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閉戸閑詠
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閉戸閑詠
河上肇
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Terang
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Sepia
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Asli Public Domain
Chapter 6 of 6

6

うつくしと見上げしもみぢ落ちつくし乾き果てつつ吹き寄されをり十二月十一日はばひろにふみならしくる軍服におそれをなして道をさけにき

人気なき阪を登れば御陵あり一人の守衛ひねもす守る(花園天皇の十楽院上陵に詣づ)

砂利しける十楽院上陵の阪道の杉の木立に鶫むれとぶ

書き了へて憐むべくもおもほへり見る人もなき思ひ出のかずかず(「思ひ出」第二輯を清書し了りて)

版に刷るよすがもなくてはかなくも書きのこしおくわれの思ひ出

戦勝を神にいのらすすめらぎの忍びのみゆきけふありしとぞ

火用心火用心の声聞こゆ厠に起きし霙ふる夜半

十二月十二日老松のすがるる見ればかなしかり亡きおほははのすがたしぬびて十二月十三日

山口の相沢君より重ねて餅を送られしを喜びて

亡き友の病みこやりても得ざりしをすくやかにして食すこの餅はも(氷谷博士既に重態に陥られ食慾なかりし折、餅を欲せられしも、この時勢とて入手し得られざりしことを思ひ起して)十月三十一日をさな子ら食ますべきものわれにさき送りたまひしこのもちひはも

わがとものこころこもりしもちひなりあなありがたとをがみてたうぶ

届きける木箱あくればもちひ出で蜜柑も出でつ芋もまた出づ十二月十四日

間もなく米寿を迎へらるべき伯父上を須磨に見舞ふ、往復途上口占

竹藪をそがひにしたる家ののき干せる大根陽あたりよきも(電車中近望)

陽あたりの好き家見ればなにとなく羨みて見る老に入りぬる

老い去りて尿近くなり電車にて途中下車を余儀なくされぬ(尿意耐へがたく灘に下車す)

手紙には衰へたりとのらす伯父けふ相見れば矍鑠として

八十七にならせたまへる伯父訪へばひとりかたりて人の言聞かさぬ

ふるきこと頻りに語り今の世は知らさぬがごとわが老いし伯父

何度でもけふは何日ときくまでにわれ呆けたりと伯父ののらする

ただ二つけさ来たばかりとのらしつつ出してたうべし羊羹のつつみ

天つ日はひかりかがやき海の面は行きかふ船のこなたかなたに(須磨浦所見――船なしといへど未だ船影なきまでには至らず)

ゆらゆらとこぎたみてゆく船見れば戦ひのある日ともおもほへず

ひさに見ぬ海辺に立てばふるさとの麻里布の浦の眼に浮かぶかも

入日さすいただきのみはほのあかく煙れるがごと暮るる群山(帰途所見)十二月十五日

偉人レーニンを思ふこと頻なり

たたかひにやぶることのみひたふるにねがひし人もむかしありけり

ふたたびは見る日なけむと決めてゐしレーニン集が今はこほしき十二月十六日

末川君の南行を送りて

おほぞらゆあらぶわだつみしたにみてみんなみのしまにとびてゆく君

みんなみにおもむく君をおくるにもこのたたかひのゆくへうれたき

たたかひはさもあらばあれゆかばまづうまざけくみてししたうべませ

うまざけをくむたかどのゆみはるかすひろらなる海八十の島々

うみこえていやすくよかにならせつつとくかへりませ京のひがしに十二月十七日

白石君の招待にて南座顔見世興行を観る

いにし日のなごりかそけきうつそみのけふいめのごと南座に入る

ととせまへはつちにひそみて朝な夕な陽の光さへ避けゐたるわれ

教へられやうやうに知る魁車の顔も声もみな忘れをり

大きかりし幸四郎も肉やせて声のちからも衰へけるか

遠つ世の夢路に会ひし人かとも名も変りゐる梅王を見守る

ふと思ふ大鼓鳴りて松王出でし二時の半ばはひとやのゆふげ(刑務所の夕食は十二月中午後三時半の定なれど日曜日祭日などは一時間繰り上げて二時半なりそれより全く火の気といふものなく窓の隙間よりは木枯の吹き入る監房の中にて湯さへ飲み得ず袷の股引を素肌に穿ちつつ便器に腰かけ就寝時間の来たるを待つ間の寒かりしこと長かりしこと今においてなほ忘られず歓楽の境に入り温飽の身を感ずる毎に忽ちにして当年を想起するを常とするなり)

十五年見ざりしものをけふ見つつゆたけきいのち一日経にけり(昭和三年春大学を退きし前年の冬より今に至るまで正に十有五年を経たり)十二月二十日

雑詠

わが歌はわが子の如しみにくくも生まれし歌はみな棄てがたし十二月六日干柿は一つ十銭と聞きつつもけふの一日に三つ食ひけり

あぢはひのよろしきろかも老妻のかしげるものはなべてよろしも

九時すぎてさてと言ひつつ銭湯に出でゆく妻の下駄のあしおと

夜はふかみ街のとよみの消ゆなべに老ひにし耳に蝉なきやまず

鳴きしきる虫をまぢかに聞くごとし聾ひにし耳のよもすがら鳴る

眼も遠き耳さへ遠く心また遠きくにべを思ひをるかな

炬燵火にもろ手もろ足さし入れて心に浮ぶうたかたを追ふ

忽ちにかき曇りつつ雪ふりて忽ちに陽は照る京の冬空

買物の列に立ちゐる妻を待ち吹雪のやむを祈りつつをり

看板はみな偽りとなり果てて餅屋に餅なくそばやにそばなく十二月二十日ハム買ふと長蛇の列に加はりて二時間待ちてはつはつに買ふ十二月二十二日

小林輝次君に送る

久振りの来状頗る元気なかりければ

たたかひに得つる病の癒えがてにさびしみて君一人居るかも

さびしみて君ひとり居ると聞くなべに我もさびしむ百里へだてて

ときじくはまづしきゆふげともにして高やかに笑ふみ声聞かましを

君まさば時めく人をよそに見て碁など囲みてゑみてあらましを

えにしあらば尋ねても来ませ老妻と京のほとりにわびて住むやど十二月二十三日

原鼎氏に送る

数十日ぶりに長文の手紙来たる、今年も個展の成績頗るよかりし由

熱病につかれしがごと絵につかれ三月ふみせずうちすぎし君

うれしくも個展の成績よかりしと親に云ふごと我に云ふ君

今もなほ天下好事の客ありてうれしみて君の絵求むとや

仔兎の一つは眠り上ぼる月見て一つ立つ絵の見まく欲り

克明に一つ一つの鱗かき雲母おとせし鰈の絵はも

春されば尋ねても来ませ東山いさよふ水に花のちる頃

一たびは尋ねて来ませ洛東に老いゆく我の尚ほ生けるうち

来ます日は食ます米持ち来りませ米さへ乏し今のわが庵

老妻のかしげる飯を食うべつつ語りあかさな春の一夜を

十二月二十四日

歳末歌屑

またここをいゆきするかとゆめにみつさめてののちはいづこともしらえず(たび重なりてあり/\と同じ土地に遊ぶ夢を見、夢の中にてしか思ひながら、さめての後は茫漠として定かならず、人にもかかる経験あるものにや)

堺より一羽の鶏を割きもちて尋ねてくるる友もありけり(福井君来訪。この頃鶏肉を手に入るること極めて難し。食事の公定価格は一人五円を最高限とするの規定なるも、二十五円出さばいつにも鶏肉を食し得る料理店あり、また一羽十五円出さば鷄一羽入手し得べしなどいふ噂を耳にすれど、所詮我には縁なきことなり。この日福井君一羽の鶏を割かしめ、大皿に盛りて遠く堺より持ち来りくれらる。好意感謝すべきなり。乃ちしるこを作りて饗す)

ふるさとの小豆に湯山の餅入れてはつかにつくる味こきしるこ十二月二十五日朝な夕な諸行無常とひびきたる寺々の鐘いま大砲となる

とつくにの行列買をあざけりし日本人が今は列成すも

権力の命ずるがままに寝返れる女郎の如き学者ぞあはれ

おしなべて富める家庭はひややかに貧乏夫婦はよく喧嘩すも(原君の手紙の中に夫婦喧嘩のことなど書きありしより、自らも省みて)

末梢の些事を女房と争ひて怒れる我は見るにみにくし

身をおくにせまき家居をかこたざれせまき心ぞ恥づべかりける

貧しかる狭き家居も住む人のひろき心に家ぬちうるほふ

もろもろの物資ともしくなる〔な〕べに盗みごころの日々にはびこる(銭湯にて屡シャツを盗まるる由聞きて)

十二月二十六日配給の餅は一升四合ゆゑ湯山の餅はうれしかりけり(熊本県水山村湯山の北御門氏より重ねて餅を送り来たる)

朝あけに水道氷り北山は雪まだらなる冬となりけり

おしなべて読む物よりも食し物〔を〕喜ぶ老に我は入りけり(鈴木安蔵自著を寄せられしに対し)

十二月二十九日ひとやにて八年まへより聞きゐたる浸々堂のパンをけふ食む

わが友の日本一ぞと褒めゐたるパン屋のパンも今あはれなり

列なしてただ一きれのパン食むと街にあふれて待ちゐる人々十二月三十日除夜なれどこよひは除夜の鐘聞かず寺々の鐘みな武器となり十二月三十一日

Chapter 6 of 6
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