Chapter 1 of 4

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一九二五年より一九二七年一月まで

宮本百合子

○パオリのこと

○父と娘との散策

○武藤のこと

○貴婦人御あいての若い女

○夢(二)

○隣の職工の会話

○夜の大雨の心持。

○小野、山岡、島野、(態度 言葉 顔)

○十月一日(十四夜月)

○日々草(十月)

×柳やの女中のこと。巡査、おかみ、円覚寺の寺男。

○肝癪のいろいろ

十月の百花園

○部屋をかりに行った中野近くの医者、

パオリ

オランダ人。伊太利らしいパオリという名をつけて。よせ芸人

一、神田辺の日本下宿

一、彼の部屋の雑然さ

一、下宿の女中、片ことの日本語 英語の会話、女中たちのエクサイトメント

一、パオリの幸福

父娘の散策

人のよい気の小さい若い好奇心のある父、(田舎からでもよい)

娘、タイピストか何か、始めて自分の小使を父のために使う その心持、

娘、あの職業婦人タイプ

武藤のこと

彼女の体

眼つき

押しのつよさ

独占慾

子供や同輩を皆手下あつかいにする。淋しさから来るそういう癖。

老貴婦人のお相手の若い女の哀れさ

○老婦人の趣味で着物をきる。

○絶間ない我ままと小言

(悪意のない、然し勝手な、例、)

「さあ、一寸これをよんでおくれ、まあ何て下らないんだろう、すぐピーターに御礼を云ってかえして下さい、――おや、お前さん、まだ着かえがすまないの、仕様のない人だこと、いつでも私はまたされる うんざりですよ my dear.」

「今日のお天気はどう?」

「よろしゅうございます」

「そうじゃあないだろう、風が出たらしいじゃあないか、窓をあけて御覧 ホラ、もう出かけるのはおやめですよ、大層おめかしが出来たね」

In society, she played the most pitiable role. Everybody knew her, and nobody paid her any attention.

She was very self-conscious, and she looked about her with impatience for a deliverer to come to her rescue.

或夢(父上の見た)

崖の上を歩いて居た。下は海だ。ふと見ると、牛が二匹泳いで来る。一匹は真直に来るが、もう一匹の方はつかれたと見えて、三角州のようになって居る彼方にそれてゆく。こんどは人間が流れて来た、三人で皆長髪だ。ああいやだなと人を呼びにゆくところで、目がさめた。

その三人が長髪であったので、さめたあとまでいやな心持がして仕様がないから、電報を打とうかと思ったよ、そしてこんな馬鹿な想像をしたのさ、スエ子が居るから、若し海岸でも散歩しようときかないで出て、何かあやまちでもあったかと思ってね。

母「だってすえ子はもう土曜にかえしてあったじゃあありませんか」

「ハハハハ本当にそうだったな」

私「一寸お忘れになったのね、そのとき」

「ふーうむ」

これは母コウヅに女中ととまり かえって、その日帝劇で父と会ったとき、父上の話されたこと。

デンマークだ。氷原の上を、タンクのようなものや何かが通る、停車場のようなところに自分、多勢の白衣の少女と居る。自分、英語で、劬りながら話した。

How old are you?

など。少女一寸英語で返事するがうまく云えず困って居る。

隣の職工の会話

「おはぎとぼたもちと違うんですか?」

「違いますよ、ただところによって名が違うと云うけれどそうじゃあありませんよ、ぼたもちは半殺しさ」

「へえ? 半殺しって?」

「もち米を飯にたいて、それを、あたり棒か何かでつぶすのさ」

「臼でぶったたくんだね」

「あらいやだ臼だって。杵でしょう?」

「――杵でさ」

「おはぎはじゃあどういうんです」

「おはぎは、飯のまま握ってきなこやなんかでまぶしたのをおはぎというんさ」

「そうかね、やっぱりもち米でしょう?」

「みな殺しってえのは」

「餅さね」

「ハハハハ」

女の声

「ねえーさん、労働組合ってあるんだってね、それに入ると、毎月二十銭ずつだか会費をおさめるんですってね」

「はあ」

「そいで何だってえじゃあないの、どっかの工場でストライキでもすると、皆でお金を出し合ってすけてやるんだってね」

「へえ」

「いくらでも出さなくちゃあならないんじゃあ困っちゃうね」

「ええ」

夜の大雨の心持

一九二五年九月二十九日より三十日まる一日降りつづいた大雨についての経験。

大抵一昼夜経てば天候は変るのに、その雨は三十日になってもやまず、一日同じひどさ、同じ沛然さで、天から降り落ちた。雨の音がひどいので、自分の入って居る家以外皆家も人も存在を消されたように感じた。床についてから、洗い流すような水の音、二階の下は、そのザーザーいう水が走って流れて居そうな気がした。

〔欄外に〕五十年来という大雨

○小野 酒をのむ、色白、一寸腰のかがめかたなどくにゃりとし「おやかましゅう」という。○山岡 皮膚のうすい黒い肥り、髪濃く、まつ毛も黒く濃い。動物、舌たるいような口のききよう。発句、釣、低利資金で米松の家を作ろうという。しきりに建築について研究し、

「あの柱の破れなんか、震災の影響です」又

「あの中廊下が地震のとき役に立ったですな、つっぱりますからね」等。

島野 古の物語、絵巻にありそうに貧相でプルルルとしたしなび鼻、うすい髭、うすい卑屈な唇、「――でございます」という。○竹の島人 大きな酒やけのした鼻、光った、鋭く動そうとする眼。古い記者生活時代のくせで、人を呼びすてに話し、野田大塊、釈宗演のおたいこ。

十四夜月

二階のてすりに顎をもたせかけて、月を眺める。雲が出て段々月に迫り薄雲が輝く月面をかすめ、むらむら迫り、月は、雲にかくれては現れ、現れてはかくれる。ごく子供のとき、台所のよこの高窓に顎をもたせ、そうやって、やっぱりこのように雲に浮ぶ月を眺めたことを思い出した。雲が動くのではない。月が――円い銀色の月が同じ速さでスーっと雲の裂け目や真黒ななかや、もっと薄い、月が白くほの見えるところなどを遊行して居るように思う。自分も一緒にすーすーと。下へすーすーゆくようなのに決して地面近くはならない。やっぱり高い高い空にある。変な、ぼんやりした悲しいような心持。いくつ位だったろう、八つか九つか?

日々草

日々草から、キハツ性のゼラニウムの葉から立つと同じような香いがした。根を熱湯につけてさすと一日一日、新しい花がさくと云ったが咲かず、二日目に、葉ばかりになった。

柳やの女中

薄馬鹿で色情狂、

甚兵衛の家に肴をとどけて来て、かえりになかなか柳やへ戻らず。女房丁度雨がふり出したので傘をもって迎いに来る。行き違いになったのだろうと云ってかえる。その間に女は、線路のどこかで、人足に――土方に会い、お嫁に来ないか、女房にならないかと云われ、そのまま一緒に夕暮二三時間すごす。すぐどうかなったのなり。

この女、人を見れば、お嫁にゆきたい、世話をしてくれないかという。

翌日、あの土方と約束したから、と云って行く。土方居ず。それから又数日後土方と会い暫く一緒に暮す、土方転々として去ったので、又柳やに戻る。

そして、或朝しらしらあけに、隣の男のところへ夜這いし、かえるところを巡査に見とがめられ詰問され、姙娠五ヵ月のことから、その子はだれの子かわからないことから、鎌倉で巡査と関係して居たことまですっかり話す。

巡査は、敏腕と云われる、二十七八歳の生若い、ものを知らない、巡査を天下一の仕事と心得て居る奴、風紀上など些か微力をつくしたい、と云いたいのでしつこくきく。女房困り、前から気が有った円覚寺の寺男と一緒にさせることに急にし、その男をよぶ。眼玉の飛びぬけたような、口をあいた馬鹿。形式の見合いをさせ、おなかのことも承知でいよいよよいとなる。男曰く

「じゃあこれから毎晩来るが、あなた、と呼ぶんだぞ」

馬鹿女うれしそうに

「はい」

○肝癪のいろいろ

或中尉、ひどいカンシャクモチ

何かをカンにさえ、いきなり庭にお膳を放り出し、膳がひょいと立つと、それがシャクで、わざわざ出て下りて、ふみつけこわす。

同じ人

ひすけた風呂桶にどうしても、水をはれと云う、だめです、いやどうしても一杯にしろ、と駄々をこねる。

きりょうのぞみでもらわれた十七歳の妻、それがたまらず逃げかえる。

実家近くで、近所の子を抱いて居ると、馬にのって来かかった元の夫――中尉、ふいと馬を下り、抱いて居る子をあやした。愛し(妻を)未練があったのだ。然しその十七の女、その男の顔も見ず。

或人は

○カンシャクを起すと、子供のように戸障子をゆする。

十月の百花園で見たもの

清浦の馬面、ノビリティーナシ 写真

│  黄蜀葵を一輪とって手に持つ。

秋草。清浦ととりまきの陣笠

婆芸者「百花園さんもさぞよろこんで居りますでしょうよ」

向島の芸者

○ちりめん(こもん)に黒い帯をしめ、かりた庭下駄の、肉感的極る浅草辺の女優と男二人の組。

○カマクラの海浜ホテルで見た、シャンパンをぬいた I love you が、又あの水浅黄格子木綿服の女と、他に子供づれの夫人とで来て居た。

○下手な絵を描いて(雁来紅の緑と黄との写生)居た女、二十七八、メリンスの帯、鼻ぬけのような声

○可愛いセルの着物、エプロン、黄色いちりめんの兵児帯の五つばかりの娘、年とった父親がつれて来て、茶店にやすみ、ゆっくりしてゆく。かえりに、白鬚のところで見ると、この小娘の姿はなく、父親(六十近い)だけ、自動車を待って居る。妾の子をつれて一寸散歩して、おき、一人かえる姿、一寸情なかった。

〔欄外に〕

尾花、紫苑。日が沈んで夕方暗くなる一時前の優婉さ、うき立つ秋草の色。

工場の女と犬

十月雨の日

女工

「マル マル マルや 来い来い お前を入れて置きたいのは山々だけれどもね、土屋さんに叱られるといけないから出てお呉れ、ね、マルや マル」

別の声「何云ってるの」

「――マルと話して居るのよ、ねマルや、(誰かがきいて居ることをイシキした声で)お前を入れておきたいのは山々なれどもね、さマルや、大儀かえ? 大儀なら小屋へ行っておね」

聞いて居る自分、うるさくなりむっとした心持になる。

アンマの木村

六十九歳、

若いうち、いろんな渡世をし、経師や、料理番、養蚕の教師、アンマ、など。

冬、赤いメンネルのしゃつをき、自分でぬいものをもする。

「あんたどの位あります」などときく。小柄、白毛。総入れバを時々ガタガタ云わせる。

小さい鼻、目、女のようなところあり、さっぱりせず。

後藤新平の自治に関する講演

ひどく生物哲学を基礎とする自治本能という。

「私が云う自治というのは、決してむずかしいことではない、誰にでもじき覚えられる。私のところへ来る少女団や少年団の子供もよく覚える。たった三箇条。

講釈師大谷内越山の訛

金色夜叉

「昔の間貫一は死ですもうとる」

小酒井博士 ひどい肺病

妻君

かげで女中をしかりつけ、夫のところへ来ると、まるでわざとらしい微笑をはなさず。

夫 下手、

手伝の若い女の自惚

夢(Yの)

父が子供につき落されて、川(庭に引き入れた)に落つ。――勝太郎が庭木戸から入って来たら、他の子供たちがついて来たので、

「そんなところから来ちゃいけない」

と云うと、中の一人がついたらしい。

Y、あわてて、助けだしたら、まがうかたなきブリの切身になって居る。人工呼吸は、どうやるのだか分らないが、多分よく揉めばよいのだろうと、両手でもむ。

「しかし、切身じゃあ人工呼吸もきかないかもしれないな」

切身にだんだん弾力がついて来る。いつか元の父になり

「人工呼吸は利いてきたが、とても生きられない、もう死ぬ」

Y、大きな声で

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