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太政官
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太政官
上司小剣
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Chapter 4 of 9

四

小學校の二階の村役場では、折柄の納税告知書で忙がしいので、助役の野口が腋臭のする腕を高く捲くり上げて、臨時雇の數之介といふ老人を相手に、書くのと算盤をおくのとに忙がしがつてゐた。近々書記に出世さして貰うのを樂みにしてゐる重吉といふ頭髮を綺麗に分けた小使も加はつて、一しきり速算が續いた。「願ひましては、何圓何十錢なり、さしては、……」といふ平板な言葉が、太古の音樂のやうに、一時間あまりも續いた後は、二室を打ち通して、卓子やら椅子やら書棚やらを並べた場所に笑ひ聲が充ちて、

「上ん丁の平吉の息子は、南ん丁の才六の娘してよる。」といつた風な話がはずんだ。

「こいだけの配付の中で、未納が三分一はあるやろな。督促令状書くのが厭やなア。」と野口助役は俄に眞面目な顏になつて、卓子の上へ堆かく積み重ねられた黄色い紙の納税告知書を見やりながら言つた。

「督促令状はまだよろしおますけんど、公賣處分のお供は御免だツせ。」と、小使の重吉は、思ひ出しても身慄ひがすると言つたやうな顏をした。

「利兵衞の後家んとこへ公賣にいたときは、鍬一挺と針指し一つよりないんで、そいつを押へると、後家が怒つて、俺のどたま(頭)から水浴びせよつたなア。」と、助役は長く伸びた散髮頭を押へ/\言つた。

「何んしよまア。かう米が廉うては良い衆も難儀するし、小前のもんも仕事が無うて、米の廉いには代へられんなア。……こんな時に高い税の配布を出すのは、火事場へ無心にいくやうなもんで、何んぼ自分に貰ふもんや無うても、氣が引けるなア。」

齒のない口をもぐ/\させながら、臨時雇の數之介老人は歎くやうに言つた。

「太政官とこでも、去年から今年へかけて、一反歩に三十八圓から損やちうこツちや。……私んとこは小作がないさかい、損はせんけど、乾鰯も石灰も高いよつてな、そいだけ借錢になつてけつかる。何んの因果で百姓に生れて來たかなア。」と、助役は沈痛な口調で、戲談らしく言つて笑つた。

「一反で三十八圓損するとごつうおますな。そいなら作らんとおく方がましや。……作らな、税だけの損で濟むんが、作ると汗水流して、もむない(不味いといふ事)もん喰て、それで損するんや。……嘘やおまへんか、そんなこと。」と、重吉はあるだけの智慧を絞る風で首を傾げつゝ、考へ/\言つた。

「やいや、嘘やない。太政官とこみたいにドツサリ男衆を置いて、おまけに半ぼんから小作やと、肥料から税からかゝりを一寸こゝで當つてみても、石十二三兩では何うしても三十圓から四十圓の損になるなア。」

手近かの、ツル/\と手摺れのしたおき好さゝうな算盤を引き寄せて、パチ/\やりながら、助役も首を傾げてゐた。

「そんなら作らなえゝやおまへんか。」と、重吉は事もなげに言つた。

「こいつ、作らんちう譯にもいかんわいな、小前のもんが弱りよるよつて。……」と助役は手に持つてゐる眞鍮の煙管を、拇指と食指との先きで器用にクル/\とはした。

「それでゐて小前のもんは小前のもんで、がうたく吐かしよるんや、なまじひ豐年で年貢負けて呉れへんいふてな。……小作人も可哀さうは可哀さうやな、米の廉い割に乾鰯や諸式が高いさかいな。」と、蔓の折れたのを紙捻で繋いだ眼鏡を外して、大きな玉を拭き/\、數之介老人も口を出した。

「これで昔しはお百姓ちうてよかつたんやが、今ではこんなやくざ仕事ないわい。……資本を勘定して、利はりを見ると、よしんば米が石二十圓からしてゝも、年二分五厘にほか當つてゐよらん。何處の銀行かてそんな廉い利息ちうたらあれへんがな、郵便貯金かて四分二厘かいな、それを八厘か五分に上げるちうて、新聞に出たつた。」

講釋をする風にして、助役は物識りらしい口を利いた。

「何んの昔しかて百姓が良かろぞい。……今よりズツともむないもん喰て、土百姓々々々と人間の數へも入らずに、あの天滿宮さんの神主の家へ行くんかて、門から草履を脱いで、臺所口へ平つくばつたもんや。……早い話が、其の時分この村で疊の敷いたつた家は五軒となかつたで。……あとは皆蓆や。」と、數之介は郷士として村人に立てられてゐた昔しを偲ぶ状で言つた。

「けんど、昔しは時節が良かつたさかい、一生懸命に働いて損するちうやうなことおまへなんだやろ。働いてさへゐれや、百姓は堅い仕事としてあつたんや。それに今は何うや、作つて損する。……それに上るとか下るとか心配ばツかりして、まるで下手な相場師や。……それにこの税がなア。……」と、助役は圓い眼をクリ/\さして、自分の前に堆い納税告知書を見詰めた。

「數さん、昔しは税が廉かつたんだすやろな。」と重吉もおなじく、納税告知書の山を見詰めてゐた。

「今のやうなことは無かつたやろが、年貢の外に、運上や冥加金やいふて、兎角百姓と洗濯もんは、絞られるもんや。昔しから。……」と、數之介は冷かに言つた。

「田畑ちうやつは、持つて逃げることが出けんし、隱す譯にも行かんしなア。税がかけよいんや。」と、助役は仔細らしく考へ込んだ。

「あゝ、かんこ臭い。」と、重吉は膝のあたりや袂を拂ひながら立ち上つて、火元を突き止めようとした。誰れかの吸ひ殼が、一束の納税告知書の上に落ちて、四五枚の黄色い紙にプス/\と黒焦の穴をあけたのであると分ると、

「あゝこれや/\。」と、重吉は指に唾液を付けて焦げるのを揉み消した。

「高い税を取られる恨みの火や。」と、助役は重吉の周章てた状を見ながら笑つた。

「西の仙藏はんとこへ行く配布が焦げくさつた。納付スベシのスベシが無うなつてけつかる。」と、重吉は獨り言をして、國税と附加税との焦げた分四五枚を一つ/\改めてゐた。

「スベシ、が氣に喰はんさかい、遲う納めたるて、仙藏はんは毎も言ふんやないか。御納メ下サレタク願ヒ奉リ候。と書いて來れや、直きに納めたるて、あの人は言ふてるんやよつて、スベシが焦げたら、今度は直きに納めはるやろ。」と、助役ははり諄いことを言つて、指の先きでまたクル/\と煙管を弄んだ。

「附加税が隨分多いな。」と、重吉は改まつた調子で今更らしく言つた。

「村税はそれで一杯や、其の上もう殖やせん。……學校ちうやつが金喰ひでな、村税の半ぼんは教育費やがな。」と、助役は無駄なことに金を使ふものだといつた風の顏をした。

「そら仕樣がおまへんがな。字を覺えて賢なるんやもん。」と、重吉は鉈豆の煙管の詰まつたのを穿りながら言つた。

「太政官みたいに、いろはのいの字も知らんほどで、我れが名前も書けんかて、村で一といふて二のない羽利きになつたやないか。……錢儲けは上手やし。……あの寺田の息子見い、大學校の一年生までいたいふけど、薩張り阿呆で人が相手にせんやないか。」

「さう言や、さうだすけど。」

「さう言はいでも、さうや。」

助役は無理往生に重吉を壓し付けるやうな、物の言ひ振りをした。

「そらさうと、寺田の相續税、何うなつたかいな。」と、數之介はフト思ひ出した風で言つた。

「何うもかうもあれへん。三年の年賦ちうことになつたのだすが、なか/\納め切れまへうまい。……いづれ公賣もんだすなア。」と、助役はヂツと正面の壁のボン/\時計を眺めた。

「相續税なんて、無理やおまへんか。……第一百姓は別に金てそないにあれへんさかい、田賣つて金にして税納めんならん。地租や地方税や町村税と違うて、相續税はごつおまツさかい、米や松茸賣つた金では追ひ付きまへんもんなア。」と、重吉はまだ丹念に鉈豆の雁首を穿つてゐた。

「まア昔しの關所の輕いやつやなア。……あゝア身上の無いもんは氣樂でよいわい。」と、數之介は皮肉な笑ひ方をした。

「寺田の息子が言ふてよつたやないか、こなひだ此處へ來て。……身代減らして税にするんでは税やない、罰金やて。……阿呆でも大學校へ片足ブチ込んで來よつたんで、言ふことは分つたるがな。……何でも相續税ちうやつは、異人の税の眞似をしたんで、あツちでは親子が別々に住んでゐて、親が死んで子が親の身代を讓り受けたとか、また身寄りの人が死んで、其の遺言で身代を其のまんま貰うたとかいふ時には、そらそれだけ俄に身代が殖えるんやもんなア、言はゞ大當りの儲けもんや、それに税をかけるのは、賭博の寺錢みたいなもんで、當り前やろが、日本ではお前、親の身代も子の身代もあれへん、一軒の身代や。……それが代がはりのたんびに、田なら田賣つて税にしてたんでは、終には身代が無いやうになるがな。……身代なんて不正いもんやさかい、無いやうにしてやろちうんなら、こら別やけんど。……」と、助役は口に唾液を溜めて、聽き噛りの理屈を長々と喋舌つた。

「田賣らうにも、價が下がつてるし、第一けふ日は不景氣で買手があろまい。」と、數之介は皺だらけの顏にます/\皮肉の笑ひを浮べて言つた。

「百姓は割に合はん仕事やちうことは、よう分つてるが、そいでも地價がズン/\騰るさかい、知らん間に身代が三層倍にも五層倍にもなつたアるちうて、皆な喜んではつたが、かう不景氣ではそれもあきまへんなア。」と、重吉は漸く通るやうになつた鉈豆で、快く一服吸ひ付けた。

「ひと頃の土地熱も、まア夢みたいなもんやつたなア。……蘭や萬年青の變種が千兩もしたんと同なしやろかい。……それにこんな在所の山ん中で、坪十五圓の二十圓のて、そんな相場が何處から立つもんかい。」

助役はまた氣になる風で、ボン/\時計を見い/\言つた。

「どれ、もう一唸り唸つて、早松の土瓶蒸しでパイ一行くとしようかい。……わしやちいと腹しもてるんやがなア。」

眼鏡の大きな玉を空氣ラムプの光にキラ/\さして、數之介は算盤を引き寄せた。

Chapter 4 of 9
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