを起こし、グライドは破産必定だ。

だが、市場で投げ売りされると、すべて買い上げられた。小規模投機家はいつもそんな安値に目ざといから、売買は続いていた。大量のクライソリン株が出るたびに一〇回も買いあげた株屋は、この先二週間も底値で買い続けるはめになろう。

ようやくクレードルストンが満足して言った。

「何も言うことはない。二週間後の決済日が来る頃には仕手戦が終わり、言い値で買い集めるぞ。小口の株主は儲け話に喜んで売るだろう」

「一つ困ったことあります。持ち株以上を売ったのです。引き渡しを求められたらまずいです」

と証券会社のブライ社長。

クレードルストンが自信たっぷりに言った。

「そうならないぜ。数セント色をつけて渡せば結局満足する。ひと月以内にクライソリン株は全部俺のものになる。マナーにはいいお仕置きだ」

だがマナー、別名グライドはこの仕打ちに怒ってないようだった。さしあたり米国一大損した有名人だろう。

余りにも気の毒で言葉さえかけられなかった。インチキ会社を設立し、何百万ドルも手にしたあげく、株価に無頓着なために、出資金を横領したことになった。

ウォール街はマナーを追放し、詐欺会社を排除するために、州に手続きをした。クライソリン社長が起訴されるかどうか、興味の的になった。

しかしグライドは全てを笑って受け止めた。その日の午後、デルモニコスで昼食時、クレードルストンと親密に握手した。

「ところで、ウォール街はどうかね」

とクレードルストン。

「ウォール街に責任はないですよ。活気があるし、大事な仕事をしています。皆が一斉に動くのがいいですね。一人を破滅させるとなったら、実に効率的に動きますから」

クレードルストンが笑いをこらえた。ユーモアを理解できる余裕があった。

「クライソリンのことだろう。ウォール街に近づくなと言ったろう。まったくドジを踏んだな」

「ハハハ、あなたには大金が転がり込みますね。何が起こったか、誰のせいかよく知っていますよ」

「二回も勝つと思うな。はした金をやるから、あの油田のことを教えろ」

あの事業にペテンはないとグライドが否定したのは単なる話術、相手は信じっこないことを承知の上だ。

クレードルストンが笑った。

「ワハハ、わかったよ。お前はやり手だから、また立ち上がっても不思議じゃないが、クライソリンはもう駄目だ、倒産と思え」

グライドが立ちあがり、手袋のボタンをゆっくりはめながら、

「あなた、抜かりがあるでしょう。決済日が来たら安泰じゃないですよ。ペテン師はあなた一人じゃないでしょう。違いますか。いいでしょう、あとで取引しましょう。ではまた」

「待ってるぜ」

とクレードルストン。

グライドは何かモゴモゴ言い返し、部屋から出て行った。

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