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俳句の初歩
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俳句の初歩
正岡子規
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Chapter 3 of 8

(二) 譬喩の句

譬喩の句は一事物を以て他の一事物と比較する者なるが故に、比較といふ知識上の作用を要す。予が譬喩の句を好みしはこの知識上の作用、即ち理窟を含みしがためたり。譬喩の中にも比較すべき両個の事物を並べたる

茶の花や利休が目には吉野山      素堂

の如きあり。予は当時この無趣味なる句を以て、茶の花を詠ずる空前絶後の名句なりと思へり。これを賞するは今より見て殆ど不思議なるが如くなれども、物を解せざる時の愚かさを回顧すれば、多くこの類ならざるはなし。譬喩の句には右の如く両事物を対したるは稀にして、比較すべき他の一事物はこれ句中に現さぬが多し。例へば

手に取るなやはり野に置け蓮華草精出せば氷る間も無し水車姑むつかしといふ人に示すけむくとものちは寐易き蚊遣かな    不角

の如く表面には蓮華草、水車、または蚊遣を詠みたるのみなれど、各裏面に教訓の意を寓するが如し。譬喩には多少の理窟あれども、趣味を主としたる譬喩は全く殺風景なる者に非ず。しかるに右三句の如きは、譬喩といふ理窟の上に教訓といふ理窟を加へたる者なれば、その無味索莫たるはあらためて言ふまでもなし。されど当時の予はこれを好み、今なほ俗人のこれを称するを聞く。

浮草やけさはあちらの岸に咲く     乙由

こは無常の意を寓したるなり。無常は教訓の如く理窟めきたる者には非れども、無常はやや長き時間を含み、俳句は長き時間を写すに適せざるが故に多く殺風景となる。かつて予が賞讃し、今なほ俗人の劇賞する乙由の句の如き、固より浅薄見るに足らざるのみ。

この外譬喩の句にして予の劇賞せし者は、婦女子殊に遊女等が自己の境遇を詠みし句にして、この種の句には多少の愛すべき思想なきにあらねど、多くは素人の作なるを以て、語句の間に瑕瑾を存す。当時予はこれを識別するの力なかりき。

始めて嫁ぐ時渋かろか知らねどの初ちぎり     千代

客より凧を送りこしたる返事に

御約束の凧御こし下され、早く揚て見参らせたく、こよなう嬉敷ぞんじまゐらせ候、此猩々凧こそ乙女の姿には似ずとも、雲の通ひ路ふら/\としてどこをまひぶみせんとてか、さりとてはあぶなく見えて、一枚凧のすわらぬやうにみだれ足とやらんはよほど酔てのことか、しかし盃と柄杓落さぬはほんの乱れ足とも見えず、又かたぶけんとや、清玄凧のにくげになまづ凧のおどろ/\しきにからまりて、落ちてやぶられやせんと心ぐるしきうちに、風もかはりて猩々舞をやめてゑびすくふわざもをかし、いとめのちがはぬうちにはや/\おろしてたも

あげられてくるしき日あり凧      瀬川伏猪を画いて客の賛せよと望みけるに気にそまぬ客と思ひ猪にだかれて寝たり萩の花       高尾

これら皆作者のさだかならぬのみならず、語句の上はいづれも疵あり。されど予はこれをこよなき名句と思ひ、殊に伏猪に萩の一句を愛でて、人間の至情を尽し俳句の巧妙を極めたる古今無比の句なりとまで思へり。予のかく称讃せしは第一に作者が婦女子なる事、第二に人情(後にいふ)を含む事、第三に作者実際の境遇より出でたりと思ふがために同情を惹く多き事、等に因る者にして、もし予をして幾何か俳句の高遠なる趣味、写実的無理想の趣味を解し、語句の練磨に多少の心を傾けしめば、これらの句に対する感情は今少し冷淡なる者ありしならん。

Chapter 3 of 8
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