五
それ以來天南は全く變つた人間になつて了つた。時々ひよつこりと寺へ歸つて來るが、默つて戻つて、默つて飯を喰つて、默つて寢て、默つて歸つて行くことが多い。香雲の弟子になつて、文人畫の眞似事が出來るので、寺へ歸つて來た時、襖へ筍を描いたり、茘枝を描いたり、それに小生意氣な自贊をして行つたりした。
嫁に貰ふ筈で養女にして了つた娘は、其の後縁あつて、兵庫の寺へ片付けたが、西派の有福な門徒寺で、願念寺の坊守になるよりは仕合はせであらうと、老僧は漸く重荷を卸した氣になつたが、それにしてもあの優しい、素直な、氣だてのよい娘を、どうして天南が嫌つたのか、まだ兵庫へ片付かぬ前、山から歸つた天南に娘が挨拶をしても、天南は横を向いてゐた。
「××さん、天南は不具者ぢやないかと、わしは思ふのぢやが、あんたはどう考へる。」と、老僧は船場の宿で長話の未にさう言つて、こくりと首を傾けた。首を傾ける度に、骨が可なり大きな音を立てゝ鳴るのが、老僧の昔しからの特徴で、右に左に、首振り人形のやうにすると、骨がコトン/\と鳴つた。それが老僧には按摩の代りにもなつたのである。
精神的に不具なのか、肉體的不具なのか。私は其の天南といふ男を少し研究してみたいと思つた。小學校へ通つてゐる頃の天南を、私は薄く覺えてゐるけれど、其の後どんな男になつたか、私は全く知らない。それで其の日は先づそれきりとして老僧に別れたが、いづれ二三日のうちに願念寺を訪ふ約束をして置いた。さうして老僧と二人で、山の上の荒れた庵室に、香雲といふ旅畫師と天南とを見に行くことに定めた。
天南には弟が二人と、妹が二人とあるけれど、次ぎの弟は小學校も卒業しないで、諸國を彷徨うた末、今は滿洲に居るさうで、もとより住職を繼ぐ資格もない。季の弟は不如意な寺の財政の中から、無理に中學校へ通はしてあるけれど、これは何時物になるやら分らぬ。女の子の姉の方は或る山寺の梵妻になつて、生れた寺を省みることも尠く、十九になる其の妹が老僧の世話を一手に引き受けてゐるのである。天南の家出から落膽して病み付き、藥も碌に服まずに死んだ坊守房子の一週忌が、もう間もなくやつて來ると言つて、老僧は鼻を詰まらせてゐた。
「わしは肉身の縁が薄い生れぢや。」と、諦めたやうに言つて、私の宿から歸つて行く老僧の後姿を見てゐると、初夏の青々とした世界にも秋風が吹いてゐるやうで、いかつた肩には骨が露はに突つ立つてゐる。
約束の日は朝から好く晴れてゐた。船場の宿の座敷から眺めてゐると、梧桐の梢の青々としてゐる庭越しに、隣りの家の物干臺が見えて、幅一寸に長さ五寸ほどの薄い板が、のやうに細繩で繋いで、ドツサリ乾してあつた。あれは何んだらうと、私は先頃から度々考へたが、どうも分らなかつた。老僧にきくと、せゝら笑つて、「まアよう考へてみなされ。分らんことは苦心して知る方がえゝ。」と、ごりがんの本性は違へずに、肩をいからして言つてゐた。
それ切り其のことを忘れてゐたが、今日はまた早くから、麗はしい朝日に照らされて、其の黄色い薄板が、のやうに乾してある。柔かい新緑の風は、こんなに市塵の深い瓦の上へも吹いて來て、乾された薄板が、搖々と動いてゐる。今日こそあれが何であるかを確めたいと思つて、私は欄干の側まで出て、伸べ首をしてゐたが、見れば見るほど、あんな木の端のやうなものを、どうしてあゝ大事にするのかと、それが分らなくなつた。掃除に來た女中に向つてきかうかと幾度か思つたけれど、老僧の言つたやうに、自分で考へて知つたのでなければ値打ちがないやうな氣がして、頻りに智慧を絞つたが、どうも分らない。
膳部を運んで來た女中にきかうとしては、何だか老僧の言葉を反故にするやうに思はれ、この些細なことが俄に大事件の如く考へられて來て、私は輕い悶えさへ感じた。
「姉さん、あれ何んだね。彼處に干してあるあれ。」と、私は到頭思ひ切つて、隣家の物干臺を指さした。食事が濟んだので、茶をいれかけてゐた女中は、其方を振り向いて、「あれだツか。」と氣のない返事をしたが、「くし(櫛)でひよう。」と、事もなげに言つた。しかし私はまだ分らなかつたのである。くしをば串と解した私は、あんな幅の廣い串があるものか、事によるとこれからそれを細く割つて串にするのかも知れないが、それにしては短か過ぎるし、それに串は大抵竹ときまつてゐるのに、あんな木で串を拵へてどうするのか、團子の串にでもなるのであらう。けれども昨日からちよい/\見るところでは、あれを扱つてゐる人が串にしては少し丁寧にやり過ぎてゐると思つて、私は不審の首を傾げてゐた。
女中が膳部を下げてから、私はまた欄干の側へ出て、更に其ののやうな薄板が微風に搖々してゐるのを眺めてゐたが、どうも串とは受け取れなかつた。
初夏にしては冷かな朝風が吹いて、宿の褞袍も重くはなかつた。串の疑問がどうしても解けないまゝに、私は褞袍を袷に着更へ、袷羽織を引ツかけて、ブラリと外へ出た。行く先きはもとより願念寺であつた。
客の込み合大きな郊外電車から、痩せ衰へたやうな小さな電車に乘り換へると、相客は多く草鞋穿きの道者連であつた。牡丹畑の見える村を過ぎて、縞のある大きな蛇の出さうな藪の間を通り、溪流に架けた危ツかしい橋を渡ると、眼の前に一帶に貧乏村が開けて馴染の深い願念寺の二重屋根が右手の方に見えた。電車を下りると、畑道が細くうねつて、絲のやうに願念寺へ續いてゐる。
土が其のまゝ人になつたやうな農夫に、三人まで摺々に行き逢つたが、無智と蒙昧との諸相に險惡を加へて、ヂツと私を見る濁つた眼が凄いやうである。最も多く天地の愛を受けて、自然の惠に浴することの多い人たちが、どうしてあんなに嶮しい顏になるのであらうか。私は田園に出る度に、土と親しみつゝ働く人々の姿を見て常にさう思ふのである。路傍の麥の穗は、丁度笛を作るのに頃合ひなほど伸びてゐた。
願念寺の庫裡の入口に立つと、足音を聞き付けたらしい老僧の聲で、早くも「ずツとお上り」と言つた。庫裡の一室は疊が破れて、自然木の大きな火鉢が置いてあつた。老僧は黒い布子の上に黄色いちやん/\のやうなものを着て火鉢の前に端然と坐つてゐたが、幾ら心易い中でも、禮儀は禮儀だと言つたやうな顏をして、丁寧に挨拶をした。
「今日はあんたの案内で、山登りをせんならんと思うて、少し心配してたら、それに及ばんことになつた。えてもんが向うからやつて來よつた。まるで出山の釋迦や。」と、老僧は茶を淹れながら言つた。すると突然横の方の破れ障子の蔭から轉げ出すやうにして、一人の男が現はれた。
「天南です。お久しおます。」と、莞爾々々してゐる其の面ざしは、どうしても坊主顏であつた。頭髮も短く刈り、着物もさツぱりして、出山の釋迦といふ姿は少しもないのみか、親の老僧が殆んど骨と皮とに痩せてゐるのに比べて、これはデク/\と肉付きがよかつた。
「君は畫を習つてるんですか。」と、私が問ひかけると、
「えゝ。……これが東京でいふしやれといふもんだツせ、解りまツか。」と、北叟笑ひをした。
別にさう大して畸人とも變人とも思はれないで、後家の質屋にでも鑑定の附きさうな田舍坊主であつた。
「君は女嫌ひだツてほんとですか。」と、私はまた問ひかけてみた。
「さア、どう見えます、あんたの眼では。」と、天南は澄まし込んでゐた。あの張り切つたやうな體格から考へても、女嫌ひでは通らなさうなのに、或は身體が不具でゝもあることかと、私は一種の痛ましい感じに打たれながら、天南の樣子を見詰めてゐた。
「また山へ歸るんですか。」
「えゝ。これはしやれやおまへんで。……下界は厭やだす。けどなア、飯だけは下界の方が可味いので、時々喰ひに來たりまんね。飯さへなかつたら下界に用はない。」と、言ひ/\立つて天南は臺所の方へ行つて了つたが、それきりもう姿を見せなかつた。老僧は何時の間にか鼻の先きに汗を浮べて、ヂツと拳を握り詰めてゐた。