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女難
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女難
国木田独歩
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Chapter 3 of 5

3

『まずそんな物でございます、何しろ宝にゃ相違ないのだから、ウンそうだ、宝でございます』と手を拍ちますので私も不思議で堪りません、私の方からも見たくなりましたから、

『それじゃこれから一緒に行こう、サア行って見てやろう』とそれから二人連れ立ちまして、武の家に参りました。

前に申しました通り武の家は小さな坂の頂にあるのでございます。叔母の家からは七八丁もありましょうか、その坂の下に例の尺八の大先生が住んでいるのでございますから私も坂の下までは始終参りますが、坂に登ったことは三四度しかありません。この坂を越しますと狭い谷間でありまして、そこに家が十軒とはないのです。だからこの坂を越すものは村の者でもたくさんはないのでござります。武の家は一軒の母屋と一軒の物置とありますが物置はいつも戸が〆切ってあってその上に崕から大きな樫の木がおっかぶさっていますから見るからして陰気なのでございます。母屋も広い割合には人気がないかと思われるばかり、シンとしているのです。家にむかいあった崕の下に四角の井戸の浅いのがありまして、いつも清水を湛えていました。総体の様子がどうも薄気味の悪いところで、私はこの坂に来て、武の家の前を通るたびにすぐ水滸伝の麻痺薬を思い出し、武松がやられました十字坡などを想い出したくらいです。

それですが、武から妙なことを言われて大いに不思議に思っている上に武の家に連れてゆかれますのですから、坂を上りながらも内々薄気味が悪くなって来たのです。途々、武に何を見せるのだと聞きましても、武はどうしても言わないばかりか、しめたという顔つきをして根性の悪い笑い方をするのでございました。

日はすっかり暮れて、十日ごろの月が鮮やかに映していましたが、坂の左右は樹が繁っていますから十分光が届かないのでございます。上りは二丁ほどしかありません、すぐ武の家の前に出ました。家の前は広くなって樹の影がないので月影はっきりと地に印していました。

障子に燈火がぼんやり映って、家の内はひっそりとしています。武は黙って内庭に入りました。私は足が進みません、外でためらっていますと、

『お入りなされ!』と暗いところで武が言いました。

その声は低いけれども底力があって、なんだか私を命令するようでした。

『ここで見てやるから持って来い』と私は外から言いました。

『お入りなされと言うに!』と今度はなお強く言いましたので私も仕方がないから、のっそり内庭に入りました。私の入ったのを見て、武は上にあがり茶の間の次ぎに入りました。しばらく出て参りません、その様子が内の誰かとこそこそ話をしているようでした。間もなく出て参りまして、今度は優しく、

『お上りなされませ、汚ないけえども』といいますから少しは安心して上りました。そして武の案内で奥の一間に入りますと、ここは案外小奇麗になっていまして、行燈の火が小さくして部屋の隅に置いてありました。しかしまず私の目につきましたのはそこに一人の娘が坐っていることでございます。私が入ると娘は急に起とうとしてまた居住いを直して顔を横に向けました。私は変ですから坐ることもできません、すると武が出し抜けに、

『見てもらいたいと言うたのはこれでございます』というや女は突っ伏してしまいました。私はなんと言ってよいか、文句が出ません、あっけに取られて武の顔を見ると、武も少し顔を赤らめて言いにくそうにしていましたが、

『まアここへ坐って下さりませ、私はちょっと出て来ますから』と言い捨てて行こうとしますから、

『なんだ、なんだ、私はいやだ、一人残るのは』と思わず言いますと、

『それでは坐って下さらんのか』と言ってこわい顔をして私を睨みました。私が帰るといえばすぐにでも蹶飛ばしそうな剣幕ですから私も仕方なしにそこに坐って黙っていますと、娘は泣いておるのです。嗚咽びかえっているのです、それを見た武の顔はほんとうに例えようがありません、額に青筋を立てて歯を喰いしばるかと思うと、泣き出しそうな顔をして眼をまじまじさせます。何か言い出しそうにしては口のあたりを手の甲で摩るのでございます。

『一体どうしたのだ』と私も事の様子があんまり妙なので問いかけました。しますると武がどもりながらこういうのでございます。妹が是非あなたに遇わしてくれと言って聞かない、いろいろ言い聞かしたがどうしても承知しない、それだからあなたを欺して連れて来たのだ、どうか不憫な女だと思って可愛がってやってくれ、私から手を突いて頼むから、とまずこういう次第なのです。馬鹿馬鹿しい話だとお笑いもございましょうが、全くそうでしたので、まず私が村の色男になったのでございます。

そのころ私は女難の戒めをまるで忘れたのではありませんが、何を申すにも山里のことですから、若い者が二三人集まればすぐ娘の評判でございます。小学校の同僚もなんぞと言えばどこの娘は別嬪だとか、あの娘にはもう色があるとか、そんな噂をするのは平気で、全くそれが一ツの楽しみなのですから、私もいつかその風に染みまして村の娘にからかって見たい気も時々起したのでございます。さすが母の戒めがありますから、うかとは手も出しませんでしたが、決して心からその実、女を恐れていたのではなく、もしよい機会があったらきっと色の一ツぐらいできるはずになっていたのでございます。

ところで武の妹はお幸と申しまして若い者のうちで大評判な可愛い娘でございまして年はそのころ十七でした。私も始終顔を見知っていましたが言葉を交わしたことはなかったのです。先方では私が叔母の家の者であり、学校の先生ということで遇うたびに礼をして行き過ぎるのでございます、田舎の娘に似わない色の白い、眼のはっきりとした女で、身体つきよくおさよに似てすらりとしていました。城下の娘にもあのくらいなのは少ないなどと村の者が自慢そうに評判していたのですが全くそうだと私も遇うたびに思っていたのでございます。でありますから、私も眼の前にお幸を突きつけられて、その兄から代って口説かれましては女難なぞを思うことができなかったのです。それに気の弱い私ですから、よしんば危いことと気がつきましたところで、とてもあの場合、武とお幸を振りきって逃げて帰るというような思いきった所作は私にはできないのでございました。

その後は私も二晩置きか三晩置きには必ずお幸のもとに通いましたが、ごく内証にしていましたから、誰も気がつきませんでした。それに兄の武之允が何かにつけてかばってくれますし、また武の女房も初めからよく事情を知っていて、やはり武と同じようにお幸と私の仲をうまくゆくようにのみ骨を折ってくれましたので私も武の家ではおおびらで遊んだものでございます。

二人の仲は武の夫婦から時々冷かされるほど好うございました。かれこれするうち二月三月も経ち、忘れもしません六月七日の晩のことです。夜の八時ごろ、私はいつものようにお幸のもとに参りますと、この晩は宵から天気模様が怪しかったのが十時ごろには降りだして参りました。大降りにならぬうち、帰ろうと言い出しますと、お幸と武の女房が止めて帰しません、武は不在でございましたが、今に帰るだろうから帰ったら橋まで送らすからと申しますのでしばらくぐずぐずしていますと、武が帰って参りました。どこで飲んだかだいぶ酔っていましたが、私が奥の部屋に臥転んでいると、そこへずかずか入って来まして、どっかり大あぐらをかきました。お幸は私の傍に坐っていたのでございます。

『そとは大変な降りでござりますぜ、今夜はお泊りなされませ』と武は妙に言いだしました、と申すのは私がこれまで泊ろうとしても武は、もし泊まって事が知れたらまずいからといつも私を宥めて帰しましたので、私も決して泊ったことはなかったのです。

『イヤやはり泊らん方がよかろう』と私の言いますのを、打ち消すようにして武は、

『実は今夜少しばかり話がありますから、それでお泊りなされというのだから、お泊りなされというたらお泊りなされ』と語気がやや暴ろうなって参りました。舌も少し廻りかねる体でございました。

『話があるッてなんだろう、今すぐ聞いてもいいじゃアないか』

『あなた気がついていますか』と出し抜けに聞かれました。

『何をサ?』私は判じかねたのでございます。

『だからあなたはいけません、お幸はこれになりましたぜ』と腹に手を当てて見せましたので私はびっくりしてしまったのでございます。お幸は起って茶の間に逃げました。

『ほんとかえ、それは』と思わず声を小さくしました。

『ほんとかって、あなたがそれを知らんということはない、だけれども知らなかったらそれまでの話です、もうあなたも知ってみればこの後の方法をつけんじゃア』

『どうすればええだろう?』と私は気が顛倒していますから言うことがおずおずしています、そうしますと武はこわい眼をして、

『今になってそれを聞く法がありますか、初めからわかりきっているじゃありませんか、あなたの方でもこうなればこうと覚悟があるはずじゃ』

言われて見ればもっともな次第ですが、全く私にはなんの覚悟もなかったので、ただ夢中になってお幸のもとに通ったばかりですから、かように武から言われると文句が出ないのです。

私の黙っているのを見て、武はいまいましそうに舌打ちしましたが、

『すぐ公然の女房になされ』

『女房に?』

『いやでござりますか?』

『いやじゃないが、今すぐと言うたところで叔母が承知するかせんかわからんじゃないか』

『叔母さんがなんといおうとあなたがその気ならなんでもない、あなたさえウンと言えば私が明日にでも表向きの夫婦にして見せます。なにもここばかりが世界じゃないから、叔母さんや村の者がぐずぐず言やア二人でどこへでも出てゆけばいい、人間一匹何をしても飯は喰えますぞ!』とまで云われて私も急に力が着きましたから、

『よろしい、それではともかくも一応叔母と相談して、叔母が承知すればよし、故障を言えばお前のいう通り、お幸と二人で大阪へでも東京へでも飛び出すばかりだが、お幸はこれを承知だろうか』

『ヘン! そんなことを私に聞くがものはありませんじゃないか、あなたの行くところならたとい火の中、水の底と来まサア!』と指の尖で私の頬を突いて先の剣幕にも似ず上気嫌なんです。

その晩はそれで帰りましたが、サアこの話がどうしても叔母に言い出されないのでございます。それと申すのは叔母も私の母より女難の一件を聞いていますし、母の死ぬる前にも叔母に女難のことは繰り返して頼んでおいたのですから、私の口からお幸のことでも言い出そうものならどんなに驚きもし、心配もするかわからないのでございます、次の朝から三日の間、私は今言おうか、もう切り出そうかと叔母の部屋を出たり入ったりしましたが、とうとう言うことができなかったのでございます。

叔母に言うことができないとすれば、お幸と二人で土地を逃げる他に仕方がないと一度は逃亡の仕度をして武の家に出かけましたが、それもイザとなって踏み出すことができませんでした。と申すのは、『これが女難だな』という恐ろしい考えが、次第次第にたかまってきて、今までお幸のもとに通ったことを思うと『しまった』という念が湧き上るのでございます。それですからもし、お幸を連れて逃げでもすれば、行く先どんな苦労をするかも知れず、それこそ女難のどん底に落ちてしまうと、一念こうなりましてはかけおちもできなくなったのでございます。

それで四苦八苦、考えに考えぬいた末が、一人で土地を逃げるという了見になりました、忘れもいたしません、六月十五日の夜、七日の晩から七日目の晩でございます、お幸に一目逢いたいという未練は山々でしたが、ここが大事の場合だと、母の法名を念仏のように唱えまして、暗に乗じて山里を逃亡いたしました、その晩あたりは何も知らないお幸が私の来るのを待ち焦れていたのに違いありません。女に欺されてはならぬとばかり教えられた私がいつか罪もない女を欺すこととなり、女難を免れるつもりで女を捨てた時はもう大女難にかかっていたので、その時の私にはそれがわからなかったのでございます。

Chapter 3 of 5
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