二
別れた時は、お光が十三の春で、小池は二十二であつた。
今年三十三の小池が、指を屈めて數へてみると、お光は二十四になつてゐる。
麥畑の徑を小池が散歩してゐると、お光が後から隨いて來て、小池が麥の穗を拔いて拵へた笛を強請り取り、小ひさな口に含んで吹いてみても、小池が鳴らすやうには鳴らぬので、後から/\と、小池の拵へる麥笛を奪ひ取つたことや、秋の頃二人で田圃道を歩いて、小池が稻の穗の重さうに垂れて實つたのを拔き取り、籾を噛んでは白い汁を吐き出すのを眞似して、お光も稻の穗を拔き、百姓に見付けられて怒鳴られたことや、いろ/\と昔の記憶を小池も思ひ出して來た。
そんなことは、お光が十歳で小池が十九の時から、お光が十三で小池が二十二になつた時まで、三年の間續いてゐた。
或る田舍町で藝妓屋をしてゐる家の小娘と、其の町へ來て新たに開業した醫者の息子とは、家が隣りであつたので、直ぐ親しくなつた。小學校の讀本の下讀みを小娘は醫者の息子に教はりに來た。
『あの小池ちうお醫者はんの息子が、都家のお光ちやんを可愛がるのは、他に目的があるんやろな。あんな尿臭い小めろ可愛がつてもあけへんがな。』
町のおカミさんたちは、二人の聞いてゐるところで、こんなことを言ひ/\した。
お光と小池との最初の縁は、斯ういふことから繋がれた。――
縁と言へば、それが縁であらうと、小池には頻りに十五年も前のことが考へられた。
小學校の兒童が五人、八人づつ一塊になつて歸つて來る。其の塊の中から可愛らしいお光を見出して家へ呼び込む。それが小池の毎日の仕事のやうになつてゐた。
先刻汽動車を下りてから間もなく、野道の十字點で見た小學兒童の群は何處へ行つたかと、小池は坐に背後を振り返らずにゐられなかつた。
あの兒童の群の中には、昔のお光に似たほどのものが一人も居なかつた。
斯う思つて小池は、ハツと夢から醒めたやうに、自分に引き添つて低首れつゝ弱い足を運んでゐるお光の姿を見た。
髮油の匂ひ、香水の匂ひ、強い酒のやうな年増の匂ひが、耐らなく鼻を衝いた。
其處に十五年の年月があつた。――