Chapter 1 of 14
序
すでに雜誌『思想』へ唯物史觀覺書として載せた三つの論文に、いま新たに草した「ヘーゲルとマルクス」なる一篇を加えて、人の勸めに從つて、私はここに一小册子を編む。固よりどこまでも覺書である。ここでは凡てが單に暗示されてゐるのみであつて未だ十分に規定されてゐない。それを一層具體的に、そして一層包括的に、規定すること若くは規定し直すことは、私にとつてなほ將來の課題として殘されてゐる。この課題の解決のために、若しこの書が幾人なりとも同情者を集め、進んでは協力者を贏ち得たならば、私の望外の幸福である。
これらの小篇はその特殊なる成立の事情を負うて或る程度まで夫々獨立してゐはするが、少くとも方法的なるものに關しては一の共通の意圖のもとに繋り合つてゐる。私はそれらのものに於て理論の系譜學(Genealogie der Theorien)を目論見たのである。如何にして一定のイデオロギーは出生し、成長し、崩壞し、そして新しいものによつて代られるか、の系統を理解することが私の企てに屬してゐた。この系譜學の根本命題は、歴史に於て存在は存在を抽象することによつて理論を抽象する、といふことである。私はこのことをマルクスから學んだ。それは實にマルクスが「歴史的抽象」(historische Abstraktion)と呼んだところの過程である。――我々は更に更に多くのことをマルクスから學び得るしまた學ばねばならぬであらう。
ここに收められた諸論文の成立に機會を與へられた河上肇博士並びに京都帝國大學經濟學批判會の諸氏に對して私は今また改めて謝意を表したいと思ふ。
千九百二十八年四月十六日 東京に於て