Kembali
死剣と生縄
Table of Contents
死剣と生縄
江見水蔭
Reading Settings
Ukuran font
18px
Tema
Terang
Gelap
Sepia
Pelindung mata
Spasi baris
Mode baca
Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 9 of 9

九

「着物を取上げたのは私です。腰の物から何から残らず私が隠したのよ」

お鉄は竜次郎と小虎とを手荒に引放して、其中間に立って怒吼り付けた。

小虎は吃驚して顫え出した。竜次郎はお鉄と知れては、口を利く事が出来なかった。蝦蟇に見込まれた蚊も同然で有った。

「這んな事が有るだろうと思って、お前さんが身支度をしている間に乾漢を走らして道筋々々へ、先廻りして、身内の者に網を張らして置いたのよ。然うして後から私も化け込んで、見え隠れに附けているとも知らず、此女とお前さんは道連れに成って仲好くして、縺れぬばかりに田圃路を歩きなすった。案山子まで見て嫉妬いていたじゃあないか」

お鉄の語る処では、此所の渡場を見張っていたのは、古い乾漢の阿法陀羅権次。博徒が本職の偽坊主で有った。

立木台下の農家が悉く二人に無情なのも、皆お鉄の声が掛ったからと分った。

「さあ、私の威勢は這んなものですよ。それだのにお前さんは、這んなめそっ子と道行をするんですか。濡れたん坊と裸では、余り粋じゃあ有りませんぜ」

盲目的、病的嫉妬に燃える一心には、理も情も通らぬので有った。

「いや、決して二人は、仲の好いの悪いのと、左様な間では御座らぬ」と竜次郎は弁解に掛った。

「おかみさん、どうか悪く思わないで下さいまし」と小虎からも言解きに掛った。

「えっ、お玉杓子が何を云うんだい。私という女ながらも大親分に、じかに口が利けるもんか。黙って引込んでいやあがれ」と、お鉄は突如小虎を突飛ばした。

転んだ小虎は古杭で、横腹を打って、顛倒した。それをお鉄は執念深くも、足蹴にして、痰唾まで吹掛けた。竜次郎はつくづく此お鉄の無智な圧迫に耐えられなく成った。この女と一緒にいては、迚も一生成功は見られぬと考えた。けれども今更如何する事も出来なかった。

「や、もう江戸行は止す。是から阿波へ帰る。其上で身の潔白を立てよう。兎に角、衣類を」と云った。

お鉄が喜んだ事は一通りでなかった。

「これ此通り。ちゃんと私が持っている。さあ風邪を引くと悪い。早くお着きなさいよ」

子供の湯上りに母親が衣類を着せるようにして着せ掛った。竜次郎が小刀を、下帯から抜いて、路傍に置いたのは勿論で有った。

それを倒れていた小虎が密と取った。抜くや、突然、お鉄の横腹へ突立てた。お鉄の悲鳴は唯一声であった。

「女の意地ですわ。私だって竹割り小虎。さあ旦那様、江戸までお供致しましょう」

血刀をお鉄の袖で拭いて、元の鞘に納めて返すので有った。

迚も一通りや二通りで、解決の着くべき問題では無かったのを、小虎の為に簡単に捌かれたので有った。竜次郎は唯只運命の奇なるに驚くのみで有った。

*      *      *

明治中期まで警視庁第一の捕物老刑事として名の高かった○○○○○氏こそは、この磯貝竜次郎の後身なので有った。其前の妻女は正しく小虎で有ったが、それは明治初年に病死したという。竜次郎が陣風斎から、八方巻雲の秘伝を授かったか如何か。それに就ては遺憾ながら伝わらぬ。

●図書カード

Chapter 9 of 9
|