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太政官
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太政官
上司小剣
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Chapter 3 of 9

三

六十一の本卦祝ひをした太政官には、五十五になる妻があつたけれど、兒は一人もなかつた。妻といふのも名ばかりで、若い時から一度も親しく近づけたことはないといふ評判であつた。

名ばかりの今の妻は、太政官の三人目の後妻であつた。最初の妻は彼れの二十一の年に十七で嫁いで來て、婚禮の翌日離縁になつた。其の女はそれから何處へ片付いても三日とは夫の側に居られなくて、今は其の老い朽ちかけた姿で、尻切れ草履を引き摺りつゝ、村の使ひ歩きなぞをしてゐる。二人目の妻は一月足らず居たけれど、これも離縁になつた。

「嬶なんぞ、何んでもえゝ。」と、太政官は絶望的に言つて、其の頃居た年嵩の下女を三人目の妻に直した。戸籍面には、「源兵衞妻」とあつても、太政官は其の妻と親しく物を言つたこともあるまいといふ噂さである。

白い犢の臥してゐるやうな隱居の西洋館の窓から、太政官が大きな赭ら顏を出して、鯨のやうな細い眼をしばたゝきつゝ、

「やアい、飯持つて來いよ。」と、姿には似ぬ細く優しい聲で叫ぶと、汚れた手拭を姉さん被りにして、耳の切れた黒繻子と茶色のメリンスとの晝夜帶を引き解きにするか、或はまた藁繩のやうな細帶のまゝで兩手に箕など持つて、廣いカドで立ち働いてゐた名義だけの妻が、直ぐ此方を振り向いて、澁紙色の顏で、合點々々をするのが見える距離に母家はあつた。小山のやうな藁葺の大きな家は、光遍寺の本堂と高さを競うてゐた。廣いカドでは、鷄冠の眞赤な合ひの子鳥が、置き棄てられた床几に載つて、長く首を伸ばしつゝ、時をつくつた。

素足に藁草履をバタ/\さして、芋の蔓のやうに曲りくねつた細い野路を、妻が被つた手拭も撤らずに、風呂敷に包んだ飯櫃を提げて急いで來た。兩側には青々とした麥の穗が波のやうに、小石を踏んだ妻の足元には、陽炎が燃えた。

「さア飯……。」と、白い把手に黒く荒れた太い指をかけて、隱居の扉を開けつゝ、風呂敷のまゝ飯櫃を突き出すと、

「よし、來た。」と、太政官は美人のやうな圓窓を開けて、それを受け取り、前の喰ひ汚れの飯櫃を包んだのを妻の手に渡した。風呂敷は白と赤とで、間違へぬやうな色にしてあつた。

「太公。太公。」と太政官がよく呼んでゐる養子が居た。弟の二男で、太吉といふのであるが、十六にもなつて鼻の下に長く鼻汁を垂らしてゐた。この養子を守り育てつゝ、名義ばかりの妻は、男女十人からの雇人を追ひはして、百姓仕事にいそしんでゐた。

「なか/\出けんこツちや。」と、村人どもは皆名義ばかりの妻を譽めた。

「太政官は、身體の何處ぞが不具やてなア。」

「何んしよ、碌な奴やない。」なぞと、蔭で太政官の惡口を言つて、其の妻や女に縁の薄いのを怪むものも、名義ばかりの妻のことは、口を揃へて譽めた。

名義ばかりの妻が、入口の扉を閉めて、空の飯櫃を提げつゝ歸つて行く足音が、パタ/\と響くのを耳にしながら、太政官は早速晝飯の箸をとつた。お菜は例もの鰹節で、細く粉末のやうにかく爲めに、特別の小さな鉋が用意されてあつた。小函に鉋を嵌めてゴリ/\とかくのは、普通の鰹節削りと違つてゐないけれど、其の函は滑々した桑の木で小形に造られ、四隅に銀金具が光つてゐた。

其のお雛樣の道具のやうな器で、大きな掌を器の上から一杯に擴げて、太政官は自分に鼈甲のやうな堅い本場の鰹節をかいた。さうして片口の白醤油をジト/\に滴らして、忙し氣に食事を始めた。丹塗りの八寸の膳の上には、たゞ小皿が一つ載つてゐるだけである。

「飯は、急いて喰はな可味うない。」と、太政官は口癖のやうに言つてゐた。この界隈では市人と呼んでゐる、山奧から牛の背や荷車に薪や炭を積んで、町へ賣りに出る山男のやうな人々が、太政官の隱居に近い松林の小蔭に荷を卸して、肥料柄杓の頭ほどある橢圓形の面桶に、白い飯を堅く詰め込んだのを、コク/\と箸でおこして、梅干か香の物か、精々鰊のたのくらゐで、口に一杯頬張りながら、茶も湯もなしに、可味さうに喰つてゐるのをば、太政官は食慾の第一の羨望にしてゐた。名人の庖丁を凝らした料理や、廣く聞えた土地の名物なぞは、彼れの眼中になかつた。彼れはたゞこの市人の丈夫な、鋼鐵のやうな、胃と齒とを理想としてゐて、

「市人が面桶の一升飯を喰てよるのは、思ひ出したゞけでも、可味さうで、口に唾液が溜るわい。」と言つてゐた。

けれども太政官は、冷飯が嫌ひで、三度々々例の上米を炊いた温いのを運ばしてゐるので、市人の面桶を其のまゝ眞似する譯には行かなかつた。温い飯を大きな茶碗に壓し付けて堅く盛り、それにしたぢを染ました粉末の鰹節を塗つて、市人の面桶の心持ちでコク/\おこして喰べた。

昔しのガルガンチユアとか言つた人は、どんなに大食であつたか知らぬが、六十一にもなつて太政官は大きな茶碗に七膳から八膳も喰べた。近頃中風の氣だと言つて、座敷の中でもよく杖を手にしてゐながら、食慾はさのみ衰へなかつた。手盛りで喰べた後の茶碗と小皿とは、學校とこの隱居と村に唯二つしかないポンプ井戸から汲んだ清水で洗つて、丁寧に拭き込んだ八寸の膳とともに、戸棚の中に納つた。戸棚は奧の方までよく片付いて、鰥生活とは何うしても思はれなかつた。

食後は、少しも濕氣のない砂利地の前栽へ下りて、蒼々とよく育つ松の枝振りを眺めたり、春日形の石燈籠の苔を撫でゝ見たり、且つては千兩、萬兩の蘭や萬年青を育てた温室の中に、今は空の鉢ばかりがごろ/\してゐるのを覗いて、自分より少し後れて蘭や萬年青に手を出した村の豪農が、失敗して家屋敷まで失うたことを考へたり、放課時間と見えて、筋向ふの小學校の運動場で、兒童等の揚げる鬨の聲に、今更ハツと氣が付いたやうに、自分一手の世話で出來上つた大きな白堊造りの方を、誇り顏に見やつたりした。――あの學校は俺の生命であると、さう思つた。

午後は大きな長火鉢に凭れて、煙草を喫んだり、茶を呑んだり、羊羮を摘んだりして、暮らした。さうして夕方になるのを待ち兼ねて、また二階の窓から赭ら顏を突き出して、

「やアい、飯持つて來いよ。」と喚いた。名義だけの妻が草履の音を立てゝ、入口まで運んで來る一粒選りの米の飯と、鰹節にしたぢ、夕食も晝飯の通りであつた。

夜の更けぬ中に二階へ上つて寢た。二階の十疊は、疊の表替へをしたばかりで、新しい藺の香が高かつた。正面には村第一の書家だといふ天滿宮の神主の手で、「白砂青松何とかして貧亦可也」と意味の解らぬ愚文を長つたらしく書いた大額が、金紙で立派に裝はれて掲げられ、床には住吉派の繪師の書いた見事な清少納言の大幅が、緞子の表裝に、牙軸でゆツたりと掛かつてゐた。

「このげんさいえゝやろ、俺のほんまの嬶はこれや。」と、太政官はよく客に自慢して見せた。

「何んぼえゝげんさいかて、おしろ(後)向きでは始まりまへんな。」

長い頭髮と、黄色の裝束と、燃え立つやうな緋の袴とを見せて、向ふむきに青い簾を掲げてゐる清少納言の、繪絹から拔け出しさうな姿を眺めて、涎の垂れるやうな口元をしつゝ客は笑つた。

「名義だけでも、俺には嬶があるさかいな、このげんさい、遠慮して向ふむいてよるんや。」

かう言つて、太政官も笑つた。彼れはこの「香爐峯の雪は簾を掲げて看る」の逸話を描いた清少納言の繪姿には、六十一になる今日が日まで、心底から打ち込んであるやうであつた。

骨の赤く塗つた丸行燈を提げて、ヨチ/\と危なつかしい足つきで二階へ上つて來た太政官は、戸棚から、キチンと疊んである蒲團を取り出し、ぽか/\と暖かいこの行く春の陽氣に、郡内の厚いのを三枚も重ねて敷いて、上から眞赤な薄いのを一枚だけ掛けることにして、福々しい臥床を設らへた。

それから床の間の前へ行つて、ニタ/\笑ひ顏をしながら、清少納言の繪姿に見惚れてゐた。身の丈よりも長いと思はるゝ黒髮には、眞中ほどに金泥が使つてあつて、それが、キラ/\と丸行燈の灯に映つて光つた。暫らく見詰めてゐると、其の長い髮が蛇のやうにも見えた。黒くて金の模樣を腹に現はした蛇が、のたくつてゐるやうにも見られた。

「女ごは蛇體やていふさかいなア。」と、太政官は口の中で獨り言をした。

床の間の前を離れて、左手の窓のカーテンを撥ね退け、硝子戸も鎧戸も開けて見ると、外は朧の月夜であつた、眼の前には、自分が魂魄まで打ち込んだ小學校の眞白な建物が、眠つてゐるやうに聳えてゐる。鐵柵の中の老木の櫻は、疾くに花吹雪を作つて、若葉の間に實が結びかけてゐるけれど、花の匂ひはまだ、何處にか移り香を留めてゐるやうである。村役場になつてゐる二階からは、あか/\と燈火が射して、階下の宿直室の障子に映る黄色の薄い灯は、何事かを囁やいでゐるやうでもあつた。

太政官の鯨の眼のやうな細い兩眼からは、ハラ/\と老の涙が溢れた。

彼れはハタと室の戸を閉めて、ツカ/\と床の間の上へあがると、清少納言の繪姿の頸筋のあたりを舌の尖端で輕くめてから、丸行燈の燈心を一筋にして、郡内の厚蒲團の上へ、埋まるやうになつて轉がつた。

やがて中風の初期を思はせる、蟒のやうな鼾聲が聞えた。

Chapter 3 of 9
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