Kembali
脳細胞日記
Table of Contents
脳細胞日記
太田健一
Reading Settings
Ukuran font
18px
Tema
Terang
Gelap
Sepia
Pelindung mata
Spasi baris
Mode baca
Terjemahan Pagera AI
Asli Public Domain
Chapter 5 of 6

七月一日(土)

推定脳細胞総数 149億3880万個

新宿通りに出てパチンコ屋の隣の〈トウェニーワン〉でモーニングセットの朝食を済ませた後、隼人は一旦アパートに戻ってウーロン茶でいっぱいにした水筒とハンディーカムCCD―V50を持つと留守番電話を伝言機能にしてメッセージを録音し、麹町駅へ急いだ。

有楽町線に乗って小竹向原で下車し、小走りで無線室へ急ぐ。無線室に入るとすぐに8ミリビデオの編集に取りかかり、二時間もすると完成した。昨夜改良したボードを無線機に埋め込みパソコンの電源を入れる。CRTディスプレイにうつし出されたプログラム“KAIZOKU$9”のメインルーチンを修正し、改良したボードとのインターフェイスを調整した。これでおそらくこの前のときよりは良好な感度で送信できるはずだと隼人は思った。

RUNのファンクション・キーを入力するとTV―360に『今僕は君に語りかける』のテロップが鮮やかにうつる。無線機のVOXスイッチを押し、深呼吸してから話し始める。

「今僕は君に語りかける。どうか心の一番奥にある真摯な耳を僕の話のために傾けてほしい。君は覚えているだろうか。透明な糸に関するパラダイムについて、君は一体どう受けとめているのだろうか……。われわれは今、恐るべき思想到来の危機に瀕している。真の意味でのイデオロギーの終焉が今まさに訪れようとしているのだ。あらゆる思想の究極に到達したこの最後の唯物主義は、もはや人間から哲学する自由を奪い、ひたすら自らを信奉し、自らに隷属することを強要する。それはサイバネティックスと呼ばれる一連の機械論的還元主義だ。大宇宙の一切は四つの軸を持った座標で表現できる。この四つの軸とは即ちx軸、y軸、z軸、そして時間を表現するt軸のことだ。最後のt軸は時間というものが不連続であるという事実に対応させるため、実線ではなく点線で表現されなければならない。時間が不連続でなければアキレスは遂に亀を追い越すことはできず、弓から放たれた矢は永遠に的に当たることがない。また残りの三つの軸は有限で、そしてt軸が未来へ向かうほどこの三つの軸の限界は拡張する。これはビックバーン以降、大宇宙のリーマン空間が膨張している事実に対応している。大宇宙における一切の事象はこの四つの軸からなる座標で表現し得るのである。ところでデカルトが二次元座標を用いて幾何学を代数的に処理したように、サイバネティックスはこの四つの軸からなる座標を1と0の二進数で描写してしまう。この世の中には1と0以外何も存在していない。人間も魂も精神も愛も信仰も祈りも……一切は1と0に還元されるというのだ。感情にせよ知覚にせよ思考にせよ人間のあらゆる意識は脳細胞のシナプス一つ一つの運動として捉えることができる。更にこれはシナプスを構成する原子一つ一つの運動として四つの軸の座標系に置換でき、最終的には1と0の膨大な配列として表現され得る。例えば今僕が語っている内容もすべて1と0の順列で言いつくされてしまうのだ。物理学者は決定論を証明するために物体の運動を数学的に把握しようとする。僕が今ここでこうしていることも僕が今頭の中で考えていることも、すべてビックバーン以降の原子の力学的運動として運命づけられていることを、そして僕という主体的人格が存在しないことを彼らは証明しようとしているのだ。行動心理学者はこの世界を強化子に満ちた巨大なスキナーボックスと仮定し、われわれの一切の行動や思考はただ単にオペラント条件付けされた条件反射に過ぎないと主張する。分子生物学者は人間のDNAに秘められたゲノムの情報を解読しようと躍起になっている。人間のDNAは約三十億個の塩基配列から成り、この塩基はアデニン、チミン、グアニン、シトシンの四種類がある。つまり人間のアイデンティティーは四の三十億乗通りしかあり得ないのだと彼らは説く。情報処理学者たちはAIやニューロコンピュータやファジー理論を駆使して人間の意識をコンピュータでシミュレートしようと試みる。経済学者は人間が物質であることを最初に唱えた人種だ。ある外的要因によって人間がどのように消費行動するかを彼らは研究する。だが僕が言いたいのはこうしたサイバネティックスの思想が宇宙を蝕み始めた現代において、たった一つだけ人間を1と0から解放し、再び尊厳を持った人間を回復させる救済の可能性があるということだ。今日機械論的還元主義から人間を救うもの、それは自由意志だ。僕の考えでは宇宙は四つの元素から構成されている。1と0と素粒子と自由意志の四つだ。素粒子は存在そのものを示す元素であり、1と0は素粒子の状態を表す。そして最後の自由意志は物質には還元され得ないもう一つの体系に……」

浩が部屋に入ると珍しくにぎやかで、昨日会った春彦をはじめ春彦と同期の良子と俊文が来ていた。良子は仏文学科の大学院に進学し、俊文は大手の都銀に就職している。

「これは久しぶりですねえ」浩が言った。

「こんにちは」良子が言った。「みんな元気してる?」

「ええ」

「今日はどこでOB会やるんだい」春彦が尋ねた。

「〈ケーブルカー〉で予約しときました」

「それって〈村さ来〉の隣のカフェバーだったわよねえ」

「そうですよ」

「あそこはカラオケがあるんだ」春彦が言った。「俺は一度マイクを握ると離さない方だからなあ」

三人が楽しく歓談している一方、俊文は一人部屋の隅で『ヤングジャンプ』を黙々と読み耽っていた。

「岸田先輩」浩が言った。「銀行っていそがしいですか」

「まあまあだよ」俊文は言った。「俺は融資係に配属されてんだけど、残業はここが一番多いね」

「なるほど」

「まあ佐川も今から就職のことを考えて何か準備しといた方がいいぞ。英検だとか情報処理だとか、とにかく資格を取っとくと有利だな。体育会と違って、演劇サークルなんて就職はただでさえ不利なんだから」

浩は無言のまま吐息を漏らした。大学に入学して以来、浩は“就職”という言葉に生理的な強い嫌悪感を覚えていた。小学校の頃から親に無理矢理塾に通わされ、中学、高校、大学と節目ごとにそれぞれの一流校を目指して受験勉強を強いられてきた自分が、大学に入ってまで何故また同じような競争社会のゼロサムゲームに興じなければならないのか、もっと自分のやりたいことだけをやればいいのではないかという反抗心が浩にはあった。大学を出たら人並みに背広を着て会社に通勤し、人並みに結婚して家庭を持つといった固定されたうんざりする線路のようなものを、浩は根本的に破壊したかった。浩がアングラ芝居の魅力にとりつかれ時間の大半をそこに費やすようになったのも、自己満足でしかない拙い表現でさえ容認されるその種の演劇を通して自我や個性を最も強く確認できたからだ。いいところへ就職するために一つでも多くAを取ろうとあくせく勉強したり、資格を身に付けるため大学をさぼっても専門学校へ通う多くの友人たちを見て浩は内心軽蔑していた。だがそれにもかかわらず自分も大学を出たら結局は人並みに就職するしかないのだと漠然と意識していたので、できるだけ先のことは考えまいと心に決めてこれまで学生生活を送ってきた。それが俊文の話で痛いところを突かれたような気がして浩は少々戸惑った。

春彦は立ち上がり、部屋のテレビをつけてみた。チャンネルをぐるぐる回してみたがどこも同じように背広姿の群衆が朝の丸の内のオフィス街に通勤する光景がうつる。

「これまだやってるのか」春彦が言った。「家を出る前ずっと見てたんだけど、朝からやってるものな」

「これっておとといの海賊放送と関係があるのかしら。あたし、この前の海賊放送なら全部見たわ」

……君にも見えるだろうか。今テレビには透明な糸を生やした人間たちがうつっているはずだ。残念ながらオーラがほとんど発散していない今の僕には透明な糸が見えない。だがあるいは君には見えるかもしれない。いや、君には見えるはずだ。僕は今君がテレビの画面の中に無数の透明な糸を見て戦慄していることを信じたい。今僕は君に語りかける。透明な糸に立ち向かう方法は一つしかない。それは自由意志だ。自分は絶対に自分の意志のみで行動し、思索するのだという明確な自意識が自由意志の源泉に他ならない。以前僕にも透明な糸が生えかけたことがある。そのとき僕は自分の自由意志を最大限に働かせた。自分は絶対にグリーンの手先などになるものかという祈りが、最後には結局自分を救うことになったのだ。自由意志とは本当の自分の意志のことだ。自分が本当に望んでいるものは何なのか。自分では自分のことなどすっかり分っているつもりでいながら、しかしつきつめて考えてみると案外自分が何を望んでいるのか分らなくなってしまうことが多い。サイバネティックスは1と0で大宇宙を四次元的に描写する決定論だ。われわれが呼吸をしていることも、気まぐれに首をかしげてみることも、サイバネティックスは1と0の膨大な配列で最初から予言してしまう。だがいかに量子力学が発達し、現在のような蓋然的アプローチで統計的に物と物との関係を把握するのではなく、古典力学のように必然的アプローチで一切を認識できるようになったとしても、それだけでは説明されつくせないものがある。物理学がいかに発達しても最後まで解明不可能な何か。つまり物質に最後まで還元され得ない何か。それが自由意志なのだ……。

自動販売機でジュースを買って来ようと思い、浩がふと立ち上がって部室を出ようとすると俊文に呼び止められ、ペプシコーラをついでに買って来てほしいと言って百円玉を渡された。浩は春彦と良子にジュースはいらないかどうか尋ねたが二人ともいらないと答えたのでそのまま部室を後にした。

陽子たちは四谷の録音スタジオを貸し切りで明日のコンサートに向けて朝から練習に励んでいた。曲が一通り終わると十五分休憩にした。録音スタジオの休憩室は赤い壁で囲まれていて窓がなく、自動販売機とテレビと長椅子以外ほとんど何もない殺風景な部屋だった。ほこりをかぶった二本の蛍光灯が弱々しく灯っているばかりで薄暗く、やたら煙草の臭いが鼻につくので陽子は映画でよく見る中国のアヘン窟を連想した。部屋には窓があるべきだ、窓がないとどうも落ち着かないと陽子は思った。ビルの地下にある飲食店などには窓がなく、営業中はいつも電灯が灯っているのはそれを消したら真暗になってしまうからだ。しかしどんなに電灯が明るくてもどこか暗い感じは完全にはぬぐい去れない。やはり窓から差し込む日の光でなければだめなのだ。

「ねえ勝美」亜理沙が煙草をくゆらせながら言った。「この店の隣に確か面白いカフェバーがあるでしょう」

「うん」勝美はうなずいた。「〈BUBBLES BUBBLES〉のことでしょう。昔浩がバイトしてたんで知ってるの」

「そこってさあ、創作料理を食べさせるんでしょう」

「そうよ。浩もバイトしてたときに一つ発明したのよ。確か納豆とジャムを半々にしてカナッペの上にのっけるやつ」

「ふうん、でもそれってちょっとまずいんじゃない?」

「そうでもないわ。あたし一度食べたことあるけど、結構いいと思うよ。今でもまだメニューに生き残ってるぐらいだから、わりと傑作だったんじゃない。あの店って人気のないメニューをどんどん削っちゃって、新しいのと取り替える仕組みになってるの」

陽子は一人話題に加わらず、長椅子の側にみつけたマガジンラックから週刊誌を取り出すとパラパラと無作為にページを繰っていく。ふと大きな目立つ活字で『近頃の女子大生ときたら……オジサンまいっちゃう』と書かれたルポを見出し、興味を覚えて読んでいく。読んでいくにしたがって怒りに近い感情が湧いてくる。ルポの内容は最近の女子大生は貞操観念がないとか、結婚相手を選ぶときは第一に経済力を重視するとか、高度経済成長期に生まれただけあって胸の発育がいいとか、言葉遣いが悪く社会常識がないとかいった何度も聞いたことがあるようなありふれたものばかりで退屈だった。今の女子大生はやたら遊び歩いているばかりで勉強しないという文章を目にしたとき、陽子は思わずこのルポを書いた人間の頬を張りたい衝動にかられた。大学では理工学部を除けば女子学生の方が男子学生よりも成績がいい。それに学生運動に明け暮れていた一昔前の学生より、今の学生の方がまだ大学を学問をする場所にさせているのではないだろうか。少なくとも大学院に進学したり、司法試験や公認会計士試験や公務員試験を受験しようとする学生は文句なく勉強している。陽子はそう思い腹立たしかった。だがそれよりも頭にきたのはルポの書き方が女子大生という集合単位ですべてを割り切ろうとしていたことだった。自分は亜理沙とも勝美とも違う一個の人間のはずだ。その自分がこんな風に女子大生という集合の中で一緒くたにされてみんな同じだと見なされてはたまったものではない。それに自分のことはこのルポの記者よりも自分の方がよく分っているはずだし、一段高いところから眺め下ろすように他人のことを勝手に分類し、勝手に単純な図式にあてはめてしまうのは傲慢にもほどがある。陽子はマガジンラックに週刊誌を投げ捨てた。気がつくと勝美たちは部屋に備え付けのテレビを見ていた。画面には山手線の車内がうつっている。

……人類の歴史、それは欲望と惰性が推進させた歴史だ。人類は自らの物的快楽を満たすために文明を発達させた。何故人類は社会を作ったのか。それはその方がより大きな物的快楽を手に入れることができるからだ。一人で自給自足するより多くの人間が分業で生産した方が効率が上がる。そして生産性の向上はより大きな物的快楽の獲得につながる。何故近代に入って政治形態は封建主義から民主主義に移行したのか。人間の法的平等が正義の理念にかなっているから民主主義が選ばれたのだろうか。そうではない。民主主義はただ単に資本主義的な経済体制を社会に確立するのに都合がよかったから選ばれただけなのだ。では資本主義は何故選ばれたのか。それはその方が生産性が上がるからだ。生産性が上がれば社会全体の物的快楽はより大きなものとなる。即ち、人類は理念のためでなく、ただ物的快楽を追求するために、ただそれだけのために民主主義社会を作り上げたのだ。歴史を動かすものは正義ではない。マルクスの予言ははずれ、資本主義社会の後に共産主義社会は到来しなかった。これは何故か。資本主義社会の方がより大きな経済成長が期待できるからだ。そして経済成長がまたしても物的快楽に通じている。われわれの二十一世紀はどこへ行くのだろうか。われわれの乗った船には舵がない。われわれはテクノロジーを発達させ、スペースシャトルに乗って月へ行くことも可能にした。だがわれわれは決して自分の意志で文明を発達させてはいないのだ。われわれは何者かの見えざる力によって歴史をある方向へ動かすよう仕向けられている。何故だ。何故君は気づかないのだ。邪悪な力がわれわれを破滅へ導こうとしていることを。人類は核兵器を発明した。それが人類全体にどういう意味を持つのか考えることなしに、ただ歴史の流れに乗って惰性的に発明してしまったのだ。そしてわれわれはこの発明品を十分に管理する能力を持っていない。われわれが自らを絶滅させるためにこの発明品を使用することは絶対ないとどうして言えるのか。われわれは惰性によってのみ行動する。もし惰性が核兵器の引き金を引く指に力を入れさせるとしたら、われわれは何の考慮も反抗もなく破滅に到る方向へ身を委ねるだろう。だが何故君は気づかないのだ。これこそグリーンの思うつぼではないか。透明な糸はわれわれを生きることに対して無気力、無関心にし、日常の惰性に従順にさせてしまう。僕は今君に語りかける。そして僕は君を、全人類を、二十世紀を糾弾する……。

「そろそろ行かない?」陽子は腕時計を見ながら立ち上がった。「もっと練習しなきゃ明日が大変よ」

「もう休憩終わりかあ」亜理沙は大儀そうに立ち上がってテレビを消した。「もうちょっと休んでいたいのになあ」

勝美は大きく伸びをしてしぶしぶ立ち上がり、無言のまま陽子と亜理沙の後について休憩室を出た。

隼人は水筒の蓋をはずしウーロン茶を注いだ。長い間しゃべり続けたので喉の奥が燃えるように痛い。唇をなめるとカサカサに乾燥しているのが分る。蓋に口をつけ、一息にゴクッとウーロン茶を飲み込むと冷たい液体が喉から胸を下りていく。

「グリーンは他の天体から人類を征服するためにやって来た邪悪な異星人であるが、グリーンという名称そのものが個体に対する名称なのか、種族全体に対する名称なのかよく分らない。グリーンは緑色の皮膚をした小人だ。僕は一度だけグリーンを見たことがある。グリーンが緑色の皮膚をしているのは葉緑素が入っているためと思われる。グリーンは草食でも肉食でもなく光合成をして生きている奇妙な生き物なのだ。おそらくは植物から直接進化して生まれた種なのだろう。僕は最近グリーンという種族がグリーンという個体と同一なのではないかと考えている。つまりグリーンという生物はひょっとしたらこの世にたった一匹しかいないかもしれないわけだ。今僕は君に語りかける。あらゆる生物に共通する存在理由は種の永続的保存だ。生物の個体は種のホメオスタシスのために生存する。有限の生命を有する個体は種を保存するためにどうしても生殖能力が必要であり、個体の死亡率が高い生物ほど長期的視野からの種の数量を一定に保つために高い繁殖率が必要となってくる。しかるにグリーンは無限の生命を有し、個体の死亡率がゼロに等しい究極の生物であるため、子孫を産む必要性がないのである。ではこの究極の生物とは一体どういう意味なのか。僕はさっきグリーンが他の天体からやって来た異星人だと言ったが、グリーンの本当の正体は更にわれわれの想像を絶する存在なのかもしれない。エントロピーの意識体。負の神。マイナスの存在者、これが真のグリーンの定義かもしれない。もしそうだとすれば今まで僕が説いてきた汎神論的一元論では宇宙は説明できなくなる。そこでグノーシス主義的二元論が……」

するとTV―360の画面が乱れ受信状態が悪化したので隼人は慌ててツマミを回して画像を調整した。ウーロン茶を一杯飲んでから再びマイクに向かってしゃべり始める。

「僕は今君に語りかける。僕は現在のところグリーンと交感できる地球で唯一の人間だ。グリーンとの交感は透明な糸と同様、バイオリズムの周期に従うオーラの発散量に関係しているらしい。グリーンは僕の脳細胞に直接テレパシーを送ってくる。これがグリーンとの交感だ。だから本当のところグリーンが真に存在するかどうかは、この僕が狂っていないのかどうかにかかっている。僕は今まで君に長い間透明な糸について語ってきた。だが今ここでこうして君に語りかけている最中にも、僕は常にある強い懐疑に苛まれているのだ。果して自分は狂っているのだろうか……。いや、そんなことはあり得ない。断言しよう。もし僕と君のどちらかが狂っていなければならないとしたら、狂っているのは君の方だ」

劇団“同時代”のOB会は四谷には珍しいカフェバーの〈ケーブルカー〉で開かれた。浩がボトルキープしておいたウイスキーはすぐなくなり新しく注文しなくてはならなかった。ウイスキーを飲みながらサンドイッチを食べるのは何となく不自然な組み合わせだったが、浩はこの不自然な組み合わせがすっかり気に入って店の常連になっていた。

一時間もすると一次会は終わり、後に残った春彦と良子と浩と政雄の四人が〈駒忠〉で二次会を開くことになった。

店に入るとサラリーマンや学生の客で混んでいたが、入口の手前のテーブルに案内され狭いながらどうにか四人分の席を確保した。「西村は相変わらずナンパばかりやってるのかな」春彦が言った。「芝居の方はちっともやらないくせに」

「ひどいなあ、先輩は」政雄は口をとがらせるようにして言った。「今度初舞台を踏むんですよ」

「なあ西村」浩が言った。「先輩にあの話をしてみろよ」

「何の話なの?」良子が言った。

政雄は女性の前ではこういうことは話しにくいんですよと良子に前置きしてから話し始めた。半年前政雄が丸ノ内線の茗荷谷駅にある男女共用トイレに入ったところ、壁に『あたしと××××したい人へ』という落書きが電話番号と並べて書かれてあったのでそれをメモして実際に電話し、結局それがきっかけで今でも彼女とつき合っているが、彼女は爪を切らないという唯一の欠点を除けば「滅茶苦茶いい女」だと政雄は言った。政雄は得意気に立ち上がって後ろを向き、「あれをやる」とき思い切り抱きしめてくるので背中が痛くてやりきれないと言いながら、シャツをめくって女の爪跡が残った背中を見せた。良子は恥ずかしそうにうつむいて聞きたくないという顔をした。浩はふと店のテレビに目をやると新宿のアルタ前広場がうつっていた。

……万物の根源は何かという問いに対し古代ギリシャの賢人たちは様々な見解を示した。ある者は水が万物の根源だと唱え、ある者は火が万物の根源だと唱えた。この賢人たちのうちの一人だった数学者ピタゴラスは数が万物の根源であるとし、この思想はニュートンの物理学に継承された。数は大宇宙の秩序あるシステムを構成させるための不可視な暗合であると言ってよい。サイバネティックスの1と0も数だ。数は存在ではなく存在しているものの状態を描写する。そして宇宙の一切は数によって表現され得るのだ。円周率、自然対数、黄金分割、フィボナッチ定数……。どれを取ってもこれは一つの暗号に他ならない。僕は自分の脳細胞の数を半年前に電卓で計算してみた。二十歳の誕生日までは百五十億個あったと仮定すると、およそ概算で百四十九億五千七百六十万個残っていた。つまり約四千二百六十万個が失われていたことになる。この四、二、六という数字並びを記憶しておいてほしい。僕がはじめてグリーンと交感したのが一九七七年八月二日だ。ところで一九七七年の一、九、七、七という数字をすべてたすと二十四になる。そして八月二日の八と二をたすと十になる。更に二十四と十を掛け合わせると二百四十になる。これを先ほどの四、二、六つまり四百二十六に加えると六百六十六になる。僕はこの計算をしたとき思わず驚愕した。ヨハネの黙示録に登場する六百六十六という獣の数字の意味が明らかになったのだ。これは多分僕という個人に大宇宙のシステムが送った何らかのメッセージに違いない。一九七七年八月二日、この日僕ははじめてグリーンの存在を知った。僕はまだ小学生だった。あの夜僕は両親と一緒に佐渡行きのジェットホイルに乗っていた。海は恐ろしいほど荒れていた。一九七七年八月二日、告白しよう。僕はその日はじめてマスターベーションを覚えた……。

「一体、どこの馬鹿の仕業なんだろう」春彦が言った。

「でもさあ、あたしよくテレビを見てこういうこと考えるの。国会中継なんて番組あるじゃない。ああいうので大臣が真面目な顔して演説してるけど……突然ニッコリ笑って今のはみんなドラマでしたって言い出すんじゃないかって」

「一番ヶ瀬が似たような話をこの前してましたよ」浩が言った。「世界中の人間が寄ってたかって自分を騙していたとしても、自分はそれに絶対気づかないって」

政雄は日本酒の飲み過ぎでいびきをかきながらだらしなく眠っていた。

録音スタジオから自宅の“SFしてる”部屋に戻ると陽子は全身の力を弛緩させて絨毯に寝そべりながらCDでジャン・ミッシェル・ジャールの『ズールック』を聴いた。何気なくテレビのスイッチをひねるとエスカレーターとイルミネーションが巨大な鏡の中に無限に繰り返されている。

……いよいよ僕の話も最後だ。僕が一体誰なのか君は想像できるだろうか。僕は明日から再び透明な糸を生やした大多数の人間どもの中に埋没する。自動販売機で売っている一本のコカコーラが僕だと思ってくれれば間違いない。顔や体形やその他諸々のとるに足らない、言ってみれば製造番号のようなものでかろうじて他と区別できる以外、外見にせよ中身にせよ何の個性も持たないコピーされたコカコーラ。これが僕の正体だ。今僕は君に語りかける。僕は半日かけて心の奥底から血だらけの叫びを続けてきた。だが果して君は本当に僕の話を分ってくれただろうか。自分のやっていることが自己満足に近い悪あがきでしかないことは最初から分っている。そんなことぐらい分っているんだ。だが何故君は心を開こうとしないのか。心を開くことが、自分を変えてしまうかもしれない魂の対話に身を投げ入れることがどうしてそんなに恐いのか。君は勇気を持たなくてはならない。たとえ世界中の人間を敵に回すようなことになろうとも、己の正しいと信じる道を邁進する強靭な勇気が君には必要だ。この勇気こそ僕の言う自由意志なんだ。何故だ。何故君は距離をおいてしか僕の話を聞こうとしない。僕がこんなに命がけでメッセージを送っているのに君は何故心の奥底から僕の話を聞こうとしないのか。僕の話を聞くには聞くが、自分は常に安全な場所にいて僕の話を批判したり時には茶化したり……何故君はそんな卑怯なことばかりやるんだ。君は卑怯者だ。これが単なる自分に関係ない海賊放送だと思いやがって。僕は他でもない君に語りかけているんじゃないか。そう、君だ。君なんだ。僕はさっきから実は君一人のために話してるんだ。今僕は君に語りかける。これが僕の正体だ。テレビの画面をよく見ていてほしい……。

テレビの画面には鏡で無限にコピーされた8ミリビデオカメラを構えた男がうつし出される。陽子はふとその男がどこか隼人に似ていることに気づき、身を乗り出して目を凝らした。すると画面は突然空チャンネルの状態になり、しばらくすると臨時ニュースになった。臨時ニュースのアナウンサーはさっきまで続いた海賊放送はおとといのものと手口が似ていることから、警察は同一人物の犯行と見て捜査を進めているということを告げた。陽子はテレビを消し、ふと浮かんだ自分の馬鹿馬鹿しい胸さわぎを晴らすため隼人に電話をかけてみた。留守番電話が作動し、隼人の低い声が聞こえてくる。

「一番ヶ瀬です。本日外出しておりますので大変申し訳ありませんが、明日以降おかけ直し下さい。なお、この電話はただ今伝言機能を使用しておりますので、このメッセージの後信号音も鳴らなければご用件を録音することもできません。あしからず」

メッセージはここで終わっていた。陽子は受話器を戻さずにそのまま何気なく佇んでいた。すると妙なことに再びメッセージが聞こえてくる。

「君が誰なのか僕は知らない。しかし普通だったらもうとっくに電話を切っているはずだ。ずっと待っていたところから察するとよほど重要な用件があるんだろうが、残念ながら今日はどうしても君とコミュニケートすることができない。今僕がどこで何をしているのか君は想像できるだろうか。僕は君だけに本当のことを教えよう。今僕は君に語りかける」

陽子は思わず叩きつけるように受話器を置いた。体が小刻みに震え出す。どうしてよ。どうしてあんなことをしたの。自分と別れたことが原因で隼人は海賊放送を思いついたのではないかという考えが頭にとりつき、何でも自分のせいにしてしまうのは損な性格だと言い聞かせてもなお、苦く陰鬱な気分が浸透してくるのを陽子は抑制できなかった。陽子はふと光江のことを思い出した。あのときも自分のせいではないと頭では分っていながら数週間は罪悪感めいた嫌な感情に絶えず襲われたものだった。

光江は陽子の幼馴染で小学校から高校までずっと一緒だったが光江の方は大学受験に失敗し、高校を出ると予備校に通うようになった。陽子は今まで通り光江の家へしばしば遊びに行っては気に入ったロックのカセットテープを貸したり何時間もとりとめもなくだべったりしたものだったが、既に受験勉強から解放され自由にキャンパスライフを楽しんでいる陽子への嫉妬からか、光江は陽子をどことなく嫌う素振りをするようになった。少なくとも陽子にはそう思えた。今年に入って光江はまたしても受験に失敗した。二浪が決まった日、陽子は数人の友達と元気づけるために光江の家へ行った。その日の彼女は意外なことにわりと明るかったのを陽子は記憶している。陽子はキング・クリムゾンの『太陽の戦慄』をダビングしたテープを光江に貸した。ところがそれから一週間後、光江は自分の部屋で首を吊って自殺した。友人の話によると遺書らしいものは発見されなかったが、遺体が発見されたとき部屋にはラジカセがボリュームいっぱいにかけてあったらしい。そしてそのときラジカセの中に入っていたのが陽子の貸したテープだった。陽子はあんな神経を逆撫でするような緊迫した曲を、ただでさえ情緒が不安定なときの光江に聴かせたのがいけなかったのではないかと自分を責めた。後になって、光江の自殺の原因が予備校で知り合った男の友人との仲がうまくいかなくなったことに関係があったと分ったときも、陽子は自分を責め続けた。

Chapter 5 of 6
|