Kembali
猫八
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猫八
岩野泡鳴
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Tema
Terang
Gelap
Sepia
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Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 3 of 7

三

「そうれ見たまえ。みごとに白状に及んだじゃないかね、しかし虎を見たいんならわざわざ動物園まで行くにも及ぶまいぜ。――一二升飲ませれゃ誰だってなりますが?――どうだい、そッちの虎を見に行こうじゃないか?――そいつアいけません。何しろこいつを撒くわけには行きませんからね、と彼はまた子供をかえりみた。というところもあるのだが」と、主人はなお本を見い見い語って行った。そして皆が猫八などのいるのを忘れて虎の方へ心を傾けたが、猫八にはその虎が自分のようであった。「ばかさ加減を言えば由井の役だッて同じようなものさ。むしろ君の虎一役が名誉かもしれんぜ、人気が虎の一身に集まったりして、ね。――そう思ってわたくしも一生懸命やるだけはやるつもりなんですが、ね。――そうとも、僕たちだッてむしろ君の虎に期待しているよ。――恐れ入ります、と深井は苦笑をしながらも、内心少からず慰められた」

「いけません、な」と、猫八は顔を顰めてみせながら、「そんなところで例のシチュエイションをやっては!」

「うふ、ふ」と、乙な笑いが聞えた。

「先生がたの前で、わたくし風情が、生意気な英語の使い方をしたのは間違ってるか存じませんが――」この英語はいわゆる妥協ということに当るのではないかと思いなおしたのだが、「とにかく、その深井とかいう俳優がその場合にせっかく持った真人間らしい考えを、劇評家の煽てでなくさせてしまい、うかうかとまた調子づいて行っちゃア困ります、な」

「ところが、そうであるからかえっておもしろくもあるのだが――」と、主人は言った。

「しかしわたくしならそんなことは」と、彼は自分をそんなばかでもないと弁護するように熱心じみたが、主人ばかりでなく皆も耳をかたむけてくれなかった。

「動物園に行って虎のじッとしているところや欠伸をしたのを見ただけでも、彼はとにかく色男の気持ちよりも虎の気持ちをよく分ったと思って帰宅した。いよいよ初日が来て、縫いぐるみの虎が舞台に出て欠伸をすると、それだけでも大向うから深井、深井! と呼ぶ声がかかったので、すくなからず得意になった。そしてその幕切れのところで劇の女主人公に躍りかかると、大向うを初めとして諸見物の大喝采を得た」

「人をばかにしているじゃアありませんか?」これは初めて口に出すずッと若い人の言葉であった。

「そりゃ人をばかにしたもの、さ」と、天神さまも今度は笑いながら口出しをした。

「………」猫八もまた何か言ってみたくなったほど高座で受けるお客からの待遇に対する不平が浮んでいた。「そりゃア、わたくしから見ますと、つまらないことを嬉しがる見物人の事をばかにしているのでごぜいまして、たぶんその俳優の本人には同情していてくれてるのでげしょう、な――見物なんて、寄席のお客も同様でげすから」

「いったい、それは」と、高見さんは穏かな顔つきで初めて質問を出した、「作者が皮肉を言ってる作でしょうか――僕はさッぱり読んでいませんから、意見のあろうはずはないのですが、――今、聴いたところをもってみれば?」

「皮肉には違いないのですが」と、知識がおが切り口上で答えた、「こんな浅薄な程度の皮肉でも作者が満足できるかどうかが問題でしょう」

「そこだろう、ね」近眼は近眼らしくもなく案外にはきはきした言葉であった。「僕もこれは読んでいないが、いったい、あアいう連中の書いてる物はいずれも小器用には纒まってるが、少しも背景や深みがない」

「今、猫八君も言われたとおり」と、知識がおは続けた、「主人公に対する作者の同情は見えてるが、その同情の現わし方がきわめて薄ッぺらなのです」

「薄ッぺらでも生活背景がないことはない」これは主人の発言であった。「ただ薄ッぺらな背景しか持たせることのできない作者だと言えば言えるのだ。T君がこの作をわざわざ提議したのも、今夜出席していないからその真意は分らないけれども、たぶん、纒まってもいるし、またどこか物足りないしというようなところを疑問にして評議してみたかったのだろうと思われる」

「そりゃたぶんそうだろう」

「………」猫八にはバックとかハイケイとかが何のヘラだか分りませんと言って、皆を笑わしてみたかったが、自分の言ったことを問題に採用してもらったので鼻を高くして、まじめくさった顔で、「そうして、この小説はそれでお終いでげしょうか――何か別に落ちでも?」

「は、は、はア!」二三名がただ笑うだけであった。

「………」猫八には変なところでどッと来たものだと思われた。

「落語家じゃないよ」と、天神さまがまた入らざる口を出したと思われたが、猫八はすぐ自分の無学を冷かされたのだと分ったので、極りが悪いのをまた謝罪にまぎらせてしまった。

「へい、どうもすみません」

「小説には落ちなんかはないが」と、主人は言葉を改めた、「猫八なら落ちともみるだろうと思われることがこの小説を結んでいて、しかもそれがためにこの一篇を浅薄ながら生かしているのだ。深井は幕切れに大喝采を得て縫いぐるみの姿で得意そうに引上げる時、暗い書き割りのかげから『お父さん』と言って自分に飛びついたものがある。びッくりして見返ると、自分の子供が父のあまりばかばかしい役をしたのを子供ながら泣いているのであった。自分も今さらのごとく泣かざるを得なかった。そして『虎と人間の子とは暗い背景のかげでしばし泣き合った』というのです」

「最後のところはなかなか振ってる、ね」と、近眼は皆に向って言った。

「それがなければ全篇が引きたたないのをみても」と、知識がおもつけ加えた、「この小説があまりに心細い出来であることが分ると思いますが――?」

「そうだ、ね」主人は、もう肩が抜けたというような返事であった。「結局、そうたいした作ではない」

「………」猫八はそれでもこの最後の泣き合いの一件を聴くにいたってびッくり仰天をしたほどに目を見張ってみせた。これもやはりわざと誇張してみせた表情だとは自分ながら知らないでもなかったが、同時にわれ知らず、いつもは心の奥にのみ秘めていた物が顔にまで現われた気がしたというのは、自分の職業に対する悲しみと次男を第二の猫八にさせようかどうかという惑いとが一ときに誘いだされたからである。彼は自分の滑稽商売にも似合わぬ顔つきを人には見せたくないと努めているのだが、努めれば努めるほど顔その物が反対に言うことをきかなくなって、鏡にでも映してみれば、自分の顔がべそ掻き面になってるように思われた。が、もう、それを取り繕うことをしないで素直に、「いや感心いたしました」と、その小説が一座の作その物ででもあるかのように敬意を表した。「わたくしにも同じような悲哀がございまして、いかにも感心いたしました。けれども、もしわたくしにも、その、先生方のおしになる批評と申すのを一つ言わせていただきますと、その深井というのが自分の本意でない役を演じながら、それを子供に見せておいたのははなはだしい間違いだと思われますが――?」

「そりゃアどうでもえいことで、作者としては問題でない」

「ところが、わたくしにはどうでもいいわけに行かないのです」と、彼は自分もいよいよ討論会の仲間入りをでもしているかのごとく少し膝をにじりだして、天神さまの意見に反対するのであった。「わたくしにも子供がごぜいまして、総領と次男とは小学へ通ってますが、次男の十二になるのがわたくしの真似にかけちゃア天才で、わたくしが病気ででも席を欠勤いたしますと、お父アんの代りに行ってやろうなんて申します」

「は、はア」と、天神さまは感心したような、またばかにしたような笑い方をした。

「商売とは申しながら、たださえおやじがばかな真似をしておりますのに、わたくしはまた子供までばかにされたくないので、子供がおやじの出る寄席へ接近しないため、わざわざこんな不便な郊外にも住んでるのでげすから、な」

「そういう方の気分も多少は出ていないことはないが」と、主人は答えてくれた、「そこをばかり主とした作ではないから、これはこれでいいのでしょう」

「猫八君は自分の芸をあまりばかにしてはいませんか?」近眼がこう自分に質問した。

「むろん」ちょッと行き詰ったが、そう考えなおすまでもなかった。「そうよりしようがございませんから、な。いやしくも人間でありながら、虎の啼き声までして飯を喰わにゃアならないのでげすから」

「けれども」と、一方の言葉は続いた、「この作の主人公は君とは反対に、早く芸人になれるようにと子供をつねに劇場へ伴ってきているのでしょう」

「そんなおやじが世間には多いので困ります」猫八は少からず不平であった。芸人だッて人間だのに、この席の人間には自分に対する同情がないとみえた。こんなところにぐずぐずしていたッて、一文の御礼さえ貰えないんだろうからという気になって、心で、陶淵明の「帰んなん、いざ――いざ、帰んなん」を唱えた。この方が自分を潔くしたのだ。そして明けッ放してある二階のそとに夜がだんだんふけて行くにしたがって、子供の事とともに自分の畑の苗の事がまた一番心配になってきた。

Chapter 3 of 7
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