Kembali
雲南守備兵
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雲南守備兵
木村荘十
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Chapter 6 of 12

坑道の底

朝から晴渡った日だったが、孫軍曹は、憂欝な顔をして、長剣を靴の踵で蹴りながら、鉱区を見廻っていた。

彼は、新しい襟章も、佩剣も、一向嬉しくないのである。

考えれば分らないこと許りである。

“第一線から、こんな所へ左遷されて、守備隊長は何だっていい気になっているんだろう。此の頃の馬鹿な御機嫌はどうだ”

彼は、この鉱山にいると流刑にでもされたような気持になるのだった。

無論、黄中尉の一件を知っている新しい部下は、彼に対して実に忠実である。

まるで腫ものに触るように怖れているのだ。あれ以来、上官と雖も彼をぞんざいに扱う者はない。

鉱山事務所の者や、坑夫に至っては、彼と擦れ違うにも小さくなって端を通るのである。

それより、何より不愉快なのは、坑夫の半数を占める十二、三から十五歳位の惨めな少年坑夫達までが彼を怯じ恐れていることだった。

箇旧の最近の錫鉱山労働者は、全鉱区で約十万人を上下しているがその中半分はこうした児童なのだ。

その児童のまた五、六割が八ツから十二歳ぐらいまでで、法規を逃れる為に十五歳以上と偽って届けてあった。

孫軍曹は、見廻中も、出来るだけ子供の坑夫を見まいとした。自分の任務は鉱区の治安維持と外部の者の侵入を警戒しさえすればいいのだ。子供には関係はない。しかし、弟の年頃位の児童が居ると、思わず顔を見ずには居られなかった。

草も生えぬ、岩の山道を、毎日々々、小馬や駄馬と共に、列をなして鉱石を運ぶ少年達――。

そのボロ着物にたまっている赤い鉱石の粉末、妙に光る眼、栄養不良の体躯――。

孫軍曹は、それを見る度に、黄中尉の守備する鉱区へ向った夕暮の陰惨極る印象を思い出すのだ。

“俺に、あんな思い切ったことの出来たのは、あの地獄の血の海のような丘を見て、気がどうかしていたに違いない”

その晩、彼は部屋へ帰って来て、机に向うと、手帳にそんなことを書いた。

「軍曹殿御用中ですか」

「なアに悪戯書きだ。国境で壕に埋められたことがあってから、俺の分隊で遺書や日記を書くのが流行ってね、やり始めて見たんだが、俺はどうも字が下手でね」

孫は、苦笑いしながら手帳を内ポケットにしまい、机の上の字引を抽斗へ放り込んだ。

「何か用か」

「鉱山事務所から応援を求めて来ましたが……」

「な、何が起ったのだ」

軍曹は立ち上って武装しようとした。

「いえ、少年坑夫が逃亡を企てたのです」

「…………」

「誰かやらないと、吾々も責任を問われますが――」

孫はジロリと徐を睨んで返事をしなかった。ぞっとするような眼だ。

と、だあーんと遠くで銃声が聞えた。

「おい、子供でも撃つのか」

「はあ、一発でとまらなければ、射殺していいのであります。それでも脱走者が絶えないのであります」

「可哀想なことをしやがる」

軍曹は第二の銃声に、眼をつぶって顔をしかめた。徐上等兵は、思いも寄らぬものを見たという顔付きをして、孫を見守っていたが、急に慌てて云った。

「軍曹殿、誰れか応援に出して置きませんと――」

「いいようにしてくれ。だが、子供なんか射殺しても、俺はちっとも喜びはしないぞ」

「はッ、要領よくやります」

孫軍曹は、飛び出して行く徐上等兵を見送って、机の脚を蹴った。

“何だって、こんな明るい晩に逃げるのだ……いやな仕事だ。これが兵隊の仕事なのか……ふん、俺の仕事なのか”

そう呟いて部屋の中を歩き廻っていたが、鈍い銃声の響く度に、額に八の字を寄せて舌打ちをした。

徐上等兵が四名の兵と帰って来た時には、孫軍曹は彼らしくもなく部屋の机に肘をのせて頭をかかえていた。

薄暗いランプの灯がゆらめいて、油煙があがっている。

四名の兵が、挙手の礼をして、上等兵が報告しようとすると、彼は手を振って、何も聞き度くないという身振りをした。

しかし、彼は兵達が出て行くと、慌てて徐を呼びとめた。

「徐上等兵、殺されたのはどんな少年だ」

「新規募集をして補充した者です。この頃は子供も少くなって、大分大きいのが来ますし、大きいのはどうしても坑外で使うようになりますので、よく逃げるのであります」

「じゃア坑内にはまだ小さいのが居るのか」

「はア、坑道は非常に狭いものですから、大人は働きにくいのです」

「俺を案内してくれ。一度見て置こう」

「自分も前の守備隊長のおともで一度見たきりですが、坑内を御覧になるのですか」

徐上等兵は困った顔をした。鉱区でさえ、守備兵を置いて外来者を一歩も入れない秘密の国である。兵と雖も屡々坑内へ入ることは鉱山事務所で厭悪するのである。

「差支えないだろう。俺達に事務所雇いの衛兵の手伝いまでさせて、逃亡者を見張らせるなら、坑夫達がどんな風にやっているか位、見せて置くのは当り前だ」

孫軍曹は云い出したら聞かなかった。

翌朝孫軍曹は躊躇する上等兵を連れて少年達の家へ向った。

彼等は坑口の近くに、石灰石を固めた高さ一丈にも足らぬ低い家に住っていた。

それは四、五坪の便所も何もない小屋で、ここに二十人の子供達が、駄馬や、小馬と一緒に飼われているのだ。

彼等は、朝の五時から坑内へ入って、午後の一時に坑内の仕事を終る。それからまた、その鉱石を日の暮れるまで運ぶのである。

「これで逃げようとしなければ死にかかっているんだ」

孫軍曹は吐き出すように云った。

しかし、少年達は、雲南省、貴州省、其の他から、どんどん新規募集され、雇主の代理人に、前借の中から高い口銭を引かれながら、後から後から連れて来られるのだ。

それは雲南の都会で、娘の子が奴隷に買われるのと、形式こそ違うが同じ奴隷である。

数人の少年達は、小屋の中に転がっていた。殴ろうがどうしようが起きられない病人である。彼等の二割は何時でも病気だ。しかも坑内でも小屋でも密集しているので伝染病の蔓延は早く、鉱山の一般死亡率は三割と云われていた。

彼等はコレラや肺炎の予防に、龍や虎や、猛獣の形に彫った樟脳の塊りを、血の出るほど高い金で買わされて、街の人達の様にそれを鼻にあてて安心するのだが、十万人のうち二万の男と、一万人の児童が毎年墓場もなく、何処かへ消えてしまうのである。

坑口の入口には武装した衛兵が居て、守備隊長と御一緒の時以外はと、入坑を断ろうとした。

これは軍隊とは別の鉱山主の私兵なので、軍隊は鉱区全体を守備監督し、彼等は鉱山主の私財、奴隷を守っているのである。

「お前は俺を知らねえのか」

衛兵は、評判の孫軍曹に睨まれると震え上ってそこを通した。

坑道の竪坑や斜坑は、驚くほど狭かった。孫軍曹は一度来たことのある徐上等兵を先に立て、腰をまげて歩いた。

衛兵の知せに後を追って来た監督らしいのが、呼吸を切らしながら恐る恐る云った。

「ここは駄目です。とても入れますまい」

「しかし子供達は入っているんだろう」

孫軍曹の口調は皮肉だった。

「でも、この竪坑は狭くて深いのです。底までは七百尺もありますしそれに華氏の百二十度という暑さですからな……とても……」

「そんな所でよく生きてるもんだね」

少年達は、丸裸身で、その狭い竪坑をのぼり、坑道を通って鉱石を運んでいた。

坑道の長さは、平均二千尺もあった。そして丈夫な一人前の坑夫は約六十封度ほどの錫の鉱石を日に四回坑外まで運ぶのである。

少年達は、長い牛の骨を持っていたが、時々それで、汗にこびりついた埃を擦り落していた。彼等は地上に出るまでに、汗ぐっしょりで倒れそうになるが、顔を洗うどころか、入浴なども全然知らず、雨水を飲むことさえ、たまにしか許されない。

“これに比べれば、貧民窟だろうが何だろうが俺達の生れた黄泥巷は極楽だ”

孫軍曹は、もう見るに堪えなかった。彼は徐上等兵を眼で促して、黙々として坑内から出ると、

「徐上等兵、お前はお寺の地獄の絵を見たことあるか」

と云った。

「地獄の絵がどうかしたのですか」

「さしずめ、俺達ァ、あの、赤鬼、青鬼だと云うんだよ」

彼は、そう云いながら、監督や衛兵をジロリと見て、挨拶もせずに歩き出した。

Chapter 6 of 12
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