第九 虚栄の市
四月のある日、メグはじぶんの部屋で、いもうとたちにかこまれながら、トランクに荷物をつめこんでいました。おかあさんは、娘たちが年ごろになったら与えようと考えて、むかしのはなやかだった時代の記念品のしまってある杉箱を開けて、絹の靴下と、きれいな彫刻のある扇子と、かわいい青いかざり帯を下さいました。
あくる日は、うららかな天気で、メグはたのしい二週間の遠出に家を出ました。上流のマフォット家の客になりにいくのです。おかあさんは、あまりこの訪問をよろこびませんでしたが、メグが熱心に頼むし、サリイがよく面倒を見ると約束してくれたので、冬の間よくはたらいたごほうびの意味で許したので、メグは、上流社会の生活を味わう第一歩をふみ出したのであります。
マフォット家に客となってみると、メグはそのすばらしい家や、そこに住む人々の上品さに、気をのまれてしまいました。その生活は、軽薄でしたが、みんなが親切でしたから、らくな気持になりました。すばらしいごちそうをたべ、りっぱな馬車で乗りまわし、上等な服を着かざって、なにもせずに遊び暮すことは、たしかに、たのしいことでした。それはメグの趣味にかない、メグはその家の人たちの、会話や態度や服の着こなしや、髪のちぢらしかたなどを、まねしようと努めました。そして、金持の家の暮しのゆたかさにくらべると、貧乏なわが家の暮しが、いかにも味気なく不幸に見えて来ました。
メグは、マフォット家の、三人のわかいおじょうさんたちの気にいって、散歩、乗馬、訪問、芝居やオペラ見物、夜会など、いつもいっしょに、たのしい時間をすごしました。そして、ベルには婚約者があることがわかりましたが、メグはそれに興味をもち、ロマンチックなことに思えました。
マフォット氏は、ふとった老紳士で、メグのおとうさんを知っていました。マフォット夫人も、やはりふとった婦人で、メグをかわいがってくれ、「ひな菊さん」という名で、よんでくれました。
いよいよ、夜会があるという日、三人はみんなすばらしい服を着て、はしゃいでいるのに、メグはじぶんのポプリンの服のみすぼらしさに心がおもくなりました。それでも、服のことなど、なんとも思っていないように、三人は親切にメグにむかって、髪をゆってあげようとか、かざり帯をしめてあげようとかいいましたが、メグはその親切のなかに、じぶんの貧しさへのあわれをみてとり、いっそう心は重くなるのでした。
そこへ、女中が花のはいっている箱をもって来ました。アンニイが、
「ジョージから、ベルへ来たんだわ。」と、いいましたが、女中は、手紙をさしだしながら、
「マーチさんへと、使いの者が申しました。」と、いいました。
「まあ、すてき。どなたから? あなたに恋人があるとは知らなかったわ。」
みんなは、強い好奇心をいだきました。
「手紙は母から、花はローリイからですわ。」
「まあ、そうなの。」と、アンニイは、みょうな表情でいいました。
母からの手紙は、みじかいけれど、よい教訓でした。メグはポケットにしまいました。また、花はしずんだ気持をひきたててくれました。その幸福な気持で、メグは、しだとばらをわずかとって、あとは気前よくわけましたので、メグのやさしさに心ひかれたようでした。メグが、みどりのしだを髪にさし、ばらの花を胸にさしたので、服はそのためにいくらかひきたって見えました。
メグは、その夜、心ゆくまでダンスをしました。みんなが親切にしてくれ、歌をうたえばいい声だとほめ、リンカーン少佐は、あの目の美しい令嬢はどなたと尋ねましたし、マフォット氏は、メグの身体にばねみたいなものがある、ぜひメグとダンスするといいました。
こうしてたのしくしていたのに、温室のなかに腰かけて、ダンスの相手がアイスクリームを持って来てくれるのを待っていたとき、うしろで話す話し声をふと聞いて、メグは気分をこわされました。
「いくつぐらいでしょう?」
「十七八かしら、」
「あの娘たちのうちの一人が、そういうことに、なったらたいしたものですよ。サリイがいってましたが、あの人たちは、このごろとても親しくしていて、それに、あの老人は娘たちに、まるで夢中になっているんですって。」
「それやマーチ夫人の計略ですよ。娘のほうではそんな気はなさそうだけど、」
そういったのは、マフォット夫人でした。
「あの子ったら、おかあさんからだなんてうそついて、花がとどいたら顔をあかくしたわ。いい服さえ着せたら、きれいになるでしょうに。木曜日にドレス貸してあげようといったら、あの子、気をわるくするかしら?」
「あの子、自尊心は強いけれど、モスリンのひどい服しかないのだから、気をわるくはしないでしょう。それに今晩の服をやぶくかもしれないから、貸してあげる口実になるわ。」
「そうねえ。あたしローレンスをよんで、あの子をよろこばしてあげましょう。そして、後で、からかってあげましょう。」
そこへ、ダンスの相手がもどって来ました。メグは、今のうわさ話に怒りをもやし、すぐにも家へ帰って、おかあさんに心の痛みを訴えたくなりました。
けれど、メグの自尊心は、むろんそのことをさせるわけもなく、できるだけ、ほがらかにふるまったので、だれもメグの努力に気づきませんでした。
夜会がおわると、メグはほっとしました。ベットのなかで考えていると、ほてったほおに、涙が流れました。あのおろかなうわさ話は、メグに新らしい世界を開いてくれ、古い平和の世界を根こそぎみだしてしまいました。あわれなメグは、ねぐるしい一夜をあかし、おもいまぶたの、いやな気分で床をはなれました。
その朝は、だれもぼんやりしていました。娘たちが編物をはじめる気力が出たときには、もうおひるでした。メグは、みんなが好奇心で、じぶんのことを気にしていることを知りましたが、ベルが手をやめて感傷的ないいかたで、こういったので、なにもかもわかりました。
「ねえ、ひな菊さん、木曜日の会に、あなたのお友だちのローレンスさんに招待状を出しましたの。あたしたち、お近づきになりたいし、それに、あなたに対する敬意ですからね。」
「御親切にありがとうございます。でも、あのかた、いらっしゃらないでしょう。七十に近い、お年よりですもの。」
「まあ、ずるい、あたしのいうのは、わかいかたのほうよ。」と、ベルは笑いました。
「わかいかたって、いらっしゃいませんわ。ローリイなら、ローリイなら、まだ子供で、いもうとのジョウくらいでしょう。あたしはこの八月で十七ですもの。」
「あんなりっぱな花をおくって下すって、ほんとにいい方ね。」と、アンニイが、意味ありげにいいました。
「ええ、いつでも下さるの。あたしの家のみんなに。あのかたの家に、いっぱい花があるし、あたしの家ではみんなが花がすきだからです。母とローレンスさんとはお友だちでしょう。だから、あたしたち子供同志も遊びますの。」
メグは、この話を、うちきってくれればいいと思いました。
「ひな菊さんは、まだ世間のことにうといのね。」と、クララはうなずきながら、ベルにむかっていいました。
「まるで、まだあかちゃんね。」と、ベルは肩をすぼめました。
そのとき、マフォット夫人が、レースのついた絹の服を着てはいって来ました。
「あたし、これから娘たちのものを、もとめにまいりますが、みなさん御用はありませんか?」
「ございませんわ、おばさま、ありがとう。あたしは木曜日には、あたらしいピンクの絹のを着ますし。」と、サリイがいいました。
「あなた、なにお召しになるの?」と、メグにサリイが尋ねました。
「昨夜の白いのを来ますわ。ひどくさけましたが、もしうまくなおせましたら。」
「どうして、かわりを家へとりにおやりにならないの?」と、気のきかないサリイがいいました。
「かわりなんか、あたしありませんわ。」
やっとメグがいったのに、サリイは人のよさそうな、びっくりしたふうで、
「あれっきり、まあ、」と、いいかけましたが、ベルは頭をふって、サリイの言葉をさえぎってやさしくいいました。
「ちっともおかしくないわ。まだ社交界に出ていないのに、たくさんドレスこしらえておく必要ないわ。ひな菊さん、いく枚あっても、お家へとりにいかせなくてもいいわ。あたしの小さくなった、かわいい青色の絹のが、しまってありますから、あれを着てちょうだいな。」
「ありがとうございます。でも、あたしみたいな子供には、この前のでたくさんですわ。」
「そんなことおっしゃらないで、あなたをきれいにしてみたいの。だれにも見せないように仕度してシンデレラ姫みたいに、ふたりでふいに出ていって、みんなをおどろかしたいの。」と、ベルは笑いながら、けれど、あたたかい気持ですすめるので、メグもそれをこばむことはできませんでした。
木曜日の夕方、ベルと女中で、メグを美しい貴婦人にしあげました。髪をカールし、いい香りの白粉をぬりこみ、唇にさんご色の口紅をぬり、空色のドレスを着せ、腕環、首かざり、ブローチなど、装身具でかざりたてました。美しい肩はあらわに、胸にばらの花はあかく、ベルも女中も、ほれぼれとながめました。
「さあ、みんなに見せてあげましょう。」と、ベルは、ほかの人たちのつめかけている部屋へ、メグをつれていきました。
メグは、ハイヒールの青い絹の舞踏靴をはき、長いスカートをひきずり、胸をわくわくさせながら歩いていきました。鏡がかわいい美人だと、メグにはっきり教えてくれたので、メグはかねての望みがかなえられた満足を味わい、じぶんから進んで、美しさを、見せびらかそうとさえしました。ベルは、ナンとクララにむかって、
「あたしが、着かえて来る間に、ナン、あなたは裾さばきと、靴のふみかたを教えてあげてね。ふみちがえてつまずくといけないから、それから、クララ、あなたの銀のちょうちょを、まんなかにさして髪の左がわのカールをとめてあげてちょうだい。あたしのつくった、すてきな作品をだめにしちゃいやよ。」と、いって、じぶんの成功に、さも満足らしい顔つきで、いそいで出ていきました。
ベルが鳴りひびき、マフォット夫人が、使いをよこして、娘たちにすぐ来るように、告げたとき、メグはサリイに、ささやきました。
「あたし、階下へいくのこわいわ。なんだか、とてもへんな、きゅうくつな気持で、それに半分、はだかみたいで。」
「とてもきれいだからいいわ。あたしなんかとてもくらべものにならない。ベルの趣味はすてき、ただつまずかないようにね。」
心のなかにその注意をたたみこんで、メグは無事に階段をおり、客間へ、しずかにはいっていきました。メグは、たちまちみんなの目をひきつけ、この前の夜会のときと、まるでちがって、わかい紳士たちが、ちやほやして、いろいろ気にいるようなことを話しかけました。ソファに腰かけて、他人の品定めをしていた数人の老婦人たちは、メグに興味をもち、なかの一人がマフォット夫人に身もとを尋ねました。
「ひな菊マーチです。父は陸軍大佐で、あたしどもとおなじ一流の家がらですが、破産しましてね、ローレンスさんと親しいんです。家のネッドはあの子に夢中なんですよ。」
「おや、そうなんですの。」と、その老婦人はもっとよく見ようとして眼鏡をかけました。
メグは、聞えないふりをしましたが、夫人のでたらめにはあきれました。けれど、その妙な気持を心のすみにおしつけ、笑いをたたえて、貴婦人らしくふるまっていました。ところがメグの顔からきゅうに笑いがきえました。正面にローリイの姿を見たからで、その目はじぶんを非難しているではありませんか。ローリイは、笑っておじぎをしましたが、メグはこんな姿でなくじぶんの服を着ていればよかったと思いました。メグは、そばへいき、
「よくいらっしゃいました。お出でにならないと思っていました。」
「ジョウが、ぜひいって、あなたのようすを見て来てほしいというので来たんです。」
「ジョウに、なんておっしゃるつもり?」
「どこの人だかわからなかったといいます。だって、まるで大人みたいで、あなたらしくないんですもの。」
「みんなでこんななりにさせたの、あたしもちょっとしてみたかったけど。ジョウびっくりするでしょうね? あなたもこんなの、おいや?」
「ぼく、いやです。わざとらしく、かざりたてたの、いやです。」
年下の少年からいわれた言葉としては、あまりにするどく、メグはふきげんになって、
「あなたみたいな、失礼な人、知らないわ。」と、いって、そこを去り、窓ぎわへいってたたずみ、きゅうくつなドレスのために、ほてったほおを夜気にひやしました。大好きなワルツの曲がはじまっても、そのままでいると、ローリイが来て、ていねいに手をさしのべました。
「失礼なこといって、お許し下さい。いっしょに踊って下さい。」
「お気持をわるくするとこまります。」
「いいえ、ちっとも、ぼくダンスしたいのです。そのドレスは好きじゃないけど、あなたはほんとうに、すてきです。」
メグは、にっこり笑って気持をやわらげ、二人は音楽に合せておどりはじめました。
「ローリイ、あたしのお願い聞いてね、家へ帰ってもあたしのドレスのこといわないでね、家の人々は、じょうだんがわからないし、おかあさんには心配させるから。」
「どうしてそんなものを着たんです?」
ローリイの目がなじっていました。
「どんなに馬鹿だったか、自分でお母さんにいうから、あなたいわないでよ。」
「いわないと約束します。でもきかれたらどういいましょう!」
「あたしがきれいで、たのしそうだったとだけ、いってちょうだい。」
「きれいだけど、さあ、たのしそうかしら? たのしそうに見えない。」
「ええ、たのしくないの。おもしろいことしてみたかったけど、やっぱり性にあわないわ。あきてしまうわ。」
このとき、マフォット家の若主人のネッドが来たので、ローリイは顔をしかめました。
「あの人、あたしに三回もダンスを申しこんでいるの。だから来たんでしょう。」
メグがいかにもいやそうにいうので、ローリイは、これはおもしろいと思いました。
ローリイは、それっきり夕飯のときまで、メグと話しませんでした。食事のとき、ネッドとその友達のフィッシャアを相手に、メグがシャンペン酒を飲むのを見たローリイは、だまっていられませんでした。
「そんなもの飲むと、明日、頭痛がしますよ。ぼくは飲みません。おかあさんだって、お気にいらないでしょう。」
ローリイは、ネッドとフィッシャアに聞かれないように、メグによりそって、そうささやきました。
「今夜は、あたし気ちがいみたいなお人形なの。明日からはいい子になるわ。」
「それじゃ、明日もここにいたいんですね。」
ローリイに、ついとはなれて立ち去りました。
メグは、踊ったり、ふざけたり、しゃべったり、ローリイがあきれるほど、はしゃぎました。帰りがけに、ローリイがあいさつに来ると、メグは、もう頭痛になやまされていましたが、
「いいこと! 頼んだこと忘れないでね。」と、むりに笑顔をつくっていいました。
「死をもっての沈黙」と、ローリイは、フランス語で、芝居がかりで答えて立ち去りました。
メグは、もう疲れきっていました。わびしい気分で床にはいりましたが、あくる日も一日気分がわるく、土曜日になって、二週間の遊びと、ぜいたくざんまいにあきあきして家へ帰って来ました。
日曜日の晩、メグはおかあさんとくつろいだとき、あちこち見まわしながら、
「年中、お客さわぎなどいやだわ。しずかに暮すのたのしいわ。りっぱでなくても、じぶんの家が一ばんいいわ。」と、のびのびした表情でいいました。
「そう聞いてかあさんはうれしい。あなたがりっぱなところへいったので、家がつまらなく、みじめに見えやしないかと、心配していたのよ。」と、おかあさんの目の、気づかわしそうな影が消えました。
メグは、おもしろそうに、いろいろの冒険を話しました。けれど、心の中になにかおもくるしいものがあるらしく、九時がうってジョウがねようといい出したとき、メグは思いきったというふうに
「おかあさん、あたし白状することがありますの。」
「そうだと思っていました。どんなこと!」
「あたし、むこうへいきましょうか?」と、ジョウが気をきかしていいました。
「いいえ、いて。なんでもあなたには、うち明けてるじゃないの。いもうとたちの前では、はずかしいけど、あなたには、あたしのした、あさましいこと、すっかり聞いてほしいわ。」
「さあ、聞きましょうね。」と、おかあさんは、にこにこしながらも、すこし心配そうでした。
「みんなで、あたしをかざりたてたことは、お話しましたが、髪をカールしたり、白粉をぬったり、ドレスを着せたりしたこと、まだ話しませんでしたね。ローリイは、正気の沙汰ではないと思ったでしょう。あたしは、お人形のようだとか、美人だとかおだてられました。つまらないこととはわかっていながら、おもちゃになりました。」
「それっきり?」と、ジョウがいいました。
「まだ、あるの。シャンペンを飲んだり、ふざけたり、はねまわったり、けがらわしいことばかり」と、メグは自責の念に堪えられないようでした。
「もっと、なにかあったでしょう?」と、おかあさんが、やさしくメグのほおをなでながらいいました。
「ええ、とてもばかげたことなの。だって、みんながあたしとローリイのこと、あんなふうにいったり考えたりするのんですもの。」
メグは、マフォット家で聞かされたいろんなうわさ話をしました。おかあさんは、こんな考えを純真なメグの心につぎこんだことを不快に思って、唇をぎゅっとむすんでいました。ジョウは、怒ってさけびました。
「そんなばかなこと、あたし聞いたことがないわ。なぜおねえさんは、その場でいってやらなかったの?」
「あたしにはできなかったの。でもあんまりひどいので、しゃくにさわるし、はずかしいし、帰って来なければならないのに、帰るのも忘れてしまって。」
「あたしたちのような貧乏人の子供について、そんなつまらぬうわさ話をしていることを、ローリイに話したら、きっとどなりつけるでしょうね。」
「ローリイにそんなこといったら、いけませんわ。ねえ、おかあさん。」
おかあさんは、まじめな顔でいいました。
「いけません。ばかなうわさ話は、二度と口にしてはいけません。できるだけ早く忘れることです。あなたをいかせたのは、おかあさんの失敗でした。親切なんでしょうが、下品で、教養があさく、わかい人たちにいやしい考えを持たせる連中ですからね。メグ、今度の訪問があなたにわるい影響があるようなら、かあさんは残念です。」
「御心配下さらないで。あたしは、自分のいけなかったことをなおしますわ。けれど、あたしはみんなから、ちやほやされて、ほめられるの、わるい気はしませんの。」
メグは、はずかしそうにいいました。
「それは、しぜんな気持です。それがために、ばかげたことをしなければいいんです。ただ、ほめられたとき、それだけの価値がじぶんにあるか反省して、美しい、へりくだる娘になることです。」
それから、話は計略のことになりましたが、メグはおかあさんにむかって尋ねました。
「マフォット夫人のおっしゃったように、計略をたてていらっしゃるの?」
「ええ、たくさんたてています。だけどマフォット夫人のいうのとはちがいます。あたしのは、娘たちが、美しくて教養のある、善良な人になって幸福な娘時代をすごし、よい、かしこい結婚をして、神さまの御意により、苦労や心配をできるだけすくなくして、有益なたのしい生涯を送ってほしいのです。りっぱな男の人に愛され、妻としてえらばれることは、女の身にとって一ばんたのしいことです。あたしは、娘たちがこういう美しい経験をすることを、心から望んでいます。そういうことを考えるのはしぜんで、メグ、その日の来るのを望み、その日を待つのは正しいことですし、その支度をしておくことはかしこいことです。あたしは、あなたがたのために、そういう大望をいだいています。けれど、ただ世間へおし出し、金持と結婚させたいのではありません。お金持だからとか、りっぱな家に住めるからとか、そんなことだけで結婚したら、それは家庭といえません。愛がかけているからです。お金は必要で大切なものです。上手に使えばたっといものですが、ぜひとも手にいれるべき第一のものとか、ごほうびとか思ってはこまります。かあさんは、あなたがたが、幸福で、愛されて、満足してさえいれば、自尊心や平和なくして王位にのぼっている王女さまたちになってもらうより、かえって貧乏人の妻になってもらいたいと思います。」
メグは、そのとき、ため息をしていいました。
「貧乏な家の娘は、せいぜい出しゃばらなければ、結婚のチャンスはつかめないって、ベルがいってましたわ。」
ジョウは、気づよくいいました。
「そんなら、あたしたちは、いつまでも、えんどおい娘でいましょう。」
「ジョウのいうとおりです。不幸な奥さんや、だんなさんをあさりまわっている娘らしくない娘よりも、幸福なえんどおい娘でいたほうが、よろしい。なにも心配することはありません。メグ、ほんとに愛のある人は、相手の貧乏などにひるむことはありません。かあさんの知っているりっぱな婦人のなかには、むかしは貧乏だったかたがいくらもあります。けれど、愛をうける、ねうちのあるかたのばかりだったから、人がえんどおい娘にしておかなかったのです。そういうことは、なりいきにまかせておけばいいので、今は、この家庭を幸福にするように努め、やがて結婚の申しこみをうけたらばその新らしい家庭にふさわしい人になるし、もしかしこい結婚ができなければ、この家に満足して暮すのです。それから、もう一つ、よく覚えていてほしいのは、かあさんはいつでもあなたが秘密をうち明けることのできる人ということ、また、おとうさんは、あなたがたのよいお友だちであるということです。そして、おとうさんとあたしは、あなたがたが結婚しても、独身でいても、あたしたちの生活のほこりであり、なぐさめであることを信じ、また望んでもいるということをね。」
メグとジョウは、
「おかあさん、あたしたちきっとそうなります!」と、ほんとに、心からさけんで、おやすみなさいをいいました。