二
フロツシの事
次にフロツシは、これも云ふまでもなく永年の文学道の鎧武者であるのだが、そして私と握手を交して以来凡そ七星霜の貪寤の波に私達と共々に云はゞノルマンデイの海賊もどきに長蛇船の舵を執りつゝ此処に到着した男であるが、気の毒な話であるが、今では文学のつとめよりも私達の生活の舵とり役の方が専門となつてしまつた。もともと彼はトラツク競技の選手だつたゞけに多くの軽業に長けてゐたのは好かつたが、そいつが何うも私達の村のストア生活に於て余りに役立ち過ぎてしまつたのがそも/\の御難と化した。
彼は、居酒屋の店先につないで置く馬の脊中を目がけて、二階の窓から飛び乗つて逐電を試みる早業が巧であつた。網を担いで河原に降り立てば忽ち若鮎の数十尾を、銃を借りて半日山野を駆け回れば豊富な山の産物を捕獲して、おゝ思ひ出せばそれらの彼の働きに依つて、幾度私達は饑をしのいだことであつたか! お蔭で私は幾篇の小説をつゝがなく書き終らせたことか! 勘定の言訳の述べ憎くなつた居酒屋から、あの飛乗りの早業で何度彼は酒樽を借出して来て、仕事疲れの奄々たる私を炉端に慰めたことか! 蜜柑山で働き、水車小屋の水門番を務めて、何俵の米を彼は私達の空の米櫃へ運んだことか! 棒高飛びの離れ業を演じて、決して私に面会しようとしない或る慾深屋敷の塀を飛び越えて、何度私の借金申込みの代弁を果したことか! 思へば私の胸に感謝の涙が涌きあがりさうだ。
私にして若しも彼の肖像画を描くとなれば、その頭上にさんらんたる金色の円光を添え度いものだ。ところが、それはさうとして彼も再び都に戻り、いよ/\創作の筆を執らうと奮起したのであるが、いざペンを持つて見ると、これまでの余りな荒業に練られた腕にとつては、ペンの軽さが手答へがなくて厭にペン先が震へるばかりで、決して落々と文字などを書き誌すといふことが不可能事であるのを発見した。私達は仰天して交る/″\にその腕をさすつたり肩を按摩したりすると彼は擽たい! 擽たい! と叫んでげら/\と苦悶するばかりで何の効目も露はれぬ状態だつた。私は、これほど、傷ましくも深刻な人間の泣き笑ひの表情といふものを見た経験がない。
書けぬと決れば、如何ほど彼が逞ましい離れ業に長けてゐるとは云へ、此処に至つてはそんな芸当はおそらく役立ずに決つてゐる。
彼は、身を持てあましてジーベルの家で碌々としてゐるのであるが、半ばは私の処に来て、今私が斯うしてペンを構えてゐる目の先の椽側に跼つて、遥かの雲の下に浮び出てゐる連山の姿を凝つと視詰めてゐる。あゝ、私は彼の達磨の眼を見るのが傷ましい。――一度は、いつそのこと活動の活劇俳優を志願して見たらといふ議が起つたが、彼は俳優と聞いたゞけでも恥かしさのあまり顔から火が出る! と唸つて、頭を抱へて泣いてしまつたのである。
勿論彼の極めて内気な性質を知り抜いてゐる私がそんな乱暴な話を持出したわけではなかつたのであるが、彼はまともに相手の顔を見て物を言ふことすら出来ない位ひの話下手で、たゞ/\爽かな友達思ひの情に富んでゐる。村に居た頃は、丹精込めて様々な産物をジーベルの崖下の留守宅へ送ることを忘れなかつた。最も真面目で最も貧しい文学の友である創作の道を展いて呉れゝば幸ひである。僕は彼の文学の為にならば奈落の舞台回しになることに甘んずる――斯う云つて彼がジーベルを私に紹介したのは、あの山麓で私が哲学に飽きて、夙に中世の海賊文学の閲読に、夢を逞しくしてゐた頃であつた。