二
部屋にはいつた清三は、お道具と蚕の包とを部屋の隅に置くと、壁ぎはの箪笥の上にかざつてある、戦闘帽をかぶつたおとうさんの写真の前へ行つて、いつものやうにおじぎをしました。それから、部屋のまん中のテーブルの前に来てすわつて、その上の目ざまし時計の下にしいてある紙きれを見つけました。
それはおかあさんが、お勤めに出て行く時に書いて置いたものらしく、こんなことを書いてありました。
今日ハ、おやつガアリマセン。おむすびヲツクツテ、ネズミイラズニ入レテオキマス。ソレヲタベテ、晩ゴハンヲタイテオイテネ。オ米ハ、タケルヤウニシテアリマス。
母ヨリ
清三はそれを読むと、時計を見ました。まだ四時前です。
「五時からたけばいいや。六時ごろでなけりや、かへれないんだから。」
清三のおとうさんは、去年の夏出征しました。それまで或病院の薬剤師だつたのですが、おとうさんが出征されると、おかあさんがその病院の洗濯や、掃除の仕事で働くやうになりました。昼間は家を留守にして置くので、それに、おとうさんはいつ帰つて来られるかわからないので、去年の暮に、この母子ホームへ入れてもらふことになつたのです。
この建物の中には、三十幾つの部屋があつて、大ていどの部屋にも、おとうさんが出征されるか、でなかつたら戦死されて、おかあさんが、子供をつれて働いてゐる家族たちが、それぞれ住んでゐるのでした。
睦子のおとうさんは、市バスの運転手でしたが、やはり出征中で、おかあさんは川向かふの罐詰工場で、帳附けか何かをしてゐるのでした。中には小さな子供をつれてゐるおかあさんもあつて、さういふ人は下の方の部屋に住んでゐるのですが、毎朝近くの乳児院や託児所へ子供をあづけて置いて、お勤めに出て行くのでした。
「ごめん下さい。」
睦子が扉口にのぞきました。
手を洗つて来て、今おむすびをたべようとしてゐた清三は、につこりしていひました。
「やあ、おはいり。いいものがあるんだよ。」
「あら、ごちそうねえ。」
睦子は、なれなれしさうにはいつて来ました。
「おたべよ。二つあるんだから。」
「いいの。それより、早くお蚕さんを見せてよ。」
「うん、これだよ。」
さういつて清三は、ハンケチを開いて蚕を見せながら、二つ目のおむすびを半分にわつて、その半分を睦子にやりました。中からは福神漬が出てゐます。
「ね、おいしいだらう。」
「ええ、ほんとにおいしいわ。」
二人はたべながら、蚕を見ました。もう大きくなつてゐて、きれいな睦子の人さし指ほどもあります。七匹ゐます。
「でも、桑がなくちや、お蚕さん飼へないでせう。毎日どうするの。」
「ぼく、ちやんと桑の木を見つけてあるんだ。川向かふにあるんだよ。」
その時、扉がそつと開いて、
「今日は。なにしてるの。」
といつて、二十五番室の若いをばさんが、涼しさうな浴衣を着て、キヤラメルをしやぶりながら、退屈さうにはいつてきました。
「をばさん、今日はお勤め休んだの。」
睦子がさういふと、清三も、
「どこか悪いの。」
と、をばさんの顔を見つめました。
「さう、つかれたから、さ。キヤラメルあげるわ。」
をばさんはさういつて、箱のまま、二人にキヤラメルを出してくれました。