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発足したきり、何時まで経っても帰らないし、ぐうともすうとも言って来ないので、先ずこのバッファロのオハラの親類達が騒ぎ出した。由来愛蘭土人は気が早いので有名だ。早速警察へ押しかけて、やいやい急き立てて捜索方を依頼する。
警察も何がなし此の事件――未だ事件とまではっきりしたものではなかった――に鳥渡臭いにおいを嗅いで、茲に初めて其の筋の眼がインデアナの方向へ向く。
が、これが動機であの一世を震駭した大犯罪が発覚しようとは、誰も思わなかった。
一九〇四年から九年、前後五年間に亙る出来事である。西部には、まだ金坑狂時代の「野蛮海岸」の風が遺って、全国何となく二挺拳銃の荒っぽい気分から脱し切れない。そこから、独自の亜米利加文明を育てて往こうとする、力の張り切った、謂わば揺籃期だ。
同時に、こんにちの亜米利加的な物質生活の曙光は漸やく見え初めて、そのかわり、精神的に拠頼する何ものも与えられていない過渡時代――。
こうして、事件の表面に最初の一石を投じて、あの全米の恐怖を明るみへ持出して大騒動の端緒を作ったのは、この、バッファロの漫画家ケネス・オハラの失踪だったのである。
インデアナ州ラ・ポウト郡、カンカキイ河に沿うたフレモント丘は、丘と言っても小高い平原で、緑色の毛布を拡げたような沃野にラホヴァとレイキ・カンカキイと二つの湖水が、まるで眼鏡を置いたように、並んで陽に光っている。
其のふたつの湖の中間、眼鏡で言えば丁度玉と玉を繋いで鼻へ当たる部分は、左程広くはないが好く手入れの往き届いた、ベル・ガンネス夫人の農園だ。
お金があって、美人で、愛嬌がよくて、小作の百姓にまで腰が低いので、この「ガンネスの奥様」は、附近の村人の限りない好意と尊敬を受けている。
アンドルウ・ヘルグラインとそのベル・ガンネス夫人が、小馬に牽かせた馬車に乗って、湖水の裾の雑木林の小径を農園の奥のガンネス家のほうへ行くところを見た者がある。
始終見慣れない泊り客のある家だから、村の人も、車上の紳士は格別注意しなく習慣づけられている。ただ、男を同伴してガンネスの奥様が、馬車を駆って来るので、路傍に避けて叮嚀に挨拶しながら、馬車を通した。
車上の二人は、上機嫌である。何か熱心に話し合って行く。活発な会話――どっちかが冗談でも言う度びに、愉快そうな大きな笑い声だ。
「ほんとに、よくいらっしゃいましたこと。随分お待ちしましたわ」
「いやあ、何うも。そんなに仰言られると、実に困るです。何だか、自分の家へ帰って来たような気がして、もう動きたくなくなるです」
「あら、それでは不可ませんの? 何故でしょう?――ここほんとにあなたのお家なんですわ。あたくし、あなたがお帰りになるまで、一時お預かりしていただけですの」
「や、じつに何うも、奥さんは口が巧いんで――」
「動きたくなくなるって今おっしゃったわね。いいわ。そのおことばお忘れになったら承知しないから――動こうたって動かさないことよ」
「実に何うも、恐縮です。しかし、好い景色ですなあ」
「市俄古と何方がお好き?」
「較べものにならんです」
「これみんなあなたの有よ。芝生も果樹も家畜も、むこうの建物も、それから、この、あたしも――」
そういってベル・ガンネス夫人は、到頭思い切って言って終ったというように、両手で顔を隠した――ぐらいの狂言はして見せたろう。
ぽかんと夢をみているような気持ちで、アンドルウ・ヘルグラインは邸へ案内される。
それきり出て来ないのだ。