Chapter 1 of 1

Chapter 1

今は亡き俳優手配師の備忘録より

この種の出来事がすごく面白いのは、演劇新聞のクリスマス小話に載った場合だが、当事者にとっては、ちょっぴり悲哀が漂う。

役者ほど気楽で陽気な稼業はないとはいえ、実際は楽しみどころか、浮草人生の、いわば文無しだし、見知らぬ町なら借金もできないし、どっちみち胡散臭い目で見られる。

度胸を据えて、月初の週末、貧乏女家主に交渉すれば、貸し家や半端物も提供できないというだろう。女性ならもっと難しい。

何も目新しいことじゃない。かつて何百回と起こったことだし、これからもあるだろう。

クラレンス・クロショイ氏は西部劇場に出演する派手な看板俳優でありながら、土曜日の夜、一週間分の売上を持ってトンズラし、帰ってくる気配がなかった。

同氏の豪華な毛皮コートや、素敵な白脚絆や、きらめくアラスカ産ダイア飾りボタンですら、インディアン少女劇団の心証には、ちっとも羨ましくない。つまり、ドサ回り中に同氏の詐欺にひっかかってしまい、団員のほとんどが無一文になってしまった。

もう今となっては、レイモンド・デューク団長がこのいきさつをヒル通りで客らに話しても何ら、かまわない。もちろんロンドンの劇場から帰宅したあとでだ。

しかし、当時のデューク団長は今と大いに異なり、マルボロ市ハイ通り新聞店の二階に間借りし、みすぼらしい小部屋で愛妻に事件を打ち明けていた。

「あの男は悪党だよ」

と女房のネッタ・デュークが言い放った。

亭主のデューク団長が嘆いて、

「みんな知っとった。始めからだ。稽古を始める前からだ。でも一〇週間も客が入らないから何でも、危険でもやった。そしたら持ち逃げだよ、ネッタ。俺の有り金は九ペンス(約三百円)、お前は一シリング二ペンス(約五百円)。ミーキンズ夫人の家賃は週二十五シリング(約一万円)だ。何て言い訳しよう」

小心な正直者にとって、自分が悪くないと説明するのは容易なことじゃない。だってしょっちゅう反対のことが起きているもの。

家主のミーキンズ夫人も困った。以前にもこんなので参ったという。役者は来週金曜日に小切手を渡すと誓いながらトンずらよ、そしてよきサマリア人さながら、二度と顔を拝めないなどと、ほうほうの体だ。

女家主はちょっと気が緩んだか、涙を流し、その後うまい夕食を造り、ちょうど田舎の姉からいい贈り物が届いたわ、などと腹にもないことを言った。とても滑稽で、人間くさく、みえみえだった。

インディアン少女劇団は次の日、打ち合わせた。何かやらねばならなかった。そして一週間まるまる演じて、かなり稼いだ。

マルボロは活気のある小都市で、商売が盛んだ。もしクロショイが三時の競馬でぼろ負けしなければ、ずっと順風満帆だったかもしれない。だが、もう終わったことだ。何かやらねば。

劇団は混成部隊だったので、演芸がよかろうとなった。市長やら、多くの著名人が訪れ、月曜日の正午ごろにはマルボロ市民がこの話を聞きつけた。そしておおかた満足した。

インディアン少女劇団は多くを求めなかった。一週間分の劇場賃借代金を払うと、女家主と洗濯女が喜び、もう一週間分の食糧を買い込んだ。

清算して、ロンドン行きの切符を買えば、すべて良しだ。身の丈に合った計画だし、売上げ合計は五〇ポンド(約四四万円)そこそこになった。

慈善興業が金曜の夜と決まった。すべてがうまく行けば、同夜十二時ごろにロンドンへ出発できる。毎週しゃにむに働いたから金は稼いだし、金曜日には赤字を一掃できる見込みだ。大入り満員は確実だ。

同夜、金曜日の遅く、嫌な噂が広がり始めた。確証はビアルディ氏からだった。この世界的に有名な奇術師が、マルボロで今夜、子供パーティーに参加する。

ビアルディ氏がデューク団長らに語った。

「なんとまあ。クロショイのことは知っておくべきだったのに。諸君、奴は初めから腐った卵だぞ。何年も同じことをしている。玄人以外の素人をだましたら、今頃長いムショ暮らしなのになあ。ああ、クロショイは抜け目がないぞ」

「やつのだまし方は?」

とデューク団長が訊いた。

ピアルディ氏が説明。

「家抜けするぐらい簡単さ、じいさん。クロショイはミドルズブラまでズラかっている。昨日そこで見た。ロンドンまでの切符代金を借りようとしていた。金を借りたら君たちは標的だぞ。

ここのことを知っている。陰謀をたくらんで横取りされるぞ。あのな、法律上は奴がここの劇場の所有者だ。つまり、手間ひまをかけて権利書を偽造したんだよ。

裁判すればここの所有権は奴に勝てない。ミドルズブラでちょっくら偽造して、一ポンドか二ポンドで借金を買い取ったのさ。だから奴が君らの債権者ってわけだ。

相当な負債額だぞ。もし今晩、この小男が七時半ごろ来て、君らの売り上げを持って行ったら、どうする? 借金を払いきるまで一セント残らず巻き上げて、丸裸にされるぞ。

奴は州裁判所の役人を連れてくるから、拒否できない。役人はあとで分捕り金をクロショイと山分けしてニンマリさ。まさにメロドラマだ」

「絶対確実ですか」

とデューク団長が不安げに訊いた。

ピアルディが真顔で、

「そうだよ。俺も同じ店でちょっと印刷したんだ。そこのまともな店長が言ったよ。実はこの情報を君らに教えろとな」

いいことを聞いた。切符の売り上げはかなりの金額になったが、赤の他人が戸口で分け前を狙っている。奇跡に近いことが起こらない限り、『恋の骨折り甲斐』が無に帰す。

一座は一時間たっぷり、この問題を真面目に真剣に話し合った。道化役者が独自の方法を考え出した。

道化役者が、

「ここは戦略が絶対に必要な場面だ。生ぬるい手段なんか取っていられない。ビアルディさん、債権者とか言う奴の特徴を教えてください。容貌とか特徴を。体育系ですか」

「まさか。とんでもない。強欲で神経質で物乞いのようで、金の為なら何でもするような男だよ。金がなけりゃ、勇気すら出ない奴だ。ここへ来るのを楽しみにしている。たぶん州裁判所の執行官を有名パブへ置き去りにして、単身で示談しに来る。おそらく二〇ポンド(約一八万円)で手を打つ。いやらしい方法なら何もいとわないはずだ」

道化役者のウェブスターがニヤリ。いま筋道がはっきり見え始めた。

道化役者が、

「小悪党には一銭もやるもんか。俺に任せろ。君たちは有り金すべてを持って、専用列車に乗って、ここを引き払ってくれ。

時間があるから、劇団員全員に支払いをして、ペンキ代やなんか清算しろ。ただ、演劇の目録をちょっと変更しなければならない。

俺がインディアン蛇使いを真似するつもりだ。エレミイ嬢はおとなしいニシキヘビを貸してくれ。インディアン少女の主役が使う蛇だ。

もちろん俺のは茶番劇だよ。そのために、観客は名人芸を見られなくなる。全く同情するけど、こんな事態ではどうしようもない。

デューク団長、時間になったら、こうアナウンスしてくれ。突然の不都合で蛇使いの場面は割愛しますと。

また、州裁判所の役人がパブに足止めされているか確認してくれ。そこで待ってるはずだし、ビールを飲み放題にさせているはずだ。単なる用心だが、ぜひ確認してくれ。

そして、下手の楽屋を事務所に改造してくれ。こしゃくな偽造屋が来たら、すぐ事務所に案内しろ。踊り狂わせて、とことん楽しませる、そんな段取りだ。

全員に出演料を払い、お別れをして、駅で俺の最後の演技を見てくれ。ところで、俺に一〇シリング(約四千円)前払いしてくれないか」

「何に使うんだ?」

とデューク団長が冷静に訊いた。

「もちろん、対策用だ。実は砂袋を六個買うつもりだ。冬にここでよく使うもので、冷風が窓の隙間から吹き込まないようにするあれだ。赤い綿布の長い袋だ。何に使うかは言えない。これで充分、役立つ。後ろめたい忌わしい秘密があるけど」

それから道化役者のウェブスターは口をつぐんだ。半ポンド(約四千円)を持って出立し、午後、道化役者のいないことが明らかになった。

劇団の見張り役が慎重にミドルズブラからの列車を監視した。そして午後六時半過ぎに届いたメモによれば、奴が現れて、劇場にやってくる。

やがて、警備役がスリーコンパスの所で待ったをかけ、そこに陽気な大工役が早速からんだ。大工役が大声で話しかけることに、今日の最終賭けに張ったけど、みな当たるかとても心配だ。

こうして、奴の神通力の半分はたちまち失われた。慎重な大工役もそう見た。

黒髪が乱れ、脂ぎった顔が切符売場の窓口へヌーッと現れ、横柄にデューク団長がいるかと尋ねた。客席係が丁寧に応対。

「デューク団長は事務所で売上を集計中ですから、そこへご案内しましょう」

くだんの紳士にとっては何よりの親切だ。欲しいものは利益の分け前、劇場の小僧なんかに用はない。むくむくと勇気が湧き、首根っこのたんこぶがスッと引いた。係が事務所へ案内し、ドアをバンと開けて、急いで元の仕事に戻った。

男はガス灯の下で、机に座った。せこい偽造屋の小男は顔を上げなかった。しばらくして立ちあがり、入室者をちらっと見た。

入室者の顔は墨のように黒く、長い巻き毛が垂れ、額には大きな羽根の頭飾りが高くそびえている。

偽造屋は全体の服装から冒険少年小説を思い出した。ここに浅黒い北米インディアンが、間違いなく、生身で存在している。激怒しているのも明らかだ。脅すようなしぐさで近寄ってきた。

「ちび白人よ、何をお望みか。御心を大いなる創造主に捧げているとき、なぜ侵入するか。なぜ瞑想時間を汚すか」

偽造屋が、間違えたとか何とか、口ごもった。インディアンは部屋を厳粛に横切り、扉に施錠した。呪文を唱えている。

そのとき、偽造屋の汗が引くほど驚いたことに、褐色の腕をテーブル上の籠に突っ込み、青光りするうろこにおおわれ、くねくねする生きた蛇を取りだした。蛇がテーブルの上でのたくっている。

インディアンが親切に、

「一匹とれ、二匹とれ。活きのいいのを取れ。森のかわいい蛇ちゃんは無害だ。俺の目が届く限りだが……。でも動くな。瞼をピクリやっても駄目だ。さもないと死ぬ。皆は俺が狂ってるという。奴らは公然と嘘をつく。懺悔のために、霧と雪の英国で執り行う。大いなる精霊が命じたので従う。今晩は血を流したくない。平和が身上だ」

ビビっている偽造屋に近づき、首に二匹巻きつけた。偽造野郎が椅子に倒れ込むと、蛇は床にくねくね、のたくった。するとインディアンが慎重にさっと集めて、籠に回収した。偽造屋は口がカラカラに乾き、必死に話そうとした。

インディアンがささやいて、

「静かに。精霊がお出ましだ。聞いておられる。蛇は精霊の御前でも血が好きだ。見よ、青瓢箪、己を見よ」

再び籠を持って、胸糞悪い爬虫類をどさっと出した。床や、扉や、幅木に放り投げると、そこでじっとして動かなくなった。

恐怖で神経が錯乱している為、みんな蛇に見えた。まさか、蛇になるはずのないものなのに。つまり、砂を詰めた窓袋にほかならなかった。数シリングで買って来たものだ。あたかも大量のコブラのように見えた。

インディアンがおごそかに、

「いま精霊が降臨された。俺が戻るまで動くな、身の安全は大切だ。青瓢箪また戻ってくるぞ。もし少しでも動けば……。明かりは止めて暗くする。運命はもう予告したよな。あわて者めが」

偽造屋はもう抗わなかった。暗闇に座りこみ、じっと外の雑踏を聞いていた。時計が十一時を打つのが聞こえた。静寂がますます深まっていく。

時計が十二時を打った。遠くで列車の警笛が聞こえ、ロンドン行き最終列車が発車した事を知った。でも気付かなかった事実は、いずれにしろ自分が囚人だということ。

べらぼうなインディアンが偽造屋のことなどすっかり忘れたのは言うまでもない。

偽造屋は足がすくみ、その場に座り込み、恐怖におののき、汗びっしょりになった。くねくねした忌わしいものがどっさり、つまり死が周り中にある。遂には疲れきって、うとうとしてしまった。やがて、冷えきって不快な体に日光が差し、目が覚めた。

道化役者が大笑いしたのはロンドンへの車中だった。

「ワハハ、あの野郎は鵜呑みしやがった。あんな臆病は見たことない。守銭奴には妄想がよく効くなあ」

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